第8話 オドオドビクビクガイズ
休憩中、私はポポと戯れていた。
「はい、干し肉食べる? あーん」
「クルルゥ♪」
「上手に食べられたねー! ポポおりこうさん♪」
「クルルルゥ♪」
私がポポとのんびりしている横でドラタンとモフモフ団が集まっていた。
この人たち、喧嘩をはじめたりしないよね。
ドラタンがある男を睨んでいる。
「お前……フンバルト・ベンデルだよな?」
「そうだ……お前はドラタン=クンカクンカ・タマンネーヨ十六世だな?」
ふ、踏ん張ると便出る……?
「ハルカ、肩がピクッとなったよな?」
パルが私をよく見ている。
鋭い。
二人が名前を呼び合って、ドラタンの表情が変わった。
本当に嬉しそうな顔をしてる。
「まさか、こんな場所で会うとはな」
「俺も驚いた」
フンバルトもめっちゃ笑顔だ。
「知り合いなの?」
私が聞くと、ドラタンは首を振った。
「違う」
「え?」
そして胸を張る。
「俺が勝手に認めた唯一のライバルだ」
「……勝手に、ね」
ドラタンっぽい。
「もし俺に勝てる可能性があるとすれば」
ドラタンは真剣な目でフンバルトを見る。
「それはお前だけだと思っていた」
「そこまで言われるとはな」
フンバルトは少し照れたように笑った。
「俺も、ドラタンのことは相当意識していた」
「本当か?」
「ああ、もしよかったらサインをくれないか? 家宝にしたいんだ」
その言葉にドラタンは嬉しそうに笑う。
「ならば次のドラゴンレース、お前が俺に勝てたらな」
フンバルトが悲しそうな顔になった。
「……それなんだが」
「?」
「俺はもう、レースには出ないと思う」
ドラタンの笑顔が止まった。
「なぜだ!」
「家庭の事情で引っ越すんだ」
いやいや、盗賊たちと一緒に逃げ出したんだよね?
引っ越しって、なんか美談にしようとしてない?
「……そうか」
なんかこの人たちが湿っぽい雰囲気を出してもなぁ。
いまいち感動シーンにならないというか。
「残念だな」
「ああ、俺もドラタンに勝つことを目標に頑張ってたからな」
ドラタンは悲しそうな顔から爽やかな感じを出してきた。
「引っ越しが落ち着いたら……またいつか戦える日を楽しみにしている」
「……ありがとう」
二人は固く握手を交わした。
その様子を見ていた団長が、ぽつりと言った。
「フンバルト……」
「なんだ?」
「また、いつか戦えるといいな」
フンバルトは憂いを見せてたのに、団長を見て優しく笑った。
団長も微笑み返している。
なんだかなぁ。
「ありがとう……シャガムト兄さん」
「…………え?」
今、何て言った? 兄さんって言ったよね……。
「シャガムト兄さんって言った……?」
フンバルトが頷き、団長を指さす。
「ああ、俺の兄さんだ」
「てことは……しゃ、しゃがむと……便出る……?」
「なんかその発音……失礼なニュアンスを含んでないか?」
その通りなんだけど、パルが言ったことは無視する。
私は団長を見る。
次にフンバルトを見る。
「兄弟?」
「そうだが?」
団長が普通に答える。
「ハルカ、笑うな」
パルが呆れた声を出す。
「……かろうじて堪えたよね?」
「下品だぞ」
「なんも言ってないのにわかったそっちが下品じゃない!?」
でも肩が震える。
兄弟そろって、名前の破壊力がすごすぎるよ!
しばらく休憩を終えたあと。
ガレスさんは立ち上がって、モフモフ団のところに行った。
「お前たち、落ち着いたようだな。先ほど話にあった遺跡まで案内してもらえないか」
森が静まり返った。
なんで森まで静まり返るのよ。
盗賊団全員も森と共に静まる。
団長がなぜか堂々と一歩前に出た。
「嫌だ」
団長――シャガムトさんが即答した。
怖いから断ってるだけで堂々としているのはすごい。
「絶対嫌だ」
「俺も嫌です!」
「命が惜しい!」
「案内したらまたあいつら出てくるじゃねぇか!」
次々に団員たちが首を横へ振る。
ガレスさんは表情を崩さない。
「もちろん危険なのは承知している」
「承知してるなら言うな!」
「そうだそうだ!」
「俺たちはもう二度と近づかねぇ!」
魔物に襲われてるもんねぇ。
怖がるのは仕方ないのかも。
「そんなに怖かったの?」
団員全員が一斉に頷く。
「怖いなんてもんじゃねぇ!」
「夢に出る!」
「寝ても起きても狼が追いかけてくる!」
「俺なんか三回漏らした!」
「それは言わなくていい」
団長が即座に止めた。
ガレスさんはそれぞれの反応を見たあと、口を開いた。
「案内だけで構わない」
「それが嫌だって言ってんだよ」
ボソッと誰か言ったの聞こえてるからね。
「遺跡へ入る必要はない」
盗賊団がざわつく。
「い、入口までか?」
ガレスさんがシャガムトの目を見て頷いた。
「そこでお前たちは帰ってもいい。盗賊と言っても、ハルカ殿に阻止されて何もできなかったんだろう?」
団員たちが顔を見合わせる。
「団長……」
「入口までなら……」
「いやでも……」
シャガムトさんは腕を組んでいた。
だから何でそんなに偉そうなんだよ。
「……分かった」
「団長!?」
「案内だけだ」
シャガムトさんはガレスさんを睨みながら続けた。
「俺たちは入口までしか行かねぇ」
「構わない」
「絶対だからな?」
「約束しよう」
ようやく話がまとまったみたいだ。
モフモフ団の案内が始まった。
先頭を歩くのはなぜかポポとドラタン。
その後ろにシャガムトさんたちが続き、私とガレスさんはさらにその後ろだ。
しばらく歩いたところでドラタンが私の横へ来た。
「ハルカ」
「なに?」
「俺の近くを歩け」
「どうして?」
「危険だからだ」
「でも前にポポ、横にガレスさんいるよ?」
「それでもだ」
ドラタンは胸を張る。
「男が増えたんだ。危険じゃないか」
「はい? ならドラタンさんも危ないじゃん」
「安心しろハルカ」
そんな不安そうに見えましたか?
「愛するお前を絶対に守る」
「ポポもいるしね」
てかその前に話をちゃんと聞いてよ。
「……ポ、ポポと協力して守る」
「クルル♪」
ポポは優しいね。
パルが笑って小声で話しかけてきた。
「ドラタン頑張ってるな」
無駄な頑張りだけどね。
盗賊団の最後尾。
「なぁ……」
一人の団員が小声で言う。
「ドラタンの後ろって安全かな」
別の団員が首を振る。
「俺は安全じゃないと思う」
「なんで?」
「レースのときに見ただろ? 結局、一番安全なのは誰の近くだ?」
全員の視線が、ポポへ向く。
「クルル♪」
ポポがのんびり歩いていた。
「……ポポだ」
「じゃあ決まりだな」
盗賊団全員が無言で頷く。
そのあとすぐに全員がポポの後ろへ移動した。
「クル?」
ポポが首を傾げる。
「頼む!」
「俺たちを守ってくれ!」
「一生ついて行く!」
「ポポ様ぁ!」
「可愛いからポポ様も怖いけどな」
「あー、お前は可愛いもの恐怖症だったな」
一人だけポポを怖がっている人がいるけど、この人たち私のポポを用心棒にする気?
ドラタンが振り返って鬼の形相になってる。
「お前たち!」
「英雄の俺の後ろではなく幼龍の後ろへ行くのか!」
団長が真顔で答えた。
「英雄より実績」
「ぐっ……!」
「あのとき、一番強かったのポポだし」
「は、反論できねぇ……!」
ドラタンがその場で崩れ落ちた。
「ドラタンさん、大丈夫?」
「ハルカに慰められたくない!」
ドラタンはゆっくり立ち上がる。
「でも事実だから仕方ない」
「立ち直り早くない?」
ドラタンは拳を握る。
「だが、今回は違う!」
びしっと森の奥を指さす。
「ハルカは俺が守る!」
「クルル?」
ポポは特に気にする様子もなく、先頭を歩き続ける。
その後ろには、盗賊団がきれいに一列になって続いていた。
……ただし、一人だけ妙に距離を取っている。
あの人だけ、ポポに警戒している。
可愛いものが怖いって言ってたし、仕方ないのかな。
そんなことを考えながら、ドラタンに続いて進んだ。
——しばらく森の中を進み続けた。
先頭を歩いているのはポポ。
そのすぐ後ろを、私とドラタンさんが並んで歩いている。
私の肩にはパルが乗っていて、その後ろをシャガムトさんたちが一列になってついてきている。
最後尾にはガレスさん。
結局ドラタンさんがしつこいから、私はドラタンさんの隣にいる。
さっきまでおどおどしていたシャガムトさんたちはポポの後ろに来た途端、急に強気になっていた。
私はちょっと不安だった。
だってこの人たち、さっきまで森で迷ってたんだよ?
「ねえ、本当にこっちで合ってるの?」
私が聞くと、シャガムトさんが振り返った。
「当たり前だ!」
「本当に?」
「俺たちを信じろ! 間違いねぇ!」
シャガムトさんは自信満々に胸を張る。
後ろの団員たちも頷く。
「そうだ」
「ちゃんと分かってるって」
「絶対に大丈夫だ」
パルが首を横に振って口を挟んだ。
「森の中で迷ってたから言われてるんだぞ」
団員が静かになった。
シャガムトさんが苦々しい顔をする。
「だから、さっきのは迷ったんじゃねぇって言ってんだろ」
「じゃあ何?」
「予定外の方向に進んじまっただけだ」
「それを迷ったって言うんじゃないの?」
「違ぇよ!」
笑ってしまうわ。
この人ら面白いよ。
「まあ、私はガレスさんを信じるよ」
「なら結局、ガレスに頼まれた俺たちも信用されてんじゃねぇか」
シャガムトさんが自信満々の意味がわからない。
「俺たちはちゃんとした盗賊団なんだ」
パルが小声で言った。
「盗賊団の時点でちゃんとしてないんだけどな」
私は聞こえないふりをした。
これ以上追及してもかわいそうだし笑ってしまうから。
しばらく歩くと、木々の隙間から何かが見えてきた。
最初はただの石壁に見えた。
でも近づくにつれて、石造りの建物ということがわかった。
森の中に馴染んでない風景だ。
「あれのこと?」
私が指を指して聞いた。
シャガムトさんが振り返った。
「ほら迷ってねぇだろ」
「うん。驚いた」
「いちいちムカつく奴だな。あそこだ」
さらに近づいてくと巨大な入口がはっきりとわかる。
その周囲には、奇妙な模様が刻まれている。
「これが……遺跡?」
「ああ、遺跡っぽいだろ」
シャガムトさんが答える。
「俺たちが見つけたのはここだ」
私は目の前の入口を見つめた。
異世界って感じがする。これはもしかすると観光と考えたら当たり?
ガレスさんが前へ出る。
「少し確認します」
そう言って、入口の周囲を念入りに調べ始めた。
地面や石壁に始まり、入口の奥を見たり、周囲の空気まで確認してる。
慎重に時間をかけて調べているあたり、真面目なガレスさんらしい。
私は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
ドラタンさんは私から離れず周囲を警戒している。
シャガムトさんたちはというと……。
「……ここだよな」
「間違いねぇ」
「また漏れそうだ」
「聞こえてるぞ。モフモフニャンコミルキーズの名を汚すようなことを言うんじゃねぇ」
シャガムトさんが団員さんを睨む。
「すみません、団長」
私は思わず確認した。
「モフモフニャンコミルキーズ?」
「ああ、俺の地元で確か気高い猫の意味だったはずだ」
シャガムトさんは遺跡の入口を警戒している。
「そんなことより今は警戒しろよ」
警戒させるつもりないでしょ!
……盗賊団の名前のせいで集中できないよ。
でも私は気を取り直して森の中にある不自然なこの遺跡を眺めた。
ちょっと興味深い場所だと思う。
入口から吹いてくる風が妙に冷たい。
私は少しだけ背筋を伸ばした。
やっぱり普通の遺跡じゃないのかもしれない。
ガレスさんが確認を終えて、こちらを振り返る。
「ここから先は危険があるかもしれません」
シャガムトさんたちはうんざりした表情だ。
「ずっとそう言ってるよな?」
ガレスさんは落ち着いた口調で続ける。
「お前たちは魔物を見た印象だけで言ってるだろう」
「他に何があるってんだよ!」
「この意匠……魔族の建築様式に酷似している」
ガレスさんが私たち一人一人を見る。
「盗賊団の案内はここまででいいぞ」
「……!」
シャガムトさんたちはオロオロしてる。
「ハルカ殿、ここから先は我々だけで行きましょう」
「私はそれでもいいけど……」
「お前たちはここで待っていてもいいし、逃げるならそれで構わない」
モフモフ団はオロオロしている。
「……ここで?」
「そうだ」
シャガムトさんが遺跡を見る。
次に森を見る。 団員さんたちも森を見る。 誰も喋らない。
しばらくして、シャガムトさんが小声で団員さんたちに聞いた。
「……どうする?」
「どうするって……」
「ここで待つんだろ?」
一人が森を見る。
「……こんな場所で?」
別の団員さんも森を見る。
「さっき、あそこから出てきたんだぞ」
「……そうだよな」
「また出てきたら?」
団員の一人が小声で言った。
「俺、ポポ様の近くにいたい」
「俺も」
「俺もだ」
「ポポ様は可愛いから怖いけど、魔物よりはマシだ」
シャガムトさんが団員たちを見る。
「お前ら意外と考えていたんだな」
「団長はどうなんです?」
「俺は……」
シャガムトさんも答えられない。
きっと、逃げてきたときのことを思い出しているんだろう。
次から次へと現れた魔物が、どれだけ逃げても追ってきたという話。
「どうしたの?」
私は固まっているシャガムトさんに声をかけた。
シャガムトさんが振り返った。
「いや……」
「帰らないの?」
「……帰りたい」
「じゃあ帰ればいいんじゃない?」
「それができねぇんだよ!」
シャガムトさんが森を指差す。
「さっき遭遇した魔物とかち合ったら怖いだろ!」
私は森を見る。
「そんなに?」
団員さんたちが一斉に頷いた。
「そんなに!」
……なるほど。
それなら確かに、ポポの近くにいたいのかも。
シャガムトさんたちは小声で相談を始めた。
「どうする?」
「森に戻るのは嫌だ」
「でも遺跡も怖いぞ」
「ポポ様がいるだけ遺跡のほうがマシだろ」
「……確かに」
「少なくとも一人でいるわけじゃねぇ」
「魔物が出てもポポ様がいる」
「それなら……」
全員の視線がシャガムトさんへ集まる。
シャガムトさんは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
長く唸る。そして、諦めたようにため息をついた。
「……分かった」
「団長!」
「遺跡の中まで同行する」
ガレスさんが振り返る。
「待っててもいいんだぞ?」
「仕方ねぇだろ」
シャガムトさんが森を指差す。
「ここで待ってるくらいなら、あんたらについていったほうがマシだ」
ガレスさんは頷いた。
「わかった。守れると約束はできんがな」
シャガムトさんが指を立てる。
「ただし条件がある」
「何だ?」
「危険になったら、俺たちは即座に逃げる」
「そもそもあてにしてないから構わない」
「無理に戦わせるな」
「戦闘を強制するつもりもない」
「絶対だからな?」
「約束しよう」
シャガムトさんはようやく少し安心したようだった。
「……よし」
団員さんたちもほっとしている。
私はその様子を見てつい本音を言ってしまった。
「オドオドビクビクガイズに改名したら?」
シャガムトさんが振り返る。
「お前絶対に悪口だろそれ!俺にはわかる!」
「え? なんの話かな?」
「ポポがいなかったらお前なんてどうでもいいのに!」
「私とポポは強い絆で繋がってるんだから! ポポが守ってくれなくなっても知らないよ!」
……とにかく話はまとまった。
ガレスさんが入口へ向かう。
「では、行きましょう」
入口を前にすると、団員たちの足取りが少し重くなった。
シャガムトさんたちがポポを見る。
「……ポポ様、ちゃんと俺たちのことを守ってくれよ?」
肩の上でパルが呆れたように呟いた。
「へりくだる盗賊ってのも情けないな」
私はポポの頭を撫でる。
「ポポ、人気者だね」
「クルル♪」
すると、隣にいたドラタンさんが私を見る。
「ハルカ」
「なに?」
「俺もいる」
「うん」
「危険なことがあれば、俺が守る」
「ありがとう」
ドラタンさんが満足そうに頷く。
その直後、ドラタンさんがちらっとポポを見る。
「……俺も頑張るからな」
「クルル?」
ポポは何も気にしていない。
パルがまた小さく笑った。
「頑張れよ」
「ハルカのペット風情が何様だ!」
ドラタンさん、パルはペットじゃないんだよ。
面倒だし、何も言わないけどね。




