第7話 モフモフニャンコミルキーズ
建物や人の声が遠ざかり、代わりに木々や草といった自然が増えていく。
「はぁ……」
「どうした?」
パルが私のため息に気づく。
私は目の前の森を見る。
「いやぁ……思ってたのと違うなって」
「何が?」
「異世界旅行」
パルは何も言わず、視線だけで目の前の森を示した。
鬱蒼と生い茂る木々と湿った空気。
足元はぬかるんでいる。
かわいい感じの生き物の声は聞こえないのに、かわいくない系の動物の声ならする。
「もっと楽ができて、純粋に景色を楽しめたらいいのになぁ」
「これまで既にそういう旅行もやっただろ。こんな旅があっても良いと思うぞ?」
「分かってるけど……」
私は森の中へ足を踏み入れる。
ぬかるみが靴底に絡みついて、一歩ごとに嫌な音を立てた。
「私が求めてたのは快適な旅行であって、使命を持つことじゃないのよ」
「お前、快適旅行だけしたいんだな」
パルが羽で私のふくらはぎをぺしっと叩いた。
「苦労の先に得られる喜びだってあるんじゃないのか?」
「何よ」
「普通、異世界に来た奴って森を見るとワクワクするもんじゃないのか?」
「虫いるじゃん」
「そこ?」
「湿気あるし」
「そこなのか?」
周囲を見る。
サバイバル上級者なら喜びそうな場所なのかもしれない。
むき出しの自然が好きな人なら感動するのかもしれない。
私は違う。
「私は絶景を見に来たかったの……」
「まだ始まったばかりだろ、この先にあるかもしれないぞ?」
「でも目の前は結構暗い森だよ?」
「うっそうとした森だな」
「……だよねぇ」
「諦めろ」
……そんなこんなで、私は愚痴を言いながらも東の森の奥へ進んでいく。
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森へ入ってから、結構時間が経った。
足元はどんどん悪くなっていく。整備された道なんて存在しない。
ふとガレスさんが突然足を止めた。
上げかけていた枝払いの手も止まる。
「どうしたの?」
ガレスさんは周囲を見回していた。目だけが動いて、耳が小さく傾く。
「……少し妙です」
「妙?」
「森の中に入ってから、魔物の気配が少なすぎる」
「そうなの?」
何が問題かわからない。
「魔物がいないなら安全に行けるし良いんじゃないの?」
「普通の森ならそうです」
ガレスさんは足元の落ち葉を一枚拾い上げ、裏返してからまた落とした。
「ですが、この森で魔物に全く遭遇しないというのも、これまでないことなんですよ」
言われてみれば森に入ってから、まだ一度も魔物を見ていない。
絶対にかわいくない系の虫や鳥の声は聞こえるのにね。
魔物なんて見たくないけどさ!
「原因を探す必要がありますね」
ガレスさんは再び歩き出す。
「もしかすると、魔物がどこかへ移動している可能性もあります」
「街を襲った魔物みたいに?」
私が聞くとガレスさんは頷いた。
モンスターの大軍がなんで出て来たのかの調査だし、危険がないわけないよね。
私がちゃんと調査をしたら街の人たちの安全も守れるのかな?
でもな、私の調査を信じろと言われたら私は信じない。
「ハルカ」
「ん?」
パルが私を見る。
「今、難しい顔してただろ」
「ちゃんと調査しなきゃだけど、私の調査でいいのかなって」
パルが変なものを見る目で私を見た。
「調査はガレスがやるさ、お前の役目は別だ」
「そういえばそうだよね」
「ポポの使役役として抜擢されたからな」
「……戦力にカウントされてるもんねぇ」
そんなやり取りをしていると。
「……待ってください」
ガレスさんが手を上げた。
その手のひらひとつで、全員の足がぴたりと止まる。
ドラタンの太い眉がわずかに動いた。
「何かいるのか?」
さっきまで私との距離をどう縮めるか考えていそうな顔だったドラタンさんが、一瞬で真剣な横顔に変わる。
男の人の真剣な横顔って少し良いなと思った。
名前がアレだし、ドキドキはしないけど。
ガレスさんが前を見る。
「……声が聞こえます」
耳を澄ますけど最初は分からなかった。
でも少しずつ、確かに何か聞こえる。
「叫び声……かな?」
私が呟いた瞬間だった。
森の奥から、だんだんと声が近づいてくる。
「うわあああああ!!」
「逃げろおおおお!!」
「こっちだ!!」
「本当にこっちで合ってるのか!?」
「知らねぇよ!! とにかく走れ!!」
「……何?」
みんな足を止めた。
声は少しずつ近づいてくる。
木々の隙間から、何人もの男たちがこっちへ向かって走ってきた。
全員ものすごい必死な顔をしている。
「……あ」
見覚えがある。
向こうも私たちに気づいたようだ。
男が私たちを指差す。
「あいつらを囮にして逃げるぞ!」
「おう!」
……何を言ってるんだろう。
私が呆れている間にも、男たちは私たちの後ろへ回り込んでいく。
「お、おい! 早く隠れろ!」
男たちが私たちの後ろに隠れたところで、森の奥から魔獣が姿を現した。
ガレスさんが一歩前へ出る。ドラタンも身構えた。
さっきまでののんびりした雰囲気が一瞬で消えた。
私は少し後ろへ下がる。
その横をポポが、とことこと歩いていった。
「ポポ?」
そのまま魔獣の方へ向かっていく。
ポポを見た魔獣が突然立ち止まった。
「……?」
魔獣は何かを確認するように周囲を見回した。
そしてくるりと私たちに背を向けた。
「……え?」
そのまま森の奥へ走っていく。
あっという間に姿が見えなくなった。
「なんだったの……?」
「た、助かった……」
私たちの後ろから、男たちの安堵した声が聞こえた。
ガレスさんが振り返る。
「お前たち、魔獣に追われていたな」
「あのときの盗賊……?」
私は男たちを見る。
やっぱり見覚えがある。
ドラゴンレースのときにポポにひん剥かれた人たちだ。
「ハルカ殿、あのときの盗賊とは?」
ガレスさんが聞いてくる。
「この中の三人、ドラゴンレースのときに見たんです」
「ほう」
「そのときに自分たちで盗賊って言ってました」
ガレスさんは男たちへ視線を向ける。
「おい、お前たちは盗賊なんだな?」
盗賊たちは黙り込む。
「運が良かったな。今は見逃してやるから去るがいい」
「見逃すんですか?」
「はい」
「この人たち、はっきりと私たちを囮にするとか言っていませんでした?」
「ハルカ殿の意見はごもっともです」
ガレスさんは苦笑する。
「ですが、今はやるべきことを優先しましょう」
「うーん……」
私は腕を組んで盗賊たちを見る。
「納得できないけど仕方ないか」
盗賊たちは顔を見合わせた。
「なんか知らんけど助かったな」
「でも、こいつらについていった方が安全じゃ?」
「そ、そうだ。ここがどこかわからん以上、強そうな奴らについてくのが正解じゃないか?」
「全部聞こえてるよ」
「!」
盗賊たちが一斉にこちらを見る。
「なんでこんな森の入口で迷ってんの?」
私は呆れながら言った。
「とんでもない方向音痴じゃん」
「え?」
盗賊の一人が周囲を見回す。
「すぐそこが入口なのか?」
「うん」
盗賊たちがお互いを見合って頷いた。
それから私たちを見て。
「んじゃあばよ!」
盗賊たちは一斉に走り出した。
「待って! そっちでいいの?」
全然止まってくれない。
私はその背中を見送るしかなかった。
「行っちゃった」
「……あっちは森の奥なんだが」
ガレスさんが呟いた。
私も盗賊たちが走っていった方向を見る。
「私たちの進行方向に進んでいきましたね」
ガレスさんは何とも言えない顔をしていた。
その隣では、ドラタンが去っていく盗賊たちをじっと見つめている。
こんな表情は見たことがない。これまでにない真剣な顔だった。
「さて、気を取り直して私たちも進みましょう」
「はい」
私たちは再び森の奥へ向かって歩き始めた。
それから、しばらく進んだ。
森の中は相変わらずひっそりとして静かだった。
……静か?
「うわあああああ!!」
「逃げろおおおお!!」
「また出たぞおおお!!」
「だからこっちで合ってるのかって聞いてんだろ!!」
「知らねぇよ!!」
森の奥から、またあの盗賊たちが走ってきた。
「また?」
向こうも私たちに気づいた。
「あれ?」
私たちも盗賊を見る。
「まあいい!」
「よし!」
嫌な予感がする。
「あいつらを囮にして逃げるぞ!」
やっぱり!
盗賊たちはついさっきと全く同じ動きで私たちの後ろに隠れた。
「これで助かるのか?」
「ダメならこいつらが戦ってる隙に逃げるぞ!」
「ま、魔獣が来る!」
森の奥から魔獣が姿を現す。
ガレスさんとドラタンがまた身構える。
そしてポポがやっぱりとことこと歩いていく。
……なんで毎回同じなの?
魔獣は私たちのところまで近づいてくる。
そしてまた、くるりと向きを変えた。
森の奥へ消えていく。
またさっきと全く同じだ。
「た、助かった……」
盗賊たちが安堵する。
安堵の前に言うことがあると思うんだけどね。
なんかムカついてきた。
「……あんたら、馬鹿なの?」
「は?」
盗賊の一人が顔をしかめた。
「知らねぇ奴に馬鹿なんて言われたくねぇよ!」
「知ってたら言ってもいいの?」
「そういう問題じゃねぇ!」
何を言いたいのこの人たち。
「てか、あんたたちお礼とかないの?」
「おめーになんでお礼なん……て?」
盗賊たちが突然円陣を組んで話し出した。
「あの女、レースのときに魔獣の群れをおっぱらった奴じゃね?」
「あ、ハルカとかいう俺たちの作戦を台無しにした……」
「……敵じゃねぇか」
円陣の中にとことことポポが入っていく。
「クルル?」
「ひ、ひぇぇぇぇ!」
「思い出したぞ、こいつが俺たちを!」
「あの時の可愛いドラゴンじゃねぇか!」
やっと思い出したの?
馬鹿な上に記憶力も悪いんだね。
なにか言ってやろうと考えてたら、先にガレスさんが盗賊たちに話しかける。
「お前たち、さっきから魔獣に遭遇するようだが」
「……遭遇したくてしてるわけじゃねえよ」
「そうだよな。ところで調査に加わってくれないか?」
「はぁ?」
盗賊たちが一斉に嫌そうな顔をする。
「なんで俺らが調査なんかに」
「そうだそうだ」
別の盗賊も声を上げる。
「俺たちを馬鹿にした奴がいるのに、手伝うわけないだろ」
「だって馬鹿っぽいじゃん」
「おい!」
「同じことを繰り返してるんだよ?」
「だからって言うな!」
「ハルカ殿、煽らないでください」
ガレスさんが困ったように言う。
「えー……だってさ……」
囮にされたんだよ私たち。
なんか腹立つじゃん?
「煽ったつもりはないけど、まあ煽った風?」
「一緒じゃねぇか!」
盗賊が叫ぶ。
ガレスさんは盗賊たちへ向き直った。
「我々が歩いていても魔獣が見つからない」
「そこで、お前ら盗賊団がいれば魔獣の巣窟などを発見できるかもしれない」
盗賊たちは顔を見合わせた。
「なんか危なそうだな」
「でも森を出られないぞ」
「こいつらについていくしかないんじゃ?」
「そうだな」
「いざとなったら、こいつらを囮にして逃げればいいし」
「それならいいか」
「でも、魔獣がまた出たらどうする?」
「そのときはこいつらに任せればいいだろ」
「あのちっこいドラゴンいるしな」
この盗賊、本当に失礼ね。
「全部聞こえてるんだけど」
盗賊たちが睨んできた。
「人の話を盗み聞きたぁ、盗賊より悪人じゃねぇか」
「人を囮にするほうが悪人だよ!」
こいつらを相手にすると頭が痛くなってくるよ。
私は眉間を押さえて首を振った。
「……まあ、いいじゃねぇか」
「何がいいのよ」
「細かいことは気にするな」
「お前が言うな!」
盗賊たちはそのまま、あーでもない、こーでもないと相談を続けている。
……この人たち、本当に大丈夫なのかな。
あ、なんか話がまとまったみたい。
「俺が団長をやっているシャガムトってもんだ。なんかあったらお前らが守ってくれるんだろうな?」
「……守らなくても、我々を囮にしてお前たちは逃げるんだろう?」
ガレスさんは、こんな奴らとよく普通に話せるね。
「ばれちゃしょうがねぇな」
シャガムトが顔をしかめる。
いやいや、バレてないと思っていたの?
「我々も調査のためにこの森へ来ている。お前たちを守ることを目的としているわけではない」
「じゃあ危なくなったら見捨てるのか!?」
「この状況を見てから言え、お前らだけで進むより安全だろう?」
「くっ……強い奴の横暴さを垣間見た」
シャガムトがめちゃくちゃなことを言っている。
「だったら来なければいいだろ」
ドラタンが呆れたように言う。
もっと言ってやってよ。
「それは無理だ!」
「なんでだ?」
「ここがどこか分からねぇからだよ!」
確かに……さっき森の入口だったのに、勝手に奥に進んで迷子になってるんだよね。
幼稚園児かなこいつら。
「……団長」
一人の団員がおずおずと声を上げる。
「どうします?」
シャガムトは腕を組んだまま、森の奥を見る。
しばらく考え込んだあと。団長は大きく息を吐いた。
「隠しても仕方ねぇか」
「団長!」
「どうせこのままだと俺たちだけじゃ生き残れねぇ」
その言葉に、団員たちも黙って頷いた。
「何があったの?」
団長は森の奥を振り返った。
「俺たちはな」
ごくり、と唾を飲み込む。
「最初は街道を歩いてるつもりだったんだが、気づいたら森の中にいた。ちょうどいいから、食べ物でも探してたんだ」
「うん」
「そしたら見たこともねぇ魔物に遭遇した」
「遭遇のプロだね」
「茶化すなよ。この辺りじゃ絶対に見かけないような奴だ」
ガレスさんの眉が動く。
「特徴は?」
「黒い甲殻をまとった狼みてぇな魔物だった」
「狼……」
「それも一匹じゃねぇ」
団長は首を横へ振る。
「次から次へと出てきやがる」
団員たちが青ざめた顔で続ける。
「俺たちは必死で逃げた」
「俺は死ぬと思った……」
「団長が叫んで、もう何でもいいから走れって……」
「振り返るなって……」
声が震えている。そして体が震えすぎている。
……これは演技じゃない。
本当に怖かったんだと思う。
「それで?」
ガレスさんが続きを促す。
団長は森のさらに奥を指差した。
「あいつら……森の奥から出てきた」
森を吹き抜ける風が、葉をざわざわと揺らした。
誰も口を開かない。
収穫祭を襲った魔獣の群れとこの森で見慣れない魔物。
全て東側で起きた話だ。
……関係ないとは思えなかった。
「……ガレスさん、この人たちの言うことをどう思う?」
ガレスさんは森の奥を真っ直ぐ見据えたまま答えた。
「まだ断定はできません。ですが原因は、この先にある可能性が高いでしょう」
ガレスさんは団長に向き直った。
「……その魔物は、お前が指をさした方向から来たのか?」
「そうだ」
「森の奥から?」
「ああ」
団長は苦い顔をする。
「さっきも言ったけどよ。気づいたら森にいたわけだ。そうなると食料を探しながら森を抜けられりゃいいかなって思ったんだよ」
「南へ?」
ちょっとニヤニヤしながら聞くと、団長は少し気まずそうに頷いた。
「そうだ」
「へぇ……」
「なんだよ?」
「いや、ちゃんと南を目指してたんだね」
「当たり前だろ!」
団長が怒鳴る。
「俺たちは方向音痴じゃねぇ!」
「私なにも言ってないよ?」
団長はしばらく私をにらんでいた。
「……だってそんな顔してただろ」
正解。そんな顔してたよ。
「ばれちゃった?」
ガレスさんが咳払いをする。
「続けて」
「あ、ああ」
団長は気を取り直す。
「森の奥へ進んでいくと、妙な場所を見つけた」
「妙な場所?」
「ああ。この森には似合わねぇ、石造りの入口だ」
ガレスさんの表情が変わった。
「石造りの入口……」
「最初は遺跡かと思った」
団員の一人が続ける。
「中は地下へ続いていた」
「壁には変な模様もあった」
「ちょっと変な臭いもしてたな」
「それは俺が漏らしたやつかも……」
団員たちが顔を見合わせる。
「それで奥から魔物が出てきた」
「見たこともねぇ奴だった。禍々しいオーラが見えたんだよ」
団長が拳を握る。
「何匹くらいだ?」
「わ、分からねぇよ」
団長は首を振る。
「必死に逃げてたんだ。いちいち覚えられねぇよ!」
その言葉に、ガレスさんは考え込む。
「どうした?」
ドラタンが聞く。
「もしそれが本当なら、この森で発生している魔物の異常増加と関係している可能性があります。この森に、そんな遺跡はなかった」
ガレスさんは答えた。
「やっぱり……」
私は森の奥を見る。
収穫祭で起きた騒動と、この森で遭遇した見たことのない魔物。
この二つは繋がってる気がする。
「その場所まで案内できるか?」
ガレスさんが聞く。
すると団長は必死の形相になった。
「無理だ!」
団長が即答した。
「絶対嫌だ!」
「命がいくつあっても足りねぇ!」
「俺たちはもう十分怖い思いをしたんだ!」
盗賊団全員が一斉に拒否する。
……うん。
見るからにガクブルだもん。大の大人が鼻水出てるし。
その様子を見て、ガレスさんが少し周囲を見る。
「ここで休憩しましょう」
「え?」
休憩より早く終わらせて帰りたいんだけど。
「……ハルカ殿、文句はありませんね」
ガレスさん、私にも少し圧を出してきた?
ここは従うか……。
「……文句はございません」
「はい、少し先に開けた場所があります」
ガレスさんは周囲を確認する。
「情報整理も必要です」
確かに盗賊団も疲れ切っている。
このまま話を続けてもまとまらなさそうだった。
私たちは少し移動し、木々の少ない場所で休憩することになった。




