第6話 冒険者ハルカ
守備隊長は机の上へ広げられた地図を見つめながら腕を組んだ。
「調査の日程ですが、明後日の朝を予定しております」
領主のおじさんが大袈裟にうなずく。
この人って、動きの一つ一つが大袈裟に見える。
「明後日の出発か」
「はい。しかし、一つ問題があります」
守備隊長は真剣な表情のまま私を見た。
「ハルカ殿は重要な戦力ですが、調査経験は?」
「私が戦力にカウントされてる時点で間違ってる」
パルがうんうんと頷いた。
「間違ってるよな」
「私じゃなくてポポが戦力でしょ? もちろん調査なんてしたことないよ」
隊長さんが私とポポを交互に見る。
「ポポ殿を乗りこなせるのはハルカ殿だけですので」
「どう考えても乗りこなしていない件について」
この際だから遠慮なく思いをぶつけよう。
「ポポは強いよ。でもポポに危ないことはさせたくないの」
「あの無数の魔物を撃退した英雄殿の言葉とは思えません」
守備隊長が苦笑した。
そして領主さんの目が光った気がした。
「ハルカよ、ここに好きなだけ、タダで滞在したな?」
「うん」
「遠慮なく高いものを飲み食いしたな?」
「……うん」
「まあそれは街を守ってくれたことでプライスレスだ」
「で、でしょ?」
「だが、ポポをタダであげたんだぞ?」
領主のおじさん、ニタニタしすぎだよ。
「ドラゴンって高いんだよなぁ……チラッチラッ」
「うぐ……」
チラチラこっちを見んな!
……って、もしや。
「交換条件ってこと?」
「そうだな。……あとは守備隊長、任せるぞ」
「はっ!」
守備隊長が私に向き直る。
心なしか勝ち誇った顔をしてない?
「そういうわけでハルカ殿、諦めてください」
「まあ……はい……」
「そして調査経験がないんでしたな」
「うん。それなのに私でいいの?」
守備隊長がニヤっとする。
「道案内、野営、周囲の警戒、不測の事態への対応……調査隊には経験者が必要です」
「やっぱそうだよね」
「そこで守備隊から一名、最も腕が立ち、経験も十分な剣士を同行させます」
部屋の入口で待機していた一人の兵士が前へ出た。
見た目は三十代半ばくらい?
日焼けした肌に引き締まった体格で、腰には使い込まれた剣。
素人の私が見ても、この人強そうって思った。
「紹介します。守備隊第一分隊隊長のガレスです」
ガレスさんは一礼した。
「ガレスと申します」
私も慌てて頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
見るからに実直そうな人だ。
「森での行軍経験は隊でも随一です。調査中は彼が案内役も兼ねます」
「そうなのね、お願いします」
「必ず無事にお連れします」
ガレスさんの言葉に迷いがない。
「これで調査隊の戦力も十分──」
守備隊長が話している途中で、部屋に響き渡る大きな声が。
「ハルカ!」
ドタドタとガサツな足音が近付き、扉が勢いよく開かれた。
「会いたかったぞ!」
「ふぇっ!?」
野生のドラタンが現れた。
そんな風に言いたくなるほどこの人は存在が騒がしい。
「ドラタン……さん?」
「ようやく居場所が分かった。街中を探し回ったぞ」
彼は誇らしげに胸を張った。
「えぇ……」
「英雄殿は領主の館にいると聞いてな」
領主が豪快に笑い声を上げる。
「ワハハハ! 街中を探しておったのか!」
「当然です! 俺には約束がありますから」
ドラタンは領主の前でも堂々としている。
「約束?」
私が首を傾げると、ドラタンは咳払いをして姿勢を正した。
「レースの日、あの騒動で全て有耶無耶になってしまった。だから改めて言おう」
ドラタンは私へ向かって右手を差し出す。
「ハルカ、俺とデートしてくれ。すぐに結婚でもいいぞ」
部屋全体がしんと静まり返った。
ガレスは無表情を保ち、守備隊長は驚いている。
領主のおじさんは興味深そうに私とドラタンを見比べた。
私の返事なんて決まってる。
「ごめん」
「!!」
「調査があるから無理。調査がなくても無理」
ドラタンの顔がヒクついた。
「……調査?」
守備隊長が事情を説明する。
「東の森の異変を調べることになりました。明後日出発予定です。しばらく街を離れます」
ドラタンは腕を組み、考え込んだ。
「なるほど」
うん、ドラタンは断念してくれたかな?
「ならば俺も同行しよう」
部屋にいる全員の視線が一斉にドラタンに刺さる。
「え?」
「愛する女性を危険な森へ一人で向かわせる男がどこにいる」
「いや、一人じゃないけど」
「護衛が必要なのだろう?」
ドラタンは守備隊長を見つめた。
「ならば俺ほど適任はいない」
守備隊長もドラタンを見つめ返した。
ドラタンはドラゴンレースの英雄だし、性格はともかく強いんだろうね。
「……確かに。ドラタン殿ほどの実力者が同行してくださるなら、これほど心強いことはありません」
守備隊長が深く頷いた。
「決まりだな」
これはもうトラブルの予感。
重要な調査なんじゃないの。こんなノリでいいの?
ドラタンは満足そうに笑った。
「ハルカ」
「なに?」
「デートをしている場合じゃないのはわかった」
「うん」
「ならば旅路で距離を縮めよう」
「調査目的だよ? そんな生半可な気持ちじゃ死ぬよ!」
「俺は本気だ」
「あなたは本気の意味が違うんだよ!」
「照れているのだな」
「目が腐ってる?」
「安心しろ」
ドラタンは力強く親指を立てた。
「ハルカは俺が必ず守る」
「ポポいるし」
ドラタンの親指から力が抜けた。
「……ポ、ポポも守る」
「ポポの方が強いんじゃないか?」
肩の上でパルがぼそりと呟いた。
領主は堪えきれず、大笑いした。
「ワハハハハ! 賑やかな調査隊になりそうだ!」
守備隊長も苦笑いを浮かべながら地図を畳む。
「ではこれで調査隊の編成を決定します」
こうして、私、ポポ、パルたちほんわか組。
守備隊最強にして生真面目な剣士のガレスさん。
そして、半ば強引に同行を決めた恋するドラゴンレーサードラタン。
明らかに私の主観で見ると温度差だらけのメンバーによる調査隊が結成された。
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東の森へ向かう日。
私は朝早く、フォルティスの街を出る準備をしていた。
……と言っても、荷物は何も持っていない。
必要なものは何もかも無限収納に入れた。
食料、野営道具、その他、旅に必要そうなもの。
無限収納を選んだ自分を褒めてあげたい。
「普通の冒険者なら出発前に荷物の確認をきっちりするところなんだがな」
肩に乗ったパルが呆れたように言う。
「予定より五倍以上の野営準備をしたよ? 買い出しにはガレスさんも付き添ってくれたし、漏れはないって言ってたもん」
「まあ、それはそうだけどな」
私は最後に部屋を見回した。
数日前まで、私はただ収穫祭を楽しんで、この街を観光して、あてもなく次の旅行へ行くつもりだった。
それがどうしてこうなったのか。
気づけば街を救った英雄扱いされて。
でも領主様の館で豪華なニート生活を満喫できたのは良かったかな。
そして今、東の森の調査へ向かおうとしている。
「人生って何が起こるかわからないね」
「お前の場合、何が起こるかわからないというより、何か起こしてる気がするけどな」
「狙ってやってるわけじゃないよ」
そんな会話をしながら館の外へ出る。
そこには、すでに今回の同行者たちが集まっていた。
「おはようございます」
最初に声をかけてきたのは、守備隊の剣士ガレスさん。
何度見ても、いかにも真面目な騎士という感じがする。
余計なことを言わず、必要な準備を淡々と進めている。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。森では私の指示に従ってください」
「分かりました」
うん。やっぱり真面目な人だ。
今回の調査、本気で原因を探しに行くんだろうな。
……メンバーの温度差はある気がするけどね。
その横では。
「ハルカ!」
朝から騒がしい声。
振り向くとやっぱりドラタンだ。
寝坊とかで来なくてもよかったんだよ?
「おはよう」
「うむ!」
ものすごく嬉しそう。
「今日から共に旅をすると思うと、気持ちが高ぶるな」
「調査だけどね?」
「調査の旅だな。新婚旅行は別にちゃんとやるぞ」
だめだこいつ。
私は横目でパルを見る。
パルも同じことを考えていたらしい。
「まあ……本人が幸せそうだからいいんじゃないか」
「私は疲れるけどね」
「だって言っても聞かないだろ」
「そうだよねぇ」
そんなやり取りをしていると。
「クルル♪」
ポポが元気よく鳴いた。
「ポポも準備できた?」
「クルル」
ポポは嬉しそうに首を伸ばす。
どうやら森へ行くことが楽しみみたい。
「いいなぁ、ポポは」
「何がだ?」
パルが聞く。
「どこに行っても楽しそうだから」
「お前も大概だけどな」
「そうかな?」
「そうだ」
そんな会話をしながら、私たちは東門へ向かった。
今から行くのは楽しい旅行じゃない。あくまで調査。
街を襲ったモンスターの群れの原因を探るという目的がある以上、気軽な散歩じゃない。
あれ?これお仕事なんじゃない?給料もらえるの?
ポポは「調査に同行する」って条件を飲んだ分の対価としてもらったわけで。
だったら調査そのものにも、ちゃんと別のお給料が発生してもいいよね?
私が考え事をしている間も真面目なガレスさんが地図を確認する。
「東の森へ入り、異常が発生したと思われる地点を探します」
「危険な場所なんですか?」
私が聞くと、ガレスさんは少し考えてから答えた。
「通常であれば、そこまで危険な森ではありません」
「通常であれば?」
「今回の件があります」
なるほど……つまり。
何が起きているか分からないんだね。
「どうした?」
パルが聞く。
「いやぁ……」
私は東を見る。
その先にある巨大な森。
「できれば普通の観光地であってほしかったなって」
「そんな気持ちじゃ死ぬよ!ってドラタンに言ってたよな」
「それはそれ、これはこれ」
私はため息をついた。
これじゃ旅行を満喫じゃなくて冒険者だなぁ……。
いやいや、これも貴重な経験だと思えば楽しくなる!
首を振って、気持ちを切り替えた。
「じゃあ、行こうか」
こうして私たちは東の森へ向けて歩き始めた。
森へ近づくにつれて、景色は少しずつ変わっていった。




