第5話 英雄の次の仕事
ポポによってモンスターの群れが一掃され、直前まで絶望に包まれていた競技場は静まり返った。
誰もが目の前で起きた出来事を理解できない。
しかし、少しずつ観客たちは状況を理解していく。
「助かった……?」
「フォルティスは守られたんだ……」
やがて大きな歓声が沸き起こり、街を守ったドラゴンレーサーたち、そしてポポへの称賛が競技場全体へ広がっていった。
騒ぎの中心にいる私は、周囲の状況についていけていなかった。
ゆっくりとポポの背中から降りる。
「私、結局ポポに乗ってただけなんだけど……なんか疲れたわ」
それを聞いたパルが呆れている。
「疲れたってお前……無限体力どこいった」
「気疲れがあるじゃん!」
ふと周囲の様子を確認した。
「でも……フォルティスが無事で本当によかったね」
「クルル♪」
ポポはとっても嬉しそう。
その時、場内にアナウンスが流れる。
今回の戦闘でドラゴンたちが戦闘を行ったこと、騎手たちも負傷・疲労していること、安全なレース継続が不可能であることから、大会運営はドラゴンレースの中止を判断した。
観客からは残念がる声も出る。
「街を守ってくれたんだから仕方ない」
そう理解を示す声もちらほらと聞こえた。
収穫祭の賑わいが戻る中、大会運営スタッフが私のもとへ歩み寄ってきた。
「こちらのドラゴンは貸出登録されたドラゴンになりますので、規定通り返却をお願いします」
私は寂しさを感じながらポポを見つめた。
「そっか……借りただけだもんね」
ポポの頭や首筋を優しくなでる。
「ありがとね、ポポ」
係員がポポの手綱を引き、歩き出す。
ポポは何度も振り返り、そのたびに私を見つめていた。
「ああ……私のポポが……」
「ハルカのじゃないだろ」
パルって変に冷静だよね。
ポポは名残惜しそうに厩舎へ向かっていった。
その時、フォルティス守備隊の隊長が私のもとへ近づいてきた。
★★★
街全体が「フォルティスは救われた」という熱狂に包まれていた。
その混乱の裏側で、盗賊団『モフモフニャンコミルキーズ』の団員たちはこっそりと合流を果たしていた。
団長、団員たち、そしてドラゴンライダーのフンバルト・ベンデルが顔を揃える。
団員の一人が焦りを含んだ声で報告した。
「この三人が、観客に顔を見られてます。岩になってた奴とか、審判に化けてた奴とか、連絡役が何でバレるのかわからんけど……」
この街で活動を続けるのは不可能だと、団長は素早く判断を下す。
今回の騒動で街は守られたため、街中の警戒はむしろ英雄探しや混乱の収拾に集中している。
逃げ出すなら今だった。
モンスターの群れは東側からやってきたため、東は危険だという判断になる。
向かうべき方向は、安全な街道がある南だ。
八百長の準備に注ぎ込んだ金も戻らない。
賭けに積んだ金貨も、レース中止で闇賭博の胴元に逃げられて全部パーになった。
所持金はほぼゼロだったが、この街に残って稼ぐのはリスクが高すぎる。
「俺たちはまだ運に見放されてねぇ。捕まらずに逃げ出せたんだ。命さえありゃ、これから大金を稼げるさ」
「そうだそうだ」
「ガハハハハ」
団長の一言に団員たちも応じ、盗賊団は誰にも気づかれることなく、こっそりと街を離れていった。
★★★
一連の騒動が収まった後、パルは一人で目の前の配信画面を眺めていた。
そこには大量のコメントが流れている。
『まさか神龍?』
『この世界の神龍って……』
『龍の神ゴンゴル神が気合入れて作ったやつだったっけ?』
パルは流れるコメントを一瞬だけ読んだものの、特に反応は示さなかった。
私はそのコメントにまったく気づいていなかった。
そして守備隊長が目の前にいる。
「そこのエルフ。お主が今回のモンスター撃退の功労者だと聞いている」
私は首を振った。
「私は何もしてません」
去っていくポポの背中を指差す。
「頑張ったのはあの可愛らしいドラゴンのポポです」
「報告では、お前とあのドラゴンが街を救ったとなっている。本人が何もしていないと言っても、街の者はそう思わん」
「まあ……そういうものなのかも」
「とにかくだ。お主を領主様がお呼びだ。この街を救った英雄に何もしないとなれば、領主は恩知らずと言われる」
面倒そうだなぁ……でも断れないよね……。
「……はい……わかりました」
「なんでテンションが下がる!」
--
領主の館へ向かう馬車の中、向かいに座る守備隊長は真剣な表情を浮かべていた。
「今回の規模は明らかに異常だ。森の奥で何かが起きている可能性がある」
「へー、そうなんですね」
私の視線は馬車の外、通りに並ぶ屋台から漂う香ばしい匂いを追っていた。
早くお祭りに戻りたいし、またポポに会いたいなぁ。
「お前、ちょっとは心配しろよ」
パルが呆れ果てた声を漏らした。
--
……それから領主様とのあれこれがあり、なんと私は領主から逃げられないでいた。
日本人特有の謙遜を発動したら領主にすごく気に入られちゃったんだ。
そのせいで、もう昼から目まぐるしすぎて、正直何があったのかあまり覚えていない。
我に返った時には、昼間の騒動が収まったフォルティスは、無事を喜ぶお祭りの空気に戻っていた。
収穫祭のクライマックスとして、大規模な花火が夜空へ打ち上げられる。
私は領主の案内により、花火を優雅に見ることができる特別席へ通されていた。
場所は領主のすぐ隣、いわゆるVIP席。
領主は今回の功績を称え、私を正式な客人として扱ってくれていた。
でも、私にとって問題はそこじゃない。
本来なら花火を楽しむ場面だが、領主や周囲にいる貴族、街の有力者たちとの格式ある会話に気を使い続けることになっていた。
街の話、今回の事件の話、英雄としての扱いと、話題があるせいで一息つくこともできない。
私は社畜時代に嫌になるほど身につけた、愛想笑い、相槌、相手に合わせる会話を無意識に発動させていた。
表面上は完璧に対応しているものの、内心ではどんどん疲弊していく。
早く自由になりたい……。
隣ではパルがずっといろんな人と話している。
「ハルカって意外と大食いなんですよ」
「ふぇっ!?」
余計な情報を提供され、私は思わず声を上げた。
しかし、周囲の貴族たちは意外な一面として興味深そうに頷いている。
ポポの活躍以降、配信の視聴者数もどんどん増えていた。
当初は『ハルカ何もしてないのに英雄になってる』といった反応が多かったが、現在は『英雄扱いされて気疲れしてるの良い』『普段とのギャップが面白い』という方向へ変化していた。
やがて、この場の気疲れが限界に達した私は、会話の途中でつい本音を漏らしてしまった。
「……もう肩肘張るのやめたい。私、疲れちゃいました」
一瞬、周囲が静まり返る。
領主は数秒間、あっけに取られて私を見つめていた。
普通ならすごく失礼な発言なんだけど。
「ワハハハハ!」
領主は豪快に笑い声を上げた。
「気に入った。今後もこの街に来たら、もてなそう」
堅苦しい空気が一気に崩れ、私もようやく自然体でひと息つけた。
だけど、その賑やかな空気の中で唯一、守備隊長だけが真剣な表情を崩さず、私を見つめていた。
--
翌朝、私は領主の館で領主と共に朝食をとっていた。
そこへ、厩舎の飼育員から緊急の報告が届く。
ポポが餌を食べず、鳴きもせず、元気がない上に、昨夜は柵へ体当たりを始めたという内容だった。
心から心配になってくる。
「ポポ……」
領主はその様子をじっと見た。
「ハルカ、食事が終わったら、英雄の片割れでも見に行くか?」
「行きたい! ポポが心配なの!」
領主は優しい人物であったため、私を歩かせるような真似はしなかった。
英雄を粗末に扱うわけにはいかないと、すぐに豪華な馬車が準備される。
さらに『せっかくだからフォルティスの街並みを見せよう』と考えた領主は、少し遠回りするルートを選んだ。
「この通りはフォルティスでも有名でな」
「おじさん、早くポポのとこに行きたいんだよ!(まあ!フォルティスの街って本当に素敵なんですね!)」
「おいハルカ。本音と建前が逆だぞ」
パルはエスパーなのかな。
「私は君を楽しませようと思ってだな……」
領主が少し拗ねたような顔をした。
(うぜーな、このおじさん……)
そんな感情が隠しきれず、顔に出てしまう。
「ものすごい顔になってるぞ、ハルカ」
パルに指摘されながら、ようやく馬車が厩舎に到着した。
私は領主を置き去りにし、真っ直ぐポポへ向かって走った。
「ポポ!」
ポポは私の姿を視界に収めた瞬間、一気に元気を取り戻した。
「クルル♪」
嬉しそうに声を上げ、私へ擦り寄ってくる。
駆け寄ってきた飼育員が説明した。
「厩舎では誰が近づいても反応しませんでした。ですが、ハルカ様を見た瞬間に……」
遅れてやってきた領主が大きく頷く。
「そうか……制御できる者に任せるのが最善だな。それに、街を救った褒美も兼ねてだ」
領主はポポを正式に私へ譲渡することを決定した。
「話のわかるおじさんじゃん!」
「ハルカ、さらに馴れ馴れしくなってる!?」
ツッコミスキルが上がっていくパルを無視して、私はポポを強く抱きしめた。
ポポも嬉しそうに頭をこすりつけてくる。
「クルルー♪」
--
ポポを正式に譲り受けた後、私はフォルティスにしばらく滞在した。
収穫祭の余韻も落ち着き、街の観光も十分に楽しむことができた。
領主の館で、相変わらずのんびりとした生活を送る日々。
ある夜、部屋で一人になった私は、収穫祭での出来事を静かに思い返していた。
ドラゴンレーサーたちの防衛戦とポポによる一掃。
そして、自分自身の無力さについて。
「あの日、ポポがいなかったら……」
自分は何もできず、危ない状況になっていた。
今後もこの世界を旅行して楽しむなら、最低限、自分の身を守る手段は必要だという結論に至った。
だけど、毎日厳しい鍛錬を重ねたり、重い武器や防具を装備して戦士のように戦うという選択肢は最初から存在しなかった。
素人の私が努力なしでできるようになれると思えないし、そもそもそんなんやりたくない。
私が導き出した解決策は、非常にシンプルなものだった。
「楽して強くなれる方法を探そう」
具体的な目標は、強力な魔法、便利な道具、一発逆転できる能力を探すこと。
「別にポポが守ってくれるだろ」
パルが横から口を挟む。
「ポポに危ないことはさせたくないの」
「自分より強い奴を心配するやつがあるか!」
パルは私を見て首を振っていた。
--
フォルティスでの滞在が終わり、出発の日を迎えた。
旅立つ準備を整える私に、領主は名残惜しそうに語りかける。
「ハルカ、お前はこの街の英雄だ。ずっとこの街でだらだら過ごしてもいいんだぞ?」
領主としては本心からの提案であり、英雄としてずっと迎え入れたいと考えていた。
「ハルカの場合、本当にニート生活悪くないかも♪とか言いそうで怖い」
「パル失礼ね!」
パルを睨みつけた後、私は領主に向き直った。
「おじさん、気持ちはうれしいけど……私は世界を見てまわって、平和を守るという使命があるの」
「なんで嘘をついてんだよ」
「雰囲気よ! こういうの言ってみたかったの」
私のやり取りを見て、領主は豪快に笑った。
「それなら止められんな……おい、守備隊長!」
「ハッ! ここに!」
「ハルカよ、お前の平和を守りたいという気持ちはよくわかった。あとは守備隊長と話すがよい」
「わかったわ……って、なんのこと!?」
守備隊長から改めて説明を受ける。
収穫祭で発生したあの規模のモンスター発生は明らかに異常であり、東の森で何かが起きている可能性が高いため、その原因を調査する必要があるということだった。
「私は探検や冒険はしたくないの!! この世界をのんびり旅行したいだけだったの!」
私の叫びも虚しく、旅は想定していたものとは違う方向へ動き始めていた。
私はまだ知らない。
この先、のんびり旅行どころではない出来事が待っていることを。




