↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界 満喫トラベラー ~のんびり旅行するつもりが色々巻き込まれました~  作者: みみたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/36

第3話 ポポとの出会い

 翌朝、『風の寄り道亭』の前に、私は立っていた。


「ふぁぁ……ハルカ、まだ眠い……」


 私の肩の上で、パルが羽をぐったりと垂らし、欠伸を噛み殺していた。


「何を言ってるのパル! 今日からフォルティス楽しみじゃん! ほら、見て!」


 アルテアの東門へと続く大通りには、すでに朝早くから大勢の人々があふれ返っていた。

 大きなリュックを背負った行商人や武器を携えた冒険者たちが目立つ。

 その誰もが、同じ方向を目指して歩いている。


「みんな、やっぱりフォルティスの収穫祭が目当てなんだね」


「まあな。年に一度の大祭りらしいしな。街道を進むだけで自然と大きな人の流れができるはずだ」


 私はその活気あふれる街道へ、ウキウキ気分で飛び込んでいった。

 街道を進むにつれて、周囲の旅人たちとの距離が自然と縮まっていく。


「綺麗なエルフのお嬢さん。一人旅かい?」


 荷馬車を御している親切そうなおじさんが声をかけてきた。

 横には奥さんと、小さなお子さんがちょこんと座っている。


「はい! フォルティスの収穫祭に行こうと思って!」


「ハハハ、やっぱりそうかい! なにせ一年で一番賑わう祭りだからな」


 若い男性冒険者も、会話に混ざってきた。


「屋台だけでも何百軒も並ぶんだぜ。酒も肉も食べきれないほど並ぶし、夜になれば広場で綺麗なおどり子たちが朝まで踊り明かすんだ。夜空にはドカンと魔法花火も上がるしな!」


「なにそれ……最高じゃん!」


 想像するだけで、たまらん。

 美味しいものをお腹いっぱい食べられるなんて!

 さらに異世界の情緒を堪能して、異世界の花火まで見られるとか最高すぎる。


「だがな、お嬢さん。収穫祭の目玉と言えば、やっぱりアレだろ?」


 荷馬車のおじさんが、笑みを浮かべた。


「一番人気は、間違いなくドラゴンレースだな!」


 若い冒険者が拳を握りしめる。


「ドラゴンレース……! 迫力ありそうだなぁ。見るだけでも絶対に楽しいよね!」


 想像だけですごく興奮しちゃう。

 私の様子を見たおじさんは豪快に笑いながら首を横に振った。


「見るだけ? 何を言ってるんだい。あのレースは誰でも参加できるのが醍醐味なんだよ!」


「……誰でも参加できる?」


「祭りだからな! ドラゴンを貸してもらえるんだ。誰でもレースの舞台に立てるのさ!」


「へぇ、太っ腹な祭りなんだねぇ」


「太っ腹なのはそれだけじゃないぞ」


 冒険者が人差し指を立てて言った。


「優勝賞金は、なんと金貨百枚だ」


「……き、金貨……ひゃくまい……!?」


 頭の中で、チャリンチャリンという音が響いた。


「おいハルカ、目が完全に金の亡者になっているぞ」


 さらにスタスタと進み、旅人たちから少し離れたところで、パルがニヤニヤとしている。


「よく考えてみると、お前には【無限体力】がある。どれだけ激しいレースだろうと、疲れも知らずに一定のパフォーマンスを出し続けられるわけだ。……もしかして、勝てるんじゃないか?」


「……たしかに」


 頭の中で、超高速の計算を始める。

 金貨百枚……昨日、ハチミツペアーを一個売って金貨一枚。

 金貨一枚で、服を買って、靴を買って、美味しいご飯を食べて、良い宿に泊まってもまだお釣りがくる。


「金貨百枚があったら……」


 宿代が一日、銀貨数枚として……。

 食費が一日、美味しいものを贅沢に食べても銀貨数枚……。

 たまに贅沢な観光をして、服を買って……。


「……何年働かなくて済むんだろ!?」


「思った通りの発言をした!」


 予想通りの反応をしてしまった。


「普通は『自分の店を持とう』とか『これを元手にもっと増やそう』とか思うんだぞ!」


「何と言われようが関係ない! 金貨百枚を手に入れて、私は向こう数年間の『絶対的圧倒的自堕落権』を勝ち取る! 優勝するしかない!!」


 私が両手で拳を握りしめていると、後ろから追いついてきた旅人たちがドッと沸き立った。


「ハハハ! 嬢ちゃん、随分と威勢がいいな! 初参加で優勝狙いか!」


「いいねぇ、若いのはそれくらい元気がなくっちゃな!」


「ええ、もちろん! 任せてください、賞金は私がいただきます! ぐふふ……」


 あまりの欲望に、旅人たちは「可愛いエルフの冗談」として大笑いしている。

 そしてパルは配信画面のコメント欄をニヤニヤしながら見ていた。


『無限体力持ちがドラゴンレースとか絶対なんか起こるだろ』

『ドラタン十六世との対決に期待』

『ハルカ、まずドラゴンに乗れるのか?』

『根拠のない自信で草』


--


 そのまま軽快な足取りで街道を進むこと一日半。

 途中で一度だけ野営したものの、ほとんど休むことなく歩き続けた。

 普通なら三日はかかる道のりらしい。

 でも、私には【無限体力】がある。

 歩いても歩いても疲れない。

 なんて便利なスキルなんだろう。


 そして辿り着いたのが、農業の街『フォルティス』だった。


 城壁の至るところには赤や黄色の鮮やかな祭りの旗がはためき、大きな門は色とりどりの花で飾られている。

 門をくぐる前から、風に乗って賑やかな音楽と、香ばしい肉の匂いが漂ってきた。

 門番たちも甲冑の上に花飾りをつけ、笑顔で人々を迎え入れている。


 街の中に足を踏み入れてすぐ。


「うわぁぁぁぁぁぁ――っ!!」


 歓喜の叫びが飛び出した。


 目の前に広がるのは、まさに「お祭り」という名にふさわしい街並み。

 正面に見える通りは、屋台と人々で賑わっている。


「パル! すごいよパル! 何あれ、美味しそうな匂いが全部混ざってる!」


「おいハルカ、落ち着け! 引っ張るな! カメラが揺れるだろうが!」


 ここからの私は、欲望に忠実に動いた。

 私を止められるものはいない!


「おじさん、その巨大な肉串ちょうだい!」


 ジューシーな肉串を頬張りながら、次は隣の屋台へダッシュ。


「なにこれ、ゴッドシープミルク? 濃厚で甘くて美味しいー! あっちの焼きとうもろこしも! 果物飴も全部ちょうだい!」


「おいハルカ、お前の胃袋はどうなっているんだ!? 無限体力だからって無限胃袋じゃないだろ!」


「大丈夫、【無限収納】があるから食べ切れなくても持ち帰れるもん! あ、楽団の人たちが演奏してる! 大道芸人さんもいるよ!」


 香辛料のスパイシーな香りと、甘いお菓子の匂いが交互に鼻をくすぐる。

 大道芸人の火吹き芸に歓声を上げ、噴水広場で踊る人々の輪の周りをくるくると回り、気になった食べ物は片っ端から買い求めた。


「はっはっは! 姉ちゃん、本当にいい食べっぷりだな!」


 大きな鉄板で豪快に肉と野菜を炒めていた串焼き屋の店主が、私の食べ姿を見て大笑いした。


「だって、本当に美味しいんだもん!」


「そう言ってもらえると作り甲斐があるってもんだ! この祭りは収穫祭だからな、この国中から一番美味い食材が集まってくるのさ。夜になると、もっと色んな屋台が出て盛り上がるぞ!」


「夜が本番……!」


 口の周りにソースをつけている私に、隣の屋台の店主も笑顔で会話に入ってくる。


「お姉さん、もしドラゴンレースに参加するなら今日が締めきりだぞ?」


「へぇ、今日が締めきりなんだ。……あ、ちなみに今年の優勝候補ってやっぱり……」


「ああ! 今年も間違いなくあのダントツの優勝候補がいるからな!」


 店主は誇らしげに腕を組み、その恐ろしい(?)ライバルの名を口にした。


「その名も――『ドラタン=クンカクンカ・タマンネーヨ十六世』様だ!!」


 ……ブッ!!

 私は口に含んでいたゴッドシープミルクを、危うく吹き出しそうになった。

 何度聞いても破壊力があるね。しかも敬われてる!!


「ハルカ、耐えろ! 顔がひどいことになっているぞ!」


 パルが叫ぶ。

 私はプルプルと肩を震わせ、必死に笑うのを耐えた。


「や、やっぱり……その名前、最高に面白……じゃなくて、凄い名前ですね!」


「だろ!? 名門中の名門だからな!」


 店主の自慢げな顔を見ながら、私は心の中で大爆笑していた。


「ドラゴンレースの競技場はこの道を真っすぐだ!」


「店主さんありがとう! パル、見に行こう!」


 店主に礼を言い、私は肉串を頬張りながら競技場へ向かった。

 食べ歩きを続けながら賑やかなメインストリートを抜けていくと、次第に地の底から響くような音が聞こえ始めてきた。


 グオオオオオオオン……!!


 空気を震わせる咆哮。

 その音を追って辿り着いたのは街の端に建設された、巨大なコロシアム状の競技場だった。


「うわ……でっかぁ……!」


 巨大な石造りの外観。

 フェンスだけのところもあって、外から練習中のドラゴンの姿がチラリと見えた。

 観覧席へ続く一般入場ゲートと並んで、競技場の外壁沿いには参加者用の案内板が出されている。


『ドラゴンレース 飛び入り参加の受付はこちら!』


 フェンス越しに広大なグラウンドで翼を羽ばたかせ、猛スピードで試走する本物のドラゴンの姿が見える。


「すごい……本当にドラゴンだ……カッコいい……!」


 ファンタジーの象徴を目の前にして、私の胸が高鳴る。


 その時、競技場の脇にある小さなプレハブのような受付小屋が目に入った。

 そこには、手書きの大きな看板が掲げられている。

 チラリと、肩の上に乗るパルを見る。

 パルもまた、楽しそうに私を見返してきた。


「……出るんだよな?」


「もちろん」


 自信満々に、不敵な笑みを浮かべた。


「ぐふふ……。賞金金貨百枚。これはもう、私のものね」


 頭の中で、すでに金貨百枚を手に入れて、数年間は優雅なニート生活を送る未来予想図が完成している。


「優勝して、何年も働かないんだから!」


「……はぁ。大声で宣言することじゃないな」


 パルの呆れ声を背に、私は受付への一歩を踏み出した。

 色とりどりの旗がたなびく競技場の脇、小さなプレハブ作りの受付小屋へ向かうと、そこには笑顔を浮かべた受付のお姉さんが座っていた。


「いらっしゃいませ。ドラゴンレースの飛び入り参加でしょうか?」


「はい!」


 元気に返事をすると、お姉さんは私の全身をまじまじと見つめた。


「今年は例年に比べてドラゴンレースの強者が多数集まっています。あなたは見るからに初心者ですが大丈夫ですか?」


「私、こう見えて疲れ知らずなんです!」


「……そういうことでは……まあ、とにかく参加なさるのですね?」


「はい!!」


 お姉さんは羊皮紙を差し出してきた。

 ふむふむ、ここに名前を書けばいいのね。


「では、こちらに署名を。簡単なルールですが、予選突破で本戦進出となります。ご自身のドラゴンをお持ちでない場合は貸出ドラゴンをご利用いただけます。なお、レース中の事故や怪我については全て自己責任となりますので、ご了承ください」


「分かりました!」


「それでは、あちらの選手待機所へどうぞ」


 案内された控え室へ移動すると、そこには既に数十人の参加者たちが集まっていた。

 誰もが真剣な表情で愛竜の手入れをしたり、コースの地図を睨みつけたりしている。


 そんなピリピリした空気がたまらない。

 私も負けないんだから!


「わぁ〜! なんか本格的! すごい熱気だね!」


 部屋を見回していると、近くにいた目つきが鋭い強面のベテラン参加者が、低い声で私を睨みつけてきた。


「お嬢ちゃん、ドラゴンレースを舐めてると怪我するぜ」


「舐めてません! 優勝目指してがんばります!」


「……お、おう」


 強面の男は視線を逸らした。

 すると今度は、近くにいた軽薄そうな若い冒険者がニヤニヤしながら近づいてきた。


「お姉ちゃんどこから来たの? きゃわゆいね! 僕が手取り足取り教えようか!」


 軽薄な男が私の肩に手を伸ばそうとした瞬間、大きな影が彼を横から強引に押しのけた。

 控え室の空気が、一瞬でヒリつく。

 参加者たちが一斉にその人物へ視線を向け、ざわめきが上がった。


「おい……あれって……」


「ドラタン様じゃないか」


「いつもレース前は瞑想しているドラタン様がどうして動いてるんだ……」


 ざわめきの中心から歩み出てきたのは、一頭の逞しいドラゴンを従えた一人の男だった。

 堂々として自信に満ちた揺るぎない歩み。

 そして何より、周囲の参加者たちが一目置く圧倒的な存在感。

 さっき屋台の店主が熱弁していた、圧倒的優勝候補。


 ドラタン=クンカクンカ・タマンネーヨ十六世。


「……あ、本物?」


 思わずジロジロ見ちゃったよ。


「ハルカ、失礼な顔になってるぞ」


 肩の上のパルが小声で注意してきた。


「だって……名前が……」


「言うな。本人の前だぞ」


 周囲の参加者たちは驚いた顔で私たちを凝視している。

 優勝候補のドラタン様が、初心者の私に声をかけるなんて誰も思うはずないよね。


「お前」


「はい?」


 ドラタンは私の前に立つと、腕を組んでじっと私を見つめた。


「今回、初参加だな?」


「え? はい。まあわかるよね」


「分かるさ」


 彼は誇らしげに胸を張る。


「ドラゴンレースに出る奴は、立ち方と目つきで大体分かる」


「そんなのがあるんですか?」


「ある。俺ほどの男になるとわからないことなどない」


 即答された。

 ただ、自身満々のところ悪いけど、誰だってわかりそう。


「お前は間違いなく初心者だ」


「……ですよねぇ」


 否定する要素が一つもない。

 ドラゴンを間近で見るのも、こんな競技場に来るのも今日が初めてだし。

 ドラタンは、控え室全体に響くような声で言った。


「ならば、俺と勝負しないか?」


「勝負ですか?」


 周囲が再びざわつき始める。


「ドラタンが勝負?」


「相手、初心者だぞ?」


「一体何を考えてるんだ……」


 何で私にそんなことを言ってくるんだろう。


「なんでですか?」


 ドラタンは真面目な顔で答える。


「お前もレースに出るなら俺のライバルだ」


「はい。みんなライバルですね!」


「だが、それとは別に……」


 やだこの人、話を聞かないタイプじゃん。

 ドラタンは少しだけ視線を逸らし、照れたように咳払いをした。


「一目見た瞬間から、お前が気になった」


「……はい?」


「勘違いするな。俺は別に軽い気持ちで言っているわけではない」


 ドラタンは真剣な眼差しで私を直視した。


「俺が勝てば……その、俺との将来を考えてほしい」


「将来?」


「つまり……妻になってほしい」


「ええええええ!?」


 思わず声が裏返った。

 控え室の全員が一斉にずっこけ、あちこちから悲鳴が上がる。


「いきなり求婚!?」


「ドラタン様、私が狙ってたのにぃ!」


「いや、あの人昔からドラゴンレース以外は常識しらずで、性格も一直線だから……」


 この人はやばい。

 人の話を聞かないし、強引だし、私が嫌いなタイプだ!


「いやいやいや!話が飛びすぎですよ!」


「そうか?」


「そうですよ!」


 ドラタンは不思議そうに首をひねったが、すぐに頷いた。


「なら条件を変えよう」


「なんか偉そうですね」


「俺が勝ったら、お前は俺との食事に付き合ってくれ」


「……あなたの奢りですか?」


「ああ」


 彼は少し真剣な表情を取り戻し、言葉を続けた。


「俺の実力を知ってもらう。その上で、俺自身を判断してほしい」


「なるほど……」


 求婚に比べたら、だいぶまともな条件になった。

 けど、それだけじゃフェアじゃないよね。


「じゃあ、私が勝った場合は?」


 私が尋ねると、ドラタンは驚いている。


「勝つつもりなのか?」


「もちろんです!」


 金貨百枚と、そこから始まる夢のニート生活がかかっている。

 この戦い、負けられない。

 ドラタンはしばらく私を見つめた後、豪快に口と手を広げた。


「いいだろう!」


「私が勝ったら?」


「何でも一つ、俺にできる範囲で願いを聞こう」


「本当に?」


「ああ」


 私は顎に手を当てて少し考えた。

 そして、ニッコリと笑みを浮かべた。


「じゃあ、私が勝ったら、これまで優勝したときのパフォーマンスを全部見たいです!」


「まあ俺が負けるわけないからそれでいいだろう」


「おおお、絶対に勝たないと!」


 私の希望を聞いたドラタンは、楽しそうに笑った。


「……面白い女だ。余計に俺のものにしたくなったぞ」


 彼は拳を強く握りしめた。


「よし、勝負だ!」


 その瞬間、私の頭の中ではすでに二つの未来が浮かんでいた。

 金貨百枚を手に入れる未来。

 そして可愛いドラゴンと旅をする未来。


「絶対勝つ!」


 私は拳を握りしめた。


--


 ドラタンとの勝負が決まった後、私は係員のお兄さんに連れられて競技場の奥にある貸出ドラゴンの待機場へと向かった。


 巨大な柵で区切られた待機場には、数十頭ものドラゴンたちがずらりと並んでいた。

 貸出ドラゴンを利用する他の参加者たちは真剣な表情で手に持った能力表と睨めっこし、ドラゴンを吟味している。


 誰もがそこに書かれた能力と実績で判断しようとしていた。

 私も能力表を受け取り、ちゃんと読んでいるフリをする。


「ふむふむ……」


 肩の上のパルが、私を覗き込んできた。


「お? 真面目に見ているじゃないか」


「うん!」


「で、どうだった?」


「よく分からなかった!」


 パルが盛大にずっこけるのを横目で見ながら、能力表を係員さんに返して、色んなドラゴンを眺めつつ歩いた。

 待機場のいちばん隅っこ。

 誰にも見向きもされていない小さな檻の前で、私はピタリと足を止めた。


 そこにいたのは、他のドラゴンとは雰囲気が違う一頭がいた。


 周囲のドラゴンたちが荒い息を吐いたりウオオと威嚇の声を上げたりする中、その子は一切騒がず、大人しく佇んでいた。

 つぶらな丸い瞳で、ただ静かに私を見つめている。


 そのドラゴンにそっと手を伸ばした。

 その瞬間、丸い瞳の奥で、一瞬だけ淡い蒼い光が揺らめいた。


「……この子」


 私の指先が、その柔らかな体毛に触れる。


「クルル」


 小さく、澄んだかわいい鳴き声。


「なんか、この子がいい」


 私が呟くと、パルが慌てて割って入ってきた。


「いや待て。理由は? ちゃんと性能表を見たか?」


「うーん……」


 私はドラゴンの頭を優しく撫でながら答えた。


「それは見てないけど、この子がいい」


「それでいいのかよ!!」


 パルのツッコミが響く中、様子を見に来た係員さんが目を丸くした。


「その子を選ぶんですか?」


「はい!」


「……本当に?」


「嘘だろ」


「おいおい、あれを選ぶ奴がいるのかよ」


 周囲の騎手たちから、ざわめきが広がる。

 係員さんはどこか言いにくそうな顔でポポのことを教えてくれた。


「この子は『ポポ』といいます。とても温厚で、人懐っこい性格なのですが……」


 係員のお兄さんは申し訳なさそうに続けた。


「……レース適性は最低です。最高速度、持久力、全てが平均以下。過去十年間、一度も選手に選ばれたことがありません」


「ええ? そうなんだ」


 次の瞬間、周囲の参加者たちからクスクスとした失笑が漏れ聞こえてきた。


「あいつ見た目だけで選んだぞ」


「初心者でもしない愚策だな。スタート直後に置いていかれて終わりだろ」


 さらに離れた場所では、ドラタンが腕を組んで私の選択を見ながら、ニヤニヤと自信満々に頷いていた。


「……なるほど。ハルカ、すぐにでも負けて俺の嫁になりたいのか。可愛い奴だな」


 だけど肩の上のパルだけは周囲の嘲笑にも私の呑気さも気にせず、眉をひそめて、コメント欄を必死に読んでいた。


『あれ?』

『今ポポの目光らなかった?』

『気のせい? 一瞬なんかすごいオーラ見えたぞ』

『最弱ドラゴン……なのか……?』


 パルはポポをじっと見つめた。


「お前……本当にただの最弱ドラゴンなのか?」


「クルル♪」


 ポポは嬉しそうに私の手に頬を擦り寄せてくる。


「ほら! 可愛い!」


「いや、そこじゃない。何かあるかもしれないが、それでも負ける確率の方が高いんじゃないか?」


 ポポは私の気持ちに応えるように、嬉しそうに体を震わせている。

 肩の上のパルは、配信画面に次々と流れる神様たちのコメントを見つめながら首を振る。


『さっき光ったのは気のせいか? 癒し系ペット動画かな?』

『ハルカ……視聴率を狙いすぎだ』


「……ハルカ、お前は癒し系旅番組から、レースで負けておもしろ夫婦配信にでもしたいのか?」


「失礼な! 私とポポの絆を舐めないでよね!」


「絆って……ついさっき出会ったばかりだろ」


 とにかく、私が乗るドラゴンは決まった。

 絶対に優勝するぞー!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。