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異世界 満喫トラベラー ~のんびり旅行するつもりが色々巻き込まれました~  作者: みみたん


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第23話 クーデター

 私はすぐ部屋に戻れなかった。

 今戻ったらマチルダが気づいて不安にさせてしまいそう。


 深呼吸をして、笑顔を作る練習をした。

 ポポをぎゅーっとして、ゆっくり三十秒数えて、自分の部屋に歩き出した。


「ポポがいてくれて良かった。なんか落ち着いたよ」


「クルル」


 部屋の前について、また深呼吸をして扉を開けた。

 マチルダと目が合った。

 やっぱり寝ないで起きてるよね。


「なにを話してきたんだい? といっても一般人に言えないことだよね」


「そうだねー。でも全然大したことなかったよ」


 本当のことなんて言えない。

 なんかごめんね。


「明日も早いし、もう寝ようか」


「そうだね。ベッドも二つあるみたいだし、使っていいのかい?」


「うん、好きな方で寝てね!」


 できる限り明るく自然に……多分できたと思う。

 私は部屋の明かりを消して、ベッドに潜った。

 

 ……ベッドに入っても、なかなか眠れなかった。

 目を閉じると、さっき聞いた魔王さんの言葉が頭の中に浮かんでくる。

 反魔王派が動いている。王都が戦場になるかもしれない。

 そんなことを言われても、まだ実感なんて湧かなかった。

 帰ってきたら王都の様子がおかしくなっていたのは納得できたけど。


「……明日になれば、きっと大丈夫だよね」


 自分に言い聞かせる。

 シャガムトとフンバルトを病院へ連れていく。

 治療薬を手に入れて二人の病気を治す。

 それだけなんだ。

 私はそう思いながら、目を閉じた。


--


「…ルカ!」


「……?」


「ハルカ!」


「……んぅ?」


 誰かに呼ばれた。

 まだ眠いよ。

 もう朝?なんとなくまだ夜だよね。


「ハルカ、起きろ!」


「……魔王さん?」


 目を開けると、目の前に魔王さんがいた。

 余裕のある顔じゃない。

 ものすごく険しい表情をしていた。


「起きろ。すぐに支度をするのだ」


「……どうしたんですか?」


「時間がない。危険が迫っておる」


 危険……その言葉で一気に眠気が吹き飛んだ。


「何かあったんですか?」


「クーデターが起きた」


「……え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「反魔王派が動いた。すでに王都の複数の場所を制圧しておる」


「そんな……」


「吾輩たちは今からこの城を出る」


「……魔王さんも?」


「そうだ」


 魔王さんが頷く。


「ここに留まれば、吾輩自身が捕らえられる可能性がある」


「魔王さんが捕らえられる……?」


「吾輩一人なら賊などたやすく屠ってみせるが、ここには非戦闘員も大量におるのだ。その者たちを巻き込むわけにいかぬ」


「……でも、魔王さんがいれば返り討ちにできるんじゃ……?」


「そんな簡単なことではないのです。ハルカ様」


 大臣さんも部屋の中に入ってくる。


「畏れながら。魔王様お一人であれば、一万の軍勢が押し寄せようと物の数ではございません。なればこそ敵は正面から挑むことを避け、この城ごと包囲し、非戦闘員を盾に……あるいは人質に取る道を選びましょう」


「そうだ。城が戦場と化せば、非戦闘員から死んでいく可能性が高い。それだけは避けねばならぬ」


 その言葉を聞いて、私は慌ててベッドから降りた。


「分かった。すぐ準備します。マチルダ起きて!」


 私はマチルダをゆすって起こした。

 これだけ話していたのに起きないなんて、本当に疲れていたんだね。

 マチルダは目をこすりながら起きた。


「なんだい騒がしい……………………ま、魔王様!?」


「うむ、急いでくれぬか」


 マチルダは無言で頷く。

 事情はわかっていないみたいだけど、てきぱき動いてくれて助かる。

 私は着替えようとしたところで、動きを止めた。


「……待って」


「どうした?」


「シャガムトたちは?」


 魔王さんが黙った。


「魔王さん?」


「……連れてはいけぬ」


「どうして?」


「あの二人は病人だ。その二人を守りながらの移動は厳しい」


「でも、ほっとくと命に関わるんですよ?」


「分かっておる」


「だったら――」


「ハルカ、今の王都では、誰が味方で誰が敵かすら分からぬ」


 魔王さんが私の言葉を遮った。


「軍の中枢にいる者たちの中にも、反魔王派に通じている者がおった」


「……そんな」


「吾輩が把握していたより、はるかに深く入り込まれておったのだ」


 大臣さんが話に割り込んできた。


「現在、魔王様の命令を受けられる部隊は限られております」


「じゃあ、シャガムトたちを守る人は?」


「それも難しい状況でございます」


 私は何も言えなかった。


「吾輩がここに残れば、全員を巻き込む」


 魔王さんが続ける。


「まずは王都を脱出し、残った兵をまとめねばならぬ」


「……そう……なんですね」


「ハルカ。お主も一緒に来い」


 私は俯いた。


「……ごめんなさい」


「何?」


「私は行けない!」


「ハルカ!」


「シャガムトたちを置いていけないよ!」


「今はそのようなことを言っている場合ではない!」


 魔王さんの声が大きくなる。

 その声に驚いた。

 こんなに必死な魔王さん見たことがない。


「ここに残れば、お主も危険なのだぞ!」


「分かってる」


「ならば――」


「でも、シャガムトたちも危ないんです」


 魔王さんが必死なように、私だって必死なんだ。


「病気なんです……死ぬかもしれないんですよ!」


「……わかるが」


「このまま治療できなかったら……」


 魔王さんは何も答えない。


「私は、そんな二人を置いて逃げられない」


「……ハルカ」


「魔王さんは逃げて」


「何を言っておる」


「私たちは迷惑をかけないから」


 無理に笑った。


「シャガムトたちを連れて、私たちだけで何とかします」


「何とかする、だと?」


「はい」


「王都がどうなっているか分かっておらぬのだぞ」


 私は頷いた。


「それでも……助けたいんです!」


 そのときだった。

 遠くから、轟音が響いた。

 城全体がわずかに揺れる。


「……っ!」


 大臣さんが窓へ駆け寄る。

 遠くで、赤い光が上がっていた。


「おそらく西区画です」


「……そうか」


 魔王さんが呟く。

 さらに別の場所から、鐘の音が鳴り響いた。

 その不吉な音が、夜の王都へ広がっていく。


 大臣さんが振り返る。


「魔王様、もう時間がございません」


 魔王さんはしばらく黙っていた。

 そして、私を見る。


「……お主は、本当に残るのだな」


「はい」


「吾輩が何を言っても無駄か……」


「……ごめんなさい」


「……そうか」


 魔王さんは目を閉じた。


「ならば、せめて一つだけ約束せよ」


「約束?」


「必ず生き延びろ」


「はい」


「絶対だ。絶対ったら絶対だぞ!」


「わかりました!絶対ですね!!!」


 魔王さんは頷いた。


「大臣」


「はっ」


「吾輩たちは予定通り脱出する」


「承知いたしました」


 魔王さんが私を見る。


「そして、この者たちにはできる限りの支援を残せ」


「畏まりました」


「魔王さん……」


「礼を言う必要はない」


 魔王さんはそう言って、背を向けた。


「……友を救いたいというのなら、最後まで諦めるな」


「はい、約束します。魔王さんも……また私と朝ごはんを食べるって約束してください」


 魔王さんはニヤリと笑って頷き、部屋を出ていく。

 扉が閉まった。

 私はしばらく、その扉を見つめていた。

 怖い。今まで感じたことのないくらい怖い。


 私はマチルダを見る。


「マチルダは……どうする?」


 ここまで付き合わせてしまった。

 魔王さんについていけば、安全に王都を脱出できる。

 わざわざ危険な場所に残る理由なんてマチルダにはない。


「もちろん、残るさ」


「……え?」


「ハルカが残るっていうのに、あたしだけ逃げるわけにはいかないだろ?」


「でも、マチルダは私の護衛じゃないよ?」


「知ってるよ」


 マチルダは不敵な笑みを浮かべた。


「最初はただの仕事だった。でも、一週間もずっと一緒にいたんだ。……あたしだけ安全なところに行くなんて、そんなの寝覚めが悪すぎるだろ?」


「マチルダ……」


「それにさ」


 マチルダは肩をすくめた。


「ハルカ一人じゃ、何かと心配だからね」


「……それ、私が頼りないってこと?」


「そういうこと」


「ひどい!」


 こんな状況なのに、少しだけ笑ってしまった。


「じゃあ……一緒にいてくれる?」


「ああ。最後まで付き合うよ」


「ありがとう」


 私はマチルダの両手を強く握った。


「それじゃさっそく……シャガムトたちのところに行かなきゃ」


「クルルゥ……」


 ポポの目が光っている。

 たまにそんなときがある。


「ポポは気合を入れているのかな? 一緒に行こうね」


 私は急いで着替えた。


「マチルダ、待たせてごめん。行こう」


 マチルダも無言で頷く。


 私たちは部屋を飛び出した。

 廊下を走る。

 さっきまで静かだった魔王城は、もう別の場所になっていた。

 兵士たちが走り回って、怒号が飛び交っている。

 武器を手にした兵士が、次々とどこかへ向かっている。

 私はその間をすり抜けて、シャガムトたちの部屋へ向かった。

 急いで扉を開ける。


「みんな!」


 こんな時なのに、全員ぐっすり寝ていた。

 このお城、防音がしっかりしてるから仕方ないけどさ。

 明かりを先につけて……。


「起きろぉぉぉ!!!」


 寝ていた団員たちが、全員起きてくれた。


「うるせぇ!」


「もう朝ぁ?」


「ど、どうした!」


 みんな寝ぼけ眼だ。


「目を覚まして!クーデターが始まったの!」


「……は?」


「反魔王派が王都を襲ってる!」


 全員とは言わないが飛び起きてくれた人もいる。


「俺たちはどうしたら?」


「ここなら安全なのか?」


「もう終わりだ……異国で死ぬのか……」


 やっぱりパニックになるよね。


「落ち着いてって言っても無理だと思うけどさ」


 私はみんなを見渡す。


「魔王さんは、今すぐ王都を出るって」


「じゃあ、俺たちも――」


「私たちは一旦残る」


 全員が私たちを見た。


「……残る?」


「うん」


 私はシャガムトたちを見る。


「みんなで逃げるのは難しいって」


「……そうか」


 シャガムトが苦しそうに笑った。


「まあ、そうだろうな」


「団長……」


「お前らは魔王様についていけ」


「嫌だ」


 みんな即答した。


「なにを言っている……?」


 キーチョが腕を組む。


「団長置いて逃げるわけねぇだろ」


「そうだ!」


「俺たちはモフモフニャンコミルキーズだぞ!」


「団長がいなきゃ始まらねぇ!」


 キーチョだけじゃない。

 寝ぼけていたはずの団員たちも、次々に起き上がっていく。


「俺も残るぞ」


「俺だってだ」


「当たり前だろ!」


 シャガムトたちを置いていくなんて、みんな無理だよね。

 この場にいる団員全員が、気合を入れている。


「いや……お前ら……」


 シャガムトが困ったように笑う。


「二人も病人がいるんだぞ?」


「知ってる!」


「足手まといを連れてたら死ぬかもしれねぇんだぞ?」


「だからだろ!」


 団員たちが口々に叫ぶ。


「団長だけ死なせるわけにいくか!」


「みんな一緒だ!」


「二人とも俺たちの団長だ!」


「いや、団長は一人だろ!」


「そこはどうでもいいだろ!」


「いやよくない!」


 こんな状況なのに、いつもの調子が少しだけ戻ってくる。

 私は思わず笑ってしまった。


「……みんな馬鹿だよ」


「ハルカもだろ」


「え?」


「お前も残るんだろ?」


「うん」


「じゃあ、俺たちだけ逃げるわけにもいかねぇよ」


「そうそう、みんな馬鹿ばかりだ」


 私は頷いた。


「それも悪くないね」


 城の外から、また大きな音が響いた。

 窓が震える。誰かが息を呑んだ。

 私は窓の外を見る。

 王都の一角が、赤い光に照らされていた。

 普通に人が暮らしている街。

 そこが今、戦場になろうとしている。


「……どうしよう」


 私は呟いた。

 シャガムトたちを助けたい。

 そのために、まずは病院に行って手がかりを聞きたい。

 そして今、この王都はクーデターによって封鎖されようとしている。


「……まずは、シャガムトたちを安全な場所に」


 私は拳を握った。

 何をすればいいのかは、まだ分からない。

 でも、ここで諦めるつもりはなかった。

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