第20話 神々の質問
朝、目を覚ますと、パルが私の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、パル……どうしたの?」
「おはよう、ハルカ。今日だぞ」
「……今日?」
「神様との約束の日だ」
「あ」
そうだった。あれから一週間。
旅に夢中になっていた私は、神様と約束していたことをすっかり忘れていた。
「今日の寝る前だからな、忘れるなよ?」
「うん、夜になったらまた言ってね」
……今日は移動日だ。
これから宿を出て、また馬車で移動する。
たぶん私は忘れるだろうけど、パルが覚えていてくれるよね。
それにしても、まさかこんな旅の途中で約束の日が来るとは思わなかった。
でも、約束は約束だ。
何を聞かれるのかは分からないけど、答えたくない質問には答えなくていいと言われている。
それなら、まあ、気軽にやればいいか。
……と思っていた。
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そして夜。
私たちは魔力渦の谷の麓にある村に到着していた。
今日はここで泊まる予定だ。
長い一日の移動を終えて、あとは寝るだけ。
……のはずだった。
「ハルカ」
パルが私の肩に乗る。
「そろそろ約束の時間だぞ」
「あ、そうだった」
危ない。本当に忘れてた。
私はコメント欄をオンにした。
「じゃあ、始めようか」
『待つのじゃ』
「ん?」
頭の中に、直接声が聞こえてきた。
『始める前に、少しだけ話したいことがある』
「話したいこと?」
『うむ。少しだけ配信を切ったのじゃ』
「……配信を切った?」
『そうじゃ』
パルが珍しく真面目な顔をしている。
あ、目の前からコメント欄が消えた。
「そうみたいだね」
『うむ』
いつもの軽いイメージとは、少し違っていた。
『ハルカよ。神々について、少し話しておきたい』
「神々について?」
『そうじゃ』
何の話だろう。
『では少し長くなるぞ』
――神々は普段、人間の行動を変えず、未来を導かず、因果を操作せず、ただ『観測するだけ』の存在じゃ。
――しかしハルカの旅は、神々が長い永劫の中で一度も見たことのない『揺らぎ』を生み始めた。
――神とて本来は、当然じゃが完璧な存在などではない。
――そして神とハルカが出会ったことは、奇跡ではなく、運命でもなく、加護でもなく、偶然でもなく、ただハルカという存在が生きて歩いた結果として生まれた『未知の揺らぎ』。
――神々はそれを『干渉したい』ではなく、『観測だけでは足りない』と感じ始めたわけじゃ。
――観測者である神々が、永劫の中で稀にしか抱かぬ感情。『この子は、何を見て、何を感じて、何を選んで、何を選ばなかったのか。それを知りたい』
――導くためではない。未来を変えるためでもない。ただ純粋に『観測者としての愛しさ』が限界を超えたのじゃ。
――ハルカよ、この問答によってお主の行動を変える必要はない、影響を受ける必要もないのじゃ。
――生きとし生けるものは、みな不完全で醜いものだ。それは神とて例外ではない。
――そしてハルカよ。醜き我が愛しい子の一人よ。これからもお主はお主のままでよい。
『ふぅ、以上じゃよ。伝えたいことは伝えたのじゃ』
難しい話だったし、神様が抱えているものの全部は、たぶん私にはわからない。
それでも「観測するだけの存在」が、誰かを見て「知りたい」って思うようになったっていうのは何となく分かる気がした。
誰かに興味を持つ気持ちって考えたら、そんなの誰だって持つ感情だからさ。
そして、これからも私のままでいいって言ってくれたこと。
それだけは、ちゃんと受け取れた気がする。
「これからも、今まで通りでいいんだよね?」
『もちろんじゃ』
「じゃあ、質問に答えればいいんだね」
『そうじゃ』
「分かった」
神様が何を考えているのかは、私には全部は分からない。
でも私が私のままでいいなら、それでいい。
『では、配信を再開するのじゃ』
「うん」
パルの目が光った。
目の前にもコメント欄が表示されたので配信が始まったんだろう。
「……え?」
コメント欄を開いた瞬間、私は目を疑った。
視聴者数が、千を超えている。
本当にバズったんだ……。
コメント欄も凄い勢いで流れている。
『第一回、リアルタイムでハルカたんの反応を見ようの回!』
『とうとう始まった!』
『待ってたぞ!』
『質問タイムきたー!』
……なんか盛り上がってる。
とうとう始まったんだ。
「さて、どんな質問が来るかな」
私はコメント欄を眺めた。
『ハルカたん今履いてるパンツの色教えて!』
『スリーサイズ聞きたい!』
『本当は心の奥底に隠してる好きな男のタイプ!』
『お風呂はどうしてるの!?』
ものすごい勢いでコメントが流れていく。
これが本当に神様なの?
一気に百近くのコメントが流れているせいで、ほとんど読めない。
画面の下のほうに残っている最後の十行くらいなら何とか読めるけど……。
「これは無視でいいや」
どう考えても答えなくていい質問ばかりだ。
『ちょっと待つのじゃ!』
『質問が多すぎるし、セクハラ禁止なのじゃ!』
『整理するから少し待つのじゃ!』
私をこの世界に召喚した管理神が、見兼ねてコメント欄に登場している。
『神としての品位を保つのじゃ!』
どうやら質問をピックアップしてくれているらしい。
……ん?
なんか、やたらと優先されているコメントがある。
『野次馬神:質問です。スパチャ』
『貧乏神:スパチャするから質問させて』
『運命神:わしも追加でスパチャ』
「……これ、スパチャした神を優先してない?」
ほんとに日本の配信と同じじゃん。
神様もそこは一緒なのか。
しばらくすると、コメント欄が少し落ち着いた。
『これでよかろう』
管理神のコメントが表示される。
どうやら質問がまとまったらしい。
「どれどれ」
私は最初の質問を読む。
『旅の目的とか、なんか目的作らないの?』
「めっちゃ普通の質問ですね……」
私は少し考えてから答えた。
「今すぐ目的は持ちたくないかな。やりたいように自由に生きたいんだよね」
『返答ありがとう。でも目的を持つと、多分もっと配信の人気が出るよ?』
「配信のためにやってないので」
『管理神泣いちゃうねwww。運命と共にあらんことを』
次の質問。
『なんでドラゴンレースの時にポポを選んだの?』
「これは簡単だよ」
私は隣にいるポポを見る。
「実は、あのとき全部のドラゴンを鑑定しながら歩いてたんだよね」
ポポがこちらを見る。
「そのときに、ポポに秘めた力があることはすぐ分かったんだ」
ステータスだって、最弱なんかじゃなかった。
むしろ、とてもすごかった。
「それに鑑定したら、ちゃんと『ハルカと運命のドラゴン』とか『ハルカの守護者』とか書いてあったしね」
そして何より、これが一番重要。
「あと、ポポが一番かわいかったから」
「クルルッ♪」
ポポが嬉しそう。
その顔を見るだけで、私も嬉しいんだよ。
『かわいいは正義』
『分かる』
『結局そこかよ』
コメント欄が流れる。
私は次の質問を読む。
『普段コメントに反応しないのなんで?』
「くだらない反応が多いから、旅を楽しむ邪魔にしかなってなかったからね」
即答してやった。
『辛辣』
『正論かもしれん』
『でも我々は神だぞ?』
「神様だからって何でも聞いてあげるわけじゃないからね」
次。
『神のイメージを教えて?』
「思ったよりも人間っぽい……」
私はちょっと間をあけた。
「……しかも悪い意味で」
『ぐはっ』
『刺さった』
『神なのに……』
コメント欄が盛り上がっている。
私は次の質問へ目を移した。
『お前はやけに神に対してフレンドリーだな。なぜ恐れない?』
「え、怖がる要素ある?」
これは言葉を選んで答える必要があると思った。
「別に悪いことしてないし。何かやましいことがあるなら別だけど、私は特に何もしてないから、必要以上に怖がる理由がないんだよね」
『……なるほど』
『清々しいまでの正論』
『悪いことしてる神、ちょっとビクッとしてそう』
「え、いるの? 誰?」
『……観測を続けよう』
「誤魔化した!?」
この件は誰も何も言わなくなったから次かな。
『我の予見眼では既に五回は死んでいたのに、全てポポが守ってくれていたのも計算か?』
「……怖いことを言わないで、私にそんなの分かるわけないじゃん」
思わず眉をひそめる。
五回? 死んでた?
「ていうか……ポポが守ってくれてたの!?」
「クル?」
ポポが首を傾げている。
「いや、そこで『クル?』じゃなくて!」
私はポポを見る。
でも、ポポは何も反応してくれない。
……まあ、守ってくれたのならありがとう。
何度でも言っちゃう。大好きだよ、ポポ。
次の質問。
『お前はポポを戦わせたくないと何度か言っているが、なぜだ? ポポはお前が思っているより強いぞ』
「それはすごく簡単な質問だね」
この質問なら考えるまでもなく答えられる。
「だって、ポポよりもっと強いモンスターがいたらどうするの?」
『……ふむ?』
「今まで大丈夫だったからって、これからもずっと大丈夫とは限らないでしょ。ポポが傷つくところなんて、絶対に見たくない」
『なるほど』
『強者への信頼と、強者だからこその心配は両立するのだな』
『不確定要素には用心するか。人間らしいな』
「別に難しいことは考えてないよ。ただ、大事な子が傷つくのは嫌なだけ」
次の質問。
『鑑定が都合よすぎるけど、それ神鑑定じゃない?』
「私に分かるわけないよ」
すると、すぐに管理神からコメントが入った。
『神鑑定を授けたのじゃ。あれはミスじゃった』
「……え? 神鑑定ってなに?」
今度は私から質問してしまった。
別の神からコメントが返ってくる。
『そのときハルカに必要な情報が表示される鑑定のこと』
「……超ラッキーじゃん」
そんな便利な鑑定だったのか。
ミスっていうなら、むしろそのミスに感謝したい。
次の質問。
『管理神のミスとやらを、本当に一つだけだと思ってるのか?』
「え? まだあるの?」
誰も答えない。
「気になるじゃん。教えてよ」
やっぱり誰も答えない。
なにこの揺さぶり。
次の質問、まだあるかな?
あった。
『ハルカたん(*´Д`)ハァハァ』
「どう反応しろと!?」
……まったく。
神様って、やっぱり神様なんだな。
私には何が楽しいのか、よく分からない。
次の質問。
『君はこの世界の「文化」に違和感を覚えたことはないか?』
「違和感あるよ」
この世界に来てから、思ったことがある。
それは想像していた異世界とは明らかに違ったこと。
「でも、それを変だとは思わないかな」
それが普通って気づかせてくれた存在がいるからね。
「だって、神様だって私の想像と全然違ったんだよ」
『なるほど』
『違和感を持ちながらも否定しない、と』
『観測対象として興味深い』
『そうかもしれんな!』
次の質問。
『元の世界に「未練」はないのか?』
この質問は、すぐには答えられなかった。
「うーん」
私の小さいころに両親は他界したんだよね。
実は、私はおばあちゃんに育てられたんだ。
そのおばあちゃんも去年他界した。
数少ない友達に会えないのは寂しいけどね。
「ない……のかも」
まだ見終わっていない漫画とかドラマはあったよ。
でも、ブラック企業でそんなのを見る余裕がない毎日だった。
結果論だけど、この世界に来るタイミングが良かったのかも。
「元の世界に戻ることを考えるより、ここで楽しいことを考えたい」
そう、日本にいてもできなかったことが、この世界ならできる。
「せっかく異世界に来たんだよ?」
まさに異世界で日本みたいなお笑いライブを見られるなんて思わないじゃん?
舞台にまで上がったしさ。
「だったら、こっちの世界を楽しまないともったいないじゃん」
コメント欄の反応がない。
なんだろう。
変なこと言ったかな?
まあ、いいや。
次の質問。
『お前は旅の果てに何を望む?』
旅の果てね。そんなこと、考えたこともなかった。
「……難しい質問だなぁ」
これまでの短い旅路で思ったことがあるんだ。
「色んな人の笑顔を見たい。いろんな人が生きた証を見ていきたい」
まだほんの少ししか見てないけど、日本にいたら知ることができなかったこの気持ち。
「今は、その場の思いつきで旅をしてるけど、自分の夢を見つけることが夢になったよ」
そう、まだどうしていいかわからないけど。
「だから、これからも世界中を旅して、色んなことを知りたいんだ」
またコメント欄が静かになった。
「……なんで黙るの?」
私は首を傾げた。
「変なこと言った?」
『いや』
『何でもない』
『……観測を続けよう』
……そんな感じで、質問はしばらく続いた。
いくつか答えたくない質問もあったけど、それは答えなかった。
そして、しばらく問答が続いた頃。
『もう約束の時間じゃ』
管理神のコメントが表示された。
『思ったよりも長くなってしまったのぅ』
「もう終わり?」
『終わりじゃ』
「そっか」
私は少しだけホッとして、そして清々しい気持ちになった。
自分のやりたいことが整理できた。
のんびり目的なく旅をするのも悪くないけど、自分の芯になるものが欲しい。
でも、これ疲れるね。しばらくやりたくないや。
「次は半年から一年くらいあとでもいい?」
パルを見る。
「半年から一年か」
「うん」
「それなら年一回にして、希少価値を出す方向も悪くないな」
「配信至上主義だね」
パルらしくて笑っちゃった。
「ああ」
パルがニヤリと笑った。
私は配信画面を見る。
コメント欄には、まだたくさんの言葉が流れていた。
最後まで見てくれていた神様たちに、軽く手を振る。
「じゃあ、また一年後ね」
『楽しみにしておるぞ』
『次はもっと質問を考えておく』
『一年も待つのか』
『次回予告はよ』
「……ほどほどにしてね」
私は苦笑した。
こうして、神々との質問タイムは終わった。
神様はやっぱり神様だ。
人間の私には、難しい質問ばかりだった。
でもやってよかった。
私はコメント欄をオフにした。
「はあ……結構時間経ってる!」
「俺が想定してたよりも確かに長かった」
やっぱりそうなんだ。
「あとは寝るだけだね」
私は伸びをする。
そういえば、今いる場所ってマチルダの実家なんだよね。
明日は魔力渦の谷に行く予定だ。
「どんなとこだろう」
楽しみだな。そう思いながら、私はベッドに潜った。
このエピソードで毎日投稿は終わります。
今後は土日水で更新を予定しています。
この回は人気作だったら読者の方に質問を募集して、読者の方に神々をやっていただきたかったです。
残念ながら不人気作なので諦めましたが……。
次回の神々の質問は、読者の皆様が神々になっていただけるよう頑張ります。




