第13話 管理神アゲイン
魔王国にやってきて、数日が経過した。
……とはいっても、私は魔王城からほとんど出ていない。
具体的な休戦協定の協議が始まってから、結局私も重要な立会人として、ほぼ毎回参加を求められてしまった。
おかげで自由な時間なんてほとんどない。
しかも、たまに意見まで求められる。
別に私は政治に詳しいわけじゃないんだけどなぁ……。
異世界の文化よりも先に、異世界の軍事に詳しくなりたくないんだけど。
それでも、話を聞かずに適当なことを言うわけにもいかない。
おかげで精神的にかなり疲れてしまった。
……そんなこんなで、数日続いた協定の詳細がようやくまとまった。
そして今日は、ヤクメーさんがモスキー王国へ帰国する日だ。
魔王城の門前。
出発の準備を終えたヤクメーさんを、私と魔王さん、それからモフモフ団が見送っている。
ヤクメーさんは門の前で、ふと足を止めた。
そして私を見る。
「ハルカ……しつこいかもしれないが、考え直してくれ。やっぱり君も一緒に来なくていいのか?」
「ヤクメーさん、ごめんね」
私は申し訳なさそうな顔をする。
「私は魔王国の安定を見届けたいんです」
とか言いつつ本音として、せっかく異世界らしいところに来たのに、こんな珍しい場所を見ないでどうするの!って気持ちでいっぱいなんです。
魔王国。
それも、今まで人間族とは戦争をしていた国だ。
そんな場所を自由に見て回れる機会なんて、そうそうあるものじゃない。
むしろ、ここで帰るほうがもったいない。
魔王さんが頷いた。
「勇者よ、ハルカはこの国の大切な友人なのだ。このまま帰したとあっては、魔王国の面目も丸つぶれだ」
「そうか……」
ヤクメーさんは少し考えたあと、柔らかく笑った。
「君は責任感が強いな……。何度もすまなかったね」
「いえいえ」
私は首を横に振る。
すると、ヤクメーさんが真剣な表情になった。
「ただ、休戦の立役者である君に、どうしても我が国からの褒章も渡さなければ、僕の気も済まないんだ」
「褒章……」
その言葉に、思わず反応してしまう。
「それはすべてが解決したら、その時にモスキー王国に行くからね。それは約束します」
(わー! 何もらえるのかな! お金たくさんもらえるといいな!)
ヤクメーさんが安心したように笑った。
「ありがとう。それなら僕も安心だ」
そして、ヤクメーさんは魔王さんへ視線を向ける。
「魔王、ハルカを頼むよ」
「吾輩に任せておけ、勇者」
魔王さんは胸を張った。
「ハルカよ。なんなら、ずっと我が国にいてよいのだぞ?」
「おいおい」
ヤクメーさんが苦笑する。
「救世主ハルカを魔王国で独占するなんて、ずるいぞ。まあ、さすがに冗談だよな?」
「アハハ……」
私は笑って誤魔化した。
「さすがに冗談ですよね。魔王さんの気持ちも、勇者さんの気持ちも本当にありがたいです!」
その横で、パルが私をジト目で見ていた。
「……」
「な、なに?」
パルは何も言わない。
ただ、呆れたような目をしている。
やっぱり私の心を読める!?
ヤクメーさんが馬車へ向かう。
そして門を抜けたところで、こちらを振り返った。
「それじゃあ、ハルカ。また会おう!」
ヤクメーさんが大きく手を振る。
「はい! ヤクメーさんも気をつけて!」
私も負けないくらい大きく手を振り返した。
魔王さんは静かに頷いている。
そしてモフモフ団はというと――。
深々と頭を下げる者。
親指を立てる者。
腕を組んだまま見送る者。
普通に手を振る者。
そして……。
ポポの隣に立ち、ヤクメーさんを一切見ずにポポを警戒している者。
「ねえ、まだこんなに可愛いポポのことが怖いの?」
「クルル?」
ポポが不思議そうに首を傾げる。
「可愛いから怖いんだよ。何度言わせんだよまったく……」
そんな私たちを見ながら、ヤクメーさんは苦笑しつつ手を振り続ける。
やがて、その姿が遠ざかっていった。
そして門の向こうへ消えていく。
「……いってしまったな」
魔王さんが呟いた。
「そうですね~」
私も小さく息を吐く。
勇者ヤクメー・オーリタイ。
魔王のライバルにして、数日前まで魔王さんと殺しあってた人だ。
それが解決して、今では魔王さんと一緒に笑顔で見送ることができる。
魔王さんが私を見る。
「して、ハルカよ」
「はい?」
「お主はしばらく、ここで自由に暮らしたいのだったな?」
「そうですね」
私は頷く。
「街のみんなの生活の様子も見たいですし、仲良くなりたいですから、遠方にも顔を出しますよ」
せっかく魔王国に来たんだ。
魔王城だけ見て終わりなんて、もったいない。
街も見たいし、人々がどんな生活をしているのかも知りたい。
できれば、いろんな人と仲良くなりたい。
それだけじゃない。
この世界、特に魔王国の文化や歴史なんて楽しそうじゃない?
そんな私の言葉を聞いて、魔王さんは満足そうに頷いた。
「なるほど」
「?」
「人間族側の代表として、使節として振る舞うのだな。見事だ」
「え?」
そんな大げさなこと?
「ええ……まあ、そう……なの……かな?」
……なんか話が違う。
私はただ、魔王国を見て回りたいだけなんだけど。
魔王さんはそんな私の困惑には気づかず、何かを決意したように頷いた。
「あいわかった」
「?」
「まずはハルカ、お主はハイエルフだ」
「はい」
「魔王国にはハイエルフがそもそもいない」
「そうなんですか?」
「うむ」
魔王さんが腕を組む。
「お主が身元も分からぬまま街を自由に歩けば、その珍しさゆえに、どんな騒ぎやトラブルが起こるか分からん」
「あー……」
それは確かにそうかもしれない。
「だからこそ、自由に暮らしてもらうためにも、まずは国民へお主の存在を周知する必要がある」
「なるほど」
さすが魔王さん。
ちゃんと考えてくれている。
「それなら安心ですね」
私がそう言うと、魔王さんはすぐに大臣のほうへ向き直った。
「大臣!」
「はっ!」
少し離れたところに控えていた大臣が、背筋を伸ばす。
「ハルカを模写魔法で写し出し、模写絵画を国中に貼るのだ」
「はっ!」
「この名誉国民に危害を加えたら、極刑に処すと知らしめよ!」
「ははっ! 仰せのままに!」
大臣が勢いよく頭を下げた。
私は二人を見る。
「……え?」
今、何か聞き間違えたような。
「魔王さん?」
「なんだ?」
「私、街を歩いていいんですよね?」
「もちろんだ」
「……そのために?」
「うむ。国民全員にお主の顔を覚えてもらうのだ」
「ああ……」
なるほど。そういうことか。
それなら、確かに安全そうだ。
……まあ、私の顔が国中に貼られるらしいけど。
そこまでしてくれるなら、ありがたい……のかな?
「……ありがとうございます?」
私は念のため頭を下げた。
魔王さんも満足そうに頷く。
「うむ。これで安心して国を見て回れるだろう」
大臣が慌ただしく動き始める。
「ただちに模写魔法の準備を!」
「はっ!」
「画師を集めろ!」
「はっ!」
「国中への通達も同時に行う!」
「承知しました!」
……なんだか、思っていたより大事になっている気がする。
でも、これで自由に魔王国を歩き回れるようになる。
それなら問題ない。
私はそう思っていた。
ただ、隣にいたパルだけが、ものすごく嫌そうな顔をしていた。
「パル?」
「……」
「どうしたの?」
パルは何も答えない。
ただ、私をじっと見つめている。
……なんでだろう?
--
その日の夜。
魔王城の貴賓室。
私は大きなベッドに身体を沈めていた。
「ふぁ~……」
ここのところ、ずっと気疲れがすごい。
今日だけでもヤクメーさんを見送ったあと、魔王さんとこれからのことを話して、そのあと大臣さんたちがものすごい勢いで動き始めて……。
異世界に来てから、毎日いろんなことが起こりすぎている気がする。
「明日から……どこに行こうかなぁ」
そろそろ心の洗濯をしたい。
街を歩いてみたい。
魔王国のB級グルメも食べてみたい。
できれば市場とかも見てみたいし、珍しい場所があるなら行ってみたい。
そんなことを考えながら、私は布団をかぶった。
「おやすみ、パル」
「……」
ベッド脇にいたパルが、じっと私を見る。
「……?」
やっぱり変だ。
最近のパルは、ほとんど何も言わなくなった。
そんなことを考えながら目を閉じる。
すると――。
ふわり。白い靄が、部屋の中に広がった。
「……え?」
次の瞬間。
私は、あの場所に立っていた。
真っ白な空間。
足元には雲のような柔らかな靄が立ち込め、境界はどこにも見当たらない。
私がこの世界に来る前に、一度だけ訪れた場所。
「……またここ?」
目の前には、神様がいた。
「久しぶりじゃのう、ハルカ!」
「神様?」
神様は満面の笑みを浮かべている。
「どうしたんですか? また急に呼び出して」
「いやぁ、それがじゃな!」
神様が嬉しそうに身を乗り出す。
「お主に頼みたいことがあってのう!」
「頼み?」
「うむ!」
神様が頷く。
「最近、お主の配信がものすごいことになっておるのじゃ!」
「……配信?」
「そうじゃ!」
神様は楽しそうに話し始める。
「フォルティスでの祭り、モンスターの襲撃、謎の遺跡からの転移……そして魔王城!」
神様が拳を握る。
「勇者と魔王の決戦を止めたところで、視聴数が一気に跳ね上がったのじゃ!」
「へぇ……」
私は素直に驚いた。
でも、それ以上の感想はない。
別に私は、配信を盛り上げようとしているわけじゃない。
ただ自分がやりたいように行動しているだけだ。
……なんか巻き込まれてばかりで好きなことができないけど。
「しかもじゃな」
神様がさらに嬉しそうな顔をする。
「最近は神々からのスパチャもものすごいぞ!」
「スパチャ?」
「うむ。じゃんじゃん飛んできておる!」
「へぇ……」
神様が得意げに胸を張る。
「それでな――」
私は神様の言葉を遮った。
「神様」
「なんじゃ?」
「今回、私を呼んだ理由って、それですか?」
「いや、違う」
神様が即答した。
「……違うんですか?」
「うむ。実は神々から、お主への要望が大量に届いておってな」
「要望?」
「そうじゃ」
神様が少し困ったような顔になる。
「お主にコメントへ答えてほしい、という要望じゃ」
「ああ……」
たしかに配信にはコメント機能がある。
ただ、私はコメントを読んでない。
旅をしている最中に、いちいち神々のコメントを見ながら行動するなんて面倒だからだ。
「コメントなら、遺跡あたりからずっと切ってましたけど」
「知っておる」
神様が苦笑する。
「そこでじゃ」
神様が指を一本立てた。
「一週間後の夜、コメント表示をONにしてほしい」
「その日、コメント欄の表示をONにしたらいいんですか?」
「うむ。そして、寝る前に視聴者のコメントに答えてほしいのじゃ」
「毎日じゃなくて一週間後の夜ですよね?」
「そうじゃ、ハルカファンが増えてきて、配信のバズを維持するためのサービスをしてほしいのじゃ」
神様は少しだけ申し訳なさそうにしている。
「神々も、お主に直接聞きたいことがたくさんあるようでな」
「例えば?」
「それは……まあ、いろいろじゃ」
神様が苦笑する。
「わしに聞くより、リアルタイムで答えてやってあげてくれ」
「なるほど」
私は少し考える。
「まあ、たまになら別にいいですよ」
「本当か!?」
「はい」
私は頷いた。
「旅の邪魔にならないなら」
「もちろんじゃ!」
神様が嬉しそうに頷く。
「助かるわい!」
そこで私は、ふと神様を見る。
「……あ」
「ん?」
「そういえば、最近パルが静かなんですよね」
神様の表情が、一瞬だけ止まった。
「魔王城に来た直後、撮影が大変そうでしたけど」
「…………」
「それからかな? ほとんど喋らなくなって……神様、何か知ってます?」
「……いやぁ」
神様が目を逸らす。
「その……」
「知ってるんですね?」
「…………」
「パル」
私はパルを見る。
「もしかして、神様から何か言われた?」
「…………」
パルはしばらく黙っていた。
そして――。
「……まあ、そうだな」
「やっぱり!」
神様が慌てて手を振る。
「ち、違うんじゃ! これにはちゃんと理由があってのう!」
「何ですか?」
「魔王城に来てから、パルは撮影に必死だったじゃろう?」
「そうみたいですね」
「その頃から配信が一気に伸び始めてのう」
「へぇ」
「それで……」
神様が少し言いにくそうにする。
「パルが黙って撮影に集中しているほうが、どうも神々には受けがよいと思ってな……」
「……それで?」
「しばらく、そのまま黙って撮影しておるように言ったのじゃ」
「…………」
私は神様を睨みつける。
「なんで勝手に決めたんですか?」
「いや、そのほうが配信も安定すると思って……」
「でも、私はパルと話すの楽しかったんですけど」
「それは……」
神様が困ったようにパルを見る。
「パ、パルも黙って撮影するほうがよいと思っておるぞ!」
「……本当に?」
私はパルを見る。
パルは少しだけ目を伏せた。
「…………」
「パル?」
返事がない。
私はしばらくパルを見つめる。
「……ねえ、パル」
「……なんだ?」
「私、パルと話すの、結構好きだったよ?」
「……」
「旅の途中で変なこと言ったときに突っ込んでくれたり、私が変なことをしたら呆れたり……」
私はこれまでを思い出して笑ってしまった。
「そういうの、楽しかったんだけどな」
パルは少しだけ目を伏せた。
「…………」
「答えて、じゃないと配信に協力しないよ?」
神様が慌てる。
「パ、パル! 正直に答えてよいぞ!」
そしてパルが、小さな声で答えた。
「……ハルカとの会話は、楽しいです」
「……!」
パルが、ゆっくりと口を開いた。
「ハルカは、いろいろと面白いことを言いますから」
「パル……」
「だから、本当は……もっと話したいです。もちろん配信で忙しいときは必死なので話せませんが」
その言葉を聞いて、神様は目を閉じた。
「…………そうか」
小さく息を吐く。
「ならば、わしの判断が間違っておったのう」
「神様……」
「お主の配信がどう見えるかばかり考えて、パル自身がどうしたいのかを聞いておらんかった」
神様は少し申し訳なさそうにパルを見る。
「……すまなんだ、パル」
パルは首を横に振った。
「いえ、神様の命令でしたから」
「そう言われると、余計に申し訳なくなるわい……」
神様が苦笑する。
そして、私を見る。
「ハルカ」
「はい?」
「これからは、パルに好きなだけ喋らせてよい」
「本当ですか?」
「うむ」
神様は今度こそ、はっきりと頷いた。
「配信がどうなるかなど、もう気にする必要はない。お主らはいつものように過ごすがよい」
「……ありがとうございます」
私はホッとした。
「じゃあ、これからもよろしくね、パル」
「ああ」
パルも嬉しそうに笑う。
「よろしくな、ハルカ」
「よかった!」
私は思わず笑みをこぼした。
やっぱり、パルは喋っていたほうがいい。
神様はそんな私たちを見ながら、小さく息を吐いた。
「では、今日はこれでよいな?」
「はい」
「一週間後、寝る前にコメントを見ることだけは忘れんようにな」
「分かりました」
「うむ」
神様が満足そうに頷く。
「では、今日の話はこれで終わりじゃ!」
「はい」
私は頷いた。
これで終わり――そう思ったところで、私はふと気になったことを思い出した。
「あ」
「ん?」
「私からも、一個だけいいですか?」
「なんじゃ?」
「さっき、スパチャって言ってましたよね?」
「……言ったのう」
「それって、神様は何をもらうんですか?」
「神気じゃ」
「神気?」
「うむ。マナと言ってもよい」
神様は何でもないことのように答えた。
「今回の配信で、かなり貯まったぞ」
「へぇ……」
私は少し考える。
マナね……それなら知っている。
私がこの世界に来たとき、神様が使ったものだ。
ハイエルフの身体も、私のスキルも。
全部、神様のマナによって与えられたものだったはず。
「……それ、いっぱいあるんですか?」
「うむ。かなり貯まったのう」
「じゃあ、私にもください」
神様が嫌そうな顔で私を見てくる。
「……お主、何に使うつもりじゃ?」
「新しいスキルとか」
「なっ!?」
神様が目を見開く。
「お主、まだスキルが欲しいのか!?」
「だって、いっぱいあるんですよね?」
「いや、それはそうじゃが……」
「私が好きに旅して、それで神様が神気をもらってるんですよね?」
「うむ」
「だったら、私にも少しくらい還元してくださいよ」
「お主……」
「別に配信のために頑張ってるわけじゃないですよ?」
「それは分かっておる」
「私は私で好きに旅してるだけですから」
「うむ」
「でも、結果的に神様が得をしてるなら、私にも何かあっていいと思いません?」
「……まあ、そう言われると反論できんな」
神様が肩を落とす。
「分かった」
「やった!」
「また神気を稼げばよいか……」
「じゃあ、新しいスキル――」
「待て」
神様が手を上げた。
「何が欲しいのか、今すぐ決める必要はないじゃろう?」
「……あ」
「お主、これから魔王国を見て回るのじゃろう?」
「そうですね」
「ならば、旅をしてから欲しいものを考えればよい」
「なるほど」
私は頷いた。
「じゃあ、スキルは後でもらっていいですか?」
「もちろんじゃ、その方が配信映えもするじゃろ」
「ちゃっかり計算してるし」
私は笑う。
「じゃあ、何が欲しいか考えておきます」
「うむ」
神様も頷いた。
「では、今度こそまたのう!」
「はい。おやすみなさい、神様」
「おやすみじゃ、ハルカ」
白い靄が、再び私の身体を包み込む。
視界が白く染まっていく。
そして私は魔王城のベッドへ戻ってきた。




