第11話 魔王城で現状確認
とにかくだ……とりあえず戦わないことになった。
それだけで、さっきまで張り詰めていた空気がずいぶん軽くなった気がする。
ヤクメーさんも魔王さんも、もう剣や魔法を構える様子はない。
モフモフ団のみんなも、ようやく肩の力が抜けたみたいだった。
私たちは魔王さんの案内で、客室にやってきた。
魔王城って客室があるのね。
「……それで」
ヤクメーさんが私たちを見る。
でもモフモフ団よりも私に話しかけているようにしか見えない。
「改めて君たちは、どうしてここに来たんだ? 詳しく教えてくれ」
「どうしてって言われても……」
そういえば、私たちがどうして魔王城にいるのかも、まだ全然分かっていない。
「私たちも、それが知りたいんですよ」
「……そういえばそう言ってたな」
「はい」
私は頷いた。
「だって、私たちもここに来たくて来たわけじゃないですから」
魔王さんが眉を寄せる。
「では、どうやってここへ来た?」
「それがですね……」
私は、ここに来るまでのことを頑張って整理した。
「まず、私たちはフォルティスにいたんです」
「フォルティス? ずいぶん遠いな」
ヤクメーさんが怪訝な顔をしている。
「はい。そこでお祭りを楽しんでたんですけど……」
あの日のことを思い出す。
「突然、モンスターの大群が街を襲ってきました」
「モンスターの大群だと?」
魔王さんが反応した。
「はい。かなりの数でした」
「……それは吾輩の知る限り、魔王軍が送り込んだものではないぞ」
「そうなんですか?」
「うむ。そう思われては困るからな。先に否定しておこうと思ったのだ」
魔王さんが頷く。
「吾輩はフォルティスという街に攻撃を命じてはいない。そもそもフォルティスなる街を知らん」
「少なくとも魔王軍の差し金じゃないんですね。ガレスさんに伝えなきゃ」
私はさらに頑張って思い出した。
「それで、モンスターがやってきた方向がフォルティスの東側だったんです」
「東……確か森があるな」
ヤクメーさんは地図を頭に思い浮かべてるのかな。
「そうですね。その森を調査することになりました」
「なるほど」
「その森の中で、遺跡を見つけたんです」
「あそこに遺跡があるのか?」
「はい。今までなかった遺跡が突然見つかったみたいです」
モフモフ団のみんなも頷いている。
「中を調べていったら、ちょっと変な研究をしていたみたいで……」
「変な研究?」
「キメラみたいなモンスターです」
ヤクメーさんと魔王さんが顔を見合わせた。
「キメラ……あの合成魔獣の?」
「はい。いろんなモンスターの特徴を組み合わせたような……そんな感じの研究です」
魔王さんが難しい顔をする。
「そんな研究施設が森の中に?」
「私たちも驚きました」
「そして、その遺跡を調査している途中で……」
私は少しだけ言葉を止めた。
「転移魔法陣みたいなものを見つけました」
「転移魔法陣?」
「はい」
私は頷く。
「それに近づいたら、気づいたときにはここにいました」
「ふむ……」
「だから、私たちもどうしてここに来たのか、よく分かってないんです」
魔王さんが腕を組む。
「つまり……森の遺跡にあった転移装置によって、ここへ飛ばされたということか」
「たぶん」
「たぶん?」
「だって、本当に転移魔法陣だったのかも分からないので」
私はこの異世界に来て間もないし、ちゃんとわかるわけないからね。
「なるほど……」
魔王さんが難しい顔をする。
「しかし、奇妙だな」
「何がです?」
「なぜ玉座の間の近くなのだ?」
「……あ」
言われてみれば、その通りだった。
私たちが飛ばされたのは、玉座の間からそれほど離れていない場所だった。
普通、その国の王様のすぐ近くに転移できるなんて、ありえないと思った。
「確かに……」
ヤクメーさんも頷く。
「偶然ここへ飛ばされたとは考えにくい」
「そうですよね」
「だが、吾輩にも心当たりがない」
魔王さんは首を横に振った。
「魔王城には、外部からのその手の仕組みは全て封じておる。不可能なのだ」
「じゃあ、どうして……」
「それを調べる必要がありそうだな」
ヤクメーさんがそう言った。
「森の遺跡と、この城が何らかの形で繋がっていると見るべきだろうな」
「うん」
私もそうだとは思う。
でも、少なくとも今の話だけでは答えは出ない。
「じゃあ、これは後で調べるしかないですね」
「ああ」
「そうだな」
ヤクメーさんと魔王さんも頷いた。
「……それで」
私は二人を見る。
「今度は、どうして二人が戦ってたのか聞いてもいいですか?」
ヤクメーさんと魔王さんが顔を見合わせた。
そして、ヤクメーさんが口を開いた。
「僕たちの話か」
「はい」
「そうだな……」
ヤクメーさんは少し考えてから話し始めた。
「始まりは、魔王軍がモスキー王国へ攻め込んできたことだ」
「モスキー王国……」
「僕が暮らしている国だ」
ヤクメーさんが続ける。
「魔王軍の侵攻で、国はかなりの被害を受けた。幸い、何とか撃退することはできたけど……」
そこでヤクメーさんは一度息を吐いた。
「モスキー王から、魔王討伐の勅命が出た」
「それで、ここに?」
「ああ」
ヤクメーさんが頷く。
「その時仲間を募ったんだけど……誰も集まらなかった」
「誰も?」
「誰も」
そう行ったヤクメーさん、なんか遠い目をしている。
気持ちはわかるよ。
「一人で来たんですか?」
「そうなるな」
「すごいですね……ゲームだと死亡フラグじゃないですか」
ヤクメーさんは苦笑した。
「フラグ……? それはよくわからないけど、今考えると、よく来たと思うよ」
「それはもう、さすが勇者と言うべきですかね……」
ヤクメーさんが苦笑している。
「まったくだよね。しかも決死の覚悟で来たんだけど、魔王国の領に入ってから一度も戦闘をしていないんだよ」
「え?」
「街も城も、もぬけの殻だったんだ。罠かと思ったよ」
私は魔王さんを見る。
魔王さんは、なぜか遠くを見つめていた。
「なんで誰もいないんですか? 王様はいるのに」
「避難させた」
魔王さんが答えた。
「勇者が来たと知って、吾輩が指示した」
「どうしてですか?」
「勇者に部下を倒されたくなかったからだ。めちゃくちゃ強いと評判なんだぞ」
魔王さんは淡々と答える。
「ならば、吾輩一人で相手をすればいいと思った」
「それで、一人で待ってたんですか?」
「そうだ。今思うと街の入り口で待てばよかった。街を破壊されなくて助かったぞ」
「……ヤクメーさんはどう思ってたの?」
「僕も一人で玉座の間まで来た。ドッキリかな?と思い始めてたほどだ」
異世界にドッキリ文化があるのが驚きだわ。
思っていた勇者と魔王の戦いと、だいぶ違う。
「つまり、魔王さんは部下を守るために一人で待ってて、ヤクメーさんは一人で魔王さんを倒しに来た?」
「そういうことだ」
「そうなるな」
二人とも頷く。
「じゃあ、戦ったのは……」
「玉座の間に来てからだ」
ヤクメーさんが答えた。
「そして、吾輩は途中で何度も思った」
魔王さんが遠い目をする。
「これは死ぬかもしれん、と」
「何度も?」
「何度もだ」
「そんなに?」
「うむ」
魔王さんが真顔で頷いた。
「勇者、かなり強いぞ」
「……魔王も強かったよ」
今度はヤクメーさんが答えた。
「僕も途中から思ってた」
「何をです?」
「これ、絶対勝てないなって」
「じゃあ、二人とも本当に限界だったんですね」
私は鑑定で知ってたけどね。
二人は同時に頷く。
「そういうことになる」
「うむ」
魔王さんがしみじみとし始めた。
「だから、ハルカが止めてくれて本当に助かった」
「うーん……私が止めなくても戦いたくないように見えたけどなぁ」
あの時二人は限界だったし、どうせ私がいなくても止まってたような。
「吾輩は、あのまま続けていたら本当に死んでいたかもしれん」
「僕も」
ヤクメーさんまで頷く。
「君が『休めばいいのに』と言ってくれなかったら、僕たちはたぶん、どちらかが倒れるまで続けていたかもしれない」
「いやー……あの雰囲気は、第三者だからわかるんですけど、誰がどう見ても限界でしたよ」
「それに気づけなかったんだ」
ヤクメーさんが苦笑した。
「僕は魔王に、まだ余力があると思っていた」
「吾輩も勇者に、そう思っていた」
「……お互い、余裕がなかったんですね」
「うむ。逃げ出したかったぞ」
魔王さんがホッとした顔をしてる。
それから、少しだけ表情を引き締める。
「だからこそ、謝らねばならん」
「?」
魔王さんがヤクメーさんを見る。
「勇者よ」
「なんだ?」
「モスキー王国を襲ったことについてだ」
ヤクメーさんの表情が変わった。
「吾輩は、魔王国の好戦派を止められなかった」
魔王さんが静かに頭を下げる。
「その結果、モスキー王国を攻撃させてしまった。魔王として、責任は吾輩にある」
魔王さんがまだ頭を下げたまま言った。
「すまなかった」
なんか私が思ってた魔王像と全然違う。
ヤクメーさんはというとそれを見て黙っていた。
しばらくして、ゆっくり息を吐く。
「……そうか」
それだけだった。
でも、その顔からは明らかに緊張が抜けていた。
「魔王」
「なんだ?」
「君は、戦争を続けたいわけじゃないんだな?」
「そうだ」
魔王さんは即答した。
「吾輩は魔族を守りたい。それだけだ」
ヤクメーさんが目を閉じる。
「それなら……」
そして、ゆっくり目を開いた。
「僕が君を倒す必要もない」
「勇者……」
「僕がここまで来たのは、モスキー国王の命令だったからに過ぎない」
ヤクメーさんが剣を見る。
「僕個人の気持ちとしては、魔王を倒すことが目的だったわけじゃない」
これも私が思っていた勇者像とは違う。
「君に戦う意思がないなら、これ以上戦う理由はない」
魔王さんが目を見開いて体を乗り出してきた。
平和的な会話なのに圧があるのよ圧が。
「……本当に、それでよいのか?」
「ああ」
ヤクメーさんは頷いた。
「むしろ、僕からお願いしたいくらいだ」
「何をだ?」
「休戦だよ」
ヤクメーさんが笑う。
「君が好戦派を止めてくれるなら、僕もモスキー王に話をする」
魔王さんがしばらく黙って宙を見ていた。
そして、立ち上がった。
「ならば、吾輩も約束しよう」
「約束?」
「次は絶対に、好戦派を止めてみせる」
魔王さんが胸を張る。
「そして、人間族と正式に休戦協定を結びたい」
ヤクメーさんの顔が、ぱっと明るくなった。
「もちろんだ!」
両手を大きく広げる。
「大歓迎だよ!」
「……そこまで喜ぶのか」
「だって、もう戦わなくていいんだろ?」
「うむ」
「なら最高じゃないか!」
ヤクメーさんは本当に嬉しそうだった。
魔王さんも、少しだけ笑う。
「……そうだな」
二人はがっしりと力強く握手をしていた。
そして握手をしたまま私を見てきた。
「ハルカ」
「はい?」
ヤクメーさんが私を見る。
「君のおかげだ」
「え?」
「僕と魔王がこうして話せているのは、君が止めてくれたからだ」
魔王さんも頷く。
「吾輩もそう思う」
「いやいや」
私は慌てて手を振る。
「私はただ、二人とも疲れてるから休めばいいんじゃないかって言っただけですよ?」
「それが大きかったんだ」
ヤクメーさんが苦笑する。
「僕たちは、お互いに相手がまだ戦うつもりだと思っていた」
「そうだな」
魔王さんが続ける。
「だが、ハルカに言われて初めて気づいた。勇者も限界だったのだとな」
「魔王さんもですよ」
「うむ」
魔王さんが苦笑する。
「まったく……自分のことは棚に上げていたようだ」
「僕も同じだよ」
二人が顔を見合わせる。
そして、ヤクメーさんが私を見る。
「変わった人だな、君は」
「え?」
「普通なら、勇者と魔王が戦っているのを見たら、どちらにつくか考えると思う」
「そうなんですか?」
「ああ」
ヤクメーさんが頷く。
「けれど君は、僕を勇者だから信用するわけでも、魔王だから敵だと決めつけるわけでもない」
「……」
「疲れているなら休めばいい、と。それだけだった」
「だって、本当に疲れてましたし」
「それが君らしいんだろうな」
ヤクメーさんが小さく笑った。
「少なくとも、僕は君を信用できると思っている」
「……吾輩もだ」
魔王さんも続けた。
「ハルカは、人間族なのに吾輩を敵と見ることもなかった」
「いや、だって……」
私は二人を見る。
「魔王さんと、今こうして普通に話してますし」
「……そういうところだ」
「?」
「吾輩たちを、勇者と魔王という肩書きだけで見ていない」
魔王さんが少しだけ笑う。
「変わった少女だ」
「そうかな?」
多分、日本人ならみんな私みたいになると思うよ。
勇者と魔王なんて、日本のアニメやゲームじゃよくある展開だし?
現地人じゃないから、なんか危険さえないなら怖くないっていうか。
パニックで頭が回ってなかったというか。
「そうだ」
ヤクメーさんも頷く。
「だが……悪くない」
「吾輩も同感だ」
なんだろう。
何もしてないけど、褒められてるし。
「まあ……二人とも、これから仲良くできそうでよかったです」
私としては、本当にそれだけだった。
それは本心だよ!みんな平和が一番!
……あ。
そのとき、私はふと思い出した。
「そういえば、魔王さん」
「なんだ?」
「一つ聞いてもいいですか?」
「うむ。何でも聞いてくれ」
「……さっきのキメラの話です」
「さっきの話に続きがあるのだな?」
「はい」
私は遺跡で見たものを思い出す。
「遺跡で見たキメラですけど、水槽の中で何体もいました」
「何体も?」
「うん。それだけじゃなくて、魔物を改造したり強化したりする研究をしてたみたいです」
魔王さんの眉間に皺が寄った。
「……その施設が、魔族のものだったのか?」
「鑑定ではそう出ました。建物にも魔族の紋章があるって、ガレスさんが……」
「鑑定はそんなことに使えるのか?」
「私は鑑定したらそう出ましたよ。施設について調べたら、魔族による魔物研究施設で、人間族への侵攻を想定してキメラを製造していたって」
魔王さんはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと首を横に振る。
「知らぬ」
「え?」
「吾輩は、そのような研究を命じていない」
魔王さんの声は、今までよりも低かった。
「人間族への侵攻を目的とした生体兵器の研究など、吾輩は聞いたこともない」
「でも……実際にあったんです」
魔王さんが私をじっと見ている。
ここは目を逸らしたらだめなんだろうなぁ……。
「……むう……嘘をついているとは思えぬな」
魔王さんが腕を組んだ。
「ならば、調べなければならんな」
「……魔王さんが調べてくれるんですか?」
「当然だろう。我が国が疑われる要素しかないではないか」
魔王さんが真剣な表情で答える。
「もし魔王国の者が吾輩の知らぬところで、そのような研究を行っていたのなら……放置するわけにはいかん」
「じゃあ、モスキー王国への攻撃と、遺跡で見たものは別の話なんですね」
「少なくとも、遺跡の方は我が国の関与ではない……と思いたい」
魔王さんはたぶん嘘をついていないと思う。
でも、それだけで何も解決はしてない。
そして、なぜあの遺跡からなぜここに転移したのか。
「……じゃあ、これも調べてもらえますか?」
「ああ。魔王国として、責任をもって調査する」
「お願いします」
「僕も手伝うよ。それは放っておけない。力になれることがあれば何でも言ってくれ」
ヤクメーさんもさすが勇者だ。
問題はまだ残っている。
でも休戦は決まった。
この件で覆ったりしないよね……?
「問題は残ってますが、とりあえず……休戦ってことでいいんですよね?」
「ああ!」
「もちろんだ」
二人が揃って力強く頷いてくれた。
……なんだか、思ったより話が早かった。
まだ私たちがどうしてここに転移したのかは分からない。
そして、森の遺跡で何が行われていたのかも、ちゃんとは分からない。
それに、魔王さんが言っていた、魔王国の好戦派。
魔王さんも勇者さんも、その存在は気がかりだと思う。
でもとりあえず今は、戦いが一つ終わった。
それだけでも、十分だと思う。
あとは、ガレスさんとドラタンさん、絶対に心配してるよなぁ……。
★★★
――そしてモフモフニャンコミルキーズは、ハルカたちを見ながら思った。
俺たち、めっちゃ空気だな。




