第10話 魔王城にようこそ
私は光に包まれて、気づいたらさっきまでとは違う場所にいた。
「……え?」
何が起きたのか分からない。
私はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。
さっきまで、研究施設にいたはずなのに。
どうして?
周囲を見回す。
狭いし何もない。窓がないから外も確認できない。
おまけに天井もそれほど高くない。
小さな部屋だ。
「みんな……いる?」
「ああ」
「いるぞ」
「……俺もいる」
「クルル♪」
ポポがいる。
パルもいる。
そしてモフモフ団のみんなも無事だった。
「ガレスさんは?」
返事がない。
「ドラタンさんは?」
やっぱりいない。
さっきまで一緒にいたはずなのに。
私はもう一度、部屋の中を見回した。
当然、どこにもいない。
「何がどうなったの? みんな大丈夫? ガレスさんとドラタンさんは?」
「俺たちにも何がなんだかわからねぇよ!」
シャガムトさんが叫ぶ。
「なんだここ!?」
「知らねぇよ!」
「ガレスたちはどこだ!?」
「俺たちだけ飛ばされたのか!?」
「待て、勝手に動くな!」
「でも、ここにいたら危ないかもしれないだろ!」
さっきまで無事を確認していたモフモフ団が、一気に騒ぎ始めた。
「落ち着け! まず状況を確認しろ!」
「お前こそ落ち着けよ!」
「俺は落ち着いてる! お前が落ち着けよ!」
「だったらどうするんだよ!」
「知らねぇよ!」
「…………」
私はモフモフ団を見た。
……うん。これはまずい。
みんな、かなり混乱してる。
私だって混乱してる。
でも、みんながこれだけ慌てているのを見ていたら、逆に少しずつ頭が動き始めた。
まず、ここにいるみんなは無事。
ガレスさんとドラタンさんはいない。
ここがどこなのかは分からない。
そして私は、自分の下を見る。
ポポがいる。
「…………」
そうだった。ポポがいる。
それならどうにかなるかも。
「ねえ、みんな」
私が声をかけると、モフモフ団が一斉にこっちを見る。
「……とりあえず、そんなに慌てなくても大丈夫じゃない?」
「どこが大丈夫なんだよ!」
「だって、ポポがいるし」
全員がポポを見る。
「クルル♪」
ポポはいつも通りだった。
「……まあ」
「ポポ様がいるなら……」
「確かに……」
「少なくとも、そこらの魔物に襲われるよりは安心か……」
モフモフ団の空気が、ほんの少しだけ落ち着いた。
「ね?」
「……お前、そういうところだけ妙に冷静だな」
「私も混乱してるってば」
シャガムトさんが困ったように頭を掻いた。
「まあ……俺たちにも何がなんだかわからねぇけどな」
そうだよね。まだ何一つ分かってない。
「……とりあえず、ここにいても仕方ないよね」
「そうだな」
シャガムトさんが部屋を見回した。
「出口を探そうぜ」
「え……俺はここに残って救助を待つのが良いな」
「俺もそれに賛成」
シャガムトさんと団員さんの意見が分かれている。
「こ、ここはポポ様に聞くべきだと思うんだ」
可愛いもの恐怖症の団員さんがそう言って、恐る恐るポポに近づく。
「ポ、ポポ様……俺たちはこれからどうしたら……?」
「クルル?」
ポポは首を傾げたあと、部屋の扉に器用に前足をかける。
そこに扉があったのね。
……しかも、ノータイムで扉を開けるのね。
扉の先には、狭い通路が続いていた。
「……通路だね。誰もいないみたい」
「どこに続いてるんだ?」
「さあ……」
左右を見ても、特に目印になるものはない。
そもそも、ここがどこなのかすら分からない。
「ガレスさんたちも、別のところに飛ばされてるのかな」
「可能性はあるな」
「どうする? このままここで救助を待つか、それとも二人を探しに行く?」
「そうだな……」
どっちを選んでも不安はある。
正直、ここが安全かもわからないし、モフモフ団は頼りないし、かなり不安だよ。
そのとき、ポポが部屋を出て歩き出した。
「あ……ポポは進んだ方がいいのね?」
「ポポ様! まってくれよ!」
シャガムトさんが叫ぶと、モフモフ団のみんなも無言でぞろぞろついてきた。
結局、ポポの背中に乗ってる私はポポと一緒に先頭なのね。
通路をしばらく進んでいると、やがて前方が明るくなった。
通路の先に、大きな開口部がある。
「広い場所に出るみたいだぞ」
シャガムトさんがそう言った。
そして通路を抜けた。
「…………」
ポポは立ち止まった。
広い、ものすごく広い。
さっきまでの狭い通路とは比べ物にならない。
高い天井に広い床、豪華だけどちょっと不気味なシャンデリアも見えている。
そして、部屋の中央付近に二人の男がいた。
一人は、剣を構えたイケメン。
もう一人は、大袈裟なくらい豪華な服を着た、顔色の悪いおじさん。
二人とも、かなり疲れているようだった。
肩を大きく上下させている。
服もところどころ破れているし、傷もある。
どう見ても、何かの戦いの真っ最中だ。
けれど、二人とも私たちには気づいていない。
目の前の相手しか見えていないようだった。
そして、剣を持ったイケメンが口を開く。
「ハァ……ハァ……もう諦めろ。お前は……ハァハァ……ここで僕に倒される運命なんだ」
息がめっちゃ切れてるじゃん。
対する顔色の悪いおじさんも、肩で息をしながら答えた。
「ゼェ……ゼェ……お前こそ、おとなしく魔物の餌になるがよい。ブハァ……」
こっちも息が切れてる。
「ハァ……ハァ……往生際が悪いな。僕にはまだ最終奥義が残っているんだ」
「ゼェ……ゼェ……笑わせてくれる。吾輩はまだ特大殲滅魔法を使っていないぞ」
私は二人を見た。
モフモフ団のみんなも見ている。
「……なんだこいつら」
シャガムトさんが小声で呟いた。
「……何してるんだろう?」
私も小声で答える。
状況がよく分からない。
ただ、二人がものすごく疲れていることだけは分かる。
それでも、戦いをやめる気はないらしい。
剣を持った人が剣を構え直す。
顔色の悪いおじさんも、何か魔法を使うような仕草をする。
でも、二人とも戦わずにまだ言い合いをしている。
「……私たちには気づいてないみたい」
「みたいだな」
「どうする?」
どうする、と言われても……突然知らない場所に飛ばされて、ガレスさんたちもいなくて、ようやく見つけた人たちはなぜか戦っている。
しかも、まだこっちに気づいていない。私は少し考えた。
「……邪魔したら悪いかな」
シャガムトさんが、ものすごく微妙な顔をした。
「いや、まあ……そうか?」
「たぶん?」
少なくとも、今すぐ割って入る必要はないと思う。
二人とも、どうやらまだ戦いを続けるつもりみたいだ。
私はポポを壁際に少し寄せた。
モフモフ団もそれに合わせて移動する。
そして私たちは、そのまま二人の戦いを見守ることになった。
しばらくすると、シャガムトさんが私のほうを見た。
「……なあ」
「ん?」
「お前、なんでそんなに冷静なんだよ!」
「え?」
私は何度か瞬きをした。
「私も混乱してるよ?」
「どこがだよ!」
「いや、本当に」
私は二人を見ながら答える。
どう説明したらいいのか少し考えた。
「いろいろありすぎて、まだ整理が追いついてないよ。でもあなた達を見てると冷静にならなきゃって思うの」
「…………」
「だから、今は何が起きてるのかを、頑張って追いかけてるだけ」
「それを冷静って言うんじゃねぇのか!? あと、なにげに俺ら失礼なことを言われたよな!?」
「そうかな?」
「そうだよ!」
そんな話をしていた、そのときだった。
「……ん?」
剣を持ったイケメンが、ぴたりと動きを止めた。
「……なんだ?」
顔色の悪いおじさんも、こちらを見た。
「…………」
目が合った。
どうやら話し声が聞こえてしまったらしい。
剣を持った人が、隣のおじさんを見る。
「あそこに誰かいるぞ」
「……いるな」
「いつからいた?」
「知らん」
「お前の城だろう?」
「だから知らんと言っている!」
モフモフ団が青い顔をしている。
「や、やばい。お前のせいで気づかれたぞ!」
「え? 私のせいなの?」
私は思わずモフモフ団を見る。
モフモフ団も私を見る。
「しかし……」
剣を持った人が、こちらをじっと見る。
「妙だな」
「何がだ?」
「あいつら、随分と落ち着いているな」
「……確かに」
顔色の悪いおじさんも、こちらを観察している。
「この状況で、あれほど平然としている者は珍しいな」
「普通なら悲鳴を上げるところだと思うんだけどな」
あの人たちには、モフモフ団も落ち着いてるように見えるのね?
「落ち着いてねぇよ! 俺は心臓が口から出てきそうだ!」
「なんだよこの状況!」
「こういうときは騒いだ奴から殺されるんだ!」
「ポ、ポポ様ぁ!!!」
この人たち、好き勝手言ってくれる……。
私は改めて二人を見る。
確かに、普通ではない。
でも、私たちだって普通ではない状況にいる。
そもそも、ここがどこなのかも分からない。
「ガレスさんたち、どこにいるんだろう」
「クルル……」
ポポも心配そうに鳴いた。
「やっぱり別のところに飛ばされたのかな」
「今そんなことを言ってる場合かよ!!」
私たちがそんな話をしていると――
「……我々を見ていたと思えば言い合いを始めたな」
剣を持った人の声が聞こえた。
「そうだな」
おじさんが答える。
「こちらに注目してるのかしてないのかわからん」
「……普通こんな状況で、こっちを気にせず別のことを考えるか?」
「……吾輩にも分からん。あれは人間族だよな? お前の仲間ではないのか?」
「確かに人間族に見えるが、ここは魔王城だぞ。お前の手先じゃないのか?」
「そうか……疲れてもう面倒なことは考えたくないのだ。見なかったことにするのはどうだ?」
「それもいいだろう。仕切り直しといくか」
なんだろう。
さっきから、あの二人がこっちを見ながら話している。
少し離れていて、たまに聞き取れる言葉もあったけど、聞き取れないときもある。
私たちが観察しているようで、実は私たちのほうが観察されているような気もする。
でも、どうしてそんなに不思議そうな顔をしているんだろう。
そんなことを考えていると、二人の会話がまた聞こえてきた。
「ふははは! どうした、勇者よ!」
「黙れ、魔王!」
「…………」
私は瞬きをした。
「……魔王?」
隣にいたシャガムトさんも、ぴくっと反応する。
「……勇者?」
私たちは、改めて二人を見る。
剣を持ったイケメン。
大袈裟な服を着た顔色の悪いおじさん。
えっと。
今、魔王って言ったよね?
そして、勇者って。
「……もしかして」
剣を持った人が勇者。
そして、あの顔色の悪いおじさんが魔王。
……そういうこと?
私たちが顔を見合わせていると、勇者が剣を掲げた。
「ここまで来たんだ! この魔王城の玉座の間で、お前を倒して世界を救う!」
「……魔王城?」
思わず声が出た。
私は周囲を見回した。
言われてみれば、確かに広い。
さっきの狭い部屋とは比べ物にならない。
壁や床も妙に立派だ。
仰々しい大きな扉もある。
そして、少し離れた場所には立派な椅子……というより、どう見ても玉座みたいなものまである。
でも、そんなことを言われても、私は異世界に来て、まだ一か月も経っていない。
この世界の住民じゃないし、神様も全然説明してくれなかったし、何が何だかわけわからないよ。
だから私は、目の前のおじさんに聞いた。
「ここって、魔王城なんですか?」
魔王は、きょとんとした顔をした。
「……そうだが?」
「……そうなんだ」
「反応薄っ! 俺なんてもう、魔王の玉座で人生が終わるのかと思って絶望してんだぞ!」
シャガムトさんが叫んだ。
「いや、だって……」
私は困ってしまう。
「急に知らない部屋に飛ばされて、歩いてきたら勇者と魔王が戦ってて、ここが魔王城って言われても……」
「そりゃそうだけどよ!」
「私もまだ、何がどうなってるのか整理できてないんだって」
そう言うと、勇者と魔王が顔を見合わせた。
「……勇者」
「なんだ、魔王」
「吾輩たちは今、妙な夢でも見ているのではないか?」
「僕もそう思い始めている」
「夢じゃないよ」
思わず口を挟んでしまった。
「私たちも、ちゃんと困ってるから」
「そこじゃねぇよ!」
またシャガムトさんに突っ込まれた。
すると、勇者が剣を下ろした。
「……待て」
その表情から、先ほどまでの戦意が少し薄れているのがわかる。
「君たちは、何者なんだ?」
魔王も腕を組んだ。
「それは吾輩も聞きたい。どうやってこの魔王城に入った?」
「それが……」
私は首を傾げた。
「私たちにも分からないんです」
「分からない?」
「はい」
私は、ここに来るまでのことを順番に話した。
「気づいたら、知らない部屋にいて」
私は後ろを振り返る。
「そこにポポとパルと、モフモフ団のみんながいて」
モフモフ団を見る。
「でも、ガレスさんとドラタンさんがいなくて」
そこで少しだけ不安になる。
「だから二人を探さないとって思って、部屋から出たら通路があって」
そして、ここに来た。
「それだけです」
「…………」
「…………」
勇者も魔王も黙っている。
「つまり……」
勇者がゆっくり口を開いた。
「君たちは、突然この城の中にいたということか?」
「たぶん」
「たぶん、って……」
勇者が困ったような顔をする。
魔王も眉間に皺を寄せた。
「そんな馬鹿な……」
「いや、僕も聞いたことがない」
二人とも、完全に困惑している。
私はそんな二人を見て、少し申し訳なくなった。
「すみません。でも、本当に分からないんです」
「いや……」
勇者は頭を押さえた。
「君たちが謝ることではない」
「それより、ガレスさんたちを探したいんですけど……」
「…………」
「…………」
二人がゆっくりと顔を見合わせる。
「……勇者」
「なんだ、魔王」
「我々は今、何をしていた?」
勇者が困惑した顔になってる。
「……決着をつけるところだったはずだ」
「そうだったな」
私は二人を見る。
「私もそうじゃないかなとは思ってました」
「お前の反応、ずっとおかしいんだよ!」
モフモフ団の声が、広い部屋に響き渡った。
……そんなこと言われても。
「……もういい」
剣を持った勇者さんが、疲れたように息を吐いた。
「僕はこんなこと、とっとと終わらせて帰りたいんだ」
「吾輩だって、やることがたまってるのだ。もう終わらせたい」
魔王さんも大きく肩を上下させながら答える。
二人とも、さっきまでの会話で少し気が抜けたのかもしれない。
勇者さんが、再び剣を構えようとする。
魔王さんの周囲にも、さっきまで消えていた漆黒のオーラが僅かに浮かび上がった。
……あれ?
私は二人をじっと見る。
勇者さんは、息が上がっている。
魔王さんも、肩で大きく息をしている。
「……あの」
二人がこちらを見る。
「勇者さんも魔王さんも、かなり疲れてるように見えるんですけど……」
私は首を傾げた。
「気のせいですか?」
「…………」
「…………」
二人とも黙った。
勇者さんが自分の身体を見下ろす。
「……疲れているように見えるか?」
「はい」
魔王さんも自分の身体を見て、それから勇者さんを見る。
「吾輩もか?」
「はい」
こちらも即答する。
後ろから、モフモフ団の小声が聞こえてきた。
「いや、どう見ても疲れてるだろ……」
「むしろ、なんで本人たちは気づいてないんだ?」
「俺なんて、二人が戦いたくないように見えていた」
……やっぱりそうだよね。
私は二人を見る。
「二人とも、何か譲れない使命があるのは分かります」
その言葉に、勇者さんの表情が変わった。
魔王さんも、こちらを見る。
たぶん勇者さんには、世界を救うという使命がある。
魔王さんには、たぶん魔族を守るという使命がある。
私は二人の事情を詳しく知っているわけじゃない。
だから、簡単に「戦うのをやめてください」と言うつもりもなかった。
「私、争いを好まないんです」
少しだけ考えてから続ける。
「本音を言えば、みんな平和に笑顔で過ごしてほしいんですけど……」
勇者さんも、魔王さんも黙っている。
「でも、そんな簡単な話じゃないんですよね?」
「…………」
「…………」
二人とも答えない。
その沈黙が、答えのような気がした。
世界には、それぞれの事情がある。
私が「仲良くすればいいのに」と言ったところで、簡単に解決するものじゃない。
「だったら……せめて、私たちがいなくなるまで、戦わないっていうのは無理ですか?」
「…………」
「…………」
勇者さんと魔王さんが、ゆっくり顔を見合わせた。
モフモフ団も、なんとも言えない顔をしている。
「……そこを交渉するのかよ」
シャガムトさんが呟いた。
いや、だって。
今すぐ戦う必要があるのなら仕方ないけど、私たちがいる間くらい休んでもいいんじゃないかな。
少なくとも、二人ともかなり疲れているみたいだし。
勇者さんが魔王さんを見る。
魔王さんも勇者さんを見る。
「…………」
「…………」
やっぱり、すぐには答えない。
でも、どちらも反対はしなかった。
私は少しだけホッとした。
「そうだ」
そこで、ふと思い出した。
そういえば、まだちゃんと自己紹介をしていない。
「私、ハルカです」
二人を見る。
「あなたたちは?」
勇者さんが、少し戸惑ったような顔をした。
そして、自分の胸元に手を当てる。
「……僕は勇者だ」
「勇者さん」
「……」
勇者さんが一瞬黙る。
そして、改めて名乗った。
「勇者のヤクメー・オーリタイ」
ん? ……役目、降りたい?
いやいやいや。そんなわけない。
たぶん名前だ。でもそんなことある?
「……役目降りたい?」
「……何?」
「ご、ごめんなさい。なんでもないです」
危ない。笑ってはいけない。
私は必死に口元を押さえた。
「ヤクメー・オーリタイだ。発音が違う」
「あ、はい。すみません」
どうやら本気で名前らしい。
でも、そう聞こえちゃったものは仕方ない。
勇者さんが怪訝そうな顔をする。
そして、今度は魔王さんが口を開いた。
「吾輩は魔王、ゼツーボウ・ナンソーレだ」
今度はもっと駄目だった。
「……絶望なんそれ?」
「…………」
魔王さんが固まる。
私は慌てて首を振った。
「いえ! なんでもないです!」
「……何かおかしかったか?」
「全然おかしくないです!」
危ない。笑ったら失礼だ。
でもなんだろう。
この世界の名前って、私に対する試練を与えようとしてない?
私はなんとか笑いを堪えながら、二人を改めて見る。
勇者、ヤクメー・オーリタイ。
魔王、ゼツーボウ・ナンソーレ。
……うん。
やっぱり変だ。
「……そういえば」
そこで私は、ふと気づいた。
この二人。さっきからずっと疲れているように見えるけど、実際はどれくらいなんだろう。
「ちょっと、鑑定してみようかな」
「……鑑定?」
勇者さんが首を傾げる。
「はい」
私は勇者さんに鑑定を使う。
結果が頭の中に浮かんだ。
『勇者:ヤクメー・オーリタイ。
体力:限界寸前。
魔王に対する決定打:なし。
現在の状態で攻撃を仕掛けた場合、反撃を受ける可能性:極めて高いと思っている。
本人の心理:もう休みたい。
性格:勇者を引退したい』
「…………」
次に魔王さんを見る。
鑑定。
『魔王:ゼツーボウ・ナンソーレ。
魔力:ほぼ枯渇。
勇者を倒す余力:なし。
現在の状態で攻撃を仕掛けた場合、反撃を受ける可能性:極めて高いと思っている。
本人の心理:もう休みたい。
性格:平和が大好き』
「…………」
私は二人を見比べた。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
「どうした?」
ヤクメーさんが聞いてくる。
私は二人を交互に見た。
「もしかして、二人とも戦いたくないんじゃない?」
「……なぜ、それを?」
ヤクメーさんが驚いた。
ゼツーボウさんも目を見開いている。
ああ!ゼツーボウさんは言いにくいな!魔王さんでいいや!
「だって、鑑定したら……」
「鑑定?」
「はい」
私は頷いた。
「勇者さん、体力がもう限界みたいですよ?」
「…………」
「魔王さんも、魔力がほとんど残ってないです」
「…………」
二人とも、言い返さない。
それから魔王さんが勇者さんを見て口を開く。
「……勇者よ」
「なんだ、魔王」
「お前……余力がないのか?」
ヤクメーさんの顔が引きつった。
「……そっちこそ、魔力が残っていないんじゃないのか?」
今度は魔王さんが目を逸らす。
なんとも言えない空気が流れた。
どうやら、お互いに隠していたらしい。
「魔王さん」
「なんだ?」
「魔力、ほとんどないですよね?」
「…………」
「ヤクメーさんも、もう限界みたいですけど」
「…………」
モフモフ団が、後ろで小さく呟いた。
「……何だこの戦い」
「知らねぇよ……」
「俺たち、何を見せられてるんだ……」
私も同じ気持ちだった。
さっきまで、世界の命運を懸けた戦いみたいな雰囲気だったのに。
今では、なんだか疲れ切った二人がお互いの体力を確認しているだけになっている。
ヤクメーさんが、ゆっくりと剣を下ろした。
「……」
魔王さんも、周囲に漂わせていた漆黒のオーラを消す。
「……」
二人とも、しばらく黙っていた。
私は二人を見る。
「疲れてるなら、休めばいいのに」
二人が顔を見合わせた。
「……そうだな」
ヤクメーさんが呟いた。
「……うむ」
魔王さんも頷く。
こうして何百年にも及ぶ因縁を背負った人類と魔族の戦いは――。
とりあえず、『疲れたので休む』ことになった。
「……じゃあ、これ飲みます?」
私は収納から一本の瓶を取り出した。
「なんだ、それは?」
ヤクメーさんが警戒する。
「体力回復ポーションです」
「……毒ではないだろうな?」
「うーん」
私は瓶を見た。
「じゃあ、私が先に飲んで見せようか?」
「いや……」
魔王さんが手を伸ばした。
「吾輩には毒耐性がある。試してみよう」
「魔王さん、毒耐性あるんだ」
「魔王だからな」
「そうなんだ……」
魔王さんが瓶を受け取る。
蓋を開け、そのまま一気に飲み干した。
瓶から口を話した魔王さんの表情に艶が出ている。
「……確かに、ただの体力回復ポーションだ」
「でしょ?」
私はホッとした。
「私は無限体力のスキルがあるから、自分では使わないんだけど」
収納からもう一本取り出す。
「同行者用に買っといてよかったよ」
「無限体力……?」
ヤクメーさんが呟いた。
「はい」
私は頷いて、もう一本を差し出す。
「どうぞ」
ヤクメーさんは少し警戒しながらも受け取った。
そして、魔王さんと同じように飲み干す。
少しすると、ヤクメーさんの呼吸が落ち着いた。
「少しは楽になりました?」
「ああ」
ヤクメーさんが頷く。
「助かった」
「よかったです」
私は二人を見る。
さっきまで張り詰めていた空気が、緩んだ気がした。
これなら、ちゃんと話ができそうだ。
……それにしても。
私たちは、どうしてこんな場所に飛ばされたんだろう?
ガレスさんとドラタンさんは、どこにいるんだろう。
あと何か大事なことを忘れている気がする。
ふと思ったけど、これだけはパルに確認しないといけない。
私はパルに小声で尋ねた。
「ねえ、パル生きてる?」
「失礼な、生きてるぞ。どうした?」
「おしゃべりなパルが黙ってるからさ」
「配信にいい角度がないかを夢中になっていただけだ」
「そうなの……この世界の名前、私を笑わせようとする試練でもあるの?」
パルは羽を揺らした。
「神様が用意した異世界転移パックの効果だ」
「……何それ?」
「現地の言葉を、お前が理解できる言葉に変換する機能だ。名前も例外ではない」
「じゃあ、ヤクメーさんとかゼツーボウさんも?」
「そうだ。この世界では至って普通の名前だ」
「要するに、現地の人は現地の言葉で、私はそれが日本語に変換されてるってこと?」
「そうだ」
「私は私で日本語を話してて、現地の人には現地の言葉で聞こえるってこと?」
「そうだ」
「……なんで今まで教えてくれなかったの?」
パルは偉そうに胸を張った。
「聞かれなかったし、そのほうが配信的に面白いからだ」
「それじゃドラタンも、シャガムトさんも、フンバルトさんも……」
「そうだ。その名前をおもしろく受け取ったのはハルカだけだ」
「……」
やっぱりパルは、神様の使いだった。




