六音
暗い深海を行く黒い巨体。
重い海水の中をその身を潜り込ませて進んでいる。
ここからは敵国の領内、慎重に進む。
潜水艦はその目を音だけに頼り進んで行く。
目の代わりにその耳が全てを、命を、ゆだねている。
魚の魚群、イルカの声、クジラの求愛の声、そして敵艦隊の音。スクリューの形状や艦底の微妙な形状で音が違うので、照合して艦のその国を識別している。
この海域には数知れず海の底に、各国の英雄たちが眠っている事だろう、静かで、肉眼で見ることのできない海の底。
そんな海の底を進んでいる。
ソナーには反応が無い、無ければ無いで敵艦が居ないと言う順調ということ。
ソナーマンが全神経をその耳に集中して、潜水艦の運命を聞いている。
が、
海を掻き分ける音の中で、その音が聞えた。
切れ切れに。
海の自然の音の中から確かに聞こえた。
歌声だ。
バカな、ダイヤルを回し感度を上げた。
確かに歌声だ、人の、女性の。
狂っているのか?
俺は。
こんなことをまともに報告なんてできない。
必死で全神経を集中させ、同時に自分自身の自我を奮い立たせるよう努めた。
汗で、体中がびっしょりになっている。
それでも、歌声はずっと聞こえていて、時を追うごとにその歌声ははっきりとしたものになった。
へーそんなことがあったの。
台所に立って手料理の準備をしている彼女がそう言った。
久しぶりの彼女の手料理に舌鼓を打っている。
彼女は続けて言った。
ほら、船乗りって、港々に女がいるって言うじゃない?
ローレライ伝説って、あれって家で待っている女の人を差し置いて他の女に手を出さないように、ってことじゃないかしら。
美しい歌声と美しい女の人。
それに浮気心出して、気が他の女に向いた途端、海に引きずり込まれる。
きっと、浮気したら承知しないわよって戒めじゃないのかしら。
手料理を口に運びながら、ギクリとした。自分の脳裏に目の前にいる赤毛の彼女の外に、銀髪の青い瞳、黒髪のオリエンタルな瞳、物憂げな瞳が思い起こされた。
見透かされたようで、恐る恐る彼女が居る方を覗いた。
彼女は鼻歌を歌いながら、料理を作り続けてる。
その鼻歌を聞いて、口に運んでいた手料理を落としそうになった。
その鼻歌が、ヘッドホンから流れていたあの歌だった。
瞬間、全て周りの音が消えてなくなり、水の中にいるような鼓膜が塞がれた感覚になった。
そして体が水の中に漂う感覚と、あの歌声とクリア聞こえる彼女の鼻歌と重なった。
そうだ、俺達は敵にやられて海の底に沈んでいたんだ。
幻聴に幻覚だったのか?いや、あの歌声は本物だった。
最後に彼女に合わせてくれたのは、ローレライの女神の手向けだったのだろうか?
冷たい海水、呼吸が出来ない消えゆく意識の中で、そう思いながら聞いていたあの歌声は、ずっと鳴りやまなかった。
ずっと・・・。
拙作に目を通していただき、誠にありがとうございます。




