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不可思議事件録2 ~鋼鉄の支配を琥珀の絆で描き直せ。少年と巫女が綴る、街と家族の再設計~  作者: たくみふじ
第一章 鋼鉄の迷宮と亡霊列車

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旧第十発電所の邂逅(かいこう)㈠

冷たい数式を温かな余白へ。少年と巫女が綴る、世界再設計のファンタジー

 河崎(かわさき)の最北端、多摩川の河口近くに位置する「旧第十発電所」は、街の繁栄を支えたかつての栄光を忘れ去られた、巨大な鉄の墓標(ぼひょう)だった。一九六〇年代に廃止されて以来、幾重(いくえ)にも張り巡らされた錆びた鉄条網と、「立入禁止」の()げかけた看板が、外界との接触を拒み続けている。潮風に(さら)され、赤茶色に腐食した巨大な煙突は、まるで天を呪う巨人の指のように突き立ち、風が吹き抜けるたびに、空洞となった建屋から「ヒュウ、ヒュウ」という、老婆の溜め息のような乾いた音が漏れ出していた。


「……ここが、二つ目の座標」


 十二歳の越智良亮は、ランドセルの肩紐をきつく締め直し、崩れかけたコンクリートの塀を乗り越えた。彼の右腕に刻まれた青い幾何学模様の(あざ)は、敷地内に足を踏み入れた瞬間から、これまでにないほど激しく脈動し始めていた。痣から発せられる青い熱が、長袖のシャツ越しに皮膚を焼き、良亮は(うめ)きを()えながら左手でその腕を強く抑え込んだ。

 良亮の瞳が、青白い光を帯びる。痣の能力――「建築構造の三次元的知覚」が、自動的に発動していた。視界がデジタルなワイヤーフレームへと書き換わる。崩れ落ちた壁や錆びたパイプの奥に隠された、この建物の「真の姿」が、良亮の脳内に直接投影される。


(……おかしい。図面上の構造と、実際のエネルギーの流れが一致しない。……地表の廃屋はただのカムフラージュだ。……本質は、この地下にある)


 良亮は、痣が指し示す「情報の(ゆが)み」を辿り、発電所の最深部、かつて巨大なタービンが設置されていた大広間へと向かった。そこは、天井から差し込む(わず)かな月光が、堆積(たいせき)した(ほこり)を白く浮かび上がらせる、静寂の空間だった。しかし、良亮の耳には、物理的な音ではない「電子の(うな)り」が響いていた。


ARCHITECT(アーキテクト)……。君が僕をここに呼んだのは、パパが見つけた『工藤の闇』を見せるためなんだね?」


 良亮は、誰もいないはずの闇に向かって問いかけた。返答の代わりに、彼の右腕が激しく発光した。光は良亮の意思を離れ、床に溜まった(ほこり)を吹き飛ばすようにして、隠された「ハッチ」の存在を(あば)き出した。それは、最新の磁気ロックで封印された、工藤一族専用の地下迷宮への入り口だった。


 磁気ロックの電子回路が、良亮の右腕から放たれた「青いノイズ」によって瞬時に無効化された。重厚なハッチが音もなく開き、良亮は垂直に伸びる梯子(はしご)を下りていった。地下五十メートル。そこに広がっていたのは、地上の廃墟からは想像もつかない、銀白色のセラミックとカーボンで構成された、超近代的な巨大研究施設だった。

 通路の至る所には、工藤工業振興会の紋章が刻まれ、白衣を着た技術者たちが(せわ)しなく立ち働いている。彼らの表情には人間らしい感情が欠落し、まるで精巧な自動人形(オートマタ)のように、モニターに映し出される波形を監視していた。良亮は、痣が作り出す「視覚的な死角(デジタル・カモフラージュ)」を利用し、監視カメラの網を(くぐ)り抜けて、施設の中央ホールへと辿(たど)り着いた。

 そこで彼が目にしたのは、河崎の街の存亡を揺るがすような、狂気の実験だった。ホールの中心には、巨大な「磁気共鳴加速器」が設置され、その中心部には、昨日、幽霊操車場で良亮たちが退けたはずの、あの「幽霊列車」の断片と思われる、青く光る鋼鉄の車輪が鎮座(ちんざ)していた。


「……信じられない。……工藤は、あの亡霊列車から抽出した霊的エネルギーを、都市電力として実用化しようとしているのか?」


 良亮が愕然(がくぜん)として呟いた。幽霊列車の動力源は、かつてこの街で犠牲になった人々の「記憶」と「生命力」だ。工藤一族は、それを効率的に搾取(さくしゅ)し、自分たちの支配する「スマートシティ」の燃料に変換しようとしていたのだ。


「おーほっほっほっ! 随分と、悪趣味な『エネルギー革命』ですわね」


 背後から、聞き慣れた、けれどこの場所には不釣り合いなほど華やかな声が響いた。門前竜子である。彼女は、いつの間にか良亮の隣に立ち、赤い扇子を優雅に揺らしていた。その瞳は、施設の人工的な灯りを受けて、不気味なほど鮮やかな朱色に輝いている。


「竜子さん、宗介さんも! どうやってここに?」


「良亮くん、この施設は、河崎神社の地下水脈とも(ひそ)かに繋がっています。……工藤の不浄な気が、神域を侵し始めていたのです」


 宗介が、黒いコートの下に隠した警棒のような祭具を握りしめ、周囲を警戒する。


「良亮さん、ご覧なさい。……赤い龍が、あの機械の奥で泣いている『魂の叫び』を聞き取っておりますわ。……あそこに封じられているのは、ただのエネルギーではありません。……かつて、この街を設計しようとして(ほうむ)られた者たちの、未練の欠片ですのよ」


 竜子の言葉が、良亮の胸を鋭く刺した。葬られた者たち。……その中には、父・伸介も含まれているのだろうか。


 その時だった。ホール全体の照明が、一瞬にして消え、代わりに「梓弓(あずさゆみ)」の弦を弾くような、硬く、鋭い音が空間を切り裂いた。


 ベン――。


 その音響は、物理的な衝撃波となって、竜子の赤い扇子の結界を微かに震わせた。


「……誰ですの!」


 竜子が扇子をバサリと広げ、前方を(にら)みつけた。闇の中から、ゆっくりと歩み寄ってくる二つの影があった。

 一人は、竜子とほぼ同年代の、十二歳前後の少女だった。彼女は、漆黒の巫女装束を(まと)い、その手には、不気味な青い光を放つ小さな弓を握っていた。顔立ちは、かつて涼子の中にいた友之を愛し、そして破滅させた女……工藤梓(くどうあずさ)に驚くほど似ている。しかし、その瞳には梓のような情熱的な愛憎はなく、ただ機械的な冷徹さと、圧倒的な「霊的自負」が宿っていた。

 そして彼女の(かたわ)らには、銀髪を短く切り揃えた、執事服姿の長身の男が控えていた。


「……お初にお目に掛かります、門前の器よ。……そして、越智の末裔(まつえい)


 男の声は低く、そして感情の起伏(きふく)がない。


「わたくしの名は、(ぎん)。……我が(あるじ)工藤弓(ゆみ)様の歩みを(はば)む者は、この手で排除させていただきます」


「工藤……弓」


 良亮がその名を口にすると、少女――弓は、感情を排した声で、良亮の右腕を指差した。


「……汚らわしい。……お前の右腕にあるそれは、本来、工藤のもの。……設計士の分際で、その『知恵』を汚すことは許さない」


 弓が、手にした弓の弦を再び弾いた。


 ビンッ――! 

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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