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不可思議事件録2 ~鋼鉄の支配を琥珀の絆で描き直せ。少年と巫女が綴る、街と家族の再設計~  作者: たくみふじ
第五章 白銀の迷宮、工藤の残党と弓の再生

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空白の少女、冬の河崎に降る灰㈠

冷たい数式を温かな余白へ。少年と巫女が綴る、世界再設計のファンタジー

 鳴弦の塔が崩壊し、河崎の空を埋め尽くしていた青い磁気嵐が去ってから三日。街は、平穏を取り戻したかのように見えた。しかし、工業地帯から吹き付ける冷たい冬の風は、今もなお、破壊された塔の残骸である細かなコンクリートの灰を、雪のように街路へ運び込み続けている。

 河崎神社の奥座敷。越智良亮は、使い込まれた畳の匂いに包まれながら、深い眠りから意識を浮上させた。彼の右腕。かつて紫紺の毒蛇のように()い回っていた「青い幾何学模様の(あざ)」は、今や皮膚の奥底へと静かに沈殿(ちんでん)し、まるで古代の化石のように動かない。だが、良亮が一度(ひとたび)眼を閉じれば、視界の隅には今もなお、街の構造を規定する黄金のワイヤーフレームが、消えかけの陽炎(かげろう)のように揺らめいていた。


「……良亮。気がついたのね」


 枕元で、涼子が安堵の溜め息を漏らした。彼女の掌の温もりは、工藤一族の冷徹な論理によって「生きた設計図」に変えられようとしていた良亮の魂を、辛うじて人間側の岸辺へと繋ぎ止めていた。


「……ママ。……あの子……(ゆみ)さんは、どうなったの?」


 良亮の(かす)れた声に、涼子は(わず)かに表情を曇らせ、部屋の隅にある衝立(ついたて)の向こうを指し示した。

 そこには、工藤一族の「至高の器」であったはずの少女、工藤弓が、白い寝間着を(まと)って横たわっていた。彼女を縛り付けていた光ファイバーの痕跡は消えていたが、彼女の瞳は開いたまま虚空を見つめ、(まばた)き一つしない。彼女の肉体はそこに在るが、その精神は、塔の崩壊と共にどこか遠い「虚無のプラットホーム」へと取り残されてしまったかのようだった。


「……宗介さんの話では、彼女を管理していた工藤のメインフレームが消失したことで、彼女の自己定義(アイデンティティ)が完全に初期化されてしまったらしいわ。……今は、自分の名前さえ思い出せない状態なの」


 涼子は、弓の青白い額を濡れタオルで優しく拭った。


「工藤ハルは塔と共に消え、地下の廃駅も埋没した。けれど、工藤一族の残党は、まだこの街のどこかに潜んでいる。……彼らにとって、記憶を失った弓さんは、再起動を待つだけの『空白のハードウェア』に過ぎないのよ」


「おーほっほっほっ! しけた(つら)をしていては、冬の寒さが身に沁みますわよ、良亮さん!」


 (ふすま)を勢いよく開けて入ってきたのは、門前竜子だった。彼女は、塔の決戦でボロボロになった緋袴(ひばかま)を新調し、背中にはどこから見つけ出してきたのか、いつもの赤いランドセルを背負い直していた。その手には、(あけ)の扇子が力強く握られ、彼女の周囲には、もはや「器」としての危うさを感じさせない、安定した朱の霊気が満ちていた。


「竜子さん、元気そうだね」


「当たり前ですわ。わたくしを誰だとお思いかしら? 河崎の土地神様と、設計士さんの不器用な情熱を、この身に宿した最強の『(かんなぎ)』ですわよ。……それより、宗介が面白いものを見つけてまいりましたわ」


 竜子の背後から、黒いコートを纏った稲葉宗介が、音もなく現れた。彼の腕には、鳴弦の塔の瓦礫の中から回収された、一部が焼け焦げた「鋼鉄の磁気ディスク」が抱えられていた。


「良亮くん、これを見てくれ。……ハッキングの形跡がある。ARCHITECT(アーキテクト)……君の父、伸介様が遺した最後のプログラムが、このディスクのプロテクトを内側から食い破っているんだ」


 宗介がディスクを良亮のラップトップに接続すると、画面には、これまでの工藤の論理とは異なる、複雑に入り組んだ「白銀の迷宮」の地図が浮かび上がった。


「……これは……河崎の北側、旧国道三号線のさらに深部にある……『第四埋め立て(フォース・リクレイム)』の地下施設?」


 良亮の痣が、その地図に呼応して微かに熱を持った。


「工藤一族の本当の隠れ家……。ハルさんが万が一の時のために用意していた、バックアップ拠点の座標だ」


 その時、部屋の隅で横たわっていた弓の身体が、ビクンと大きく震えた。


「……あ……、……う……」


 彼女の口から、(かす)れた、しかし切実な声が漏れた。良亮は咄嗟(とっさ)に立ち上がり、ふらつく足取りで彼女の元へ駆け寄った。


「弓さん! 分かる!? 僕だよ、越智良亮だ!」


 弓の(にご)っていた瞳が、ゆっくりと良亮の顔に焦点を合わせた。彼女の震える指先が、良亮の右腕の痣に触れようとして、力なく畳の上に落ちる。


「……あ……あおい、……みち。……しろい、……ゆき……」


 彼女が(つむ)いだのは、工藤の数式でも、多喜の呪文でもなかった。それは、彼女の記憶の奥底に封じ込められていた、幼い頃の断片的な風景だった。


「……白い雪……? 弓さん、それはどこのこと?」


「……やまの、……うえ。……おおきな、……はぐるま……。……だれかが、……わらってる……」

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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