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不可思議事件録2 ~鋼鉄の支配を琥珀の絆で描き直せ。少年と巫女が綴る、街と家族の再設計~  作者: たくみふじ
第五章 白銀の迷宮、工藤の残党と弓の再生

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空白の少女、冬の河崎に降る灰㈡

冷たい数式を温かな余白へ。少年と巫女が綴る、世界再設計のファンタジー

 宗介が、その言葉を拾い上げ、厳しい表情で良亮を見つめた。


「……山の上の大歯車。……それは、箱根の山中にある、工藤一族の私設天文台のことかもしれません。……かつて多喜が、天体の運行を磁気に変換して呪術に利用しようとしていた場所だ」


「工藤の残党は、そこへ弓さんを連れ戻そうとするはずですわ」


 竜子が扇子をピシャリと閉じた。


「ならば、話は簡単ですわ。先手を打って、こちらから乗り込んで差し上げますわよ! ……わたくしたちのバディに、二度も辛い思いをさせるなんて、河崎の風が許しませんわ!」


 翌朝、良亮たちは箱根へと向かう準備を整えていた。涼子は、良亮の防寒着のポケットに、小さな、手書きのメモを忍ばせた。


「良亮。……これは、私が以前『鉄錆(てつさび)の里』で看取った、元工藤家の技術者の方が遺した言葉よ。……いつか、工藤の呪縛を解く日が来たら、この『鍵』を使いなさいって」


 そこには、一見すると無意味な数字の羅列が記されていた。だが、良亮が痣を通してそれを見つめると、それは工藤の全システムに共通して設定されている、究極の「緊急停止コード(キル・スイッチ)」の断片であることが判明した。


「……パパが設計図を作り、ママがその鍵を見つけてくれた。……弓さん。僕、君の中に眠っている『本当の君』を、設計図から描き戻してみせるよ」


 良亮は、まだ意識の混濁(こんだく)している弓の背中を、優しく支えた。弓は、良亮の服の袖を、まるで迷子になった子供のように強く握りしめた。彼女の中から、かつての冷酷な巫女の気配は消え、代わりに、あまりにも(もろ)く、守られるべき「一人の少女」としての体温が伝わってきた。

 河崎神社の鳥居を(くぐ)るとき、竜子が良亮の隣に並んだ。


「……良亮さん。あなたの右腕の輝き、今は随分と優しくなりましたわね。……まるで、暗闇を照らすランタンのようですわ」


「……そうかな。……でも、この痣がある限り、僕は工藤の闇を見続けなきゃいけないんだ。……それが、僕が選んだ設計士の宿命だから」


 宗介が運転する四輪駆動車は、朝靄(あさもや)の中を、箱根の峻険(しゅんけん)な山道へと向かって走り出した。


 箱根の峠に差し掛かると、そこには十一月とは思えないほどの、激しい吹雪が待ち構えていた。視界は数メートル先も見えず、吹き荒れる風は、車の車体を物理的な質量を持って揺さぶった。


「……おーほっほっほっ! 随分とお派手な歓迎ですこと! ……宗介、この雪、ただの気象現象ではありませんわね?」


「ええ。……工藤の残党が、山頂の天文台から強力な磁気冷却(マグネティック・クーリング)を放射し、局所的な氷河期を作り出しているようです。……我々を近づかせないための、広域結界でしょう」


 良亮は、窓の外を流れる雪の軌道を、痣の能力で解析し始めた。彼の「ワイヤーフレームの視界」には、雪片の一つ一つに、磁場によって誘導されている不自然なベクトルが重なって見えた。


「……分かった。……この雪、全部『計算』されているんだ。……工藤の論理が、山の斜面全体を、一つの巨大な『冷却回路』に作り替えている」


 良亮は、膝の上のラップトップを開き、痣から放たれる白銀の光を、車のECU(電子制御ユニット)へと流し込んだ。


「……僕が、この雪の『熱量計算(サーマル・ロジック)』を上書きする! ……竜子さん、援護を!」


「お任せなさいませ! ……赤い龍よ、この()てつく偽物(にせもの)の冬を、情熱の(ほむら)で溶かしなさいませ!」


 竜子が窓を開け、扇子を一閃(いっせん)させた。彼女の放つ朱の霊気が、車の周囲を包み込む「防熱壁」となり、良亮が書き換えた制御プログラムが、タイヤと路面の間の摩擦定数を強引に正常化していく。

 吹雪の壁を突き破り、彼らの眼前に現れたのは、巨大なパラボラアンテナを(いただ)いた、白銀の要塞――工藤一族・箱根天文台だった。


 天文台の入り口、凍りついた自動ドアが、良亮の痣のパルスによって強引に開かれた。内部は、河崎の塔とはまた異なる、極限まで無駄を削ぎ落とした「白い実験室」の静寂に満ちていた。そして、その中心にある巨大な天体望遠鏡の下。車椅子に座り、酸素吸入器をつけた、一人の老女が彼らを待っていた。


「……よく来ましたわね。越智伸介の、哀れな息子よ」


 その声は、かつてジェネシス駅で消えたはずの工藤ハル……ではなく、彼女よりも遥かに古く、そして深い「怨念」を(たた)えていた。


「……あなたは……、まさか、多喜……!?」


 宗介が、絶句して膝を突いた。

 老女は、醜く歪んだ口元に冷たい笑みを浮かべた。


「……ハルは、私の計画の、ほんの一部に過ぎなかった。……私が真に求めていたのは、弓という器でも、河崎の統合でもない。……設計士の痣を持つ者が、自らの意志でこの『白銀の祭壇』に辿り着く……その瞬間のエネルギーよ」


 老女――多喜の指先が動くと、天文台のドームがゆっくりと開き、十一月の星空から、目に見えない「天の(ことわり)」が、一本の巨大な光の柱となって良亮へと降り注いだ。良亮の右腕の痣が、かつてないほどの激痛と共に、再び「支配の青」へと塗り替えられようとする。


「……あ……、あああああ――ッ!」


 良亮が苦悶(くもん)の声を上げる中、意識を失っていたはずの弓が、良亮の前に立ちはだかった。彼女の瞳には、記憶を失ったはずの彼女の奥底から湧き上がる、自分でも制御できない「設計士への守護本能」が宿っていた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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