表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不可思議事件録2 ~鋼鉄の支配を琥珀の絆で描き直せ。少年と巫女が綴る、街と家族の再設計~  作者: たくみふじ
序 章 青き刻印の覚醒

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/55

紅蓮(ぐれん)の試練と、電子の迷宮㈠

冷たい数式を温かな余白へ。少年と巫女が綴る、世界再設計のファンタジー

 河崎(かわさき)大師のさらに奥に位置する、古色蒼然(こしょくそうぜん)とした河崎神社。その境内(けいだい)の空気は、早朝の冷気と、数百年にわたって()き続けられた護摩(ごま)の匂いが混じり合い、外界とは切り離された独特の「重み」を(たた)えていた。日の出前。まだ薄闇に包まれた拝殿(はいでん)の前で、門前竜子は、たった一人で舞い続けていた。

 彼女が(まと)っているのは、普段の赤いランドセル姿とは打って変わった、純白の小袖(こそで)緋袴(ひばかま)。手には、宗介から手渡された五色の鈴。


 シャン、シャン――。


 鈴の音が、朝の静寂を規則正しく切り裂く。しかし、その足捌(あしさば)きは、優雅な「神楽(かぐら)」とは程遠い、肉体の限界を試すような過酷なものだった。


「……竜子様、呼吸が乱れております。それでは、神の声を受け止める前に、御自身の肉体が弾け飛んでしまいます」


 拝殿の影から、稲葉宗介が冷徹な声を投げかける。彼は竜子に従う執事でありながら、この瞬間だけは、彼女を「器」から「本物の巫女」へと鍛え上げる、峻烈(しゅんれつ)な師父としての顔を持っていた。


「……お黙りなさい、宗介。……わたくしの、呼吸を……あなたが、決めないで……!」


 竜子の額からは大粒の汗が流れ、その白磁(はくじ)のような肌は、内側から燃え上がるような熱で赤みを帯びている。彼女に課せられているのは、第一回戦の『神遊(舞い)』の練習ではない。その先の第二回戦、さらには決勝戦を見据えた『口寄(くちよせ)』と『寄絃(ヨツラ)』の基礎訓練だった。それは、周囲の「磁場」に自らの精神を同期させ、人ならざる者の声を、ノイズの海から一本の糸のように手繰(たぐ)り寄せる行為。


「今の竜子様は、まだ『空の器』に過ぎません。……全国大会には、工藤一族が放つ『工藤弓(ゆみ)』という、完成された(やいば)が待ち構えています。彼女は、多喜から直接、魂の(けず)り方を教わっているのです。……さあ、もう一度。今度は、大師の地下水脈に眠る『龍の脈動』をその身に降ろすのです」


 宗介が地面に錫杖(しゃくじょう)を叩きつけると、境内を(おお)う霊的な磁場が激しく(ゆが)んだ。竜子は、絶叫を飲み込み、再び舞い始めた。彼女の脳裏には、多喜によって殺害された宗介の母、冴の姿が、悲痛な幻影となって浮かんでいた。


(……わたくしは、誰かの身代わりではありませんわ。……ましてや、邪悪な巫女の、乗り換え先などでは……断じて、ありませんのよ!)


 竜子が放った鈴の音が、境内の空気を物理的に震わせ、朝日が昇る直前の一瞬、彼女の背後に巨大な「赤い龍」の翼が、陽炎(かげろう)のように立ち上がった。


 同時刻、昭和町五丁目のアパートでは、良亮が異変に直面していた。彼が愛用するラップトップのディスプレイが、突然、激しく明滅を始めたのだ。右腕の(あざ)が、焼きごてを当てられたような熱を発し、良亮は(うめ)きながらモニターにしがみついた。


「……なんだ、これ。……誰かが、僕のローカルサーバーを直接叩いてる?」


 良亮は、痣を通じて流れてくる情報の奔流(ほんりゅう)を、脳内で懸命に交通整理した。ディスプレイに表示されたのは、河崎の地下に張り巡らされた「古き地下鉄道」のデータではない。それは、複雑に絡み合った光の線によって描かれた、一人の人物の「横顔」だった。


『……越智良亮。……お前の右腕に宿ったその知恵は、お前が使いこなせるほど安っぽいものではない』


 チャットウィンドウが自動的に開き、機械的な音声読み上げと共に、文字が刻まれていく。送信者のハンドルネームは「ARCHITECT(アーキテクト)」。


「お前は、誰だ。……どうして僕の名前を……」


 良亮の返信に、ARCHITECTは不敵なコードの(かたまり)を送りつけてきた。


『……私は、お前の父、伸介(しんすけ)がかつて設計しようとした「新世界」の、残像を管理する者だ。……良亮、お前が北の操車場に眠る「幽霊列車」の正体を知りたいのなら、私が隠した三つのパズルの欠片(かけら)を集めてみせろ』


 画面が切り替わり、三つの座標が表示された。一つは、涼子が働く特別養護老人ホーム『鉄錆(てつさび)の里』。二つ目は、かつて工藤一族が放棄した、京浜工業地帯の「旧第十発電所」。そして三つ目は……河崎武道館。


「武道館……。竜子さんが出場する、大会の会場じゃないか」


 良亮は、痣が脈打つ感覚を通じて、このARCHITECTという人物が、単なるハッカーではないことを悟った。この相手は、良亮と同じように、あるいはそれ以上に、この街を「構造物」として捉え、情報を物質化できる力を持っている。


『……最初のパズルは、今夜。鉄錆の里の、一番奥にある「開かずの踏切」で待っている。……設計士の末裔よ。その右腕に刻まれた痣が、単なる呪いか、それとも世界を書き換えるためのペンか、証明してみせろ』


 通信は途絶え、ラップトップのファンが悲鳴のような音を立てて停止した。良亮は、びっしょりと汗をかいた手のひらを見つめた。ARCHITECT。その名は、父の遺した図面の隅に、走り書きされていた名前でもあった。


「……パパ。パパの仲間だったの? それとも……パパを殺した、組織の人間なの?」


 良亮は、自らの痣を包帯で厳重に巻き直すと、覚悟を決めたようにランドセルを(つか)んだ。


 夜、特別養護老人ホーム『鉄錆の里』。涼子は、深夜巡回の真っ最中だった。施設の廊下は、節電のために灯りが落とされ、緊急通報装置の微かな緑色の光だけが、壁に不気味な影を落としている。

 ここはかつて、国鉄(こくてつ)の操車場を見下ろす丘に建てられた。入居者の多くは、かつてその操車場で働き、日本の高度経済成長を「鉄」で支えてきた誇り高き男たちだった。しかし今、彼らの多くは深い霧のような記憶の中に閉じ込められている。


「……あ、あの……涼子さん。……聞こえるか」


 ナースコールのボタンを押したのは、三〇三号室の佐藤さんだった。かつて蒸気機関車の整備士をしていたという彼は、御年(おんとし)九十五歳。普段は穏やかな性格だが、今夜はベッドの上でガタガタと震え、瞳には生気のない(おび)えが宿っていた。


「佐藤さん、どうしました? 何か怖い夢でも見ましたか?」


 涼子が優しく背中をさすると、佐藤さんは枯れ木のような指で、窓の外……閉鎖された北の操車場を指差した。


「……九九九(スリーナイン)だ。……いや、工藤の旦那衆が造った、あの『黒い化け物』だ。……石炭じゃない、人間の魂を食って走る、あの地獄の機関車が、また……火を入れられたんだ」

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ