北風のノイズと、設計士の指先㈡
冷たい数式を温かな余白へ。少年と巫女が綴る、世界再設計のファンタジー
「……良亮くん、右腕の痣が以前よりも『鳴って』いるな。……北の操車場に眠る、工藤の亡霊たちが、君が持つ設計士の魂を、依代として呼び寄せている証拠だ」
宗介の指摘に、良亮は自分の右腕を、痛みを堪えるように強く握りしめた。痣の熱は、もはや皮膚を焼き切るほどの強度に達していた。
「……分かってる。でも、僕にはまだ、奴らの設計……この街を壊そうとする構造を上書きするだけの、具体的な力が足りないんだ」
良亮の苦渋に満ちた言葉に、竜子が扇子を閉じ、その先端で良亮の胸元をトンと突いた。
「だからこそ、ですわ」
竜子の瞳が、真紅に輝いた。
「わたくしも、修養の階梯を一段、無理やりにでも上げることになりましたの。……来月、河崎武道館で開催される『全国巫女大会』。わたくし、あそこに出場いたしますわ」
「巫女大会? 竜子さんが?」
良亮が驚きに声を上げた。巫女大会といえば、全国から由緒ある神社の娘たちが集い、その技と霊性を競う、いわば巫女の頂上決戦である。
「竜子様は、かつて私の母、冴を殺害した邪悪な巫女……多喜という女が、自分の魂を移し替えるための『生贄の器』として産み出した存在です。その因縁の鎖を断ち切るには、公の場で、巫女としての正統な位階を証明しなければならないのです」
宗介の声は重く、宿命に耐える者の悲壮感が漂っていた。
「竜子様が出場されるのは、十二歳以上十八歳未満の部である『舞姫組』。全国から推薦された二十名の天才少女たちが、第一回戦の『神遊(舞い)』、第二回戦の『口寄』を戦い抜きます」
「昨年(十一歳)出場した御神子組(12歳未満)の時は、第二回戦を棄権しましたの……」
竜子は、窓から見える北の空を、氷のような視線で見つめた。
「……通常、十二歳程度の経験値では、神や死霊の言葉をその身に降ろす『口寄』など、命を削る暴挙に等しいものですわ。……ですが、真の試練はその先、決勝戦の『寄絃』にありますの」
「ヨツラ……?」
「梓弓の弦を、魔を祓うために打ち鳴らす行事ですわ。……これまで、十二歳程度の少女たちで、この鳴弦の極意を体得した者は、歴史上、一人もおりませんでしたのよ。……成功すれば、わたくしという器は、神をも宿す『巫』へと至りますわ」
良亮は、その「梓弓」という言葉を聞いた瞬間、脳内に鋭い電撃が走るのを感じた。
「……梓……。……弓……?」
良亮の脳裏に浮かんだのは、母・涼子の中に宿っていた友之を、かつて愛憎の果てに絶望へと突き落とした女の名前。工藤梓。彼女の名前と、この巫女の秘儀、そして……弓。
「……お気づきになりましたわね、良亮さん。……工藤一族は、科学という名の青い知恵で街を支配する傍ら、霊的な『正統』をも手中に収めようとしておりますの」
竜子は、ランドセルのサイドポケットから、古びた一通の出場者名簿を取り出し、良亮に見せた。
「今回の大会には、工藤家が多喜の術を継承させるために秘蔵してきた、最強のライバルが出場いたしますわ。……多喜から英才教育を受け、梓巫女の呪術を極めたという、呪われし血を引く少女。……彼女の名は、弓」
良亮は、名簿に記された「工藤 弓」という文字を見つめ、指先が微かに震えるのを感じた。梓の子であり、友之がその存在すら知らなかった、自らの血を分けた娘。そして、その傍らには、竜子における宗介のような、工藤家直属の「執事」が控えているという。
「……工藤一族は、伸介さんの設計を奪うだけでは飽き足らず、竜子様の魂さえも自分たちのシステムに取り込もうとしている。……北の操車場の地下に眠る『古き地下鉄道』。あそこを、新たな霊的エネルギーの集積回路にするために、今大会を利用するつもりです」
宗介の解説は、良亮がネットの深淵で見つけ出した、あの歪な地下構造図と完璧に符号した。工藤一族の野望は、もはや一企業の利権を超えている。彼らは、河崎という街を、生きた人間の命を燃料にして走り続ける「巨大な鋼鉄の機関車」へと造り替えようとしているのだ。
「……決戦の地は、幽霊操車場の鉄錆と、武道館の檜の舞台。……二つの戦いが、同時に幕を開けようとしておりますわ」
竜子は扇子を華麗に回して閉じると、窓枠に足をかけ、夜の闇へとその身を踊らせた。
「……良亮さん。あなたはあなたのやり方で、その右腕の痣に宿る『設計士の目』を磨きなさい。……わたくしはわたくしのやり方で、神の声を聴いてご覧に入れますわ」
竜子と宗介が夜風と共に消え去った後、良亮は再びラップトップの前に座った。画面には、かつて父・伸介が最後に残した、「未完の設計図」の一部が投影されていた。それは、街を壊すための図面ではない。迫り来る鋼鉄の咆哮から、人々の穏やかな眠りを守るための、巨大な「防圧壁」の概念図。
「パパ……。僕は、この線を繋いでみせる」
良亮の右腕の痣が、一際強く青く輝いた。それは、工藤一族が信奉する「支配の知恵」への宣戦布告。そして、良亮自身が、この「不可思議」な世界の構造を自らの手で再設計するための、長い旅路の始まりでもあった。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




