第5話 最弱テイマーの始まり⑤
ギルドは街の中央広場近くにあった。重厚な木の扉を押し開けると、広々とした空間に活気ある声が飛び交っていた。横一列に並んだ受付カウンターの向こうでは、討伐者たちが大声で成果を報告したり、次の依頼について相談したりしている。
天井から下がる木製の案内札には、窓口の役割が見た事のない文字で記されていた。にもかかわらず不思議と読めた。
ティアは周囲の喧騒に少し圧倒されながら、総合案内の札を見つけて受付の女性に声をかけた。
「田舎から出てきたばかりで右も左も分からず、ギルドに登録しろと言われたのですが、どこに行けばいいでしょうか?」
受付の女性は優しい笑顔を浮かべ、ティアの服装と幼い見た目をちらりと見て答えた。
「そうですね……年齢はおいくつですか?」
「15です」
「成人年齢ですね。お仕事は何をされる予定ですか?」
「えーっと……。逆にお尋ねしますが、スライム系のテイマーにできる仕事ってありますか?」
女性は少し考え込み、長い沈黙の後で口を開いた。
「スライムテイマー……ですか。……討伐者、ですかね?」
長い沈黙の末、受付は一つの答えを捻り出した。その答えは疑問形だった。ティアは内心で苦笑した。
(やっぱり……スライムテイマーとしてできる仕事はなさそうだ。ガルドさんにも最弱だって言われたし……)
「討伐者ってどんな仕事ですか?」
「魔物を倒すのが主な仕事ですが、こまごまとした街の雑用をしたりと仕事内容は多岐に渡ります。一言でいえば魔物退治をする何でも屋、です」
(マーロ達なら難なく熟せそうだけど、危険が及びそうな仕事はできることなら遠慮したい……。血みどろの戦闘とか、死体を運ぶような仕事も、できれば避けたい)
ティアは軽くため息をつきながら続けた。
「他の仕事はありませんか?」
「固有スキルが生かせるものでしたら下水掃除になります。ですが、人手は足りているのであなたに回せる仕事はありません。まずは討伐者になってランクを上げてください。それがあなたの信頼と実績になるので、他の仕事を斡旋しやすくなります」
(頭を捻りますね……。うん、現時点では討伐者しかなさそうだ。雑用仕事もあるらしいから、そっちを選べばいいかな? 安全第一で……)
「分かりました、ありがとうございます」
総合案内を離れ、討伐者の受付カウンターに向かった。手続きを終えると、受付の女性が明るく微笑んだ。
「これであなたも星一つの討伐者ですね。お仕事成功させると星が増えて最大五つ星までランクが上がります。私は受付のクレシアです、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「さっそくですが、何かお仕事を選ばれますか?」
「えっと、お仕事の前に質問が……」
「何でしょう?」
「私、スライムテイマーなので魔物証が欲しいのですが……」
「あっ、肩に乗ってる子ですね。プチスライムかな? 小さくて可愛らしい……はっ!? 失礼しました! 魔物証ですね。おひとつ5,000チルになります」
「うっ……お金がないんだった……。そうだ……これ、売れるかしら?」
ティアはマーロに頼んで、ドラゴンの鱗を一枚取り出してカウンターに置いた。ずっしりとした重みと、淡く光る美しい鱗の表面が、ギルド内の照明に照らされて輝いた。
クレシアの目が点になった。
「え……これ、ドラゴンの……?」
その一言で、ギルド内が水を打ったように静まり返った。次の瞬間、爆発するようなざわめきが広がった。
「ドラゴンスケイルだと!?」
「こんな上質なものが……!」
「どこで手に入れたんだ!? 若い娘が一人で!?」
商人らしき男たちがわらわらと集まってきて、ティアを取り囲むように質問を浴びせてくる。熱っぽい視線と野心に満ちた声が、彼女に一気にのしかかった。
ティアは額に手を当てて深いため息をついた。
(はぁ……やっぱり大騒ぎになってる……。最弱テイマーのはずなのに、なぜこうなるのよ。目立たないように気をつけようと思っていたのに……元管理職の血が騒ぐわ)
「討伐者の金策をタダで聞き出そうとするなんて失礼ですよ! オークションに出品しますから、お金を出して買って下さい!」
受付のクレシアが鋭い声でピシャリと言い放ち、商人たちを追い払った。あわよくばタダで情報を引き出そうとしていた男たちは、舌打ちをしながらすごすごとその場を離れていった。
結局、その鱗は即金にはならず、オークションに回されることになった。クレシアによると、数日待てばかなりの高値が付く可能性が高いというが、すぐにお金が必要なティアにとっては痛手だった。
「先ほどの商人の様子から、高値が付くのは間違いありませんね。こちらでドラゴンの鱗を担保にお金を貸し出すこともできますが? その際、落札成立後のお支払から貸し付けた金額と手数料が引かれますが、よろしいですか?」
(今夜の宿代すらないのだ、背に腹は代えられない……)
一瞬、(森で拾った場所の情報を売ればお金になるのでは?)という些末な考えが頭をよぎったが、すぐに却下した。ドラゴンの鱗はマーロが収納していて現場には何も残っていない。相手をぬか喜びさせるだけで、後から問題になるのは目に見えていた。
ティアはやむなくクレシアの案を受け入れた。
鱗をクレシアに預け、当面の資金として十万チルを借り、そこからマーロ達の魔物証代に二万五千チルを支払い、五個の魔物証を受け取った。
数が合わず首を傾げるクレシアに、他の四体をポケットから出して披露した。手のひらサイズのカラフルなスライムたちを見たクレシアの目が、みるみるうちに蕩けるように優しく細められた。
「まあ……なんて可愛らしい……」
ティアは小さく微笑みながら、改めてスライムたちをポケットに戻した。
クレシアはどこか寂しげな目をしていた。
「そうだ! おすすめの宿を教えてもらえますか?」
「ええ、構いませんよ。そういった案内もしております。そうですね……暖炉と小鳥亭がよろしいかと。朝夕の食事もつきますし、大通りも近いので女性でも安心して泊まれる宿で、一番のおすすめです」
「ありがとうございます。その宿にします」
宿の情報を受け取ったティアは、ギルドの重い扉をくぐり、外の夕陽に照らされた街並みを眺めた。石畳がオレンジ色に染まり、人々の影が長く伸びている。焼きたてのパンの匂いが、まだ鼻をくすぐっていた。
(……少しずつでいいわ。癒されたいって願った私に、こんな賑やかな仲間が与えられたんだもの。最弱だと言われても、肩書きに振り回されるのももううんざり。今日は宿を取って、ゆっくり休みましょう)
15歳の体で、34歳の心を抱えた少女は、静かに前を向いた。
ポケットの中で温かく震える五体のスライムたちの気配を感じながら、ティアは夕暮れの街に溶け込むように歩き始めた。
異世界での本格的な生活が、今、始まろうとしていた。




