第24話 最弱テイマーの波乱の前触れ④
スライム椅子体験ですっかり角の取れた表情のクレシアと一緒に、ティアは討伐者支部に向かった。
道中、クレシアは終始興奮気味だった。
「ティアさんのスライムは本当に素晴らしいです! あの風の感触、体の芯までリラックスできました……」
クレシアは熱く語り続け、ティアは苦笑しながら相槌を打つしかなかった。
(グレン達を褒められるのは嬉しいけど……)
興奮気味のクレシア相手にティアは「はいはい、知っていますよ」と生返事で頷くだけになっていた。
一方、マーロはティアの肩の上で『……ティアの護衛だからっ、絶対! 絶対に離れないよ~』と、椅子になることを頑なに拒否していて、今も傍を離れたがらない。ルイーサの治療で離れたことが、よほど嫌な経験だったらしい。
長い道のりに感じたが、無事討伐者支部に到着したとき、ティアは心底ホッとしていた。
(一過性のものだといいけど……でもこれなら、布教活動に期待が持てそう)
今日のクレシアの熱量を見て、ティアは現実的な視点で少し安心した。
討伐者支部の重い扉を押し開けるクレシアの後ろに続き、ティアは中へと入った。
「いらっしゃ~い……。って、なんだクレシアか……。それで、今日は何?」
「人の顔を見て急に態度を変えるのは止めなさい。支部長はいる? 応接室を使わせてもらうわ」
「いまは誰も使ってないから、どうぞご勝手に」
クレシアは受付嬢を軽く窘めたあと、端的に用件を伝えた。受付嬢も慣れたもので気易く返事を返す。
クレシアはティアを促し、二階の応接室へと移動した。
無人の応接室に入ると、クレシアは勝手知ったる我が家のようにソファーに腰を下ろし、ティアにも座るよう促した。
「すぐに来ると思うわ」
そう言ってクレシアはソファーの背に身を預け、随分とリラックスした姿勢を取った。さっきまでの熱量が嘘のように落ち着いている。
「入るぞ」
扉の向こうから声が聞こえるなり、ガチャリと扉が開かれた。
「やっと来たわね。支部長に言われてティアさんのお店に行きましたが……とても素晴らしいサービスを受けました。支部長はティアさんに勧められたのに……受けなかったそうですね」
自慢げに語ったクレシアは、一拍空けると「もったいない事をしましたねぇ」と、挑発したような視線をヴィクトルに向けた。
「そんなにいいものなのか?」
ヴィクトルは懐疑的な視線をティアに向けた。
「ええ、もちろんです。ですが、私は他の職員に情報伝達(ティアの店の宣伝)に向かいます。皮の買い取りと護衛の件は、お二方で内容を詰めておいてください」
ティアが答える前にクレシアはそう言い残し、部屋を後にした。
胸の奥をくすぐられたヴィクトルは、ティアに声を掛けた。
「……どんなサービスなんだ?」
ティアはスライムたちの能力を詳しく説明した。するとヴィクトルは興味深げに頷き、マーロを見た。
「たしか……白いスライムは治癒魔法が使えたはずだな? 癒しというのも合わせて試したい」
「え……? でも……」
戸惑うティアをよそに、ヴィクトルはナイフを取り出し、己の手のひらに刃を滑らせた。赤い線が引かれ、血がゆっくりと流れ出す。
「ほれ、頼む」
ヴィクトルは血の流れる手をティアに向けた。
「キャッ!」
平和な国で育ったティアは、他人の流血を目の当たりにして平静を保てなかった。胃がひっくり返りそうになり、反射的に短い悲鳴を上げ、思わず後ずさった。
『……ティア、大丈夫? ティアを怖がらせて……マーロ、アイツ嫌い』
マーロの可愛らしい念話に、ティアはなんとか平静を取り戻し、声を絞り出した。
「じ、自傷するなんて……」
「気にすんな、これくらいかすり傷だ。それよりスライムの治癒を頼む」
血が滴るほどの傷。痛くないはずがない。
「マーロ、あの怪我治せる?」
『……ヤダ! アイツ嫌いだもん』
マーロはきっぱり拒否した。
「あの~、マーロは治したくないって言っています」
「ん~? って事は治せはするんだな? 慣れているから我慢できるが、痛みがない訳じゃない。治せるなら渋らず頼む。血も止めたいしな」
ヴィクトルは再び懇願するように手を差し出した。豪快な笑みを浮かべているが、目は本気だった。
ティアは肩を落としながら、マーロに再度頼み込んだ。
「……ねえ、マーロ。やっぱり、治療してもらえない?」
ティアは優しく頼み込んだ。
しかし、マーロの返事は冷たかった。
『……ヤダ! だってあいつが自分で傷つけたんだもん。放っておけばいいよ!』
拒否するマーロに、ティアは肩を落とした。
(説得が上手く行かない……マーロのわがままも可愛いけど、こんな時に……困るわね)
「ヴィクトルが自分でつけた傷だから、マーロは治したくないと言っています」
「そうか……ならティアの傷ならどうだ?」
「……えっ?」
ヴィクトルの台詞に、ティアは言葉を失った。冗談だと思いたいのに、相手の目は……本気だった。
ティアの背筋に冷たい汗が走る。
その仕草を見たヴィクトルは、埒が明かないと判断したらしい。右手にナイフを持ったまま、左手からは血を流した状態でソファーから腰を上げ、ティアに向かって両手を広げた。
「痕が残るような傷はつけない。ちょっとチクッとするだけだから、安心しろ」
逞しい体躯の男が、血のついたナイフを手に迫ってくる。ティアは本能的に後ずさり、背中がソファーにぶつかった。
(え、待って……本気!? 安心できないわよ……! この距離、逃げられない……!)
「キャー―――――ッ!?」
思わず喉が裂けんばかりの悲鳴が上がった。
その声が一階まで届いたのか、ドタドタと慌ただしい足音が響き、荒々しく扉が開かれた。
「ティアさん、何事ですか!?」
駆け付けたのはクレシアだった。
応接室の光景を一瞬で見回した彼女は、血を流してティアに迫るヴィクトルと、悲鳴を上げたティアを見て、即座に事態を察した。
「支部長! いくらティアさんが可愛らしいからと言って、密室に二人っきりになった途端、本性を現すとは! この人でなし!」
クレシアの鋭い声が部屋に響き渡った。
――完全なる誤解であった。




