第22話 最弱テイマーの波乱の前触れ②
ヴィクトルが訪れた翌日、昼過ぎの開店時間を見計らったかのように、クレシアが店にやってきた。午後の柔らかな陽光が木製のテーブルに淡い影を落としていた。
ハーブの優しい香りが漂う中、クレシアは店内をゆっくりと見渡し、満足げに頷いた。
「本当にティアさんがお店を開いているのね。お邪魔してもいいかしら?」
「いらっしゃいませ、どうぞこちらへ。……ご注文はお決まりですか?」
ティアは日当たりの良い窓際のテーブル席に案内し、腰を落ち着かせたタイミングで注文を聞いた。内心では、心臓が少しだけ早く鐘を打っている。癒しを提供する側の立場とはいえ、クレシアのような有能で洗練された女性を前にすると、自分の接客がどこか未熟に思えて緊張してしまうのだ。
「ティアさんのお店は、ハーブティーがお薦めなのよね? ……ねえ、例えば『女性に嬉しい効果』があるものなんて、あったりします?」
「そうですね……」
(受付に立つ女性なら、人前に出る仕事だしお肌のことは絶対に気にするはず。立ち仕事も多そうだから、浮腫みや疲れも溜まっているかも……)
ティアは素早く頭の中でメニューを整理した。
「ローズヒップとルイボスをブレンドしたハーブティーがお薦めです。お肌に嬉しいビタミンCが豊富で、高い抗酸化作用が期待できますよ」
クレシアの疑問にティアは簡潔に応えた。
「ビタミンC? 抗酸化作用? ……良く分からないわ」
簡潔に、かつ魅力的な単語を並べて応える。しかし、クレシアは聞き馴染みのない言葉に小さく首を傾げた。
「ビタミンC? こうさんか作用……? ごめんなさい、よく分からないわ」
いつも完璧な彼女が見せた、少しだけ無防備な困り顔。そのギャップの愛らしさに、ティアは思わず胸の内で微笑んだ。
(……意外と可愛いところがあるのね。いつも隙がない人でも、こんな顔をするんだ)
「ええと、つまりですね」
ティアは噛み砕くように、かつトーンを落として秘密を共有するように囁いた。
「ローズヒップには美肌や美白、疲労回復を促す成分がたっぷり入っているんです。そしてルイボスは、お肌の弛みや皺のケア、さらには気になる体のむくみや便秘の解消にも繋がります」
かつて「癒やされたい」一心で、暇を見つけては貪るように調べ上げた知識。それが今、見事に火を噴いた。リラックス効果も含め、女性の悩みに寄り添う完璧な配合だ。
「!? ……それをいただくわ」
クレシアは一瞬だけ限界まで目を見開くと、猛然たる勢いで食いついてきた。その瞳には、先ほどの冷静さはどこへやら、期待に満ちた輝きが宿っている。
(よし、食いついた……!)
「かしこまりました」
手元のメモに注文を書き留めながらも、ティアは元管理職としての慎重さを頭をもたげさせた。あとで「効果が出ない」と苦情を言われてはたまらない。一言、予防線を張っておく。
「……ただ、お薬ではないので、一杯飲んだだけで劇的に変わる、というわけではありませんよ?」
「分かっているわ。でも、試さない理由がないもの」
「それと、ご一緒に甘いスイーツなどはいかがですか?」
売上アップの好機とばかりに畳みかける。内心で、自分の抜け目なさと計算高さに苦笑しつつも、営業スマイルは崩さない。
「お昼を食べたばかりだから、お菓子は遠慮しておくわ。……それに、実はお茶を飲みに来ただけじゃないの。今日はお仕事のお話で来たから、あとで少しお時間をいただけるかしら?」
「分かりました。他のお客様が来られなければ、いくらでも」
まだクレシアしかいない静かな客席を見渡し、話す時間はたっぷりあると確信しながら、ティアは厨房へと下がった。
(お仕事の用事……やっぱり、ドラゴンスケイルのことかな?)
手際よくお茶を淹れ、温めたカップに琥珀色の液体を満たす。再びクレシアの元へと運んだ。
「お待たせいたしました。こちらがローズヒップとルイボスのハーブティーです」
「……あら。ほんのりと鼻腔をくすぐる薔薇の香りが、とても爽やかね。どんな味がするのかしら」
配膳の途中から漂っていた華やかな香りに、クレシアは待ちきれないといった様子で目を輝かせた。
「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
促されるまま、クレシアが上品な仕草でカップへと手を伸ばす。
「近くでじっくり嗅ぐと、フルーティーな甘さも感じるわね……」
そのままカップを傾け、小さく喉を鳴らした。
流れるような一連の所作は完璧に様になっており、ティアは「やっぱり品のある人だな」と感心してしまう。
「――っ、甘酸っぱくて、意外なほど飲みやすいのね! 美味しいわ。ハーブティーって、失礼ながら『雑草を煮出したお茶』のようなイメージがあって敬遠していたのだけれど……。体に良くて、これほど心が落ち着くなんて。今まで飲まなかったのが勿体なく感じてしまうわ」
いつもはキリッと引き締まっているクレシアの表情が、ふにゃりと柔らかく弛んでいく。
その様子を見て、ティアは心の底からホッと胸を撫で下ろした。
(よかった……。やっぱり美容と癒やしは、世界の壁を越えて女性に刺さるんだわ)
しばらくお茶を嗜み、心身ともに深いリラックスを得た様子のクレシアは、ふぅと満ち足りた息を吐くと、真剣な面持ちでティアを見つめた。
「……ねえ、ティアさん」
「はい、なんでしょう?」
「昨日、ヴィクトルがすっかり伝え忘れていたのだけれど――ドラゴンスケイルの売却についてよ。こちら、別の都市のオークションに出品しても構わないかしら?」
「それは構いませんけど……わざわざ私に許可を取るほどのことなのですか?」
この世界の流通や商習慣に疎いティアは、不思議そうに首を傾げた。同時に、心のどこかで微かな警戒心がピリリと作動する。
(また何か、私の知らない大きな話に巻き込まれている気がする……)
「ええ。実は、都市を跨ぐとなると『運搬にかかる費用』は出品者側の負担になるのよ」
「なるほど……。そういうことですか」
納得の理由だった。経費がこちら持ちになるのであれば、事前承諾が必要なのは当然だ。
「王都のオークションであれば入札者も多く、財力のある貴族や大商会がひしめいていますから、落札価格も跳ね上がります。それに、王都へ向かう道中にある大きな街でもいくつかの部位を卸せますから、より早く、確実に売り捌けるわ。今回の試算では、運搬費用を差し引いても、王都に出した方が確実に利益は上回ると考えているの」
クレシアは、ティアが費用を気にして渋るのを察したのか、流暢な口調でメリットを並べ立てた。さすがは仕事のできる女性だ。
「それなら、ぜひ王都でのオークションをお願いします」
利益が大きいのなら迷う理由はない。ティアは即座に決断した。
「分かったわ、手続きを進めるわね。……それで、その運搬費用に大きく関わってくるのだけれど」
クレシアは一度言葉を区切り、探るような視線を向けた。
「道中の護衛のグレードは、いかがいたしましょう?」
「最上級でお願いします」
ティアの返答に淀みはなかった。
これは、自分の背にのしかかる巨額の借金を相殺するための命綱だ。万が一にも、道中で盗賊や魔物に奪われるようなことがあれば目も当てられない。
(ここでケチって全財産を失うなんて、愚の骨頂だもの!)
金額を惜しむ様子など微塵も見せないティアの毅然とした態度に、クレシアは頼もしそうに深く頷くのだった。




