第19話 最弱テイマーの癒しの店④
扉を開けて現れたのは、揃いの装束に身を纏った人達。白を主体としたその衣装は、どことなく神聖な雰囲気を感じる。
「こちらに上級治癒を授かりたい患者がいると伺い、引き取りに来ました。我々は教会の者です」
「あ、どうもご苦労様です」
ティアは初めて見る彼らに驚きつつも、社会人の経験から反射的に丁寧に挨拶を返した。
「ティア、ルイーサ婆さんを運ぶ馬車と人手も教会に用意してもらったんだ。彼らを案内するから、ティアは運びやすいように通路を広げてくれないか?」
教会の人々と一緒にエリオスも来ていた。彼の声はいつもより少し緊張しているように聞こえた。
運び手はルイーサに配慮して女性も多く、布に包まれた二本の長い棒――おそらく担架――も用意されていた。
「分かりました、テーブルを移動させますね。ミアとエルナも手伝って」
状況を把握したティアは二人に指示を飛ばした。二人はすぐに頷き、テーブルと椅子を片付け始め、十分な通路を確保した。
「それとエリオス、いま建物の査定の人が来ているから……!」
「分かった、ありがとう!」
ティアの報告に、エリオスは二階に移動する足を止めずに振り返りながら答えた。
店内は一時的に慌ただしい物音に包まれたが、やがて担架に乗せられたルイーサが、教会の人々に慎重に運ばれて階段を降りてきた。エリオスもその後ろに続いている。
「あっ、ちょっと止まってくださる? ティアちゃん、これ……助かったわ、ありがとう」
運ばれる途中、見送るティアの近くに来るとルイーサは制止を求めた。そして懐に手を入れると、握った柔らかい塊をティアに手渡した。
「これは……あっ」
ルイーサから受け取った物は、ここ数日ずっと預けていたグレンだった。
「おかえり、それとお疲れ様」
ティアは労うようにグレンを優しく撫でた。グレンは本来の持ち主のところに戻れた喜びを全身で表現するように、ぷるんと大きく震えた。
「それじゃあ、僕は婆さんを連れて治癒を受けに行ってくる」
「行ってらっしゃい、気を付けて……」
慌ただしく出て行くエリオスに、ティアは声を掛けた。ルイーサの身体が良くなるよう、心の中で静かに祈りを込めて。
教会の人々が店から出て行くと、急に人気のなくなった店内は、主を失ったようにもの悲しい静けさに包まれた。
残されたテーブルや椅子、カウンターに落ちる柔らかな朝の光が、急に広く感じる空間を寂しく照らしていた。
ティアは静かに息を吐き、グレンを胸に抱き寄せた。
(……ルイーサさん、無事に良くなってください)
グレンがぷるぷると優しく震える感触が、ティアの胸を温かくした。
ティアの心に差し込むようかのように、落ち着いた声が届けられた。
「先ほどの方たちは……?」
ルシアンだ。
ティアはルイーサが治癒を受けに出かけたことを、隠すことなく伝えた。
「そうですか……では二階の状態確認は不可能ですね」
ルシアンは顎に手を当てて思案した。片眼鏡の奥の瞳は冷静に状況を分析している。
「ルイーサさんが倉庫に使っている部屋なら大丈夫だと思います。私も仕事中に入ったことがありますから……ご案内しますか?」
「助かります。その部屋を基準に査定を進めます」
ティアの提案にルシアンは乗った。
二階の倉庫に案内すると、ルシアンは目を皿のようにして部屋の隅々まで確認した。指先で壁を叩き、床の軋みを確かめ、埃の積もり具合や光の入り方まで細かく調べる。
「……構造に大きな問題は見受けられません。使用状況も許容範囲内です」
ルシアンはその結果を帳簿に記すと、ティアに振り向いた。
「先ほど女性たちが使用していたものは、何でしょうか?」
ルシアンはヒョウカのマットレスが気になったようだ。真面目な表情のまま、わずかに好奇心が覗いている。
「気になるようでしたら、体験してみますか?」
百聞は一見に如かず。言葉で飾るより、実体験してもらった方が何倍も伝わるはずだ。それに、感触が良ければ口コミにも繋がるかもしれない——そんな下心も込めて、ティアは提案した。
「体験可能であれば、確認したい」
頷いたルシアンを連れて一階に戻り、ヒョウカのマットレスを体験してもらった。
「……温度管理が適切ですね。持続性も考慮されています」
身体を横たわらせたルシアンは、真面目な表情を崩して心地よさそうに目を細めていた。いつもは張り詰めた気配が、ほんの少しだけ緩んでいる。
「体圧の分散も悪くない。簡易寝具としては上等です」
淡々とした評価の中に、珍しく本音が混じる。
「これだけじゃないんですよ。ヒョウカ、彼の目元を冷やしてあげて。ルシアンさん、目を瞑っていただけますか?」
ティアの指示に従い、ルシアンは恐る恐る目を閉じた。
ヒョウカのマットレスはぷるんと震え、ルシアンの頭頂部付近から触手が伸びて、アイマスクのように目元に優しく覆いかぶさった。
「……視覚疲労への直接的な効果も確認できます。施術に近い用途も見込めますね」
ルシアンは思わず小さく溜息をついた。声に、普段のプロフェッショナルな抑揚が溶け、素の心地よさが滲み出ている。
「このお店は、いま体験いただいたような癒しを売るお店に生まれ変わる予定なんです。開店したらいらしてください」
ティアは営業トークも忘れず、柔らかく微笑んだ。
ルシアンは目を閉じたまま、静かに頷いた。
「……なるほど。これは“商品”として成立しています。癒しという抽象概念を、明確な価値に変換できている。営業開始後、再訪する価値は十分にあるでしょう。その際は、正式な利用者として評価させていただきます」
ルシアンは意外にも饒舌に語った。
ルシアンにたっぷりと時間をかけ癒しを体験してもらっていると、店の扉が静かに開かれた。
振り返ると、エリオスとルイーサが教会から戻ってきた。
背筋を伸ばして歩くルイーサの姿を見て、ティアは思わず瞳に潤いを覚えた。しかし——ルイーサの手には、木製の杖が握られていた。
ティアは驚きを隠せずに駆け寄った。
「ルイーサさん! 足、大丈夫ですか!?」
ルイーサは杖を軽く持ち上げ、何でもない風に笑みを浮かべた。
「この杖、エリオスにプレゼントしてもらったのよ?」
杖を冗談めかしく見せびらかす仕草は明るかったが、その声の端には、わずかな寂しさが混じっていた。
エリオスが代わりに説明した。
「上級の治癒を受け、骨折は治ったけど……完治とはいかず、痺れが残るらしい。時間が経過した怪我には、往々にしてある症状だそうだ」
彼の声は穏やかだったが、眉間に薄い影が落ちていた。ルイーサの肩を支えながら教会からここまで歩いてきた疲れと、心配が残っているようだった。
「治療を終えて教会を出る時、転びそうになって……咄嗟に僕が庇ったんだ。その後、近くの雑貨店で杖を選んで買ったよ」
エリオスはルイーサの肩を優しく支えながら、ティアに微笑んだ。しかしその笑顔は、どこか無理をしているように見えた。
ルイーサは少し寂しげに、しかし悲壮感なく言った。
「本当は、怪我が治ったらティアちゃんに雇ってもらおうかと思ったのに……この足ではお店に出るのは無理そうだわ……」
足に不調が残ったことで、すっぱりと諦めがついたのだろう。彼女は肩の荷を下ろしたように、満面の笑みを浮かべた。
「もう年だから、息子夫婦に厄介になるのもいいわね。孫を可愛がれるわ~」
その言葉に、ティアは胸が熱くなった。ルイーサがこの店に残したくない本当の理由が、少しだけ見えた気がした。
エリオスがティアとミア、エルナに向き直った。
「ティア、それと君たち。見ての通り怪我は治り、介護の必要性はなくなった。依頼は終わりなのだが……代わりに引越しの手伝いと店内の掃除を頼めないか?」
本来なら仕事がなくなったら依頼は終了だ。しかしエリオスは依頼者として、料金分は働いて欲しいと願っていた。
「私は大丈夫です」
ティアは即座に答えた。
ミアとエルナは顔を見合わせると、すぐに頷いた。
「平気平気! 任せてよ!」
「……うん、大丈夫……です」
エリオスは「ありがとう」と深く礼を述べると、ルイーサをティアに任せて仕事に戻っていった。その背中はいつもより少し小さく見えた。
ティアは二人の手を借り、ルイーサの指示に従いながら引っ越しの荷物をまとめ始めた。
段ボール箱に詰められる食器や小物、壁に掛けられていた古い写真、ルイーサが大切にしていた裁縫箱——一つひとつが、彼女の人生の断片のように感じられた。
店内が少しずつ空っぽになっていく様子を眺めながら、ティアは静かに思った。
(……ルイーサさんの思い出を、ちゃんと新しい形で引き継ぎたい。この店を、みんなが癒される場所に……)
気が付けば夕陽が店内に差し込み、積み上げられた箱に長い影を落としていた。
ルイーサの引越しは、ティアにとって「終わり」ではなく、「新しい始まり」の第一歩だった。




