第18話 最弱テイマーの癒しの店③☆
翌朝、ティアがお店に着くと、店内は静かで少しひんやりとしていた。朝陽がテーブルに柔らかく差し込み、それを反射して店内を明るく彩らせていた。
一人になったティアは、カウンターに寄りかかりながらぼんやりと考え込んだ。
(頼もしかったゲオルグさんたちは、もう依頼を受けないのだろうか……?)
ルイーサが安心して身を任せられる人は少ない。ゲオルグのような力強く優しい男性は特に貴重だ。そう思うと、ティアの胸に小さな寂しさが広がった。
これといった問題もなくルイーサのお世話をしながら時間を過ごしていると、玄関の扉が静かに叩かれた。やや間を置いてから男が姿を現した。
「初めまして。総合ギルド査定部のルシアンと申します。本日は、この建物の査定に伺いました」
落ち着いた低めの声で名乗り、片眼鏡の奥から店内をゆっくりと見渡す。細身で長身、腰には巻物や帳簿、小型の測定器具をいくつも携えていて、仕事人間らしい雰囲気をまとっていた。
「カフェ兼住居、というのは興味深いですね。……ティア様でお間違いありませんか?」
ルシアンは一歩だけ距離を詰め、わずかに頭を下げた。その所作の一つひとつに、無駄がなく、誠実さがにじみ出ている。
「本日は、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ティアはルシアンの落ち着いた物腰に、元の世界の真面目なビジネスマンを重ね、どこか懐かしい気持ちが胸に広がった。
「さっそくですが、拝見させていただいても?」
「ええ。ですが、まずは家主に挨拶をしてもらってからで構いませんか?」
「もちろんです」
ルシアンは表情一つ変えずに応えたが、その声には相手の心をそっと包み込むような不思議な温かさがあった。ただの一言にも、真摯に仕事に向き合う誠実さが凝縮されているように感じられた。
ティアはルシアンを二階のルイーサの部屋に案内し、事情を簡単に説明した。
ルイーサの瞳は、諦めと共に寂しげな色に染まった。慣れ親しんだ『モルン・ティーサロン』を離れることが、より現実味を帯びてきたのだろう。グレンを両手で包み込んだまま、彼女は静かに視線を落とした。
(……ルイーサさん……)
ティアは胸が痛んだ。自分には癒せない部分があることを、改めて痛感する。
「それでは査定を始めさせていただきます」
ルシアンは軽く一礼すると、すぐに仕事の顔へと切り替えた。
帳簿と細身の測定具を取り出し、無駄のない動きで店内を歩き出す。床材に指先を触れ、壁に視線を滑らせ、窓から差し込む光の角度まで丁寧に確かめる。
「築年数のわりに劣化は少ない……手入れが行き届いていますね。修復の痕跡すら、一つの完成形を成しています」
独り言のように淡々と呟きながら、さらさらと記録を書き込んでいく。その視線は一瞬たりとも曇らず、すべてを冷静に数値に置き換えていくようだった。
そのスマートな仕事っぷりを、ティアは飽きることなく眺めていた。
ルシアンは帳簿に細かな数字を書き込みながら、床材の感触を指先で確かめ、壁のひび割れを丁寧に調べ、窓から差し込む光の角度まで確認する。無駄のない動きの一つひとつに、長い経験と真摯さが表れていた。
(……この人、ただの査定士じゃないわ。店そのものを、丁寧に扱っている……)
ティアはそんな彼の横顔を見ながら、胸の内で小さく息を吐いた。
慣れ親しんだこの店が、他人に査定され、価値を数値に置き換えられていく——その現実が、彼女の心にゆっくりと染み込んでいるようだった。
その時、店の扉が静かに開かれた。
「こんにちは!」
「……こ、こんにちは……」
一つは元気よく、もう一つは消え入るようにか細い声だった。
見覚えのある二人の女性が入ってきた。
「あっ! 討伐者支部にいた……」
「ミアです! よろしくねっ!」
「……エ、エルナです……」
ティアはパーティーが解散したばかりのところを勧誘したのを思い出し、慌てて微笑んだ。店内に朝の柔らかな光が差し込み、二人の姿を優しく照らしている。
「私はティアっていいます。いらっしゃい、よく来てくれたわね。でもごめんなさい、癒しの店はまだ始まってないの……」
ミアとエルナの登場にティアは心から喜んだが、口約束だけでまだ雇えないことを申し訳なく思い、素直に謝った。
「いえいえ! あたしたち、ちゃんと依頼受けて来たんだよ!」
「お、お婆さんの介護の……その、お仕事です……」
ミアとエルナは少し緊張した面持ちで説明を続けた。
「男性が受ける予定だったんじゃ?」
依頼内容との差異にティアは首を捻った。
「それがさ、介護相手が女性だから『力持ちの同性もOK』ってなったみたいで! それでエルナが――」
「じ、実は私……固有スキルが……剛腕で……」
か弱そうに見えるエルナは、肩をすぼめながらお辞儀をした。力持ちと思われるのは気恥ずかしいのだろう。その頰が、わずかに赤らんでいる。
「エルナっておとなしいからさ、戦うのちょっと苦手で……せっかくのスキル、なかなか活かせなくてさ。でもこういう依頼ならピッタリで助かるんだよね!」
「よ、よろしく……お願いします……」
ミアが明るく言うと、エルナは伺うような視線を送った。
「あたしのスキルなんて、ほんっと地味でさ! エルナの方がずっとすごいよ!」
「そ、そんなこと……ないよ……私なんて……」
二人とも、自身の固有スキルは気に入っていないようだ。照れと少しの自信のなさが、表情や仕草に表れていた。
「ミアの固有スキルも聞いてもいい?」
「本当に大したことないよ? 時間計測っていってさ、今が何時とか、どれくらい経ったか分かるくらいだし! 外だとちょっと便利かな~って程度でさ!」
ティアは思わず目を輝かせた。
(なんて便利な能力なのか!)
ここにカップ麺があったら今すぐ3分計測してもらって、その有用性を実感してもらいたいところだ。
「すごく便利な能力じゃない! 是非、私のお店で働いて欲しいと思ったわ!」
ティアはミアの能力を素直に賞賛した。
しかしミアは半信半疑の様子で、素直に喜べないでいた。
「こんな時に役立つのよ、ほらこっち来て。ヒョウカ、宿の時のようにお願い」
ティアはミアの手を引いて少しスペースが空いている場所に移動すると、ヒョウカにお願いをした。
するとヒョウカがポケットから飛び出し、一度元の大きさに戻り、すぐに形を変えて厚みのあるマットレスの形状に変化した。表面は滑らかですべすべ、朝の光を柔らかく反射している。
「え、ええーーーっ!?」
「……な、なに……これ……?」
ミアは顎が外れそうなくらい大きく口を開け、エルナは目を大きく見開いた。
「実は私、スライムテイマーなの。この子は私がテイムしているスライムで、ヒョウカって言うの。この子の上に寝そべってみて?」
ティアはお手本を見せるように片隅に腰を下ろし、こっちにおいでと左手でぽんぽんと叩いた。
「え、これほんとに乗って大丈夫なやつ!?」
ミアは恐る恐る近づき、エルナは人差し指で感触を確かめていた。
それに倣ってミアも手のひらを押し付けて重さに耐えうるか確かめたのち、思い切って身体を横たわらせた。
「あっ……これ、すご……! ひんやりしてて、めっちゃ気持ちいいんだけど……!」
ミアの語尾が、心地よさで溶けていくように柔らかくなった。身体の力が抜け、うっとりと目を細めている。
「ほらほらエルナも! 絶対これ好きなやつだって!」
ミアは身体をずらして隙間を開けると、エルナを隣に誘った。
「わ、わかった……ちょっとだけ……」
ゴクリと喉を鳴らしたエルナは、そーっと身体を預けていた。
「はわわぁ~……つ、冷たさが……ちょうどよくて……その……すごく、落ち着きます……」
心地よさそうにする二人は、うっとりと目を細め、肩の力がすっと落ちていくのが見て取れた。
「どうかな、癒されるでしょ?」
「うん、めっちゃいい!!」
「……は、はい……すごく……」
二人の反応は好感触だ。
ティアの問いかけに、癒しを実感したミアとエルナは、はっきりと答えた。
ティアがなぜ知っていたかと言うと、宿のベッドで寝れなくて、試しにマーロで寝たら気持ちが良かった。それ以来、グレン達も含めてローテーションで寝ていたから、それぞれのベッドの良さを知っていた。
「こんな癒しを売るお店にする予定なんだけど、時間経過で料金を取ろうと思っているの。その時間計測を、ミアの素晴らしい固有スキルで頼めないかしら?」
「え……あたしのスキル、そんな使い方あるんだ……」
ミアは、自身の能力の有用性に気づき、声が震えた。目が少し潤んでいる。
「これ、絶対人気出るよ! ミア、一緒にやろうよ! ……その、あの……私たち、最初からちょっと気になってて……仕事先が『モルン・ティーサロン』だって知って……詳しく聞きたかったんです……」
癒しを実感したエルナは、働くことに前向きになった。その瞳には、初めて希望のような光が宿っていた。
ミアとエルナが喜びをかみしめている時、外から馬車が近づく音が聞こえた。
ルシアン※生成AI画像
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