第16話 最弱テイマーの癒しの店①
討伐者支部の重厚な扉をくぐり、クレシアと共に昼下がりの街を歩き始めた。
石畳の道には柔らかな陽光が差し、焼き立てのパンや香草の匂いが風に乗って漂ってくる。行き交う人々の話し声や、遠くから聞こえる鍛冶の音が、活気のある日常を物語っていた。しかしティアの胸は、さっき聞いた話でざわついたままだった。
クレシアが穏やかな声で切り出した。
「さっきの三人……幼馴染で組んだ若手のパーティー【若牙の連隊】だったのよ。森の深部でアーマーボアに襲われて、仲間が大怪我を負ったのが諍いの原因みたい」
「深部……?」
ティアの足が一瞬止まった。冷たいものが背中を伝う。
「ええ。赤い木の実が生るアポの木の辺りから、魔物の強さが一段上がるの。若手では太刀打ちできないのも無理はないわ。整備された道もあったから、迂闊に踏み込んでしまったのでしょう」
(……え? 私のせい……?)
ティアは冷や水を浴びせられたような感覚に襲われた。歩きやすい道を作ったことが思わぬ形で誰かを傷つけていたのかもしれない。
クレシアはティアの顔色を察して、優しく続けた。
「討伐者が魔物に襲われて怪我をすることは、残念ながらよくあることよ。それに生息域が乱れていると事前に知らせていたし、若手に開放していたのは浅瀬だけ。弁えなかったのは彼らの自己責任です。ティアさんが気に病むことではありません」
「……はい」
ティアは小さく頷いたが、胸のざわめきは簡単に消えなかった。
クレシアは少し声を和らげて言った。
「それに魔物の生息域が乱れたのは、どうやらドラゴンの影響のようですし、一時的なものよ。それももう居ない。いずれ元に戻りますから、安心してください」
「え、ええ……」
ティアは曖昧に微笑んだが、心の中では複雑な思いが渦巻いていた。
クレシアはそんな彼女の横顔を見て、話題を少し明るく変えた。
「それより、彼女たち……ミアとエルナは身を寄せる家もなく、行く当てもないみたいね。ティアさんがしっかりしないと、彼女たちも路頭に迷ってしまいますよ?」
「そ、そうですよね……」
ティアは小さく息を吐いた。解散したばかりの二人を自分の店で雇う——突然の提案だったが、放っておけないという気持ちが強くなっていた。
「この辺りまで来れば大丈夫でしょう。『モルン・ティーサロン』までの道は分かりますか? あの道を真っ直ぐ進めば見覚えのある場所に出るはずです」
「あ、そうなんですね。分かりました。いろいろと付き添っていただき、ありがとうございます」
クレシアと別れ、ティアは店へと足を向けた。
店に戻ると、討伐者の彼が所在無げにカウンター席に座って待っていた。
「お待たせしました。一人にしていてすみません」
「いいですよ、許可もありますしね」
彼はにこやかに微笑んだ。
「ルイーサさんに戻ったことを伝えてきますね。失礼します」
ティアは階段を上り、ルイーサの部屋の扉を優しくノックした。
「ルイーサさん、ティアです。ただいま戻りました。お話しできますか?」
「お帰りなさい。どうぞ、入って」
ルイーサはベッドの上で上体を起こし、期待に満ちた目でティアを迎えた。
「それで……どうだったのかしら?」
ティアはベッドの横の椅子に座り、穏やかに微笑んだ。
「お金の工面はできました! 討伐者支部に借金する形ですけど……」
「あら、そうなの? 無理を言ったみたいで申し訳ないわ……」
「いえ、大丈夫です。実は——」
ティアはドラゴンスケイルのオークションによる売却と、借金が相殺されること、金利も付かないことを丁寧に説明した。
ルイーサは安堵したように息を吐き、表情を明るくした。
「それなら安心ね……。あとはエリオスと相談して、明日にでも上級の治癒魔法を受けられるといいのだけど……」
「上級だと順番待ちがあるんですか?」
「ええ、一日に何度も使える魔法じゃないらしいの。先約がいたら翌日以降に回されるわ。それに……権力者の割り込みもあるみたいで」
ルイーサは少し寂しげに笑ったが、すぐに表情を和らげた。
ティアはそこで、さっきの出来事を思い出し、切り出した。
「あの……実は、今日ギルドで若い女性二人と出会って……。パーティーが解散して、行き場を失っていたんです」
ルイーサが少し驚いた顔でティアを見た。
ティアは深呼吸をして、覚悟を決めて続けた。
「ルイーサさん……改めて言います、この店を私に譲っていただけませんか? 大切なお店(思い出)を守っていきたいのです!」
部屋に静かな沈黙が落ちた。
「疲れたいろんな人が来て、甘いものを食べて、温かいお茶を飲んで、少しおしゃべりして……心を休められる場所にしたい。ルイーサさんが大切に守ってきたこの場所を、そんな癒しに満ちたお店として残したいんです」
ルイーサは長い間、黙ってティアを見つめていた。やがて、彼女の目にはうっすらと涙が浮かんだ。
「……お爺さんとここで始めた頃を、よく思い出すわ。毎日が大変で、笑ってばかりじゃなかったけど……とても幸せだった」
ルイーサは小さく息を吐き、静かに微笑んだ。
「ティアちゃん……あなたになら、この店を任せられる気がするわ。思い出を全部持っていってしまうのは寂しいけど……新しい命を吹き込んでくれるなら、それも悪くないのかもしれないね」
彼女は弱々しく、しかし確かに頷いた。
「ええ、いいわ。この店を、あなたの新しいお店に生まれ変わらせてちょうだい」
ティアの胸に、熱いものが込み上げた。
「ありがとうございます、ルイーサさん……。絶対に、皆が癒される場所にします」
そして、ティアは少し照れくさそうに付け加えた。
(……少しずつ、この店を、みんなの癒しの場所にしていけたら)




