第12話 最弱テイマーの受け継ぐもの②
一息ついたティアは、討伐者が普段行っている仕事が気になり、ゲオルグに話しかけた。本当はセラフィナに声を掛けたかったが、窓際で真剣に本を読んでいる姿を見て、結局遠慮した。
「ゲオルグさん」
「ん、なんだ?」
退屈を持て余していたゲオルグは、即座に反応してにやりと笑った。いい笑顔だ。
「休日っておっしゃってましたが、普段はどんな仕事をしているんですか?」
「気になるか?」
ゲオルグは話したそうにニマニマしながら、わざと勿体ぶって聞き返す。
「ええ、少しだけ」
「そうだなぁ。討伐者の俺達は主に魔物を狩って、素材をギルドに納めて生計を立ててる。時折、依頼を受けて特定の素材を取ってくることもあるがな。基本的には狩人の真似事だ。ただ、相手の強さはまるで違うが」
ゲオルグは紅茶を一口飲んで喉を潤すと、肩をすくめた。
「ここ最近の休暇は、他の仕事に斥候役として引き抜かれたからだ」
「他の仕事……ですか。パーティーなら一緒に行動するものではないのですか?」
「ああ。その仕事ってのは森の調査なんだ。誰も知らない道が突如現れて、森の深部まで続いていた。それも人の手が入ったみたいに歩きやすく整備された道だ。何かの異変かと討伐者支部は森を封鎖して、調査のために強制依頼を斥候に出したんだ」
ティアは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
(……心当たりがありすぎる……)
そんな影響が出ていたなんて、知らなかった。森歩きでホウジョに足元を整備してもらった結果、こんな事態を引き起こしていたことに、胸の奥がざわついた。
ゲオルグはティアの表情には気づかず、続けた。
「斥候なしで森に入るのは命がいくつあっても足りねえ。広い森で魔物を見つけるのも斥候の力が必要になるからな。俺達だけで入ると、空振りか大怪我のどちらかだ。それなら休んでいた方がマシってわけで、今は開店休業中ってところだ」
ゲオルグは豪快に笑ったが、ティアは笑うことができなかった。
(ヤバい魔物がいるのは知っていたけど……それほど危険な場所だったなんて……)
マーロたちと一緒に森を抜けたときのことを思い出し、改めて背筋が冷えた。もしスライムたちがいてくれなければ、自分はとっくに死んでいたかもしれない。
「森の調査って、すぐに終わらないのですか?」
ティアは内心で「早く終わってほしい」と願いながら聞いた。
「道の影響か知らんが、魔物の生息域が乱れているらしい。それがおさまるか、原因が特定されるまで様子見ってところだろうな」
ゲオルグの答えを聞き、ティアは心の中で深く息を吐いた。
(……問題の大きさを、改めて思い知らされたわ)
ドラゴンの影響なのか、それとも他に何かあるのか。いずれにせよ、自分が引き起こしたかもしれない異変の大きさに、ティアは静かな諦めと責任を胸に抱いた。
刺繍に集中しているからか、ルイーサは思ったより落ち着いていたが、時折トイレの介助や手の届かない物を取るよう呼ばれ、食事を運んだりと、ティアは細やかなお世話を続けた。
高齢者の尊厳を守りながら動くのは想像以上に神経を使い、ティアの肩は徐々に重くなっていた。
夕食の時間になり、ティアが作った温かい粥と煮物、柔らかいパンなどを店舗のテーブルで食べていると、いつもの時間に店の扉が静かに開いた。
「こんばんは。ルイーサ婆さんのためにありがとうございます。ティアも、本当にありがとう」
入ってきたエリオスは、店内を見渡してまずゲオルグとセラフィナに深く頭を下げ、次にティアにも丁寧に礼を述べた。夕陽の残光が彼の金褐色の髪を優しく照らし、真剣な表情がいつもより大人びて見えた。
「いいってことよ。こっちも手ごろな依頼を受けられなくて暇だったしな。困ったときはお互い様だ」
「そうよ~。場所が変わっただけで、いつもの休日とあまり変わりないもの~」
ゲオルグとセラフィナは軽い口調で返したが、エリオスはそれでも申し訳なさそうに再び頭を下げた。
「私もルイーサさんのことは気になりますし、次の仕事をいただけてありがたいです」
ティアがそう伝えると、エリオスは少しホッとした表情を見せ、「婆さんの様子を見てくる」と言って二階へ上がっていった。
ティアは気にせず夕食を済ませ、食器を集めて厨房へ運び、丁寧に洗って元通りにキッチンボードに戻した。
エリオスが二階に上がってからかなりの時間が経っている。
(様子を見てくるだけなのに……随分と長いわね)
そう思った矢先、階段から足音が聞こえ、エリオスが降りてきた。
「ティア、帰るところかい?」
「ええ、そろそろ勤務時間も終わるから」
そんなティアを、エリオスは真剣な面持ちで呼び止めた。
「ちょっとだけ待って欲しい。少し話があるんだ」
「……いいけど?」
(何の話だろう……?)
ティアは軽く緊張しながらエリオスの言葉を待った。
「婆さんは……上級の治癒術師に治癒魔法を受けることを決意した。やっぱり、他人が生活空間に立ち入ることは耐えられないと……。ああ、孫みたいに思っているティアは別だよ?」
ルイーサは先日まで元気に店を切り盛りしていたのに、突然他人の世話になる生活を強いられた。骨折の自然治癒は数ヶ月かかる。数日なら耐えられても、それが長引くとなると相当なストレスが溜まる。そんな状況を受け入れられなかったのだろう。
「そうですか……でも、早く治るのはいいことですよね」
ティアがそう答えると、エリオスは少し表情を曇らせて続けた。
「いや……上級の治癒術師への依頼はかなり高額なんだ。この店を手放さなくてはならないほどにね。治癒を受けた後は、息子夫婦のところに引っ越すことになる」
「え……!?」
ティアは息を呑み、言葉を失う。
「店を手放すにあたって条件があって、爺さんが大切にしていた木を残すことと、店を残すこと……せめて外観だけでも、ということなんだ」
「あまり手を加えられないとなると、買い手がつかないでしょうね……」
「だから婆さんは、ティアに譲りたいと言っている」
「ええっ?!」
ティアは思わず声を上げ、目を見開いた。
「ティアなら大切に守ってくれるだろう?」
信頼を寄せられるのは素直に嬉しかった。
働いても宿代に消えていくだけの生活から脱却できるのも魅力だ。それに……ドラゴンスケイルの在庫がある今、お金についても何とかなる気がした。
しかし、急な話に頭が追いつかない。喜びと戸惑い、現実的な計算と責任感が胸の中で激しくせめぎ合った。
その時、ゲオルグが豪快に口を挟んだ。
「上級治癒の一発くらい、俺が立て替えてもいいぞ?」
エリオスはすぐに首を横に振った。
「いや、それは止めて欲しい。父からも言われているんだ……」
エリオスはルイーサを息子夫婦の元に引っ越しさせるという目的があるからだ。ゲオルグの手助けはむしろ邪魔でしかないのだろう。
断られてゲオルグは渋面を作り、腕を組んでふんっと鼻を鳴らした。
エリオスは再びティアに向き直り、真剣な眼差しで言った。
「すぐには決められないかもしれないが、少し考えてみてくれないか?」
ティアは控えを握る手に力を込めながら、静かに頷いた。
店内の柔らかな照明の下で、突然降って湧いた大きな選択が、彼女の胸に重くのしかかっていた。




