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死にたがりのミランダ  作者: 宝月 蓮
タフマ王国の危機編

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32/34

ブライアンの想い

 ミランダが闇のドラゴン討伐の第一部隊として出陣した後、ブライアンは気が気でなかった。

(ミランダ……お前はどうしていつもいつも死にに行く選択をするんだよ……!?)

 歯を食いしばり、騎士団本部の壁をドンッと殴るブライアン。

 悔しさと悲しさが入り混じった表情である。

(俺は何でミランダを止められないんだよ!? いつもそうだ……ミランダに危険が迫ってからじゃないと動けた試しがない……!)

 ブライアンは何も出来ない自分が悔しくて、とても悔しくて仕方なかった。

(ミランダは……初めて出会った時から死を選ぼうとしていたな……)

 ブライアンは、改めてミランダと出会ってからのことを思い出した。






☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨






 ブライアン・ソイルはソイル侯爵家の次男として生まれた。

 ソイル侯爵家を継ぐ四つ年上の兄が厳しく育てられているところを目の前で見て来た。

 それにより、ブライアンは学ぶことや努力が嫌いになってしまう。

 兄に何かあった時の為に勉強を強要されてからは更に勉強や努力が嫌いになった。

 努力を嫌い、楽な方に流されてばかりになってしまうブライアンである。

 ブライアンは勉強から逃げて、ソイル侯爵邸にある書斎の子供向けの薬草図鑑を見たり、外へ逃げ出すことが多かった。


 ある日、ブライアンはいつものように勉強から逃げ出し、近くの山で遊ぼうとしていた時のこと。

 いつもの山に、普段は見かけない少女を見つけた。

 ブライアンと年が近そうで、ピンク色のふわふわとした長い髪の少女だ。

 後ろ姿なので、顔は見えない。

(何だアイツ? 何してるんだ?)

 少女がどんな表情をしているのかは分からない。

 しかし、少女が摘もうとしている植物を見たブライアンはハッとした。

 勉強そっちのけで子供向けの薬草図鑑を見たことがあるブライアンはすぐにそれが強い毒性のある植物だと分かったのだ。

 気が付いたら体が動き、ブライアンは少女の腕を掴んでいた。

「何をしている!?」

 すると少女は驚いていた。

 いきなりのことなので当たり前だ。

 少女は「離しなさい!」と抵抗するが、ブライアンは強い毒性を持つ植物を摘もうとした少女の手を離すわけには行かなかった。

 ようやく少女の顔がブライアンの目に入った。


 絶望したような真紅の目で、気が強そうな顔立ちの少女。しかし、今の少女の表情は怒りに染まっていた。

 ブライアンに邪魔されたので、当たり前だろう。しかしそれだけでなく、ブライアンは少女の怒りの奥に諦めや絶望を感じ取り、放っておけなかった。


「お前が摘もうとしたその植物、強い毒があるぞ! 絶対に摘むな! 死ぬぞ!」

 ブライアンは必死になり少女を止める。

「だったら何なのよ!? あんたには関係ないでしょう!」

 少女からキッと睨まれるブライアン。しかし、引くわけにはいかない。

「お前、じゃあどうしてその植物を摘もうとしてるんだ!?」

「あんたには関係ない! 努力嫌いで怠惰で、楽な方に流されるあんたが私を止める権利なんてないわ!」

 少女の言葉は図星だった。

 自分のことを言い当てられて、ブライアンの中に苛立ちが生じる。

「はあ!? 何だよそれ!? お前に俺の何が分かるんだよ!? 俺達初対面だろう!?

「分かるわよ! オリヴィアお義姉(ねえ)様に婚約破棄を突き付けるクズは黙りなさい!」

 突然わけの分からないことを言われ、ブライアンは困惑する。

「は? オリヴィアお義姉様? 誰だよそれ? それに、婚約破棄? お前は何を言ってるんだ?」

「あ……!」

 少女はしまったとでも言うかのような表情になった。

 そしてヤケになったのか、前世だとかここがライトノベルだとかいう物語の世界だと言い始める少女。

 当然ブライアンの頭はこんがらがる。

「は……? 前世……? ライトノベルとか言う物語……? 全っ然わけが分からないぞ。お前……頭は大丈夫か?」

 ブライアンは本気で少女のことが心配になった。

「私は至って正常よ。だからこそ、オリヴィアお義姉を守ろうとしているの」

 少女はそのまま強い毒がある植物に手を伸ばす。

「いや待てって! それで何で毒のある植物を摘もうとする!?」

 ブライアンは少女の行動にギョッとして再び止める。

「そんなの、両親を殺して私も死ぬ為よ! オリヴィアお義姉様が幸せになる邪魔をするな!」

「いやそんなこと聞いたら余計止めるわ! 知ってるか!? 殺人はなあ、犯罪なんだぞ! 法律の本にそう書いてあった!」


 まだ九歳のブライアン。自分が知っている知識をそう披露した。もしかしたら目の前の少女はそれを知らないのかもしれないとすら思った。


「は……?」

 すると、少女は素っ頓狂な声を出す。

「知ってるわよ。どこの国でも、どこの世界でも殺人は犯罪。当たり前のことをドヤ顔で言われても」

「何だ、知っていたのか」

 少女のその知識があったことに、ブライアンは幾分か安心した。

「ええ、だから放っておいて。何よりも大切なのは、オリヴィアお義姉様の幸せ。オリヴィアお義姉様は不幸な目に遭ってはいけないの。その原因となる両親と私は死ぬべきなのよ。あんたも死ぬべき人間だと思うわ」

「俺もかよ。本当にお前、わけが分からないな。前世とか物語とか、よく分からないけど、お前は何かに追い込まれていること、それからオリヴィアお義姉様の幸せを願っていることだけは分かる」

「別に私は追い込まれてなんかいないわよ」

「追い込まれてるだろう。じゃなければ、両親を殺して自分も死のうだなんて思わないだろ」

 ブライアンは目の前の少女を諭す。放っておくとこの少女が死んでしまうかもしれないと思ったのだ。

「お前、えっと……」

 そういえば、少女の名前を聞いていないことに気が付いたブライアン。

 少女もブライアンが聞こうとしていることに気付き、名乗ってくれる。

「ミランダよ。一応家名込みで名乗るとミランダ・ヴォルケ」

 名前を聞くと、ブライアンは思い出す。


 ヴォルケ伯爵家の屋敷はソイル侯爵家の屋敷の近くにあった。

 最近ヴォルケ伯爵夫人が亡くなり、後妻を迎えたと言う話を聞いていた。


「ああ、ヴォルケ伯爵家の。俺はブライアン・ソイル。ソイル侯爵家次男だ。そういえば確かヴォルケ伯爵閣下は後妻を迎えたんだったな」

「ええ。私はその後妻とヴォルケ伯爵の娘よ。本当、ヴォルケ伯爵も母も何を考えているのかしら。二人揃って、自分達のことしか考えていないクズよ。まあ私もクズの血が流れているのだけど。だからこの先私はオリヴィアお義姉様を虐げてしまうのよ」

「また前世とか物語の話か。でもお前、まだそのオリヴィアお義姉様を虐げていないだろう。むしろ、幸せを願うくらいだ。一旦前世とか物語から離れろよ」

「でも……」

 ミランダは黙り込んだ。彼女から表情は消えていた。

 やはりミランダを放っておくことは出来ないとブライアンは思った。

「放っておいてよ」

「放っておけるわけないだろ」

「努力嫌いで怠惰で、楽な方に流される癖に!」

「お前、またそれかよ! ……確かに俺は努力が嫌いだ。勉強も嫌いだ。毎日楽しいことだけしていたいよ。それは認める。今もこうして勉強から逃げて来たんだからな。勉強するふりして全然関係ない植物図鑑眺めたりもしてるし」

「勉強放り出して何やってるのよ」

 ミランダに呆れられてしまうブライアン。

「でもな、目の前で人を殺して自分も死のうとする奴を放置する程俺は腐っていない! 今お前を放置したら、何かこう……モヤモヤするというか、その……」

 とにかくミランダに思いとどまって欲しい。しかし、自分の気持ちを上手く言語化出来なかった。

「良心が許さない? 寝覚めが悪い?」

「多分それだ!」

「あんた、私が言った言葉の意味分かってるの?」

「まあ何となく。ミランダ、お前難しい言葉知ってるんだな」

 ブライアンはミランダに尊敬の眼差しを向けた。


「なあ、さっき前世とか物語から一旦離れろって言っておいてアレだけど……ミランダの言うことが正しいのなら、お前の両親やヴォルケ伯爵家が脱税とか違法薬物の取り引きとかに手を染めていることを告発したら良いんじゃないのか? それなら捕まるのは両親だけで、ミランダは無事だろう? お前が大切に思ってるオリヴィアお義姉様も」

「それはそうだけど……そうしたら私は死ねない。私なんかが生きていても無駄なだけよ」


 最初からずっと死を選ぼうとするミランダ。ブライアンはそんなミランダを思いとどまらせる方法を必死に考えていた。先程からミランダの口から出るのは「オリヴィアお義姉様」のこと。ブライアンはここに突破口があるのではないかと閃いた。


「だから死のうとするなって。ミランダ、お前はオリヴィアお義姉様の幸せを願っているんだろう?」

「当たり前よ」

「だったら、そのオリヴィアお義姉様が幸せになるところ、見届けようとは思わないのか? 自分の大切な奴が幸せになるところ、絶対見たいだろう?」

「それは……」

 ミランダはハッとしたようだ。もしかしたら考えを改めてくれたのかもしれないと期待するブライアンである。

「そんなの……見たいに決まっているわ!」

「それなら、死ぬなんて言うな。生きる選択をしろ」

「……そうね」

 ミランダの言葉に、ブライアンはホッと肩を撫で下ろした。

 ブライアンは更に自分に出来そうなことを考える。

「俺の家を頼れよ。ソイル家は侯爵家。ヴォルケ伯爵家よりも立場が上だ。侯爵家は貴族の中でも上から二番目なんだぞ。凄いだろう」

 これが最高の案だと思ったブライアンはしたり顔だ。

「身分を振り(かざ)すんしゃないわよ。それ典型的な悪役がやることよ」

 渾身のアイディアだと思ったブライアンだが、ミランダに笑われてしまった。

 しかし、ミランダが初めて見せた笑顔である。

 ブライアンはそれに少しだけ安心した。

「ミランダ、お前……ようやく笑ったな。お前、今までずっと怒るか無表情だったぞ」

「そんなこと……」

 ミランダは少し困惑した。

「とにかく、ミランダ、ソイル侯爵家を頼れ。その脱税とか違法薬物の取り引きとかの証拠。それをソイル侯爵家に持って来てくれたら父上が何とかしてくれる」

「そこはあんたが何とかするんじゃないのね」

「仕方ないだろう。俺はまだ九歳の子供なんだよ」

 ムスッと膨れるブライアン。

 ミランダは思わず吹き出してしまった。ブライアンはまた笑われてしまう。

「ミランダ、何笑っているんだよ?」

「だってあんた、本当に子供っぽいんだもん」

「お前も子供だろうが!」

「確かに。私も今は八歳の子供ね」

 ミランダは笑いが止まらなかった。

 他の同世代に笑われるのは不快に感じるが、何故(なぜ)かミランダに笑われるのは不快に感じなかった。


「私、ヴォルケ伯爵家の屋敷に脱税や違法薬物の取り引きの証拠があるか探すわ」

 ひとしきり笑った後、ミランダはそう切り出した。

「おう。証拠が見つかったらソイル侯爵家に持って来い」

 ブライアンは黄色の目を真っ直ぐミランダに向けた。

「ええ。ブライアン……ありがとう」

 ミランダは表情を綻ばせた。

 今までの中で一番穏やかな笑みである。


 ブライアンがこの日見た中で、一番綺麗な笑顔だと思った。

 ブライアンの胸がトクンと高鳴った。


「お、おう」

 頬が赤く染まり、ミランダを直視出来なかったブライアン。


 これがブライアンの初恋だったのだ。






☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨




 


「クソッ……! あの死にたがりが……!」

 騎士団本部にて。

 ブライアンは再びドンッと壁を殴る。

(ミランダ、お前は何度自分の命を危険に晒すんだよ……!)

 ブライアンは、かつてミランダに襲いかかった出来事についても思い出していた。


 オリヴィアの身代わりになり、囚われたこと。貴族学園でオリヴィアを助け、爆発した研究棟に取り残されたこと。

 それを聞いたブライアンは肝を冷やした。

 そしていてもたってもいられなくなり、ミランダを助けに行ったのだ。

 助けられたミランダから紡がれたのは、謝罪の言葉。

 ブライアンはそれに悲しさと苛立ちを覚えた。


 その時、騎士団本部が慌ただしくなると同時に、ブライアンの見知った者達が現れる。

「ブライアン!」

「ブライアン様!」

 ルシアンとオリヴィアである。

「ルシアン様、オリヴィア嬢……」

 どうして二人がここにいるのだろうと疑問に思うブライアン。

「先程連絡が入ったのです。第一部隊にいるミランダが……ミランダが……!」

 オリヴィアはポロポロと泣き出した。

 ミランダに何かあったことは明白だ。

「オリヴィア嬢、ミランダに何があったんだ!? 騎士団には何も連絡が来ていないぞ!」

「ブライアン、落ち着くんだ」

 オリヴィアに迫っていたブライアンを宥めるルシアン。

「騎士団は闇のドラゴン討伐準備があり、エードラム伯爵家の方への連絡が先になったのだろう。その、ミランダ嬢が……」

 ルシアンは悲しそうに口籠る。そして、「落ち着いて聞いてくれ」と付け加え、言葉を続ける。

「ミランダ嬢が、自ら闇のドラゴンに食われに行ったようだ」


 ブライアンの頭の中は真っ白になった。

読んでくださりありがとうございます!

少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!

皆様の応援が励みになります!


明日の18:00に完結します。

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