嵐の前の静けさ
ミランダとオリヴィアがタフマ王国の貴族学園を卒業して数日後。
エードラム伯爵家の屋敷にて。
「オリヴィアお義姉様、今日はルシアン様との結婚式のドレス合わせの後、魔法薬学研究所に行くのですよね?」
「ええ、そうよミランダ」
ミランダの問いに答えるオリヴィアは、どこかワクワクして明るい表情だった。
「ミランダはお昼から騎士団入団手続きに向かうのよね?」
「はい。問題がなければ明日から騎士団として活動を開始する予定です」
ミランダは口角を上げた。
(オリヴィアお義姉様と出会ったばかりの頃は、前世のこともあってすぐに死んでしまおうと思ったわ。『捨てられた光の乙女、冷酷公爵に溺愛される』でオリヴィアお義姉様を虐げる両親を道連れにして。でも、あの時死ななくて良かったと思うわね。だって、オリヴィアお義姉様の女神のような姿やルシアン様との幸せそうな姿を見られたのだもの。私は、オリヴィアお義姉様の幸せを守る為に今ここにいる)
オリヴィアはギュッと拳を握った。
(まず今は……オリヴィアお義姉様との時間を大切にしよう。……来たる日が来るまでは)
ミランダの真紅の目は真っ直ぐ覚悟が決まっていた。
☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨
午後、タフマ王国騎士団の施設にて。
「ミランダ」
「あら、ブライアン来ていたのね」
ブライアンの姿にミランダはほんのりと口角を上げる。
「そりゃあ、俺も入団手続きに来たからな」
フッと笑うブライアン。
「それにしても、お前とは小さい頃から何というか、腐れ縁だな」
「……そうね」
ミランダは苦笑した。
ブライアンとの出会いを改めて思い出してみると、中々最悪だったような気がするとミランダは思っていた。
ブライアンと出会ったのは、ミランダが八歳の時。当時の父であるヴォルケ伯爵家当主に母と共に引き取られた年である。
前世を思い出し、ここが『捨てられた光の乙女、冷酷公爵に溺愛される』というライトノベルの世界だと気付いたミランダ。
おまけにミランダはヒロインであるオリヴィアを害する義妹、いわゆる悪役令嬢だった。
前世オリヴィアが大好きだったミランダは、当然オリヴィアが虐げられる展開を阻止しようと動く。
そして思い付いたのがオリヴィアを虐げる両親を殺して自分も死ぬこと。
ミランダは前世父親から母親の介護を押し付けられ、罵倒されながら育った。おまけに転生したらミランダになっていた。だからもう生きようとは思っていなかったのだ。
ミランダは両親を殺害する為に毒のある植物を採取しようとしていた時に出会ったのがブライアンである。
原作では貴族学園の卒業パーティーでオリヴィアに婚約破棄を告げてミランダに乗り換えるクズキャラなので、当然転生後のミランダは当初彼を嫌っていた。
(そういえば出会った当時、ブライアンにはかなり酷いことを言ってしまったわね……)
ブライアンと出会った時のことを思い出し、ミランダは苦笑してため息をついた。
『あんたには関係ない! 努力嫌いで怠惰で、楽な方に流されるあんたが私を止める権利なんてないわ!』
『分かるわよ! オリヴィアお義姉様に婚約破棄を突き付けるクズは黙りなさい!』
今思えばかなりの暴言だったと思うミランダ。
(それに、ブライアンには前世のこととかここが『捨てられた光の乙女、冷酷公爵に溺愛される』の世界だとか色々とぶち撒けたわね)
チラリとブライアンを見るミランダ。
今思えばよく荒唐無稽な話を受け入れてくれたなと思った。
(でも、ブライアンのお陰で私は今ここにいるのよね。ブライアンがあの時両親の毒殺と私の自殺を止めてくれたから……)
ミランダは少しだけ表情を和らげた。
(それに、ブライアンは私が危険に晒された時、助けてくれたわね)
オリヴィアを狙った悪漢から彼女を逃す為、オリヴィアの振りをして捕まった時。そして、貴族学園で研究棟爆発の際、オリヴィアを助けて閉じ込められた時。ブライアンはいつもミランダを助けてくれた。
ブライアンを見ていると、心の中に温かな感情がゆっくりと湧き出して来る。
(こんな感情になるのは……いつからだったかしら……?)
ミランダは自分の感情に戸惑っていた。
「おい、ミランダ」
不意にブライアンから声をかけられ、ミランダは肩をピクリと震わせる。
「……何よ?」
「何よ? じゃないだろう。さっさと入団手続き終わらせないといけないだろう」
「あ、そうだったわね」
ミランダはハッとし、この日の目的を思い出すのであった。
「ミランダ、お前本当に大丈夫なのかよ?」
「至って問題ないわよ」
ミランダはスタスタと歩き、入団手続き場所へ向かう。
ブライアンは小走りですぐにミランダに追いつくのであった。
☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨
タフマ王国、イシュケ辺境伯領にて。
ミランダが貴族学園に在籍していた頃からイシュケ辺境伯領で瘴気が増長している情報があった。
そこで、情報が出た二年前からイシュケ辺境伯領には騎士団が滞在するようになっていた。
イシュケ辺境伯領の森は、普段なら爽やかな緑の中に光が差し込み心地の良い場所である。
しかし、現在は瘴気に覆われて鬱蒼としていた。
そんな中で、魔獣討伐や警備に当たっている騎士団の者達が話をしている。
「二年前からここの警備や魔獣討伐をしているが……瘴気を浄化する光の魔石を使ってもこの瘴気が消える気配はないな」
「ああ、本当に妙な話だ。でも瘴気が浄化されない割には魔獣が大人しい。助かりはするが、不気味だ」
「それについてイシュケ辺境伯閣下は何と仰っている?」
「この状況は初めてのことで、イシュケ辺境伯家にある過去の資料を探しても対応策はない、とのことだ」
「でも、瘴気だけで何もないならそれで良いじゃないか。魔獣も大人しいのなら、気楽にやっていこう」
「気楽にって、俺達騎士団がそれじゃ駄目だろう」
騎士団の者達は、若干不安に思いつつもどこか穏やかだった。
しかし彼らは知らない。
イシュケ辺境伯領の森の奥深くで、大きな影が動いていたことを。
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!
皆様の応援が励みになります!




