ミランダの怒り
ある日の放課後。
「ミランダ、今日は魔法薬学研究クラブに顔を出すのか?」
「ええ、そのつもりよ。オリヴィアお義姉様の新薬開発が最終段階に入ったみたいだから、応援に行くの」
ブライアンの問いにそう答えたミランダ。
オリヴィア関連のことなので、真紅の目はキラキラと輝いている。まるでルビーのようだ。
「なら、俺もクラブに顔出すか。ルシアン様に新薬関連で協力を求められているし」
ブライアンはフッと笑った。
ミランダとブライアン、そしてオリヴィアとルシアンは貴族学園の魔法薬学研究クラブに所属している。もちろんそれだけでなく、タフマ王国の魔法薬学研究所にも行くことがある四人だ。
ただ騎士科の授業が忙しく、ミランダとブライアンは毎日クラブに顔を出せているわけではない。しかし同じように領地経営科の授業で忙しいオリヴィアとルシアンは毎日クラブに顔を出している。おまけに二人揃って学業成績は学年トップであるのだ。
ミランダはそんな二人を流石だなと思っていた。
☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨
「オリヴィアお義姉様」
学園の研究棟に入るなり、ミランダは表情を輝かせながらオリヴィアに声をかけた。
(オリヴィアお義姉様……白衣の天使だわ……!)
白衣姿で絹のような銀の髪を後ろの低い位置で一つに束ねているオリヴィア。その姿も絵になるなと思うミランダであった。
「あら、ミランダ」
オリヴィアはミランダの姿を確認するなり表情を綻ばせた。
「新薬開発が最終段階に入ったとお聞きしました」
「ええ。ここを突破すれば、実用化出来るわ」
データを眺めるオリヴィアの表情は生き生きとしていた。神秘的な紫の目も、いつもより輝いて見える。まるでアメジストのようだ。
(夢中になるオリヴィアお義姉様、ずっと見ていられるわね)
ミランダはうっとりと真紅の目を細めた。
タフマ王国貴族学園の魔法薬学研究クラブは、魔法薬学研究所同等重要な場所である。
優秀な学生が新薬開発や既存の魔法薬の改良を行っている。
「オリヴィアお義姉様、応援しています」
「ありがとう、ミランダ」
オリヴィアはふふっと優しい笑みを浮かべる。
「そういえば、ミランダも魔法薬の改良をしているのよね」
「はい。私はオリヴィアお義姉様とは違って新しい魔法薬を開発出来ないので。既存の魔法薬の上位互換品くらいしか作れません」
ミランダは苦笑した。
「そんなことないわ。向き不向きだと思うの。私は、新しい魔法薬の開発が得意だけれど、既存の魔法薬の上位互換品を思い付くのはミランダの方が得意なはずよ」
「オリヴィアお義姉様……!」
オリヴィアの優しく柔らかな言葉にミランダは目尻を下げて表情を和らげた。
ミランダも学園の魔法薬学研究クラブで魔力を向上させる魔法薬の上位互換品を開発していたのだ。
その時、研究室の扉が開いた。
「オリヴィア、新薬の件だが……おお、ミランダ嬢も来ていたのか。ブライアンもいるから来ているだろうなとは思ったが」
ルシアンである。
「ルシアン様、どうかなさいましたの?」
オリヴィアはきょとんとしていた。
「ああ、この前のデータの件で少しな」
「オリヴィアお義姉様、ルシアン様、私は一旦失礼します。新薬開発、頑張ってください」
ミランダは邪魔にならないよう、一旦オリヴィアがいる研究室を後にした。
ミランダも白衣に着替え、滞っていた既存の魔法薬の改良に取り掛かるのであった。
☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨ ☨
(……今日はこのくらいかしら)
ふうっと一息つくミランダ。
(それにしても、太陽草と火炎草って見分けにくいわ。でも太陽草と間違えて火炎草を配合して爆発事故が起こったケースもあるから、本当に細心の注意を払う必要があるわね)
ミランダは魔法薬草図鑑を見比べて苦笑した。
「さて、片付けないと」
実験台にはカラフルな薬品と色々なデータで溢れていた。
ミランダは目の前にあったデータの山に手を伸ばした瞬間、実験室の外から話し声が聞こえた。
男子生徒二人の声である。
そのうちの一人はブライアンのものであった。
気になったのでミランダは外の会話に耳を向ける。
「ブライアン様、この学園は身分に関わらず平等と言われていますが、どうやらそうでもないようですね」
「……何が言いたい?」
棘のある男子生徒の声に、ブライアンはそう言う。恐らく怪訝そうな表情をしているだろうとミランダは思った。
ブライアンに対して一応敬語を使っているので、恐らく相手の男子生徒の生家は侯爵家よりも下の身分だろう。
「例えば、能力のない人間が、侯爵家の令息だという理由だけで魔法薬学研究クラブに所属出来たりなどするのですから」
(能力のない人間……まさかそれってブライアンのこと……!?)
男子生徒の棘のある言葉にミランダは苛立ちを覚えた。
確かにブライアンは魔法薬学に関してはルシアン、オリヴィア、ミランダの三人より劣っている。しかし、ミランダは幼い頃初めて魔法薬学研究所に行った時のブライアンが、懸命に理論だけでも理解しようとしていたことを知っていた。今でもブライアンは魔法薬学に関して苦手ながら努力をしている。そんな彼の姿をミランダは側で見て来たのだ。
「プラーミア公爵家のルシアン様とエードラム伯爵家のオリヴィア嬢。あのお二人は、新薬研究の才能がある。オリヴィア嬢と同じくエードラム伯爵家のミランダ嬢。彼女は既存薬の上位互換品を生み出す才能がある。でもブライアン様、貴方はどうなのです? 能力のある三人とよく一緒にいますが、まさか一緒にいるだけで自分の能力が上がるとでもお思いで? ソイル侯爵家には随分と愚かな人間がいるようですね」
「それは……」
男子生徒の言葉は相変わらず棘がある。
扉の向こう側で繰り広げられるブライアン達のやり取り、男子生徒の一方的な棘のある言葉を聞いていたミランダはバンッと勢いよく扉を開けた。
「ちょっとあんた! さっきから話が聞こえていたけれど、ブライアンのことをあんまり知らない癖によくも好き勝手言ってくれたわね!」
ミランダの怒りは爆発していた。
ブライアンに棘のある言葉を放った男子生徒は突然のミランダの登場に戸惑っている。
「ミランダ……」
ブライアンも、ミランダの登場に驚いていた。
ミランダは目の前にいる男子生徒を見て思い出した。
彼は以前ルシアンの助手に立候補した子爵令息だ。しかし、ルシアンが助手として選んだのはブライアンだった。その理由は、ブライアンが努力を重ねて誰よりも魔法薬学の理論を理解していたからだ。
しかし、理論を理解する以外の技術がないブライアンに対し、目の前の男子生徒は身分等で選ばれたのだと思ったらしい。
「ブライアンが能力のない人間ですって!? ブライアンはねえ、誰よりも」
「ミランダ、良いから」
怒りを露わにして男子生徒に反論しようとしたミランダ。しかし、何故かブライアンに止められてしまった。
「確かに、俺は魔法薬学に関して、調合技術とかは全くない。才能がないのは分かってる」
ブライアンはフッと笑う。しかしその笑みは、自嘲の笑みではなかった。ブライアンの黄色の目は、真っ直ぐ力強い。
「あんたは、調合技術とかの才能があるだろう。あんたが魔法薬の調合でミスしたことないの、知ってる。だからさ、才能あるなら俺に教えて欲しい。頼む」
ブライアンは自分を馬鹿にして来た男子生徒に頭を下げた。
「え……?」
男子生徒は完全に拍子抜けして戸惑っている。
「ブライアン……」
ミランダもブライアンの行動に、真紅の目を大きく見開き驚いた。
(もっと怒っても良いのに……)
「それにあんたの態度、確かに無礼だけど、俺に対してだけだろう? ルシアン様や、他の上級貴族にはきちんとした礼儀で接しているのは知ってる。俺に無礼なのは、俺がルシアン様の助手に選ばれたことに納得していない。それだけの理由だろう? それだけの失点で、あんたの将来を奪うのは忍びないからな」
頭を上げたブライアンは穏やかな表情である。
通常、下級貴族が上級貴族を馬鹿にしたらどんな報復をされても文句を言えない。
学園では許されても卒業後に何をされるか分からないので、学園では身分問わず平等とは言われても下級貴族が上級貴族に失礼な態度を取って良いわけではない。
しかしブライアンは、子爵令息である男子生徒の態度を咎めなかった。
彼はルシアンの助手に選ばれなかったことに対してだけ納得していないようで、その他については問題がなかったのだ。
ブライアンの言葉に、男子生徒はハッとする。
自分の態度がいかに失礼だったかを思い知ったらしい。
「……失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございませんでした」
男子生徒は深く頭を下げた。
「じゃあ今度、魔法薬の調合技術について教えてくれ」
「はい。改めて、ご無礼、申し訳ございませんでした。ミランダ嬢にも不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
ブライアンの言葉に深く頷き、男子生徒は改めて謝罪をして去って行った。
「ブライアン……あんたって大人ね……。私、感情のままに行動した自分が少し恥ずかしいわ」
ミランダは怒りのままに男子生徒に対して怒鳴った自分が恥ずかしくなった。
「いや、ミランダが怒ってくれて俺は嬉しかった」
ブライアンは肩をすくめ、表情を和らげた。
「そう……。私は、耐えられなかったの。仲間が悪く言われることが。確かにブライアンは魔法薬の調合技術とかは……はっきり言って才能ないわ。でもその分、理論だけは誰よりも理解しようと努力している。昔からそうだったじゃない」
ミランダはブライアンから目を逸らす。いざ本人を前に褒めるとなると、少しだけ照れ臭い。
「それは……お前に頼ってもらえるようにって思って……」
ブライアンは顔を赤く染めながら、小さく呟いた。
「私は、そんなあんたが悪く言われるのは……何か嫌なのよ」
ミランダは相変わらずブライアンから目を逸らしたままである。
「そうかよ。……ありがとう」
ブライアンもミランダから目を逸らす。面と向かって褒められて照れ臭かったようだ。
二人の間には、穏やかだが何とも言えない緊張感のある空気が流れていた。
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