表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想白夜のサーカステントで、君と秘密の恋宙ブランコ ~王立国庫査察官に溺愛される、優雅で甘い月夜の巡業~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/41

第39話 星の紋章が繋ぐ未来

 しばらくして。

 外でバカ騒ぎを続けていた団員たちの前に、スパーダが姿を現した。

 その瞬間、マグダが目を丸くし、バルガスが持っていたジョッキを取り落としそうになった。

「お、おい……お前、その服……」


 スパーダが身に纏っていたのは、いつもの漆黒の外套でも、仕立ての良い白シャツでもなかった。

 それは、着任したての頃にシルヴィが徹夜で縫い上げ、彼が「査察対象からは受け取れない」と冷たく突き返した、あの『裏方用の作業着』だったのだ。

 厚手で丈夫な生地の胸元には、エトワール・メモリアの誇りである『星の紋章』が、金糸で丁寧に刺繍されている。


「あらやだっ!!」

 沈黙を破ったのは、シルヴィの甲高い悲鳴のような歓声だった。

「ちょっとスパーダの旦那! やっとアタシの愛を受け入れてくれたのね!? ほら見なさい、アンタの広い肩幅にぴったりじゃないの! でも少しウェストが緩いわね、ちょっとサイズ直してあげるから今すぐここで脱ぎなさい!」

 シルヴィが人型の姿をくねらせながらスパーダの腰元に手を伸ばす。

「触るな。サイズは合っている。これ以上いじる必要はない」

 スパーダは飛んでくるシルヴィの手を鬱陶しそうに払い除けたが、その顔に本気の怒りはなかった。


「お前……なんでその服を着てるんだ?」

 ゴルダンが、不思議そうに尋ねた。

 スパーダは軽く咳払いをして、団員たち全員を見渡した。


「……王立隠密衛兵隊の上層部と交渉してきた」

 スパーダの口から出た言葉に、団員たちの顔に緊張が走る。

「俺は、組織を辞めたわけではない」

 その一言に、アリシアの肩がビクッと跳ねた。やはり、彼は国に帰ってしまうのか。


「だが」

 スパーダは、胸の星の紋章を右手でそっと撫でた。

「長官に、こう進言した。国中を巡業し、あらゆる階層の客を集めるこのサーカス団は、情報収集の拠点としてこれ以上ない価値があると。……結果として、俺はこの幻想白夜サーカス団の『専属護衛兼、特務諜報員』という特別なポジションを勝ち取った」


 団員たちが、ポカンと口を開ける。

「えっと……それって、つまり?」

 バルガスが蹄を鳴らして首を傾げた。


 スパーダは、呆れたように小さく息を吐き出し、そして、これまでにないほど柔らかく、温かい微笑みを浮かべた。

「俺の任務地は、ここだということだ」

 スパーダは、真っ直ぐにアリシアを見つめた。

「俺は、国ではなく、君たちのサーカスを守ることを選んだ。……これからも、ここに残らせてもらう」


 数秒の沈黙の後。

「うおおおおおっ!!!」

 鼓膜が破れんばかりの、凄まじい歓声がテントを揺らした。


「ドワッハッハ! そうこなくっちゃな! お前がいなけりゃ、このうるさい連中を誰がまとめるんだ!」

 ゴルダンが最高級の酒が注がれたジョッキをスパーダに押し付ける。

「おっしゃあ! 今日からお前も正式な家族だな! よし、まずは俺と腕相撲で勝負だ!」

 バルガスが涙ぐみながら、スパーダの背中をバンバンと力強く叩く。

「うにゃはは! 新人の裏方さん、しっかり働くんだにゃー!」

 チャイが頭上からクラッカーのように魔法の粉を散らす。


 足元では、ちびゴーレムのAゴレたちが「親方ぁぁっ!」と言わんばかりにコトコトと激しく音を立てながら、スパーダの足にすがりついて歓喜のダンスを踊っていた。


「お、おい、やめろ、酒がこぼれるだろうが! バルガス、背中を叩く力が強すぎる!」

 もみくちゃにされながら文句を言うスパーダだったが、その表情は心底嬉しそうに綻んでいた。


「あ、そうだ」

 スパーダは押し寄せる団員たちを片手で制し、咳払いをした。

「俺が特務諜報員として残ることは、あくまで国との極秘事項だ。表向きは、これまで通りただの『経理や雑用』の新人裏方として働くことにしてほしい」


「なんだい、相変わらず水臭いねぇ!」

 マグダが豪快に笑いながら、熱々のシチューの皿を差し出した。

「隠密だろうが雑用だろうが、あんたがうちの家族だってことは変わらないさ! さあ、腹が減っては帳簿の計算もできないだろう。たっぷりお食べ!」


「……ああ、いただくよ」

 スパーダは、出されたシチューを一口食べ、目を細めた。

 孤児として育ち、生きるために感情を殺してきた彼が、ようやく見つけた、本当の居場所。もう、一人で冷たいご飯を食べる必要はないのだ。


 騒ぎの輪の少し外側で、アリシアは両手で口元を覆い、嬉し涙を流していた。

 彼が残ってくれる。共に苦難を乗り越え、笑い合えるこの場所で、彼と一緒に生きていける。


 スパーダが、喧騒を抜け出してアリシアの元へ歩み寄ってきた。

「……また泣いているのか、団長」

「だって……嬉しくて……」

 アリシアが涙を拭いながら見上げると、スパーダは彼女の頭にポンと優しく手を乗せた。

「帳簿の後半の計画、あれを実現するには、まだまだ君に頑張ってもらわないといけないからな。……これからも、よろしく頼むぞ。団長殿」


「はいっ!」

 アリシアは、大粒の涙をこぼしたまま、世界で一番美しく、幸福な笑顔を咲かせた。

 光る魔石のランプが温かく照らし出す巨大テントの中。

 スパーダは、本当の家族たちの笑い声に包まれながら、かけがえのない大切な未来へと、力強い一歩を踏み出したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ