表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想白夜のサーカステントで、君と秘密の恋宙ブランコ ~王立国庫査察官に溺愛される、優雅で甘い月夜の巡業~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/41

第38話 星を掴む二人の軌跡

 重力を忘れたかのような、純粋で誇り高き飛翔ひしょう。彼女の体は、夜空に見立てたテントの天井付近を、まるで光を纏った鳥のようにしなやかに舞う。


 下でロープを操るスパーダの動きは、神業の領域に達していた。

 彼はアリシアの呼吸、筋肉の微かな収縮、空中での軌道を完全に読み切り、寸分の狂いもなく滑車をコントロールする。アリシアが手を伸ばす、まさにその完璧なタイミングと位置に、次のバーが吸い込まれるように現れるのだ。

 二人は言葉を交わすことなく、一本のロープを介して完全に心を同調させていた。


「すごい……なんて美しいんだ……!」

 観客席から、感嘆の吐息が漏れる。


 アリシアが空中で大きく身をひるがえし、最も難易度の高い大技、連続の空中回転へと入る。

 スパーダの腕の筋肉が隆起し、ロープの張力を極限まで繊細に調整する。アリシアの体が空中で美しい弧を描き、スパーダが送り出したバーをピタリとつかみ取った瞬間、テントが揺れるほどの大歓声が爆発した。


 それは、彼女のこれまでの空中ブランコ人生において、間違いなく最高の輝きを放つパフォーマンスだった。

 経営の重圧からも、過去の悲しみからも解き放たれ、愛する人に支えられて飛ぶ彼女の姿は、見る者すべての心を打つ至高の芸術となっていた。その感情の高まりに呼応するように、イグニスの光がテント内を温かく、そして華やかに照らし出し、アリシアの軌跡を星の尾のように追いかけていく。


 着地と同時、観客全員が立ち上がり、割れんばかりのスタンディングオベーションが巻き起こった。

 拍手はいつまでも鳴り止まず、興奮の冷めやらない観客たちから「明日も来るぞ!」「もっと見せてくれ!」という声が次々と飛び交う。

 この瞬間、エトワール・メモリアの王都での長期にわたるロングラン公演が、決定づけられたのだった。


 熱狂の舞台袖で、息を弾ませて戻ってきたアリシアを、スパーダが静かに迎えた。

 彼はロープから手を放すと、いつかの夜と同じように、清潔なタオルを彼女に差し出した。


「……完璧だったぞ、アリシア」

 スパーダの低く落ち着いた声には、隠しきれない甘い称賛の色がにじんでいた。


「スパーダさんが、下で合わせてくれたから……!」

 アリシアは満面の笑みを浮かべ、彼から受け取ったタオルを胸に抱きしめた。


 二人の間には、もはや言葉以上の絆が確かに結ばれていた。

 王都の夜空に響き渡る歓声の中、エトワール・メモリアの新たな、そして輝かしい未来の幕が、今まさに開いたのだった。


 +++


 王都グラン・エルディスでの大公演は、連日立ち見が出るほどの記録的なロングランとなった。

 観客の熱狂は日を追うごとに増し、『エトワール・メモリア』の名は王都中に轟いた。

 その結果、サーカス団にはかつてないほどの莫大な利益がもたらされたのだ。


 数週間後。

 分厚い興行税の完納付証明書を握りしめ、アリシアは王立国庫管理局の重厚な扉を出た。

「終わった……本当に、全部返し終わったのね」

 隣を歩くスパーダを見上げ、アリシアは信じられない思いで呟いた。

「当然の結果だ。君たちのパフォーマンスと、俺の完璧な財務管理が噛み合えば、あの程度の借金など造作もない」

 スパーダは相変わらず涼しい顔で言い放つが、その足取りはどこか軽やかだった。


 サーカステントに戻ると、そこには歓喜に沸く団員たちの姿があった。

 完済の知らせと共に、アリシアから久々の特別ボーナスが支給されたのだ。

「ドワッハッハ! 見てみな、この見事な霜降りの肉を! 今日は奮発して、最高級の肉でとびきりのシチューを作ってやるよ!」

 ドワーフの料理長マグダが、魔法の樽よりも大きな肉の塊を掲げて豪快に笑う。

「やったわ! これでやっと、最高純度の新しいラメの粉が買えるわ! アタシの最高傑作ちゃんをもっとキラキラにしてあげるんだから!」

 スライムのシルヴィが、ボーナスの入った革袋を胸に抱きしめて人型の体をくねらせる。

「ヒャッハー! 俺は魔導ホイールの特注エンジンパーツを買うぜ!」

「オレは火竜たちに極上の骨付き肉だ!」

「俺は新しいバランス用の大樽を特注するぞ!」

 ジグ、ゴルダン、バルガスたちも、これまで我慢を強いられてきた鬱憤を晴らすように、子供のような笑顔で騒いでいた。

 その騒がしくも温かい日常の風景は、経営難に喘いでいた頃の暗い影を完全に払拭していた。


「……よかった。みんな、本当に嬉しそう」

 控室の入り口からその様子を眺めていたアリシアは、ホッと胸を撫で下ろした。

 すると、背後からスパーダが近づき、彼女の手元にドンッと分厚い帳簿を置いた。

「完済したからといって、浮かれるな。経営はここからが本番だ。無駄遣いをすれば、またすぐに元の木阿弥だぞ」

「はいっ、分かっています、スパーダさん」

 アリシアは背筋を伸ばし、彼から帳簿を受け取った。それは、ルベルの街で出会った日から彼がつけ直してくれた、あの緻密な計算が並ぶ帳簿だ。


「……確認しておけ」

 スパーダに促され、アリシアはページをパラパラとめくった。

 前半には、これまでの売上と借金返済の緻密な記録が並んでいる。しかし、借金がゼロになったページを越え、さらに後半の真新しいページに差し掛かった時、アリシアの指がピタリと止まった。


「え……?」

 そこには、ただの数字の羅列ではなかった。

『来年度の巡業ルート案』

『空中ブランコ用・新型安全滑車の導入計画』

『王都以降の長期的な予算立て及び、団員の給与引き上げ案』

 何ページにもわたり、びっしりと書き込まれた未来の計画。それは、単なる「国から派遣された査察官」や「密輸事件を追う潜入捜査官」が書くような、一時的な業務記録ではなかった。


「スパーダさん……これ……」

 アリシアが震える声で振り向くと、スパーダは少しだけ気まずそうに視線を逸らした。

「……機材の老朽化が進んでいる。先の投資を怠れば、いずれ興行に支障をきたす。巡業ルートも、季節ごとの集客率を計算して再構築した方が効率的だ」

 言い訳のように早口で語る彼を見て、アリシアの瞳からポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。

 彼は、組織の任務で一時的に滞在しているだけだと言っていた。事件が解決すれば、帰ってしまうのではないかとずっと不安だった。

 けれど、彼は随分と前から、この帳簿に「このサーカスと共に生きていく未来」を思い描いてくれていたのだ。

 冷徹な計算式の裏に隠された、彼の深く不器用な愛情。


「っ……スパーダさん!」

 アリシアは帳簿を胸に抱きしめ、堪えきれずに彼の胸に飛び込んだ。

「ば、馬鹿、急に抱きつくな。帳簿が折れるだろうが」

 文句を言いながらも、スパーダの大きな手は、アリシアの背中を優しく、そして力強く抱きしめ返していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ