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幻想白夜のサーカステントで、君と秘密の恋宙ブランコ ~王立国庫査察官に溺愛される、優雅で甘い月夜の巡業~  作者: 団田図


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第35話 真実の報道

 テントの設営が順調に進む中。

 仮組みされたばかりの薄暗い控室で、アリシアは一人、長椅子に深く腰を下ろしていた。


 手の中には、ラットリアが持ってきた新聞の切れ端がある。

 父の死が暗殺であったという無念の真実。しかし、その卑劣なトリックが世間に暴かれ、父の名誉が完全に守られたこと。そして、父が命懸けで愛したこのエトワール・メモリアが、今こうして王都の人々に求められ、かつてないほどの輝きを放とうとしていること。


 借金の返済、解散の危機、そして身近に潜んでいた悪意への恐怖。

 この数ヶ月間、彼女の細い肩に重くのしかかっていたすべての重圧が、今、完全に消え去ったのだ。


「……お父様」


 ポツリと呟いた瞬間。

 アリシアの瞳から、こらえきれない大粒の涙がとめどなくあふれ出した。


 声を上げて泣き崩れる彼女の耳に、静かな足音が近づいてきた。


「……また泣いているのか、まったく君は」


 顔を上げると、そこにはスパーダが立っていた。

 アリシアは慌てて涙を拭おうとしたが、震える手ではどうすることもできない。そんな彼女の前に、スパーダは静かに歩み寄り、片膝をついた。


「スパーダさん……私……っ」

「何も言うな」


 スパーダは、無言のまま大きく力強い腕を伸ばし、泣きじゃくるアリシアの華奢きゃしゃな体を、優しく、そして決して離さないというように力強く抱きしめた。


「っ……!」


 彼の胸に顔を埋めた瞬間、爽やかな石鹸の香りと、驚くほど高い体温がアリシアを包み込んだ。

 父を失い、誰にも弱音を吐けずに、たった一人で団長として歯を食いしばって頑張ってきた日々。その孤独な戦いを、彼は誰よりも近くで見て、陰から支え続けてくれていたのだ。


「……よく耐えたな、アリシア」


 頭上から降ってくる、かすれるほど優しく甘い声。

 その言葉は、アリシアの心の奥底にまで染み渡り、彼女の涙をさらに溢れさせた。


「君は、親父さんが残したこのサーカスを、家族を……立派に守り抜いたんだ」

 スパーダの大きな手が、アリシアの背中を壊れ物に触れるように優しく撫でる。

「もう、一人で抱え込む必要はない。君はただ、明日からの大舞台で、誰よりも美しく宙を舞えばいい」


 アリシアは、スパーダの黒シャツの背中へギュッと腕を回し、彼の胸の中で子供のように声を上げて泣き続けた。

 それは、悲しみの涙ではない。すべての重圧から解放され、そして何よりも、この不器用で優しすぎる彼が自分の隣にいてくれることへの、心からの安堵の涙だった。


 王都グラン・エルディスでの大公演を前に、二人の心は、言葉など必要ないほど深く、強く結びついていた。


+++


 王都グラン・エルディスの外れに位置する、緑豊かな丘陵地。

陽の光が柔らかく降り注ぐその場所には、歴代の芸術家や国家の功労者たちが静かに眠る、白亜の美しい共同墓地が広がっていた。


「……お父様。約束通り、王都に帰ってきたよ」


 穏やかな風が吹き抜ける中、アリシアは純白の百合の花束を、一つの真新しい墓石の前にそっと手向けた。

 そこには『星に最も近づいた男、グロリアントここに眠る』と刻まれている。不慮の事故として処理され、無念の死を遂げた先代団長――アリシアの最愛の父の墓だ。


 アリシアの後ろには、エトワール・メモリアの団員たちが静かに並んでいた。

 普段は騒がしい彼らも、今日ばかりは派手な衣装を控えめなものに変え、それぞれが神妙な面持ちで墓前を見つめている。


「親父さん、ダンビローグの野郎はきっちり国に引き渡したぜ」

 竜人ドラゴニュートのゴルダンが、墓石に自身が愛飲している強いエール酒を少しだけ振りかけ、静かに目を伏せた。

「あんたの死が仕組まれたもんだったって知った時は、はらわたが煮えくり返る思いだった。……だが、もう安心しな。あんたの無念は、俺たちが、そしてお嬢が立派に晴らしてくれた」


「そうさ。あんたが命懸けで守り抜いたこのサーカスは、今や王都中で話題の的だよ」

 ドワーフの料理長マグダが、魔法のたるで作った特製のピクルスの小瓶を花束の横にコトリと置いた。

「ほれ、あんたが好きだった一番漬けだ。天国で酒のつまみにでもしな。……あんたの忘れ形見は、立派な団長に成長したよ」


 ケンタウロスのバルガスが深く頭を下げ、スライムのシルヴィがそっと涙を拭う。ゴブリンのジグも、いつもはうるさいエンジン音を鳴らさず、帽子を取って黙祷もくとうを捧げた。ちびゴーレムたちも、コトコトと悲しげで、しかしどこか誇らしげな音を立てて墓石を磨いている。

 全員が、先代への感謝と、これからの王都での大公演の成功を固く誓い合っていた。


 その温かい家族の輪から一歩引いた場所で、漆黒の外套がいとうを羽織ったスパーダは、静かに彼らのやり取りを見守っていた。


 やがて、全員の報告が終わったのを見計らい、スパーダはゆっくりと歩み出た。

 彼はアリシアの隣に立つと、団員たち全員を見渡すように向き直り、深く息を吸い込んだ。その瞳には、かつての冷徹な潜入捜査官の影はない。一人の不器用な青年としての、痛切なまでの誠実さがあった。


「……皆に、正式に謝罪しなければならないことがある」


 低く、よく通る声が風に溶ける。団員たちの視線が一斉にスパーダに集まった。


「俺は、国庫管理局の査察官ささつかんではない。王立隠密衛兵隊おうりつおんみつえいへいたいから、密輸事件の調査のために派遣された潜入捜査官だ」

 スパーダは、隠し立てすることなく自らの正体を明かした。

「俺は当初、このサーカス団そのものが密輸組織の隠れみのであり、お前たちの中に犯罪者がいると疑っていた。だから身分を偽り、お前たちをだまして監視していたんだ」


 重苦しい沈黙が落ちる。

 アリシアはキュッと唇を噛み締め、スパーダの横顔を見つめた。彼がどれほどの覚悟で、この「家族」の前で真実を告白しているのかが痛いほど伝わってきたからだ。


「俺の任務は、証拠をつかみ、組織を壊滅させることだった。そのために、お前たちの純粋な絆を利用し、疑いの目を向けていた。……どんな理由があろうと、許されることではない。すまなかった」


 スパーダは、深く、深く頭を下げた。

 孤児として育ち、己の力だけを信じて血生臭い裏社会を生き抜いてきた誇り高き男が、一切の言い訳をせず、自らの非を認めて他者に頭を下げる。それは、彼の人生において初めての経験だった。


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