第30話 残酷な自白
「どうやって殺した。機材には一切の細工の痕跡がなかった。大方の予想はついているが……」
スパーダが冷たく問いただす。
「ふふっ、あれは私の傑作ですよ。機材に細工などすれば、すぐにバレてしまいますからね」
ダンビローグは得意げに笑い、懐から親指ほどの小さなガラスの小瓶を取り出して見せた。それは、ちびゴーレムたちが宝物として拾い集めていたのと同じ、鈍い紫色の光を放つ空き小瓶だった。
「これですよ。一瞬だけ空間認識能力、つまり上下左右の感覚を完全に狂わせる危険な魔法薬です。私は、グロリアントが演目に向かう直前、彼が必ず舞台袖で口にする『飲み水』に、これを一滴だけ仕込んだんです」
「飲み水に……やはり」
アリシアは愕然として呟いた。
「ええ。彼は何も知らずにその水を飲み、舞台へと上がった。そして、高所で宙を舞った瞬間、薬効が発動したんです。彼の頭の中で、天と地が完全にひっくり返った。……彼は、バーがない虚空に向かって『確信を持って』手を伸ばし、そして……自ら落ちていきました。見事な放物線を描いてね」
ダンビローグの口から語られる、あまりにも残忍なトリック。
父は、自分の技術を信じ、完璧なタイミングで手を伸ばしたはずだった。それなのに、薬のせいで感覚を反転させられ、何もない空を掴まされて、冷たい地面へと叩きつけられたのだ。その時の父の絶望と恐怖を想像し、アリシアは吐き気を催すほどの怒りと悲しみに震えた。
「なぜ、誰も薬の存在に気づかなかった? 団員たちでさえ、あれを完全な事故死だと信じ込んでいた」
スパーダの問いに、ダンビローグは嘲笑を浮かべた。
「サーカスの『常識』が邪魔をしたんですよ。彼らは、サーカスの演目が常に死と隣り合わせであることを誰よりもよく知っている。『どんな達人でも、一生に一度のミスが命取りになる』その厳しい現実を骨の髄まで理解しているからこそ、命綱や滑車が全く壊れていなかったことで、純粋に『グロリアント自身のミスだ』と簡単に思い込んでくれたんです」
ダンビローグは、自分の完璧な計画を誇示するように両手を広げた。
「それに、ダメ押しをしたのは私の書いた『記事』ですよ」
「記事、だと?」
「ええ。私は事件の翌日、新聞のトップに『偉大なる団長の、疲労による悲劇的な落下』という、涙を誘う同情的な記事をデカデカと掲載しました。外部の人間でありながら、団員たちに信頼され、人当たりの良い『心優しい記者』が書いたその記事を読んで、世間も、そして団員たちも、痛ましい事故として完全に納得してしまった。……誰も、私を疑うことなどなかったんですよ」
言葉の刃が、アリシアの心を容赦なく切り刻む。
団員たちは、誰も父を裏切ってなどいなかった。ただ、サーカスの厳しい現実を知りすぎているがゆえに、そして、恩人だと思っていたこの男の巧妙な印象操作に騙されていたがゆえに、事故死だと信じ込まされていただけだったのだ。
「……なんて、恐ろしい人」
アリシアは震える唇を噛み締めた。
「あなたは……私たちの大切な家族を殺して、私たちの悲しみすら利用して、このサーカスを自分の薄汚い道具にしていたのね……!」
「道具? ええ、大変便利な隠れ蓑でしたよ」
ダンビローグは冷酷な笑みを深めた。
「グロリアントが死んだ後、経営のケの字も知らない無能な小娘が後を継いだ時は、少し焦りましたよ。税金も払えず、その日暮らしで借金を抱え、いずれは自滅する哀れなサーカス団。完全に潰れられては私の運び屋がなくなってしまう。だから、時折こうして同情的な記事を書いて客を呼んでやり、生かさず殺さずの状態で飼い殺しにしておいたんですよ」
ダンビローグの言葉は、アリシアがこれまで必死に守ろうとしてきたものすべてを、泥足で踏みにじるような侮辱だった。
経営難に苦しみながらも、父の愛したサーカスを、みんなの居場所を守りたくて、必死に笑顔を作ってきた日々。それを、この男は鼻で笑い、裏で糸を引いて操っていたというのだ。
「……黙れ」
スパーダの極寒の殺気が、広場の空気を凍りつかせた。
「これ以上、その汚い口を開くな。貴様の罪は、重すぎる。成敗してくれるわ」
スパーダが一歩踏み出し、短剣を構えようとした、その時だった。
「待って、スパーダさん」
アリシアが、スパーダの前にスッと腕を伸ばして制止した。
彼女は、もう震えていなかった。
涙でぐしゃぐしゃになっていた顔を拭い、真っ直ぐにダンビローグを見据える。その瞳には、先ほどまでの恐怖や絶望は消え去り、代わりに、エトワール・メモリアの団長としての、気高く揺るぎない強い光が宿っていた。
「……アリシア?」
スパーダが驚いて目を見張る。
「ダンビローグ」
アリシアは、かつて恩人と呼んだ男の名前を、冷たく呼び捨てた。
「あなたは、父を殺し、私たちを騙し、このサーカスを侮辱した。私たちが経営難で苦しんでいたことを、無能だと笑った」
アリシアは一歩、ダンビローグへと近づいた。その小さな体から放たれる圧倒的な気迫に、ダンビローグの顔から薄気味悪い笑みが微かに消える。
「確かに、私は無能な団長かもしれない。経営の才能なんてないし、いつもみんなに助けられてばかりよ。……でもね!」
アリシアは夜空に向かって、そして、天国にいる父に向かって叫ぶように、毅然と啖呵を切った。




