第31話 誇り高き宣言
「お父様が残してくれたこの場所は、みんなが笑顔になれる、世界で一番美しい夢の世界よ! 私たちは、どんなに苦しくても、人を騙したり傷つけたりして生きてきたりなんかしない! 舞台の上では命を預け合い、悲しい時はみんなで分かち合う、本当の家族なの!」
その言葉は、冷たい夜の空気を震わせ、強く、熱く響き渡った。
「あなたの言う通り、サーカスは常に死と隣り合わせよ。だからこそ、私たちは一瞬の輝きに命を懸けている。……父の愛したサーカスを、みんなの居場所を、あなたの薄汚い商売道具になんて、絶対にさせない!!」
アリシアの誇り高き宣言に、ダンビローグの顔がみるみるうちに醜く歪んでいった。
自分が完全に見下し、操り人形だと思っていた小娘が、牙を剥いて自分を真っ向から否定してきたのだ。己の完璧な計画を邪魔された怒りと、アリシアの純粋な光に対する拒絶反応が、彼のサイコパス的な本性を完全に呼び覚ました。
「……生意気な小娘が。グロリアントと同じように、大人しく地べたに這いつくばって泣いていればよかったものを!」
逆上したダンビローグは、懐から鋭い紫光の短刀を抜き放つと、獣のような雄叫びを上げてアリシアへと突進した。
「死ねっ!!」
刃が月光を鈍く反射し、アリシアの華奢な心臓を目掛けて一直線に迫る。
アリシアは逃げることもできず、ただギュッと目を閉じた。
――ザシュッ!
鈍い肉を裂く音と、生々しい血の匂いが、夜の空気に弾けた。
しかし、アリシアに痛みは走らなかった。
「……っ」
「スパーダさん!?」
恐る恐る目を開けたアリシアの視界に飛び込んできたのは、自身の盾となるように立ち塞がった、スパーダの広い背中だった。
ダンビローグのナイフは、アリシアを庇うために身を挺したスパーダの左腕に深い傷を作っていたのだ。漆黒の外套が裂け、黒シャツから赤黒い血がポタポタと石畳に滴り落ちている。
「チィッ……邪魔を!」
ダンビローグが舌打ちをし、ナイフを構えなおす。
だが、スパーダは傷ついていない右腕で、とっさにダンビローグの腕を万力のような凄まじい力でガシッと掴み取った。
「……この俺の目の前で、大切な人を傷つけられると思ったか」
スパーダの瞳が、暗闇の中で獰猛な獣のように光った。
彼は痛みを微塵も感じさせない冷酷な表情のまま、傷ついた左手で、ダンビローグの顔面を容赦なく殴りつけた。
「ガハッ……!」
鼻骨が砕ける嫌な音と共に、ダンビローグは血を吐きながら後方へと吹き飛び、石畳の上を無様に転がった。
「スパーダさん、腕が……血が……!」
アリシアが青ざめて彼に駆け寄る。
「騒ぐな。かすり傷だ」
スパーダは左腕の傷を軽く手で押さえながら、倒れたダンビローグへと鋭い視線を向けた。
「ひぃっ……!」
ダンビローグは顔面を血に染めながら、這うようにして後ずさる。先ほどまでの余裕は完全に消え失せ、死神のようなスパーダの迫力に完全に怯えきっていた。
「くそっ……こんなところで、捕まってたまるか……!」
ダンビローグは懐から煙玉のようなものを取り出し、地面に叩きつけようとした。逃走を図るつもりだ。
スパーダが追撃のために地を蹴ろうとした、その瞬間だった。
「――待ちやがれ!!」
広場の入り口から、地鳴りのような怒号が響き渡った。
スパーダとアリシアが振り返ると、そこには、息を切らせ、武器や魔導具を構えたサーカス団の団員たちが、横一列にズラリと並んで立ち塞がっていたのだ。
「みんな……!」
アリシアが驚きの声を上げる。
自由時間を与えられ、水都の街へ飲みに出ていたはずの彼らが、なぜここにいるのか。
「ちびゴーレムたちが必死に呼び戻すから何だと思えば、とんだくわせものがいたぜ」
ケンタウロスのバルガスが、蹄を高く鳴らして言った。
「いつになく焦った動きをしてたから、走って戻ってみりゃあ……とんでもねえゲス野郎が、うちの団長と仲間に刃物を向けてるじゃねえか」
スパーダが事前にちびゴーレムに『もし俺たちに何かあれば、街にいる団員たちを呼んでこい』と指示を出していたのだ。
「先代の死が、お前の仕業だったとはな……!」
竜人のゴルダンが、怒りで全身を震わせ、眠らされた相棒の火竜の前に庇うように立ち塞がる。
「しかも、俺の竜の馬車を密輸の道具に使っていやがったとは。……絶対に許さねえぞ、ダンビローグ!!」
「アンタが書いた記事のせいで、アタシたちはずっと……団長は自分のミスで死んだんだって、自分たちを責めてきたのよ……!」
スライムのシルヴィが、人型の姿を怒りで震わせながら鋭い爪を伸ばす。
特攻隊長のジグが魔導ホイールのエンジンを限界まで空ぶかしして轟音を鳴らし、頭上からは猫獣人のチャイが「逃がさないにゃ!」と鋭い殺気を放っている。ドワーフのマグダも、巨大な中華包丁を手に、鬼の形相で睨みつけていた。
恩人だと思っていた記者の残酷な裏切り。そして、愛する先代団長を殺されたという衝撃の真実。
団員たちの顔には、深い悲しみとショックの色が浮かんでいたが、それ以上に、アリシアを守り、父の無念を晴らすという強固な決意と怒りの炎が赤々と燃え盛っていた。
「チィッ……化け物どもが、ぞろぞろと集まりやがって……!」
ダンビローグは悪態をつきながら、煙玉を地面に力強く叩きつけた。
ボンッ!という音と共に、濃密な白い煙が広場一帯を包み込む。
「逃がすな! 追え!!」
スパーダの鋭い号令と共に、エトワール・メモリアの団員たちが一斉に夜の闇へと駆け出した。
アリシアを守るため、そして、奪われた誇りと家族の絆を取り戻すため。
水都シアンの夜空の下、幻想白夜サーカス団の総力戦が、今まさに始まろうとしていた。




