第29話 月下で暴かれる裏の顔
雲が切れ、水都シアンの広場に冷たい月明かりが差し込んだ。
誰もいないはずの荷馬車の列。その最後尾に位置する、猛獣使いゴルダンの『竜の馬車』の床下収納に、男が手押し車から重そうな木箱を次々と押し込んでいる。
「……随分と手慣れた手つきだな。夜更けの引越し作業にしては、あまりにもコソコソしすぎているぞ」
静寂を切り裂く、極寒の刃のような声。
男の背後に、漆黒の外套を翻したスパーダが音もなく降り立った。その手には、月光を反射してギラリと冷たく光る、王立隠密衛兵隊の制式短剣が握られている。
ビクッと肩を震わせた男は、ゆっくりと振り返った。
月明かりが、その顔をはっきりと照らし出す。
「ダンビローグ、さん……」
スパーダの指示で隠れ家に残っていたアリシアの口から、信じられないというような、掠れた声が漏れた。
そこに立っていたのは、いつも人当たりの良い柔和な笑顔を浮かべ、熱心にサーカスの記事を書いてくれていた新聞記者のダンビローグだった。彼は、アリシアが恩人のように慕っていた男だ。
しかし、振り返ったダンビローグの顔には、いつものような温厚な笑みは微塵もなかった。
スパーダの鋭い短剣を突きつけられ、密輸の現場を完全に押さえられたというのに、彼は驚き慌てるどころか、ひどく冷めきった、爬虫類のように粘り気のある瞳でスパーダを見つめ返したのだ。
「おや……これは驚きましたねぇ。国庫管理局の査察官殿が、こんな夜更けに魔獣の馬車の点検ですか? ずいぶんとご熱心なことで」
「白々しい。その箱の中身は、違法な魔石と危険な魔法薬だろう。密着取材と称してこのサーカスに同行し、各街の検閲をすり抜けるための運び屋をやっていたな。……貴様が、密輸組織の駒か」
スパーダが短剣の切っ先を少し離れたダンビローグに向けて突きつける。
だが、ダンビローグはふっと肩をすくめ、悪びれる様子もなく薄気味悪い笑みを浮かべた。
「駒、とは人聞きが悪い。私はただの流通業者ですよ。……なるほど、ただのお堅い役人にしては身のこなしが異常だとは思っていましたが。王都の隠密犬でしたか。あの小娘が突然『出発を遅らせる』などと言い出したから、おかしいとは思っていたんですがね。まんまと罠にはめられたというわけですか」
「お前……」
隠れ家の中で耐えきれなくなったアリシアが、木箱を押しのけて広場へと飛び出した。
彼女は震える足で進み出ると、信じられない思いでダンビローグを睨みつけた。
「ダンビローグさん、嘘ですよね……? あなたが、私たちを騙して、このサーカスを密輸に使っていたなんて……。あんなに、私たちのことを素敵な記事にしてくれていたのに!」
「記事? ああ、あれですか」
ダンビローグは、アリシアの悲痛な叫びを鼻で笑い飛ばした。
「客を呼ぶための適当な美辞麗句ですよ。新聞記者という肩書きは、怪しまれずに内部に入り込み、各街の巡業ルートを把握するには最高に便利な隠れ蓑ですからね。馬鹿な連中だ、私が少し大げさに褒めそやして記事を書いてやれば、勝手に恩人扱いして、尻尾を振って何でも情報を教えてくれる」
ダンビローグの口から紡がれる、あまりにも身勝手で冷酷な言葉。
アリシアの胸が、ギリギリと音を立てて締め付けられる。
「ゴルダンさんの竜が、気性が荒くて衛兵の検閲を免れることも……最初から知っていて利用したのね」
「ええ。猛獣の檻なんて、誰も進んで調べようとはしませんからね。しかも、あれほど都合よく各街を定期的に回ってくれる巨大な運送手段は、他にありません。エトワール・メモリアは、我々組織にとって最高の『運び屋』だったんですよ。……ええ、あのお節介な先代団長が、余計なことに気づかなければ、これからも平和な関係が続いていたはずだったんですがね」
先代団長。
その言葉が出た瞬間、アリシアの頭の中でカッ、と血が沸騰するような音がした。
「……お父様の死は、やっぱりあなたの仕業だったのね!?」
アリシアは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、声を荒らげた。
「おや、そこまでお気づきでしたか」
ダンビローグは、まるで世間話でもするかのように、あっさりと殺人を認めた。
「ええ、そうです。グロリアントは、偶然にも私が竜の馬車に荷物を積み込んでいるのを見てしまった。そして、荷物の中身が違法な魔法薬であることにも気づき、私を告発しようとした。……だから、消えてもらったんですよ。私の過去の罪と、この素晴らしい密輸ルートを隠蔽するためにね」




