第26話 死角と罠
夜が更け、団員たちが深い眠りについた頃。
巨大テントの裏手にある、冷え切った備品倉庫の中に、ランプの灯りを極限まで絞った二人の姿があった。彼らは身を寄せ合い、広げた巡業ルートの地図を睨みながら、密輸の方法を想定して色々と話し合っていた。
「犯人がこのサーカスの巡業ルートを利用して密輸品を運んでいるとしたら、どうやって各街の検閲をすり抜けているんだ?」
スパーダが、低く押し殺した声で問う。
「どれほど信用のあるサーカス団であっても、各街の出入り口では衛兵が荷馬車一つ一つに厳しい検閲をしているはずだ」
王都周辺の都市の警戒態勢は年々強化されている。荷馬車の中身はすべてリスト化され、衛兵の厳しい目視チェックが入るのが常識だった。
「もしサーカス団の中に不法品を持っている者がいれば、検閲で見つかるリスクを避けるため、各街のすぐ外で外部の人間とやり取りしているはずだ」
スパーダの論理的な推察に、アリシアも腕を組んで深く頷いた。
「確かに、その線が濃厚ですね……」
アリシアは地図上の関所や、街道の印を見つめながら思考を巡らせる。サーカスの荷馬車は全部で十台。舞台機材、衣装、食料、そして魔獣たちの檻。どれも検閲官が必ず中を確認するものばかりだ。怪しい荷物を隠せるほどの大きな死角など、どこにも存在しないはずだった。
しかし、ふとアリシアの脳裏に、ある日常の光景が閃いた。
「……待って。一つだけ、チェックされない馬車があります」
アリシアがハッとして顔を上げると、スパーダの鋭い目が彼女を捉えた。
「チェックされない馬車だと? そんなものが存在するのか」
「はい。……猛獣クラスの危険竜使いの国家資格を持つ、ゴルダンの竜の馬車です」。
アリシアの言葉に、スパーダの表情がハッと険しくなる。
「あの子たちはとても気が立っていて、ゴルダン以外の人間が近づくと威嚇して火を吹いたりしてしまうんです。だから、衛兵も危険なので絶対に近寄れないし、そもそも危険魔獣を扱う資格を持たない衛兵は、あの馬車のチェックだけはいつもスルーしているんです」
その事実を聞き、スパーダは息を呑んだ。
「竜を乗せた馬車だけは、常に検閲の死角になっているということか……」
スパーダはここで初めて、街の出入りの際の衛兵によるサーカス団の一部の荷馬車のチェックがスルーされていることを知った。無理もない。彼はルベルからシアンへの移動の際、路地裏での隠密との密会のために単独行動をとっており、隊列に同行していなかったから気づけなかったのだ。
点と点が、一本の明確な線となって繋がった。
「……間違いない。犯人は、国からも衛兵からも信用されていたサーカス団の荷馬車、それも絶対に誰も近づけない竜が乗る馬車を利用した密輸事件を引き起こしていたんだ」
スパーダが確信に満ちた声で結論づける。
「そんな……じゃあ、ゴルダンが犯人だっていうの!?」
アリシアが青ざめて身を乗り出す。だが、スパーダは即座に首を横に振った。
「いや、わからない。もし彼が主犯なら、俺が火竜に餌をやろうとした時に、あそこまで無警戒に近づけはしなかったはずだ。何より、自分の大切な相棒である竜の寝床を、危険な不法品の隠し場所に使うような男じゃないと思う」
スパーダの言葉に、アリシアはホッと胸を撫で下ろした。
「犯人が誰かはまだわからない」
スパーダは地図から目を離し、冷たい夜の闇を睨みつけた。
「だが、犯人はゴルダンの死角を突いて、密かに竜の馬車に荷物を積み込んでいる別の誰かだ」
決定的な密輸のトリックは完全に暴かれた。残るは、その尻尾を掴むだけだ。
「明日のシアン最終公演が終われば、いよいよ王都グラン・エルディスへの移動だ。……犯人が動くとすれば、撤収作業のドサクサに紛れるそのタイミングしかない」
スパーダの瞳に、再び鋭い潜入捜査官としての光が宿る。しかしそれは、かつての冷徹なものではなく、アリシアの大切な居場所を守り抜くという熱い決意に満ちていた。
アリシアもまた、ギュッと拳を握りしめ、覚悟を決めたように小さく頷いた。
偽りの平和は終わりを告げた。見えない真犯人を炙り出すため、二人が決死の罠を張る運命の夜が、すぐそこまで迫っていた。




