表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想白夜のサーカステントで、君と秘密の恋宙ブランコ ~王立国庫査察官に溺愛される、優雅で甘い月夜の巡業~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/35

第24話 冷たい水底

 水都すいとシアンでの公演は、連日立ち見が出るほどの大盛況を記録していた。

 青と緑の幻想的な照明が水面のように揺らめき、団員たちのパフォーマンスは観客を熱狂の渦へと巻き込んでいく。サーカス団『エトワール・メモリア』は、間違いなく息を吹き返しつつあった。


 しかし、その華やかな舞台裏で、若き団長アリシアの心は冷たい水底みなそこに沈んだままだった。


 あの日、夜のテントでスパーダの正体を知ってから、数日が経っていた。

 彼が国庫管理局の役人ではなく、王立隠密衛兵隊おうりつおんみつえいへいたいの潜入捜査官であること。このサーカスを密輸組織の隠れみのだと疑い、自分に近づいたこと。そして何より、最愛の父である先代団長の死が、事故ではなく暗殺だったという残酷な可能性。


 アリシアは、スパーダと一切口をきかなくなっていた。

 彼が視界に入るたび、裏切られた悲しみと、父の死の真相に対する恐怖で胸が張り裂けそうになるのだ。スパーダもまた、無理に彼女に話しかけようとはせず、ただ黙々と裏方の力仕事や機材の点検をこなし、陰から彼女を守るように立ち回っていた。


 二人の間に流れる、重く冷たい沈黙。

 その異変に、サーカス団の家族たちが気づかないはずがなかった。


 +++


「あらあら、何があったのか知らないけど若い二人が意地を張っちゃって。見てるこっちがもどかしいわねぇ」


 昼下がりの薄暗い備品倉庫。

 アリシアが次の演目で使う小道具を探していると、背後からスルスルと絹のリボンが伸びてきて、パタンと倉庫の扉が閉められた。


「えっ? メルーラ?」


 振り返ると、下半身が大蛇の蛇半身ラミア、メルーラが扉の外で妖艶ようえんに微笑んでいるのが見えた。恋バナが大好物で世話焼きな彼女は、アリシアとスパーダの距離を縮めようと、裏でこっそり手を回したのだ。


「少しそこで、二人きりで頭を冷やしなさいな。言葉が足りないなら、体温で感じ取ればいいのよ」


 メルーラが楽しげに笑いながら去っていく気配がした。

 アリシアがハッとして倉庫の奥を振り返ると、そこには、高い棚の上の備品を整理していた黒シャツ姿のスパーダが立っていた。


「……」

「……っ」


 狭い倉庫の中、二人きり。

 スパーダの整った顔立ちが、窓から差し込むわずかな光に照らされている。彼から漂う爽やかな石鹸せっけんの香りが、狭い空間に満ちてアリシアの鼻腔びくうをくすぐった。


 スパーダは何も言わず、ただ静かにアリシアを見下ろしている。その瞳には、以前のような冷徹な査察官ささつかんの刺々《とげとげ》しさはなく、どこか痛みをこらえるような、ひどく静かで熱を帯びた色が浮かんでいた。


 ドクン、とアリシアの心臓が跳ねる。

 彼にだまされていたと分かっているのに、こうして至近距離にいるだけで、彼に守られていた時の温かい記憶がよみがえってしまう。


「……ごめんなさい、私、急ぐので」


 耐えきれなくなったアリシアは、逃げるように身をひるがえし、メルーラが閉めた扉を強引に開けて倉庫から飛び出した。

 背中に突き刺さるスパーダの重い視線を振り切るように、彼女は息を切らしてテントの外へと駆け出した。


 +++


「ふぅ……っ、はぁ……」


 冷たい風を求めて外の空気を吸い込んだアリシアは、胸を押さえて荒い呼吸を整えた。

 スパーダの顔を見るたびに、感情がぐちゃぐちゃになってしまう。


「アリシア団長。こんなところで、どうされたんですか?」


 不意に、人当たりの良い穏やかな声が降ってきた。

 顔を上げると、新聞記者のダンビローグが柔和な笑顔を浮かべて立っていた。彼は手帳を片手に、心配そうな眉を下げる。


「ダンビローグさん……いえ、少し風に当たっていただけで」

「そうですか。……最近、少しお顔の色が優れないようですね。それに、あの査察官殿とも、なんだか距離があるように見受けられますが。何か、ひどいことでも言われましたか?」


 ダンビローグの言葉に、アリシアは肩をビクッと震わせた。

 彼の瞳は優しげに細められているが、その奥底で、何かを探るような鋭い光がかすかに瞬いたように見えた。


「……何でもありません。経営方針のことで、少し意見が合わなかっただけです」

「なるほど。いや、私も心配していたんですよ」

 ダンビローグは小さくため息をつき、アリシアに一歩近づいた。

「彼は優秀な役人なのでしょうが、やはり『外部の人間』です。損得勘定ばかりで動く冷酷な男は、この温かい家族のようなサーカスには、どうにも似合わない。……あなたが無理をしていないか、私はずっと気になっていたんです」


 恩人である記者の優しい言葉。

 しかし、なぜか今の彼から発せられるその声は、アリシアの肌にぞわりとした冷たい感触を残した。


「……ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫です。このサーカスは、私がちゃんと守りますから」


 アリシアは無理に笑顔を作り、足早にその場を立ち去った。

 ダンビローグは彼女の後ろ姿を、笑みの消えた冷ややかな目で見送っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ