第23話 孤独な刃に咲いた野花
「……コトッ」
不意に、スパーダの足元で、石と石がぶつかるような小さな音が響いた。
視線を落とすと、そこには膝丈ほどのちびゴーレムたちが、トコトコと不器用な足取りでわらわらと集まっていた。特別な魔石を埋め込まれたリーダー格であるAゴレを筆頭に、五、六体のゴーレムが、スパーダを囲むようにして立っている。
普段ならば、テントの整備や力仕事で忙しく走り回っているはずの彼らだ。
「なんだ、お前たち。朝の仕事はどうした。さっさと持ち場に戻れ」
スパーダはいつものように素っ気なく、冷ややかな声を出そうとしたが、その声には以前のような威圧感も、相手を突き放すような冷酷さも一切なかった。
ちびゴーレムたちは、無表情な石の顔を真っ直ぐにスパーダへ向けると、コトコトと悲しげで、どこか心配するような音を鳴らした。言葉は通じなくとも、感情豊かで団員を家族のように愛する彼らには、自分たちの「親方」として慕っているスパーダが、深く傷つき、孤独の闇に沈んでいることが痛いほど伝わっていたのだ。
Aゴレが、トコトコとスパーダの足元まで歩み寄る。
そして、短い石の腕を一生懸命に上へと伸ばし、何かを差し出してきた。
それは、水都シアンの広場周辺に咲いていた野花や雑草を不器用に編み込んで作られた、不恰好でいびつな花飾りだった。
さらに、その後ろにいた別のちびゴーレムも進み出て、今度は水辺で拾ったと思われる石を、彼らが磨き上げた「キラキラ光る玉」を両手で掲げるようにして差し出した。
「これは……俺を、慰めようとしているのか?」
Aゴレたちは、コクコクと力強く何度も頷き、コトコトと温かく、励ますような音を奏でた。
機材のメンテナンスや力仕事で、彼らの手本となるような見事な手際を見せ、陰ながらサーカスを支えてきたスパーダ。ゴーレムたちは、大好きな親方が元気を取り戻すようにと、彼らなりの最高の宝物と、手作りの慰めの品を作って持ってきてくれたのだった。
「……お前たちまで、本当に……どうしようもないくらいにお節介だな」
スパーダは小さく、しかし確かな温もりを帯びた息を吐き出すと、ゆっくりと膝をつき、ゴーレムたちと同じ目線に合わせた。
そして、Aゴレからいびつな花飾りを、別のゴーレムから玉を、ガラス細工に触れるような驚くほど優しい手つきで受け取った。
野花の甘い香りと、土の素朴な匂いがふわりと鼻をかすめる。それは、彼らがスパーダのために一生懸命に作ってくれた、純度百パーセントの愛情の形だった。
「……ったくお前たちは。ありがとさん」
スパーダがそう言って、Aゴレのゴツゴツとした石の頭をそっと撫でてやると、ちびゴーレムたちは嬉しそうに飛び跳ね、コトコトと歓喜の音を打ち鳴らしながら彼の足元にすり寄ってきた。
彼らの純粋な優しさに触れ、スパーダの胸の奥で、カチリと何かが噛み合った。
(俺は、何を迷っていたんだ)
スパーダは、手の中にあるいびつな花飾りを見つめた。
アリシアに拒絶されたからといって、孤独な殻に引きこもり、すべてを投げ出すのか。任務のために、あの真っ直ぐな彼女をただの監視対象として切り捨てるのか。
否だ。
彼女に冷たく背を向けられ、激しい喪失感を味わったことで、スパーダは自分の中に芽生えていた感情の正体を、痛いほどはっきりと自覚していた。
あれは、単なる監視対象への同情などではない。
彼女への想いは、間違いなく本物の「愛情」だった。
自分が潜入捜査官であろうと、彼女に憎まれていようと、そんなことはもうどうでもよかった。
大切なのは、彼女が愛するこのサーカスを、そして彼女の笑顔を守り抜くことだ。
この中に真犯人がいようといまいと、必ずすべての真相を突き止め、彼女に危険が及ぶ前にすべてを終わらせてやる。彼女の純粋な信念を汚す真似は、誰であろうと絶対に許さない。
たとえアリシアの心が自分から離れてしまったとしても、これからは陰から徹底的に彼女の成長を手助けし、過保護なまでに守り抜いてみせる。
スパーダはゆっくりと立ち上がると、受け取ったいびつな贈り物を潰さないよう、大切に上着の内ポケットへと深く仕舞い込んだ。
その顔からは、先ほどまでの迷いや孤独の影、そして凍てついた感情は完全に消え去っていた。
氷のように冷徹な潜入捜査官の顔でもなく、昨夜の祝賀会で見せた無防備な青年の顔でもない。
愛する者を命に代えても守り抜くという、揺るぎない絶対的な決意を秘めた、強い男の顔だった。
「行くぞ、お前たち。今日も舞台装置の点検だ。あいつに怪我をさせるわけにはいかないからな」
スパーダが静かに、しかし力強く声をかけると、ちびゴーレムたちはコトコトと頼もしい音を立てて彼に付き従った。
水都シアンの美しい朝の空の下、スパーダは大切な居場所を守るための新たな戦いに向けて、静かに歩みを進めたのだった。




