第12話 撤収作業
鉱山街ルベルでの最終公演が、割れんばかりの拍手と共に熱狂のうちに幕を閉じた。
しかし、サーカス団員たちに余韻に浸る暇はない。観客が帰った後の深夜、直ちに巨大テントと機材の解体、そして次の街へ向けた荷馬車への積み込み作業が始まるのだ。
「えっと、まずは観客席の足場から崩して……あ、違う、先に照明の魔石ランプを外さないと! イグニス、火を落として! それから、ちびゴーレムたちは……あっ、そっちの柱はまだ倒さないで!」
夜風が吹き抜けるテント地で、アリシアは声を張り上げて指示を出していた。
だが、団長としての経験が浅い彼女の指示は手順が前後してしまい、現場は少しばかり混乱をきたしていた。頼みの綱であるちびゴーレムたちも、複数の指示が飛び交う状況に右往左往し、コトコトと石の体を鳴らして困惑している。
「どうしよう、このままじゃ夜が明けちゃう……」
アリシアが焦りから泣きそうになった、その時だった。
「……まったく、段取りが悪すぎる。一体今まで何を——」
背後から響いたのは、いつもの冷ややかな低音。漆黒の外套を脱ぎ、動きやすい白シャツの袖をまくり上げたスパーダだった。
シルヴィが徹夜で縫い上げたという裏方用の作業着は、まだ彼の身には着けられていない。あくまで自分は「国から派遣された査察官」であり、彼らと馴れ合うつもりはないという、彼なりの一線の引き方なのだろう。
スパーダは眉間にシワを寄せ、いつものように容赦のない命令口調で怒鳴りつけようと口を開いた。
しかし、その言葉は途中でピタリと止まった。
——『あんたはひどく悲しくて、寂しい目をしている』
——『家族の食卓に、遠慮はいらないんだよ。明日もあの不器用な若い団長を助けてやっておくれ』
脳裏に蘇ったのは、昨夜、暗闇の中でドワーフの料理長マグダが差し出してくれた、温かいお茶と絶品のピクルスの味だった。そして、決して自分を恐れず、真っ直ぐに気遣ってくれた彼女の深い瞳。
スパーダは微かに息を吐き出し、険しかった目元を少しだけ緩めた。
「……いや。重い機材の解体から先に進めた方がいい。足場はそのままで、まずは天幕の固定具を外そうか」
それは、「命令」ではなく、明確な「提案」と「助言」を帯びた、彼にしては驚くほど穏やかな口調だった。
「スパーダさん……!」
アリシアがパッと顔を輝かせる。スパーダは彼女の無防備な笑顔から少しだけ視線を逸らし、ちびゴーレムたちのリーダー格である、特別な魔石を埋め込まれたAゴレへと向き直った。
「Aゴレ、お前たちは俺の指示で動け。まずは南側のワイヤーからだ」
スパーダが指をパチンと鳴らすと、Aゴレはまるで敬礼するかのように石の腕をカンッと鳴らし、他のゴーレムたちを率いて一斉に動き出した。
そこからの作業は、魔法のようにスムーズだった。
スパーダが声を出さずとも、的確な手信号や僅かな視線の動きを送るだけで、ちびゴーレムたちは阿吽の呼吸で重い鉄柱や滑車を運んでくる。スパーダ自身の素人離れした力仕事のセンスと、ゴーレムたちの驚異的な怪力が完璧に噛み合い、巨大なテントはあっという間に解体され、馬車へと整然と積み込まれていった。
アリシアは自分の不甲斐なさに少し落ち込みつつも、文句一つ言わずに現場を立て直してくれた彼の頼もしさに、心からの感謝と尊敬の念を抱いていた。
+++
撤収作業が中盤に差し掛かった頃。
「夜分遅くにご苦労様です、アリシア団長。私も荷積みを手伝いましょう!」
暗がりから、人当たりの良い柔和な笑顔を浮かべた新聞記者のダンビローグが姿を現した。彼は外套を脱ぐと、愛想よく振る舞いながら機材の運搬に手を貸し始めた。
「ダンビローグさん! そんな、外部の方に手伝っていただくなんて申し訳ないです……」
「気にしないでください。素晴らしいショーを見せていただいたお礼ですよ」
和やかなやり取りを交わしながら作業を進めるダンビローグ。
しかし、少し離れた場所から全体の進行を管理していたスパーダの瞳は、氷のように冷たく細められていた。
(……妙だな)
スパーダの鋭い観察眼が、ダンビローグの不自然な動きを捉えていた。
彼は「手伝う」と言いながらも、なぜか特定の荷馬車——少し大きめの馬車——への積み込みにばかり執着しているのだ。他の馬車の作業には一切手を出さず、その特定の馬車の奥深くに、自分が運んできた木箱を押し込むように配置している。
以前、彼が「移動ルートや荷馬車の配置」を異常なほど細かく取材していた記憶が蘇る。
(ただの熱心な記者、というわけではなさそうだな)
スパーダの中で、微かな違和感が形になり始めていた。しかし、今この場で問い詰めるだけの確たる証拠はない。スパーダは表情一つ変えず、その違和感を心の奥底の引き出しに静かに仕舞い込んだ。




