間話 【58】 勇聖国②
〈???視点〉
そのような、八耀聖による聖卓会議が行われてた、聖堂から。
場所を移した、教会関連施設にて。
「さすがですわ、エンド様!」
両手を合わせて、賛美の言葉を口にする。
豪奢な金髪が特徴的な、王族の少女から始まって。
「教会の聖騎士たちも、兄様の成長ぶりには感服しております」
勇聖教会でも生え抜きとされる修道女や。
「エンド様、すごいですぅ~っ!」
胸元をやけに露出した女従者に。
「ふん、ご主人様なら当然です!」
首輪をつけた亜人の幼女奴隷などといった。
いずれも年若く、見眼麗しい美少女たちに囲まれる。
黒髪黒目の、少年の姿があった。
「はは、大したことないよ。僕はいつだって、僕にできることをしているまでさ」
そうして周囲を囲う、美しい少女たちに比べて。
少年の顔つきは、それなりに整ってはいるものの、平坦であり。
率直な評価として。
見劣りする感は否めない。
しかし彼の有する、黒髪黒目という特徴と。
教会より与えられる予定の、勇者という称号から。
十代中ごろの少年……エンドの待遇に、疑問を持つ者はいない。
この勇聖国において、勇者とは崇められ敬われるものと、国教において定められているため。
教会や王族といった各勢力が進んで身内を差し出し、厚遇して取り入ろうというのは、ごく当たり前の発想であった。
「エンド様がいらっしゃれば、我が勇聖国は安泰ですわ!」
「私たち教会も、エンド様のご威光とご活躍には、期待しております!」
「私もメイドとして、ご主人様に仕えられる幸福を、日々噛みしめておりますう〜っ!」
「あ、わたちもわたちも! エンド様に拾われて、すっごく幸せですよっ!」
「もう、みんな大げさだな~。でもありがとう、すっごく嬉しいよ! まだ国がどうとか言われてもピンとこないけど、キミたちのことは、僕が絶対に守るから!」
おそらく『あちらの世界』では、目にすることすら叶わなかった、美女や美少女たちに言い寄られて。
いちおうは、謙遜しつつも。
エンドの顔は見るからに、緩みきっていた。
本人は隠しているつもりであろうが、少年の情欲を灯した視線は常に、女たちの大きかったり慎ましかったり巨大だったり貴貧であったりする胸部に向けられている。
(……すっかり、飼い慣らされていますね)
そんな同郷である少年の、間抜け面を。
冷ややかに見つめる、少女がいた。
場所は彼らのいる中庭を見下ろすことができる建物の、二階の渡り廊下。
その窓際である。
(こうして、この国に召喚された勇者たちは、少しずつ、毒されていくのでしょうね)
ともすれば私もすでに、気付かないうちに……などと。
密かに自戒する、少女の慎ましい胸中を。
顔色から伺うことは、難しい。
なにせ少女の表情はその半分以上を、優美な装飾の施された仮面によって、隠されているのだから。
廊下を撫でる微風が、サラリと。
少女の黒髪を揺らした。
「アイ様、こちらにお出ででしたか」
そうして物憂げに、階下を見下ろす黒髪黒目の少女……アイに。
声をかけてくるのは、こちらもやはり。
前世ではまずお目にかかれないほど整った顔立ちを有する、貴人服に身を包んだ青年であった。
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〈アイ視点〉
「アイ様、こちらにお出ででしたか」
優美な仮面で顔の上半分を覆い隠した『勇者』に声をかけてきた、この国の貴人であるという青年に続いて。
「勇者様は大事な御身ですので、せめてひとりくらい、出歩く際には声をかけてください」
「お嬢様のためなら私とて、命を賭すことに、一片の躊躇いもありません」
「ぼ、ぼくも、アイしゃまを、お守りしましゅ!」
わざわざ姿の見えない自分を、こうして探していたのだろう。
全身鎧、従者服、奴隷衣と。
それぞれが、立場の異なる階級の衣服をまとい。
年齢も年上から年下まで見事にバラバラな。
しかし誰もが目移りするような、美男子や美少年たちであった。
そのような、魅力溢れる男性陣に囲まれて。
世の女性たちが羨むような環境に置かれた少女は。
「……申し訳ありません。少し、気分転換をしたかったのです」
などと。
言葉のうえでは謝罪をしながら。
しかしその瞳は彼らに、一瞥さえすることはなかった。
(……はあ。こちらは王族に、騎士に、執事に、奴隷ですか。まるで異世界転生の、テンプレセットですね)
なにせアイは、前世において。
暇つぶしの娯楽として、そういった創作物にも触れたことがあったために。
常日頃からこうして、自分に付き従おうとする男性陣には。
表情にこそ、出さないものの。
むしろ辟易とした感情さえ、抱いていた。
というかここまで予定調和な面子を集められてしまうと、馬鹿にされているのか、などと勘ぐってしまいそうになるが。
(ですが私と同じくらいの知識量を有していたはずの『あれ』ですら、今ではあの有様なのですから、やはり異性を用いた籠絡というのは、古今や異世界を問わずに有効なのでしょうね)
人間の本能に根差した情動とは。
やはり後付けの理性程度では、抗い難いということか。
現にこうした異性を用いた人心掌握術は、かつての転生者たちにも絶大な効果を示していたことが、歴史によって証明されている。
(……ま、私にはそのようなもの、通用しませんが)
よって、新たな異世界転生者であるアイが。
それをこうして、まるで意に介していないのは。
自前の予備知識というよりも。
彼女自身の、性格によるところが大きい。
何故なら。
(私にとって兄さん以外のオトコなんで、ぜんぶまとめてゴミクズ以下なのですから)
アイは重度の兄性愛者であった。
それも意中の相手以外はまったく目に入らない、超ド級の重篤者である。
しかしそんな性癖であるがゆえに、この稀有な感性を有する勇者はいまだに、教会の差し向けた毒に侵されていないのだから、毒も薬の一種、というべきなのだろうか。
ともあれ。
(あぁ……兄さん。兄さんはいったい、どこにいるのですか……?)
およそ八年前に執り行われたという、勇者召喚において。
この異世界に人造生命体を素体として転生したのは、自分とエンドのふたりだけだと、儀式を管理していた勇聖教会からは聞かされている。
しかしアイは、転生した先のこの世界においても。
前世における義兄の存在を、信じて疑っていない。
何故なら、前世の最期において。
義兄が命を落とした際に。
アイは、同じ場所にいた。
通り魔の凶弾によって致命傷を負った兄が、息を引き取ったその瞬間に。
常日頃から密かに『持ち歩いていた短刀』を用いて、自ら命を、絶ったのだから。
(せっかく兄さんと、一緒に逝けて……溶けて……混ざって……ひとつに、なれると思ったのに……)
残念ながら、そうした想いは。
異世界転生した今世では、果たされていないようだが。
しかし前世ではいつだって、義兄は、自分を守ってくれていた。
彼だけが自分を守ってくれた。
彼が世界の全てだった。
そんな彼が『死に別れた程度』で、自分から離れていくわけがない。
義兄はきっとこの世界のどこかで、今世でも自分を想い、守ってくれているのだというのは、アイのなかでは確信を超えた常識に等しい。
信頼というより狂信。
信仰というより妄信。
常人が触れてしまえば焼け爛れてしまうこと必死な激情を、黒髪少女は、その慎ましい胸の内に秘めていた。
そんな義妹の内心を、前世の生活で義兄が、ついぞ気付くことがなかったのは。
ふたりにとって幸福だったのか、不幸だったのか。
それは本人たちにもわからない。
(……いいえ、それではダメですね。『あちら』のときと違って、いまの私には『力』があります。であれば兄さんから迎えにきてくれるのをただ待つのではなく、むしろこちらから探して、見つけ出しに行かないと!)
アイにとっては頼りになって信頼ができて愛してやまない唯一無二の義兄であるが。
一方で、やや思い込みが激しかったり、うっかりしていたり、脇が甘かったりという、短所があることも理解している。
まあ、そこも含めて、彼の魅力なのだが。
それはそれとして。
アイにとっての理想とは、義兄と自分、ふたりだけの世界だ。
ほかのものは不純物。
彼以外はいらない。
(もう二度と、兄さんを誰にも傷つけられないように、奪われないように、引き離されないように……守って、囲って、閉じ込めて……今度こそ着実に、真実の愛を育まないと……っ!)
そのためには、全てを利用する。
幸いにして、今世において勇聖教会特製の人造生命体として転生したこの肉体には、前世では持ち得なかった魔力という可能性を秘めている。
人造生命体の核として使用される、天聖宝珠なる聖宝具に宿った、転生者の魂に沿う形で。
通常の二倍速ほどで成長していた肉体は、すでに前世で命を絶った十代後半ほどにまで成長しており、そこでひとまずは成長を止めている。
肉体が、通常の生物のそれではなく。
それを調整することができる勇聖国独自の魔法技術があっての、擬似的な不老機能であった。
さらには転生者育成の蓄積知識がある勇聖教会の指導と、生来の天凛によって、アイはメキメキと、その才能を伸ばしており。
(すべてはいつか、兄さんと出会う日のために……口惜しいですが、今は雌伏の時間です)
意図的にその成果を、周囲には隠蔽しつつ。
爪を研ぎ。
力を貯めて。
内心の不快感を押し殺しながら。
アイは仮面に覆われていない口もとに、可憐な笑みを浮かべた。
「……どうやら少し、気が滅入っていたようですね。ご心配を、おかけしました」
そうした少女の、柔らかい声音に。
周囲で反応を伺っていた男性陣が、一斉に反応する。
「そうですか。たしかにアイ様は多忙であらせられますものね。では近々、王家が所有する避暑地にでも羽を伸ばしてみますか?」
「でしたら我ら聖騎士も、喜んで護衛させていただきます」
「ああ、ではお嬢様の水着なども用意せねばなりませんね」
「あ、アイしゃまとのりょこう、たのしみでしゅ!」
「……ありがとう。皆さんのご厚意に、感謝いたします」
口元だけは、可憐に綻ばせて。
本音を閉ざして。
心にもない謝辞を口にして。
そうして少女は、今日も、異世界でひとり。
自分だけの孤独な戦いに、身を投じるのであった。
【作者の呟き】
みんな大好き、妹属性ヤンデレ勇者!
もちろん作者も、大好物ダヨ!




