間話 【59】 真血鬼①
〈アブラヒム視点〉
鬼帝国が有する魔獣素材の宝庫、エステート大森林から、徒歩や馬車を用いて一月ほども北上した先にある、グルリと周囲を赤褐色の壁面に覆われた北の防壁都市。
土地の魔力性質的に、日中は常に薄霧に覆われており、陽の光が届きにくく。
発生する魔獣も、夜に活動するものが多いために。
それを警戒するため、自然と夜間での活動比率が高くなっていた背景を有する、公爵家の治める『赤壁都市』のなかに。
繚乱祭の最中から。
女蛮鬼の森里を唐突に立ち去った。
アブラヒム・ヴァン・ヘルシングの姿があった。
雲の薄衣をまとった三日月が都市を照らす、夜半である。
不眠都市などとも呼ばれる街から、未だ明かりは途絶えていないが。
そのなかを、あえて。
月明かりさえ届かない。
闇夜に満ちた裏路地を、選ぶようにして。
歩を進める漆黒の西洋鎧に身を包んだ鬼人が、道を迷う様子はない。
むしろ足取りは、日中と比べて軽快ですらあり。
爛々と輝く血色の瞳が、暗い夜道に。
鬼火の如く、浮かんでいた。
「……んンン?」
次の瞬間、アブラヒムは後ろに跳ねた。
入れ替わるようにして頭上から落下してきた影が、一瞬前まで自身がいた場所を目掛けて、着弾する。
恐ろしいほどに、音を立てず。
しかし確実に、人影の急所を狙っていたその一撃は。
「……」
無言でありながら。
是非を問うまでもなく。
襲撃者の意志を、雄弁に物語っていた。
「ヒャハッ! こりゃまたア、たいそうな出迎えだなアッ! 今のは完全にイ、命ア殺りに来てたじゃねエかアッ!」
物騒な言葉とは裏腹に。
好戦の笑みを浮かべながら。
アブラヒムは、己の得物を引き抜く。
左右の手に握られるのは、刀身まで真っ赤に染まった、血色の片手剣であり。
腰元から抜刀した二振りに加えて。
背中に備えた二振りの魔剣にも魔力を循環させながら。
黄金の三つ編みを、闇夜に踊らせた鬼人が。
襲撃者との距離を詰めた。
「ヒャッハア!」
「……グルルッ!」
アブラヒムの闘志を、迎え入れるように。
襲撃者の漏らした唸り声に、呼応して。
「ウオオオオオ――――ンッ!」
ほとんど同時に、背後からも。
獣じみた雄叫びが轟いて。
「ンだよなアッ!」
前方の襲撃者が繰り出す鋭い五爪を、片手剣で弾きながら。
黄金の三つ編みを振り回して。
人影はその場で、独楽のように一回転。
勢いを殺すことなく反転した片手剣が、背後から迫っていた、新たな襲撃者の胴体を襲う。
「ウガッ!?」
「――チイッ!」
血に飢えた双刃が、円弧を描く。
だが襲撃者の薄皮一枚を、斬り裂くことしか叶わなかったらしい。
それもすぐにジュウジュウと、魔力を帯びた白銀の蒸気をあげながら、見る間に自己治癒の魔能によって、修復されていく。
「「 ウォオオオオオオオ――――ンッ!! 」」
そのまま一度、距離を置いて。
片手剣を構える人影を、路地の前後で挟み込むように。
闇夜に響く襲撃者たちの遠吠えは、狼のそれであり。
鎧をまとっていない彼らの上半身は。
鋼のごとき、硬質な銀毛に包まれていた。
二足歩行ではあるものの、それらに踵はなく、ゆえに姿勢は極端な前傾姿勢。
獣毛に覆われた皮膚が、筋肉によって、ミチミチと膨れ上がっていた。
顔は人間というよりも、狼のそれに近く。
彼らは狼人が、獣人の種族魔法である〈細胞変異〉を用いて、一時的な存在進化を果たした存在、闘狼人の獣戦士たちであった。
「ハッハア!」
そんな闘狼人たちの威嚇も。
悦びの声すら漏らす鬼人は、意に介さない。
むしろ闘争心を滾らせるように。
口元から、鋭い吸血鬼牙を覗かせて。
好戦の笑みを浮かべたアブラヒムが、前に出る。
左右の手から繰り出される銀閃に、対峙する前方の闘狼人が、己の五爪を以て応えた。
ギギギギギギィンッ!
ギギギィィィン……ッ!
夜に包まれた街の、路地裏に。
刃と爪の奏でる、硬質な交響曲が木霊する。
互いの闘志で織り成す演奏は、路地の前方に陣取っていた闘銀人だけでなく、路地の後方から襲撃を試みた、もうひとりの闘狼人からも奏でられていた。
「オラオラア! どうしたどうしたテメエら、ふたりがかりでンなモンかア!?」
前後からの挟撃を受けたアブラヒムが。
左右の手で乱舞させる片手剣の。
その隙間を縫うようにして。
宙を高速飛翔する魔剣が、足りない手数を補うことで。
鬼人の剣士は数で劣る不利を覆して。
襲撃者たちを圧倒していたのだった。
絶技と評して間違いのない、卓越した技量を目の当たりにして。
狼の頭部をそのまま巨大化したような。
闘狼人たちの表情が引き攣る。
「お、おい、ヴァレリー! いつまで遊んでいる、真面目にやれ!」
「とっくに本気だぞ、兄者! しかし若様が、格段に腕を上げていらっしゃるのだ!」
「ヒャハハ、あッたぼうよオ! 俺サマの修行の成果ア、たっぷり味わいなアッ!」
左右の手にする、片手剣と。
空中を飛翔する、二本の魔剣の。
計四本となる刃を華麗に操る、アブラヒムに対して。
「……グッ、いかん!」
「このままだと――」
攻めあぐねている闘狼人たちが。
何やら、妙に焦った様子を匂わせていると……
ぐにゃりと、唐突に。
水面に、小石を投じたように。
片手剣を乱舞させる人間の影が、奇妙に波打って。
「――ッ!」
即座に、自らの足元から。
魔力干渉の気配を察したアブラヒムが。
両手の刃を、発生源である自身の影に、突き立てようとして……
「……じゃじゃあ~ん、お帰りなああああいやあああああ!」
おそらくは、これまでの攻防の最中にて。
闘狼人が接触した際に、アブラヒムの影に仕込んだのであろう、魔力線を用いることで。
この場に転移してきた、新たな人物の姿を。
目視した鬼人が、その首を刎ねる直前で。
刃を全力静止させた。
「……おイおイ、戦いの最中に飛び込んでくるとかア、アナよオ、お前サン、ちイっとばかりオテンバが過ぎっぞオ?」
「し、知りませんもの! ただお兄様を出迎えるだけだって聞いておりましたのに、こんなことになっているとか、聞いておりませんでしたもの!」
己の首皮に、刃を添えられて。
悲鳴混じりの声を漏らすのは、十代中頃程度に見える、少女であった。
アブラヒムのそれによく似た月光の如き金髪を、頭の左右で二股に束ねており。
肌は病的なまでに青白く。
小さく整ったその顔は、両目を覆う眼帯によって、欠けた美を想像させるかたちでの調和を成していた。
そのような。
闇色の古式洋服に身を包む、眼帯少女が。
「こ、これは一体どういうことですの、ヴァルカン!? ヴァレリー!」
それぞれにヴァルカン、ヴァレリーと。
先ほどまで戦闘に興じていた闘狼人たちに呼びかけると。
「……面目ありません、お嬢」
「若君が思いのほか腕を上げられていたようなので、つい、抑えが効かなくなってしまい……」
名を呼ばれた両名は、申し訳なさそうに。
狼耳と、頭を、下げたものの。
「ハッハア、そりゃしゃーねえエわなア。強者に挑みたくなるのはア、獣人の本能ってなモンだア。つまりやっぱりイ、全部シアが悪イ」
「えっ!? これってわたくしが悪いんですの!?」
襲撃されていたはずの人物に、庇われることで。
むしろたった今、首を刎ねられそうになった少女のほうが、悪者認定されていた。
「ンでエ、シアよオ、ごめんなさいはア? 俺サマのお楽しみを邪魔しやがってエ、詫びの一言もねエのかよオ?」
「なんでお兄様は、久々の妹との再会よりも、理不尽な謝罪を強請ってらっしゃるのかしら!?」
「シアの分際で俺サマに口答えすンなア。いいから早く。ほら、サン、ニー、イチ……」
「……あ、う、ご、ごめんなさいですわ〜っ! うえええ〜んっ!」
「よしよし、よくできましたア。それでこそ俺サマの妹だア。ちゃんといい子で留守番してたかア、シア?」
「は、はいですの! 不肖、このアナスタシア・ヴァン・クリムゾン、ちゃんとお兄様の留守の間、〈紅月騎士〉の一員として、しっかり街を守っておりましたの!」
「そっかア、そりゃご苦労サンだなア。えらイえらイ、さすが俺サマのオ、自慢の妹だぜエ」
「ふ、ふひひひ、そ、それほどでもお〜、ありますわあ〜っ♡」
理不尽な物言いで、相手の心を挫き。
不当な謝罪を口にさせることで、上下関係を理解させて。
そのうえでしっかりと、飴を与えるという。
あまりにも依存性の高い遣り取りを。
無自覚で行う兄妹たちに。
「「 ………… 」」
変異魔法を解いて。
それぞれが三十代前半ほどになる男性の姿に戻った狼人兄弟が、生暖かい視線を、向けているのであった。
【作者の呟き】
義妹も実妹も、どっちも違って、どっちもいい。




