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間話 【57】 勇聖国①

〈???視点〉

 

「ではそろそろ、聖卓会議を始めましょうか」


 荘厳な雰囲気を帯びた、巨大聖堂である。


 一日や二日では到底見て回れないほどの規模であるが、主祭壇の奥に飾られた多色硝子ステンドグラス空気風琴パイプオルガンはもちろんのこと、椅子のひとつに至るまで調度品が激選され、外装や支柱などの細部に至るまで創造神や天使、歴代勇者たちの意匠レリーフがふんだんに装飾されている、勇聖教会の所有施設。


 日焼けした外壁は、刻まれてきた年季を感じさせ。


 丁寧に磨かれた床は、信徒たちの熱意を感じさせる。


 その施設内に設けられた、高貴なる方々の会合に用いられる、専用貴賓室の一室にて。


 なんら特徴のない。


 青年の声が放たれた。


「……とはいってもまあ、僕と貴方、二人しかいないんですけどね」


 浮遊大陸を統べる只人ヒューム至上主義の国家、勇聖国エリクシスにおいては、ごく一般的な容姿とされる、金髪碧眼の青年である。


 背丈も中肉中背であり。


 顔つきも劣っているわけではないが、特に優れているわけでもなく。


 どこまでも『平均』を突き詰めたような。


 二十代後半ほどの、平凡な青年。


 そのような人物が、この豪華を極めたような貴賓室の中央に据えられた円卓の、議長席に座していることに、しかし異論を唱える者はいない。


「いやいや、アマタ様。僕と貴方ふたりだけとか、もう会議する必要、なくないですか?」


 というか。


 指摘する、言葉通りに。


 そもそもの参加人数自体が少ないのだ。


 青年が着席する円卓は八人用なのに対して。


 現在埋まっているのは、たったの二席しかない。


 じつに四分の三が欠席している会議に果たして価値があるのかと、疑問を呈するのは、幼い容姿の少年であった。


 外見年齢は十を少し超えた程度。


 金髪と色素の薄い肌は、勇聖国の民としては一般的だが、その瞳は感情によって色彩を変える、極彩色であった。


 特注である、最上位を示す豪奢な司祭服に身を包んだ少年は。


 不満を訴えるために色彩を変えた、紫色の瞳で。


 議長席の凡庸な青年……アマタに、視線を送る。


「あの行方不明の〈聖拳《熱血馬鹿》〉と、それの捜索に駆り出されている〈聖炎せいえん〉はともかくとして、他の勇者様や聖人は、いったいどうしたというのですか?」

 

「残念ながら〈聖恵せいけい〉殿は、いつものように研究所ラボにこもっていましてね。今回も呼びかけに応じてくれなかったのです。おそらく〈聖団せいだん〉殿は、その実験に付き合わされているのでしょうね。いやはや、困ったものです」

 

「〈聖杯せいはい〉様の要請を断れるのは、同じ勇者様ぐらいのものですね』


 本来であれば。


 勇聖国の国教である、勇聖教において。

 

 教皇から直々に特権を与えられた勇聖教会の最高戦力。


『八耀聖』のなかでも、序列というものが存在しており。


 当然ながら、序列一位の『勇者』であるアマタの召集に。


 ここ数年で勇聖因子を覚醒させて『聖人』となったばかりの、序列八位である〈聖団〉が、それを断れる道理などないのだが。


「……ああ、そういえばあの新人の『聖宝具』も、ようやく完成の見込みが立ったんでしたっけ。それで〈聖恵〉様が、張り切っておられるわけですか」


 極彩色の瞳を持つ少年が。


 ギュルギュルと瞳の色を翠に変えて、得心したように。


 勇聖教会において重要な意味を持つ魔道具……『聖宝具』の開発を牽引する勇者〈聖恵〉の研究は、とくに強い独立権限を認められているため、それを口実にされてしまうと、序列一位の立場をもってしても、あまり強い物言いはできないのだ。


 さらに今回、開発中の聖宝具は。


 新たな聖人の、専用魔道具であるために。


 使用者である〈聖団〉が、その調整に付き合わされているのは、仕方のないことであった。


「ええ、その通りです。相変わらずジュドくんの耳は早いですね」


「ま、僕って天才ですから?」


 そのようにして、嘯く。


 グリンと、色を黄へと転じた。


 極彩色の瞳を有する、少年の背後には。


 彼の聖宝具である、大小五つの球体が、恒星を囲う衛星のように、ゆっくりと周回浮遊しており。


 ひとつひとつが魔人デモルドやそれに近い水準の半魔人デモニアから採集した魔晶石を用いた超希少魔道具を五つも所有する少年は、勇聖教会において片手の数しか認定されていない聖人、〈聖天〉のジュド・リ・シンドウに相違なかった。


        ⚫︎


〈ジュド視点〉


 そもそも、この勇者会議に参加できるのは。


 勇聖教会に認められた、八人の勇者と聖人のみ。


 八輝聖と讃えられる彼らは。


 三名の勇者からなる〈聖杯せいはい〉〈聖恵せいけい〉〈聖瞳せいどう〉と。


 五名の聖人からなる〈聖骸せいがい〉〈聖天せいてん〉〈聖拳せいけん〉〈聖団せいだん〉〈聖炎せいえん〉によって、構成されており。


 また聖人である〈聖骸〉の座は、それに相応しい人物が現れるまでの、穴埋めといった意味合いが強いために。


 実質的な八耀聖において。


 この場にいない、消去法で残ったひとりはというと……


「……んっ、ん~~~っ、僕様ちゃん遅れて登場ちゃん! って、あれ? 早かったかな?」


「いや、普通に遅刻ですよ、アマツカ殿?」


「というか貴方が最後です」


 盛大に扉を開け放って現れた、遅刻者の発言に。


 勇者アマタ聖人ジュドが、同時に小言を入れた。


「そうかい? ま、よく言うじゃないか、『勇者ヒーローは遅れて現れる』って」

 

「……?」

 

「ダメですよ、アマツカ殿。『あちらの世界』の格言を、気安く持ち出さないでください。ジュドくんが珍しく、困惑しているじゃないですか」


「っ!? べ、べつにそれくらいは、なんとなくわかりましたよ! なにせ僕は、天才ですから!」


「ん、おチビちゃんは今日も元気だねえ。結構結構。やっぱり子どもは元気が一番だよね!」


 慌てて取り繕うジュドに。


 そうですか、とアマタが微笑んで。


 元凶である燕尾服の中年男性は、とくに悪びれた様子もなく。


 口笛を吹きながら、円卓の自席へと着座してしまう。


「……」


 そうした、遅刻勇者に。


 極彩色の瞳を紅に転じたジュドが、物言いたげな視線を送ると。


「……ん? なんだい、おチビちゃん? 僕の魅力に、ようやく気づいたのかな?」


 ゆるく癖毛ウェーブのかかった黒髪を背中でひとまとめにした壮年の伊達男……〈聖瞳〉こと、ソラ・シン・アマツカは。


 その艶やかな黒瞳を、パチリとウィンクさせた。


「……いえ」


 黒髪黒目。

 

 それはこの国において、勇者の血統を示す、高貴な色であり。


 そのようなものを向けられて、勇聖教の信徒であるジュドが、それ以上の不満を口にできるわけがない。


 なにせ教会が、『あちら』と呼ぶ異界から訪れた転生者たち……勇者とは。


 例外なく、凄まじい魔力と固有魔法。


 何より異世界の文化よりもたらされる、代替の効かない知識を備えており。


 勇聖因子を覚醒させた彼らの子孫を『聖人』と呼んで、崇めてはいるものの。


 勇者が建国に携わったお国柄事情もあり、やはりその立ち位置には、明言こそされていない不可侵の壁が、確かに存在している。


 少なくともこの程度の些事で。


 聖人が勇者の機嫌を損ねることを、教会は許容しないだろう。


 この場における円卓とは、あくまで。


 建国の勇者たちが定めた、形式でしかないのだから。


「それで、アマツカ殿。遅刻の理由は?」


 そのため、彼に問いかけたのは。


 同じ異界より召喚された、勇者であり。


「いやぁ~、それがさあ、蕾ちゃんたちが今日も僕を離してくれなくてねぇ~。とくについ最近は、ちょっとヤンチャな亜人デミの子を見つけて、ちょっぴり調教……じゃなくて教育をするのに、熱が入ってしまったのさ」


「はぁ……貴方はまた、牧場を漁っていたのですか。高貴なる者としての品性が疑われます。ほどほどにしてくださいよ」


 アマタが疲れたように嘆息するのに。


 ジュドも内心で、同意する。


 なにせ亜人牧場とは、勇聖国における奴隷階級……亜人たちを管理する、施設のひとつであり。


 たとえ相手が子どもであれ。


 この国で生まれ育ったものならば、彼らとの会話には、嫌悪感を抱くのが普通だ。


 だというのに、この奇特な感性を有する勇者は。


 頻繁に亜人牧場などに出入りしては、お眼鏡に叶った『年端もいかない少年少女たち』を、その権限を用いて屋敷に招き入れて。


 徹底的な『教育』を施しながら、一定の年齢に達するまでは、そばはべらせているのだという。


 わざわざ雑草を、摘み取って。


 花壇に並べるような、その行いは。


 ジュドにとってはやはり、理解し難い感性である。


「ん、それで、僕が最後だったということは、もう会議は始まっているのかな? 議題は?」


「良い知らせと悪い知らせがあります。どちらから報告しましょうか?」


「ん、じゃあ良い知らせのほうで。僕は好物を、先に食べるタイプだからね」


 一番最後に、会議に加わっておきながら。


 あくまで自分本位で会議を進める勇者に、ジュドは口先を尖らせるが、議長であるアマタが受け入れているため、物申すことはしない。


 ただしその瞳は。


 先ほどよりも濃い紅に、染まっていた。


「わかりました。では良い報告は、前回の『人造勇者計画』で召喚した勇者たちが、順調に能力を伸ばしているという話です。聖騎士たちの報告によると、すでに男性の勇者……エンドくんは、固有魔法の兆しが見受けられているそうですね」

 

「へえ、それは優秀だねえ。結構結構」


 相手が嗜好の、対象外であるためか。


 言葉ほどの関心を示さず、受け流そうとするソラに対して。


「でもたしか前回の勇者召喚は、〈聖恵〉様の実験的な試みで、史上初の『二名同時召喚』に成功したんですよね?」


 情報収集に余念のないジュドとしては。


 教会で厳重に匿われている転生勇者の貴重な情報を、見逃すわけにはいかない。


「では、もうひとりの勇者様は?」


「女性のほうは、男性に比べて少しばかり難儀しているらしいですね。しかし才能は凄まじいそうなので、あとは精神的な問題だというのが、教育係からの見解です。まあそれは、時間が解決してくれるでしょう」


 予めその流れを想定していたのか。


 ジュドの質問に澱みなく答えたアマタは。


 そこで一度、言葉を切って。


 こちらはとくに、興味もなさそうに。


 整えられた口髭を弄んでいた、ソラに視線を向ける。


「そして……悪い知らせは、その二名の勇者を教会は、どうやら近々新たな八輝聖として、迎え入れる意向のようです」

 

「へえ、そうなんだ。それは御愁傷様」

 

「……ええと、それはつまり、教会は行方不明者の聖人捜索を、断念したということですか?」


 重要な話題を、いとも容易く流そうとするソラを、阻止せんと。


 あえてジュドが、口に出して確認したように。


 現状の八輝聖において、実質的な空席は、代行の〈聖骸〉が座していたひとつだけであり。


 その席がもうひとつぶん、空く予定があるということは。


 すなわち現状の席がひとつ、欠ける可能性を示唆していた。


 そして今の時点で。


 可能性がもっとも高い人物といえば……


「……あの〈聖拳《正義馬鹿》〉が、死んだ?」


「断定は致しかねます。しかし捜索部隊が現場の状況から、そのような結果も視野に入れるべきだと打診してきたようですね」


 ジュドの脳裏を過ぎるのは。


 いつだって暑苦しく、独善的な正義に浸っており、口よりも拳で語りたがる、考えなしの馬鹿者であるが。


 一方で情に厚く、己の信じる義のためには尽力を惜しまない、戦士としては尊敬できる一面を備えた、義侠人であった。


 現に彼がこうして、消息不明となった浄火軍の作戦とは。


 数年前に同じく消息不明となった聖人の、捜索任務だったと耳にしている。


 本来であればそんなものに参加する必要のない彼が、わざわざ僻地にまで足を運んでいた理由を想像して、その結果を鑑みると、さほど彼とは友好的な関係ではなかった〈聖天〉であっても、思うところがないわけではない。


「はっ。まあ手間暇をかけて召喚しないと数を補充できない勇者(僕たち)と違って、失ってもまた覚醒者が現れる可能性がある聖人の扱いなんて、そんなもんさ。おチビちゃんもそのあたりの分別は、ちゃんと弁えておいたほうがいいよ?」


 かつて、教会の最高権力者である教皇にすら噛み付いて。


 溺愛する聖人の消息不明認定を、取り下げさせようとした勇者は。


 当時の想いを思い出したのか、ありありと、その顔に不快感を浮かべていた。


「んで、議題はこれで終わりかな? 僕もう飽きちゃったから、帰っていいかい?」


「本当ならまだまだ語るべきことはあるのですが……ひとまず、貴方の耳に入れておいてほしい情報はそれだけですね」


「んじゃま、お疲れちゃんちゃん、バイバイちゃん。またね〜」


 そう言って。


 ひらひらと、手を振りながら。


 あからさまに興が削がれた勇者が、聖卓の間から退出していく。


 その姿を、藍に変えた瞳で見つめながら。


「……一番最後に現れて、最初に退出とか、とことん勇者様は、常識に捉われないお方ですね」


「ははっ。いやはや、返す言葉もありませんねえ」


 ボソリと零された、聖人の皮肉に。


 残された勇者が、苦笑いを浮かべるのであった。



【作者の呟き】


ママ「……くちゅんっ。なんでしょう、悪寒が……???」


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