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第二章 【56】 花嫁

〈オビイ視点〉


(……よかった、なんとか間に合った!)


 ヒビキの前から姿を消した、この一週間余り。


 女族長や、知人の女蛮鬼たちに口止めをしてまで。


 オビイは相棒である銀狼を伴って、魔界樹の影響により未だ魔生樹が活性化している大森林にこもって、ひたすらに魔獣を狩り続けていた。


 理由は……もちろん。


 今日、この日のために。


 この『花捧げの儀』に、準備を間に合わせるためである。

 

「お姉さまっ!」


 大声をあげて、人垣を割り。


 最低限の身だしなみこそ整えたものの、狩りから戻ったばかりのため、あちこちに魔獣の青血や生傷を刻んだまま。


 それでもたわわに実った、胸を張って。


 凛と力強く、まっすぐに。


 衆目のなかを歩む赤髪の女蛮鬼に声をかけてきたのは、彼女の隷妹である森鬼ドルイドである。


「さあお姉さま! これを!」


「……ん、ありがとう、シュレイ。ポチマルを頼む」


「……グルルルルウ……ワンワン! ワンッ!」


「こら、ダメでありますよ、ポチマル! 土壇場で駄々を捏ねずに、覚悟を決めるであります! お姉さまの門出でありますよ!」


「……クルルルル……キュウウウウン」


「ふふ、ありがとうポチマル。だが心配は無用だ。行ってくる」


「行ってらっしゃいませ、お姉さま! 新たなる花嫁に、神樹様の祝福を!」


 最後まで、彼からすれば娘同然に見守ってきたオビイを、心配しているのか。


 渋ったものの、最後は大人しく隷妹に引き取られていった銀狼に、感謝の笑みを捧げて。


「オビイ! 別にアンタに、負けたわけじゃないかんね!」


「でも一番乗りは、認めてあげるよ! おめでとう、オビイ!」


「おめでとう! 新たな大戦士と、花嫁に、祖霊と聖霊の祝福を!」


「アタイらが閨に行けるようになるまで、しっかりとヒビキくんの体調、管理しといてよね!」


「……ああ、ありがとう、みんな。感謝する」


 儀式の場に向かう道中で。


 毎朝の鍛錬を通して、今やすっかりと心を通わせた、女蛮鬼の少女たちから祝福を浴びながら。


「おめでとう」「おめでとう、オビイ」「アンタなら、まあ、とりあえずは納得だよ」「少なくとも他の大戦士様たちよりは、しっかりと種婿様を支えてくれそうだしね!」「おめでとう、オビイ! 本当におめでとう!」「きっと森に還った母上も、アンタのこと、祝福しているよ!」


 それ以外の顔馴染みからも。


 様々な祝福を、捧げられて。


(ああ……オレは、幸せ者だな。こんなにも多くの同胞から、祝福されて、認められて、女蛮鬼として、これほど誇らしいことはない!)


 そうした『今の自分』に至るための、契機を与えてくれた男に対する。


 溢れんばかりの愛情が、胸の奥から溢れ出てくる。


(すでにオレは、お前から、多くのものをもらった。与えられた。救われてしまった。だから今度は少しでも、オレが、己の存在全てをもって、お前の愛に報いる番だっ!)


 別に彼は、それを望んでなどいないかもしれないが。


 もはやそれ以外の選択肢が思い描けないほどに、オビイの心は染まっていた。


 圧倒的で。


 情熱的で。


 狂信的な。


 愛と呼ばれる感情に、溺れきっていた。


 だから。


「……族長様、ご確認を」


「うむ」


 儀式場に辿り着いて、まずは。


 背負っていた背嚢の中身……この一週間をかけて蒐集した、大戦士として認めてもらうための、魔獣の討伐部位……を、レイアに確認してもらい。


「……良し、委細問題なし! よって妾の名、レイア・メラ・エステートの名をもってして、ここに新たなる大戦士、オビイ・メラ・ライヅの誕生を認めようぞっ!」


「「「 うわあああああっ!!! 」」」


「……ちょ、ちょっとちょっと、レイア様、それは流石にズルくない!?」


「オビイも力技が過ぎるし! 職権の濫用だーっ!」


「あっははは! 諦めな、馬鹿姉妹ども! これはオビイのほうが、一枚上手さね!」


 それを見守っていた女蛮鬼たちから。


 数多の賞賛と、羨望と、高揚と。


 一部の困惑や嫉妬を浴びつつも。


「……え? うえ? え?」


 ただひとり。


 事態を飲み込めていない様子の豚鬼に。


 そんな慌てふためく態度すら、愛おしく感じながら。


「いちおう……説明しておくと、女蛮鬼の大戦士とは、この森里において様々な権限が与えられるのだが、そのなかの一つに、種婿の『優先権』というものがある。これはただの一度きりしか使用できないが、それを行使すれば、他の大戦士たちによる先約すら無視して、望んだ種婿との一夜を過ごすことができるものだ」


「は、はあ……?」


「ひっひっひ。そしてヒー坊や。この森里を統べる妾の記憶が確かなら、今の森里に、その『優先権』を保持しとる者は存在せん。たった今、大戦士となった、そこのオビイ以外はのうっ♪」


「はあ……そ、それで?」


「つまりお前の種婿としての初夜は、オレのものだ」


「そしていかに一族の間で共有される種婿とはいえ、初夜を共にした花嫁は、偉大なる男を里に迎え入れた者として、それなりの優遇を受ける。まあ平たくいえば、正妻扱いといったところぢゃのう」


「……」


「だから……まあ、安心しろ。オレが傍に居る限り、お前が種婿という立場を失うことはない。そしてオレは決して、お前の傍を離れない」


「くふふふっ。オビイや、『離れられない』の、間違いではないかや?」


「……ふっ、そうだな。いや、その通りだ」


「っ!?」


 流石にこの場の空気に、当てられているのだろう。


 普段な口にできない思いを、すんなりと言葉にして。


 驚き目を剥く豚鬼に、やはり愛しさを覚えながら。


「だからお前のことは、オレが責任を持って、幸せにする。だからオレを……お前の、花嫁に、迎えてくれるか?」


「え? え? えええ?」


「……」


「これヒー坊、しゃんとせんかっ! 女が覚悟を決めておるのぢゃ、男なら黙ってそれを、受け入れぬか!」


「あ、あっ、はい! こちらこそ、ヨロシクオネガイシマス……?」


「――っ! ああ、こちらこそだ!」


 そして、シュレイから手渡された花編みの首飾りを。


 愛しい男の首に、かけながら。


 衆目の眼前にて。


「「「 きゃあああああ〜〜〜っ♡♡♡ 」」」


 オビイは己の唇を、目の前のそれに。


 重ね合わせたのだった。


【作者の呟き】


 これにて第二章は終了です。


 今回のメインヒロインである鬼娘ちゃんはとっても想い(込み)が強い一途な子なので、きっとママとは違うベクトルで、主人公を幸せ(?)にしてくれるはずっ!

 

 そしてこのあとは間話を3つほど挟んで第三章へと移行するつもりですが、何か一話ぐらい番外編を挟んでもいい気がしますので、こんなエピソードが見てみたいというご意見やご感想があれば、伝えていただけると作者はとても喜びます。


 それではもうしばし、お付き合いをば。


 m(_ _)m

 

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