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第二章 【17】 新生活④

〈ヒビキ視点〉


 じきに、中天まで到達しようとする太陽が。


 亜熱帯気候の大森林を見下ろして。


 燦々と降り注ぐ強い日差しが、森で活動をしている者たちに、じっとりとした汗を滲ませていた頃合いである。


「……なるほど。それは大変でしたね」


「いやほんと、参っちゃうよな」


 そうした者たちとは対照的に。


 女蛮鬼の族長が住まう、平屋敷の一室においては。


 木窓から差し込む陽光と。


 壁棚に並ぶ薬草の匂いに満ちた部屋の中で。


 気の置けない様子の少女と豚鬼(オーク)による、朗らかな会話が弾んでいた。


「ですがママとしては、ヒビキくんがそうして困らされてしまうのはちょっぴり……そう、ほんのちょっぴり、思うところがないわけではないのですが、それでも女性にモテモテなのは、母親として素直に喜ばしく思いますよ?」


「そうかなあ? なんか珍獣扱いされているだけな気もするけどなあ……」


「……ふふ、そんなことありませんよ。ヒビキくんはこんなにも、カッコいい男の子なのですから、そうした反応は当然です。むしろ今までが、不遇すぎたのですよ! なんならこのままいっそ、ハーレムでも作ってしまいますか?」


「いや作らねえよ!? っていうか実の母親がハーレム容認って、それってどうなの!?」


「……? ですが、勇聖国(エリクシス)に召喚された勇者たちは皆、男性でも女性でも、喜んでハーレムを形成していたはずですよ……?」


「うおおおおい転生者どもおおおおおっ! 少しは自重しろおおおおおおっ!」


「それに王国や教会としても、そうして都合のいい異性で囲っておいたほうが、色々と誘導しやすかったようですし……」


「……う〜ん、異世界ハーレムの舞台裏、世知辛えなっ! やっぱり俺は、ハーレムはいいわ!」


「あらあら、ヒビキくんは素質ありそうなのに、勿体ないですねえ……」


 クスクスと。


 言葉ほどに残念そうではなく、微笑むのは。


 部屋に敷かれた、寝具の上で。


 寄り添うヒビキに、身体を支えられながら。


 上半身だけを起こして会話をする、白髪紅瞳の少女、マリアンであった。


 勇聖国を脱出する直前までは、くるぶしに届くほど長く伸ばされていた白髪は、今は短く切り揃えられて、彼女に新たな魅力を添えている。


 身に纏っているのは以前と同じ、白装束であるものの。


 現在のそれは、彼女の現状を端的に表すものでもあった。


(相変わらず……ちっせえ、身体だなあ)


 半身を起こす少女の、背中に手を添えながら。


 手のひらに感じる熱や重さを感じる度に。


 ヒビキの中にじくじくとした、疼痛が生まれる。


(ちゃんとメシ、食えてんのか? 先生は心配ないって言ってくれてるけど、病人食ばっかじゃ腹は膨れても気が滅入っちまうだろうし、肉体だってちゃんと動かさずに魔力循環だけだと、維持には限界があるもんなあ……)


 そうした様々な不安を契機として。


 脳裏に去来するのは。


 かつて勇聖国で自分が行った、数々の愚行と。


 それでも息子を見捨てることをしなかった、母親の愛情。


 そして今も、こうして彼女を蝕んでいる、呪詛魔法の原因となった、聖浄騎士との戦いである。


(……クソっ。あのとき俺が、もっと上手く立ち回れていたら……っ!)


 無論、あのときのヒビキは。


 その場その場に置いて、自身にできる、最善を選んでいたつもりである。


 しかしそれでもこうして過去を振り返れば、あれはこうすればよかった、あれはもっと上手くできたんじゃないかと、次から次へと湧いてくる自己批判が止まらない。


 そしていつも。


 そうした負の思考の行き着く先は。

 

(少なくともコイツを、こんな状態にまで追い込むことは、避けられたんじゃねえのかよ……っ!?)


 目の前の小さな身体を蝕む、呪いの正体。


 現在進行形で彼女の肉体と精神を蝕んでいる、特殊な呪詛魔法に起因した、自責の念であった。


(俺の所為で、マリアンはこんな辛い目に……っ!)

 

 それこそ――本来であれば。


 マリアンという少女は。


 その幼く可憐な見た目に反して、ヒビキの師匠にすら匹敵する規格外の存在であり。


 当然ながらあのとき対峙していた聖浄騎士など、余裕で圧倒できるだけの力量を、有していたはずなのだ。


 それなのに――彼女は。


 間抜けにも敵の手に落ちてしまっていた、自分なんかを救うために。


 自ら翼を引き千切り、地に落ちて。


 猛毒をその身に宿すことを、受け入れてしまったのだった。


 それによってマリアンは魔力を制御することができなくなり、彼女の代名詞でもあった稀有な空間魔法はおろか、その他の簡単な魔術すら、使用することが不可能に陥ってしまっている。


 できることといえば、精々が。


 体内に魔力を巡らせて、肉体の小康状態を保つ程度のこと。


 それでも手足はほとんど麻痺した状態であり。


 自らの足で立つことはままならず。


 少しでも体力と魔力を回復させるために、一日の半分以上を、寝て過ごしている状態だった。


 そのうえ起きている時間も大半は、薬草や魔力を用いた治療と、瞑想による魔力循環を用いた肉体維持に充てられているため、今のマリアンに許された人間らしい時間など、こうした二時間程度の面会時間だけだと、彼女の主治医からは聞き及んでいる。


(そんな貴重な時間を毎日、俺なんかを相手にして使い切っちまっていいのかって気はするけど………先生が、それが一番の特効薬だって言ってくれてるしなあ……)


 少しでも、患者の心身を癒すために。


 遮音魔法が施された部屋の外で待機してくれている、老齢の治癒士の配慮に感謝しつつ。


(……クソッ、歯がゆいな! 俺にもっと、知恵や力があれば……っ!)


 ヒビキの胸中に広がるには。


 苦過ぎる、悔恨や苦悩の感情であり。


 仮にもし、自分が物語に出てくる英雄や。


 それこそ世界を変えたとされる、勇者などであれば。

 

 もっと早く、効率的に、的確に。


 彼女を蝕む、特殊な呪詛魔法を解呪するために必要な魔道具や魔術士を、用意できたかもしれないのに。


 たとえどれだけそれを望んだところで。


 現実として。


 今のヒビキは、かつての師匠の偉業と、女蛮鬼の温情に縋ることしか能のない、無能な豚野郎であり。


 今さらどれだけ過去を悔いて、足掻いたところで。


 現状を劇的に変えることなど、できはしなかった。


(……ああクソっ、情けねえ! 俺はいつだって、誰かに何かをもらってばかりだ! 全然、何も、それを返すことができちゃいねえ!)


 そのような、無様で無能な無用者が。


 はたして、生きている価値などあるのだろうか。


 こんなにも偉大で素晴らしく慈悲深い、母の子であることが許されるのか。


 こうして彼女と触れ合うたびに、温かな気持ちに満たされる一方で。


 ヒビキの心には鬱屈したドス黒い感情が、おりのように堆積していく。


「……大丈夫ですよ、ヒビキくん」


 そうした豚鬼の胸中を。


 すべて、見透かしたように。


「ヒビキくんはちゃんと、頑張っています。この世界のみんながそれを否定したとしても、ママだけはちゃんと、それに気づいていますからね」


 こんなにも軽く、華奢で、今にも折れてしまいほど弱々しいはずなのに。


 自分などよりももっともっと、辛い目に遭っているはずなのに。


 それでも。


 どこまでも力強く、はっきりと。


 躊躇いや不安など欠片も感じさせずに。


 絶対の自信を微笑みに添えて。


 腕の中からヒビキを見上げる少女は、そのように断言したのだった。


【作者の呟き】


 ママは不動の正妻なので、側妻がいくらいても気にしないストロングスタイルです。 

 

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