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第二章 【09】 腕試し②

〈ヒビキ視点〉


「……ぶえっくしょん!」


 潰れた豚鼻を、豪快に鳴らして。


 女蛮鬼アマゾネスの森里に、豚鬼のくしゃみが響き渡った。


(……おっかしいなあ。風邪でも引いちまったか?)


 彼が今いるエステート大森林は、亜熱帯気候である。


 降り注ぐ日差しも。


 肌に感じる空気の湿度も。


 風が孕んだ芳醇なる木々の香りも。


 すべてが数日前までいた勇聖国(エリクシス)とは勝手が異なるため、慣れぬ気候に体調を崩してしまった可能性は、十分にあった。


(チクショウ、冗談じゃねえぞ。せめて今日一日くらいはもってくれよ、俺の身体)


 己の体調に、若干の不安を抱きつつ。


 入念に体をほぐすヒビキは現在、森里の中心部にいくつも設けられた、訓練場の一つにいた。


 対人訓練を目的するその訓練場は、広さが直径十メートルほどであり、外縁部を木製の柵がぐるりと囲っている。


 何十年……下手すれば何百年と。


 数えきれない女蛮鬼たちによって、踏み固められてきたのだろう、真ったいらとなった硬い地面の上で。


 この大森林に転移してきて、二日ほど。


 寝たきり状態だったというヒビキは。


 女族長との対談の後で、ひとまずの療養をとらせてもらい。


 その翌日となる大森林生活三日目の本日は、こうして訓練場に赴いて、すっかり鈍ってしまった身体に喝を入れている最中であった。


(……にしても、いきなり対人戦で実力を示せとか、レイアさんも大概無茶振りだよな)


 先日の、女族長やオビイを交えた対談において。


 ひとまず『これまでのこと』を話し終えたヒビキは。


 相談相手であるレイアから『これからのこと』についての、指針を与えられてた。


 端的に言うならそれは。


『――おぬし、女蛮鬼(アマゾネス)種婿たねむこになる気はあるかえ?』


 などと、彼女から告げられた言葉通りに。


 ヒビキが実力を示し。


 女蛮鬼たちに認められて。


 彼女たちから一目おかれる『種婿』になることに、集約されていた。


種婿たねむこ、ねえ……まさか異世界で豚モドキに転生して、目指すのが種馬たねうま野郎とか、マジ笑えないんだけど)


 とはいえど。


 この森里を統べる女族長の、説明によると。


 種族特性として女しか生まれない女蛮鬼アマゾネスは、本能的に、強い雄の子種を欲しており。


 大森林に足を踏み入れた男たちを積極的に試すことなど日常茶飯事で、ときにはわざわざ故郷を離れ、遠い異国の地に赴いてまで、優れた子種を追い求める種族なのだという。


 それゆえに、女たちは。


 強き子種を授けれくれる雄を共有することに、抵抗がない文化を形成していた。


 種婿とはそうした彼女らに価値を認められて、一族の共有財産として花嫁(アマゾネス)に種を蒔くことを許された、正真正銘の種馬を指す言葉であるという。


 そして、そのような。


 女たちに『利益』を与える立場であればこそ。


 逆説的に彼女たちから『利益』を享受しても、なんら不満は挙がらないというのが、女蛮鬼を束ねるレイアの見解であった。


(現状、今はお情けでレイアさんのお世話になってるけど……いつまでもそれに甘えきりってわけには、いかないからな)


 何よりも。


 勇聖国エリクシスにおける、愛憎に狂った聖浄騎士クルセイダーとの戦いにおいて。


 自分という足手纏いのために。


 本来の実力を発揮することができず。


 致命的な呪詛魔法を刻まれてしまった、ヒビキの母親は。


 あれから数日を経った今でも、その小さな身体には、彼女の妄執じみた呪詛が色濃く刻み込まれていた。


 森里に滞在している、治癒士ヒーラーたちの手によって。


 現状の維持はできていても。


 回復までは望めずに。


 今も床から起き上がれない状態でいる彼女の姿を思い浮かべるだけで、ヒビキの胸は、張り裂けそうなほどの痛みを覚えてしまう。


『――治癒士たちの見立てによると、やはり母君にかけらた呪詛魔法は尋常なものではなく、現状でそれを取り除くのは困難のようぢゃ』


『――如何なる方法を取るにせよ、問題の解決には、相応の時間がかかることを覚悟しといたほうがええ』


 ヒビキ自身も、実際に。


 彼女を蝕んでいる呪詛魔法を、身をもって体験しているので、レイアの見立てに不満を覚えることはない。


 むしろ、もとより困難は覚悟の上だったとはいえ。


 不完全な転移魔法によって見知らぬ土地に放り出された自分たちが、このような厚遇を受けられていることに、感謝をしなければいけないくらいだ。


『――とはいえ母君の看護に皆の力を借りる必要がある以上は、種婿(テッシン)殿の関係者というていと、妾個人の温情だけでは、限界がある』


『――ヒー坊がこの里で長期的な母君の治療を望むのであれば、やはりおぬし自身が彼女らに認められて、助力を得る必要があるのぢゃよ』


 勿論、レイアには彼女なりの。


 一族を率いる女族長としての、思惑があるのだろうが。


 そうして示された提案は、この地における名声も財産も信用もないヒビキにとっては、まだしも現実的なものであるために。


 他に代替案が、思い浮かばない以上は。


 それに賭けて、行動を起こすしかない。


(んでもって、女蛮鬼の種婿として認められる条件は、みっつ。三名以上の大戦士による推薦と、族長の認可。あとは森里(ここ)で定期的に行われる祭りで自分の力を示して、女蛮鬼から実際に花嫁を迎え入れることだっけ?)


 幸いにして。


 次に開かれる女蛮鬼たちの祭事が、およそ一ヶ月後に控えているため。


 すでに族長への顔通しが済んでいるヒビキが、それまでに得なければならないのは。


 自分を推薦してくれる大戦士たちの信頼と。


 こんな醜い自分を種婿に選んでくれる、奇特な女蛮鬼の花嫁であった。


(……前者はともかく、問題は後者の花嫁だよなあ)


 今更、確認するまでもなく。


 今世における自分の姿は、前世の価値観では非常に凶悪かつ醜悪としか思えない、不細工な豚鬼である。


 しかも童貞で。


 そのうえ要看護が必要な母上持ち。


 さらに一番問題なのが。


(本当なら、唯一のアピールポイントになってくれそうな俺の『相棒』が、ずっと眠ったまんまなんだよなあ……)


 ヒビキの肉体が、純粋な生物のそれではなく。


 勇聖教会によって造られた人造生命体(ホムンクルス)であるためか。


 はたまた身長こそじきに百八十センチに迫り、外見年齢が十代の半ばを超えているものの、しかし実年齢は半分以下の七歳ほどである所為なのか。


 詳細は不明だが。


 とにかくヒビキの有している、見た目だけは大層ご立派な男性としての象徴(シンボル)は、いまだに目覚ることなくて。


 呑気に微睡んでいる様子であった。


(おかげで寝込んでいた間も貞操は無事だったみたいだけど……このまま肝心なときにまで使えないってんじゃ、話になんねえんだよ。マジでこの身体、脱童貞のハードルが高すぎねえ?)


 このような自分を産み育ててくれた、偉大なる母親に、文句をつけるつもりは欠片も無いが。


 それでも超えなければならない壁の、あまりの高さに。


 つい眩暈を覚えてしまう、豚鬼であった。


(……とにかく、今はできることを一つずつ、片付けていくしかねえよな)


 入念な準備運動(ストレッチ)で、身体をほぐす、片手間で。


 思考をまとめつつ。


 目標と、必要な手段と手順を再確認した、ヒビキは。


「……うっす、お待たせしました」


「おうよ」


 同じ訓練場の反対側で、対峙するように。


 先ほどから自分に熱い視線を送っていた女蛮鬼に、改めて向き直った。


「随分と、焦らしてくれるじゃないさね、ボウヤ。あんまりすっトロいと、女に嫌われちまうよ?」


「準備が丁寧なんだと、言ってくださいよ。それともハミュットさんは、雑なやり方のほうがお好みですか?」


「ははっ、違いないねえ! 少なくとも肝っ玉のほうは太いみたいだから、あっちのタマも見掛け倒しじゃないことを、期待させてもらうよ!」


「ええ、それは保証しますよ」


 はやくも、女蛮鬼たち独特の。


 品のない言動に慣れ始めている、豚鬼を前にして。


 上機嫌に笑うのは、ハミュット・メラ・バインツ。


 身長百八十センチ近いヒビキをゆうに上回る、百九十センチを超える上背と、迫力(ボリューム)のある焦茶色の編み込み髪(ドレッドヘアー)が特徴的な、女蛮鬼の大戦士である。


 背丈こそ、見上げるほどに高いものの。


 露出の多い民族衣装を纏う肉体は、見事なまでに引き締まっており。


 鈍重な印象など微塵も感じない。


 この森里に住む女蛮族において、戦士階級以上と認められた者に刻まれる刺青の他にも、身長相応に大きく膨らんだ彼女の胸元には、雄々しい猛牛の姿が見てとれた。


 荒々しく豪快な見た目の、偉丈『婦』とでも表現すべき女蛮鬼は。


「……だけどまあ、いつまでもくっちゃべってても、仕方ないさね」


 ひとしきり、笑い終えた後で。


 頬傷が残る顔に、暴力の気配を滲ませて。


「野次馬どもも待ちくたびれるみたいだし、準備ができたんなら、そろそろおっぱじめるとするかい?」


「はい。それではよろしく、お願いします!」


 前傾姿勢で、戦い気配を滲ませるハミュットに。


 ヒビキもまた、ライヅ流の構えを以て、応じるのであった。


【作者の呟き】


 ハーレムタグさん「運命には逆らえぬよ」


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