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第二章 【08】 腕試し① 

本日も張り切って、六話更新いたします。

〈レイア視点〉


 レイア・メラ・エステートが束ねる女蛮鬼(アマゾネス)の森里を有する、エステート大森林。


 このタイラナ大陸における大国のひとつ、鬼帝国クラウンの版図においても有数の魔力溜まり(マナスポット)であるそこは、魔獣素材の源泉である魔生樹が大量に繁茂する宝庫として知られており。


 それら森に巣食う、魔生樹の量や質を管理して。


 定期的に魔獣を狩り、素材を国に納めることで。


 鬼帝国から一定の自治権を認められた少数民族が、この魔獣ひしめく森林地帯には、数多く存在していた。


 レイアはそうした、森に居を構える独立民族のなかでも。


 とくに大きな影響力を有する女蛮鬼を、率いる立場であった。


「……ふむ。やはり皆、気になっておるようぢゃな」


 シャラシャラ、と。


 亜熱帯気候の湿度が高い風の中でも、手入れの行き届いた銀糸の髪を、涼しげに靡かせて。


 悠然と眼下を睥睨する、女族長……レイアは。


 魔力過多による成長阻害のせいで、容姿こそ幼いものの。


 すでに一世紀近い歳月を刻んだ銀の瞳は、深い知性の輝きを宿しており。


 肉体は瑞々しさを保ちつつも、熟れた色香を醸していた。


 肉体美を誇りとする女蛮鬼たち特有の、露出が多い民族衣装と、黄金や宝石を用いた様々な装飾品が、実年齢に反して未だに水を弾く女族長の褐色肌を、豪奢に彩っている。


「まあ、あれだけ派手な登場をした、豚鬼(オーク)ですからね」


「それを今までレイア様が独り占めしていたのですから、衆目を集めるのは当然ですよ」


 そんな女族長は現在、一族の女蛮鬼や、彼女たちにつかえる隷妹れいまい隷夫れいふなどの他種族を含めた、三千人規模からなる森里の中央広場に足を運んでおり。


 自治権と引き換えに課せられた。


 魔獣討伐という役目を果たすために。


 日々の研鑽を欠かせない同胞たちのために設けられた訓練場には、戦士階級以上の女蛮鬼たちが、多く集まっていた。


「これこれ、メメ。それにトトよ。揃いも揃って、なんぢゃ、隠していたなどとは人聞きの悪い。優しい優しい妾が、傷ついた旅人を、善意で介抱しておっただけぢゃぞえ?」


「でもレイア様、ビッキーが意識を失っている間、ここぞとばかりに弄んでいましたよね?」


「ビッキーが無抵抗なのに付け込んで、あんなことやこんなことまで……」


 数十年に渡る、流浪の旅路を経て。


 この地に辿り着いた女蛮鬼たちが。


 大森林に居を構えて数百年。


 森里の中心部に備えられた訓練場は、数え切れないほどの戦士を育み、彼女たちの血と汗を吸い込んできた、まさしく女蛮鬼の歴史そのものである。


 組み手や鍛錬用と、用途別に大小無数に設けられた訓練場を見下ろせる高見櫓(たかみやぐら)に、腰を据えたレイアに対して。


 それぞれ左右に控える、従者たちが。


 軽口とともに、巨大団扇で風を送っていた。


「いやらしい」


「ドスケベ」


 父親である獣人(ライカン)の血を、濃く継いでいるために。


 ギザギザとした歯が特徴的な、普段から左右対称(シンメトリー)の格好をしている双子の女蛮鬼が、交互に気安い口を利くと。


「かっかっか! それはまあ、役得ぢゃろうて!」


 悪びれもなく。


 いっそ己の所業を認めた女族長が、カラカラと笑う。


「レイア様、サイテーです」


「あれだけ頼りにしてるのに、ビッキーが可哀想……」


 少しばかり打ち解けた豚鬼の名を、愛称で呼びつつ。


 前髪で右目を覆い隠したメメと。


 左目を覆い隠したトトが。


 それぞれジト目を向けるものの。

 

「くかかっ、それを言うならおぬしらだって、好き勝手にヒー坊を抱き枕にしておったでないかえ?」


「そりゃしますよ。というかあんなご馳走を目の前に置かれて、手出ししない女蛮鬼なんて存在します? しませんよね? むしろいたら、正気を疑います」


「据え膳に手だししないとか、女蛮鬼の風上にも置けないですよ!」


「いったい何を、開き直っておるんぢゃか……」


 自分のことを、棚において。


 堂々と好き勝手なことを口にする双子従者に。


 主人であるレイアすら、呆れの表情を浮かべてしまう。


(ぢゃがまあ、こやつらの気持ちも、わからんではないがのう)


 なにせ、女蛮鬼とは。


 生まれながらの戦士であるからして。


 自分と同様に他者にも、強者としての矜持や立ち振る舞いを、求めてやまない女たちである。


 そんな彼女たちの厳しい審美眼をもってしても……


 いや、だからこそ。


 まだまだ成長の伸び代を残しつつも。


 現時点でも十分以上に鍛えられた、若き豚鬼の肉体は。


 彼女たちからすれば垂涎のご馳走に、他ならなかった。


「やっぱり、男は筋肉! それもただ鍛えているだけじゃなくて、しっかりと熟成されて練り上げられた、指が沈み込むほどに柔らかい特上のお肉とか、控えめに言って最高過ぎなんですけど!?」


「わかる。それにあの身体を作り込むために刻まれた、身体中に残る傷跡が、最高にセクシーなんだよね」


「それもわかる! もう手とか足の裏とかさあ、鍛え過ぎて変形して、節くれだってゴツゴツしてんの。あんなのもう、凶器じゃない? 卑猥すぎない?」


「マジでそれな。あんなもので肌を撫でられたら、そりゃ秒で濡れるってもんよ。むしゃぶられても仕方がない」


「ホントそれ! でもまあ強いて不満を挙げるなら……匂いが、ちょっと薄いかな?」


「あ、それはウチも思った。たぶんマメに水浴びしてんだろうねー。ウチ的にはもっと、ガツンとくる体臭の方が興奮するんだけど」


「だよねだよね! もっとガンガン肉食わせて、雄臭を濃くしてあげないとダメだよね!」


「でもでも、それ以外はガチでポイント高過ぎなだけど!」


「特に顔がイケメン過ぎる!」


「完全に同意!」


「あの力強い三白眼とか、逞しい豚鼻とか、ぶっとい鬼牙とか、バキバキの天然モヒカンとか、顔面力が強過ぎて濡れるわ、あんなの!」


「萌えの過剰搭載で誘ってんのかコノヤロウ! ってなるよね! じっさい!」


「あれは寝込みを襲われても仕方がない!」


「フェロモン強過ぎて、むしろウチらのほうが被害者まであるよ!」


「え? じゃあしっかりと、身体で償ってもらわないとね! 童貞一括払いで!」


「あははは! それサイコー! 天才! 女蛮鬼の鏡だよ、おねーちゃん!」

 

「これこれー。おぬしら、素がはだけてきておるぞー。もちっと本性を隠せー」


「「 はっ、申し訳ありません! レイア様! 」」


 などと。


 浮かれて盛り上がってしまった双子従者を、諌めるものの。


 斯様にして。


 一般的な感性はさておき。


 強さを史上とする女蛮鬼においては。


 上品に整ってはいなくとも、荒々しい美を宿した豚鬼の少年は、非常に魅力的な容姿として、好意的に受け止められているのであった。


(ほんに……ヒビキ坊のしもが、大人しうて助かったわい)


 意識を失った豚鬼が、目を覚ますまでの二日ほど。


 そのあいだ、ついに微動だにしなかった彼の下半身に、些かの不安を抱かないわけではないが。


 あれほど御立派な逸物が。


 ひとたび、元気に屹立してしまえば。


 経験豊富なレイアとて、己を律することは、難しかったはずだ。


 仮に自分が我慢できたとしても、世話を任せていた従者たちが寝込みを襲い、彼の貞操が本人も知らぬ間に蹂躙されていたことに、疑いの余地はない。


 遠慮の要らぬ罪人や、そのために存在する隷夫などが、相手ならともかく。


 恩ある御仁の関係者にそのような仕打ちなど、性に奔放とされる女蛮鬼の流儀に則ったとしても、流石に看過できるものではなかった。


(ぢゃからなんとか……こう……うまい具合に、ヒビキ坊のほうから、その気になってくれぬものかのう……)


 つまりこちらから、お手つきするのが、問題なのであって。


 あちらかの求めに応じるのであれば、問題ない。


 むしろ、誘わせる。


 そして童貞をむさぼり喰ってやる。


 徹底的にぶち犯す。


 そんな女蛮鬼としては、ごく当たり前の思考に、没入しかかっていたレイアであるが……


「……ですがレイア様。本当に大丈夫なんですか?」


「いくら彼でも、腕試しの相手があのハミュットというのは、少々酷というものでは……」


 すっかり外様向けの仮面を被り直した、双子従者によって。


 女族長の意識は、現実世界へと引き戻された。

 

 彼女たちの視線は、高見櫓から見下ろせる訓練場のひとつ。


 先ほどまで話題に上がっていた件の豚鬼と、それをゆうに上回るほどの背丈を有した大柄な女蛮鬼が対峙する、組み手用の訓練場に注がれていた。


 周囲にはすでに、多くの野次馬たちが群がっており。


 あの一角だけが、異様な盛り上がりを見せている。


「なんぢゃ二人とも。妾の采配が不満かえ?」


「いえ、別に、ビッキーが種婿に立候補するために、力を示すことに異論はないのですが……」


「その相手が大戦士である必要があるとしても、あの粗忽者なハミュットである必要は、ないのでは?」


 この森里において。


 女蛮鬼という存在は、大きく三つの階級に分けられている。


 もっとも数が多いのは、森に出て魔獣を狩る程度の力量を身につけた、戦士階級であり。


 次いで多いのが、年齢や負傷などによって、戦う力を持たない非戦士階級。


 そして一番数が少なく、しかし強い発言力を有しているのが、戦士たちの上澄み。


 レイアや双子従者を含む、大戦士階級の者たちであった。


 今ああして豚鬼と向かい合っているのは、そうした大戦士のひとり、ハミュット・メラ・バインツである。


 ただし、同じ大戦士階級の女蛮鬼に注がれる。


 双子従者の視線は厳しい。


「あの『暴れ牛』に腕試しなど、果たして務まりますか?」


「きっとレイア様の言いつけを破って、好き勝手に暴れますよ、アイツ?」


「うむう……その可能性は、たしかに否めぬのぢゃが……だって、仕方なかろう?」


 左右から、交互に投げられる。


 双子従者の不満を帯びた質問に。


 主人もまた、不服そうに口先を尖らせていた。


「ぢゃって、おぬしらも先ほど口にしたように、ヒー坊のことは、今まで妾が手元に匿っておったからのう。その事情や素性を知らぬ者たちからすれば、天聖樹の件も含めて、鬱憤が溜まっておるのぢゃよ」


 そうした者たちの溜飲を鎮めるためには。


 彼の力量を示す相手は、レイアの忖度や依怙贔屓などを勘ぐられぬように、自分の指示など聞かず好き勝手に暴れる自由人である必要があったのだ。


「あやつにも一応は、妾の意向は言い含めておいたのぢゃが……」


「いやあの猪突猛進女、レイア様の指示を忘れて暴走しますよ。絶対に」


「ウチらのとっておきの火酒、賭けてもいいです」


「……ぢゃよなあ」


 とはいえ、だ。


(ヒー坊が目的を叶えようとするなら、どのみち、己の力を示して自ら道を切り開かねばならぬのぢゃ)


 であるならば。


 性格はともかく、実力は皆が認めるところの大戦士を相手とした、此度の腕試しは、むしろ好機とも言えるはず。


(ヒビキ坊よ。精々妾たちの期待を、裏切るでないぞ?)


 不安と期待と興奮を抱いて。


 女族長の銀瞳が、眼下の豚鬼に注がれた。

 

【作者の呟き】


 ちなみに女蛮鬼の文化において、彼女たちの名前は『個人名』・『氏族名』・『父親の氏名』で構成されています。


 オビイ・メラ・ライヅの場合ですと、ライヅの父親を持つメラ族のオビイちゃん、といった感じですね。


 そして諸事情によって父親の氏名を名乗ることが許されない場合は、そこにエステートの名が与えられます。


 この場合は『エステート大森林に属する者』といったニュアンス。


 族長は代々それを継承しているので、例外ですね。


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