第一章 【25】 決断
〈ヒビキ視点〉
単独で、襲撃を仕掛けた際に。
偶然にも、浄火軍から鹵獲した。
魔道具による、通信傍受によって。
仲間である狐人……カエデの。
窮地を、嗅ぎ取った。
豚鬼の転生者……ヒビキは。
(頼む……思い過ごしで、あってくれよ!)
任されていた担当区域を、離脱して。
傍受した、通信の内容から。
増援を求めて移動する、浄火軍の捜索部隊の居所に、見当をつけつつ。
三十分ほども、森を駆け抜けた。
すると……
(……っ!)
到着した、目的地付近の。
手頃な木陰に、身を潜めつつ。
ヒビキが目にした、光景とは。
(カエデさん……っ!)
血に染まった左手を、刺突剣によって。
背後の樹へと縫い付けられた、狐人が。
露出過多な軽鎧の、女騎士に。
弄ばれている、場面だった。
「……きゃはははっ! んもう、ダメダメっ、ダあ〜メだよっ! 今さらだよお! 遅すぎだよお〜っ! 自決したいんなら、ここまでに何度でも、やるタイミングがあったよね? でもそれをしなかったのは、キミじゃないか。きゃはははっ! ざあ〜んねんっ、もう死なせてなんて、あげないよお〜っ♪」
特徴的な二股長髪を、左右に揺らして。
成熟した女性には、不釣り合いな。
幼子じみた笑いを漏らす女騎士が。
ヒビキの悪寒を、現実へと。
塗り替えていく。
(カエデさん……やっぱりアンタ、一人で、囮役を……っ!)
あの、冷静沈着なクノイチが。
如何なる理由で。
そのような判断に、至ったのか。
生憎と、頭の出来が良くない豚鬼に。
汲み取ることは、できないものの。
(……だったら!)
たとえ問題用紙が、解けなくとも。
答えだけは、決まっている。
間違っていても、揺るがない。
絶対に、仲間は見捨てない。
(……いやいや。まずは落ち着け、俺……)
とはいえ、このまま感情に任せて。
後先を考えず、突撃するのは。
あまりに愚策だ。
(カエデさんは、必ず助ける……でもひとつずつ、できることを、順番に、だ)
かつて、クノイチから授けられた。
助言を、思い返しつつ。
「……ぶふー」
深い、息吹によって。
激情を、排出したヒビキは。
浄火軍に気取られぬまま、一度。
その場を離れた。
同時に思考を、整理していく。
(これからやることは……俺の独断だ。それに師匠やアイツを、巻き込むわけにはいかねえ)
少なくとも。
此度の、転移魔法の本懐とは。
大和国の密偵たちの、帰還であり。
その中で、もっとも重要視されるのは。
一行の大将である、鬼人の大男……テッシンの。
安否であった。
だからこそ、ヒビキは。
これから行う、自分の好き勝手に。
テッシンを巻き込むことを、良しとは思わないし。
カエデとて、それは同じ気持ちのはず。
(となると……やっぱり、これは使えねえな)
戦闘の邪魔と、なるために。
背負っていた、背嚢を。
目印をつけた、森の茂みに隠しつつ。
ヒビキはそこに、自らの共鳴板も。
置き去りにした。
(……)
その際に。
ヒビキのことを、案じていた。
少女の顔が、思い浮かんだものの……
(……いや、こんな時にだけ、アイツに頼れるかよ!)
譲れない、ちっぽけな矜持が。
それを許さなない。
(これは俺が選択した、俺の問題だ。俺ひとりで、カタをつける!)
今一度、気を引き締めて。
身軽となったヒビキが、再度。
カエデを包囲する、浄火軍へと。
忍び寄っていくと……
(……なんだ、アレ? 仲間割れか?)
少し、目を離していた間に。
状況が、変化していた。
「……言えッ! 言え言え言えッ! どこだどこだ、何処にいる!? あの白豚は、どこに隠れてるんだよおッ!? ねえ、教えてよお! イジワルせずに、教えておくれよおっ!」
森に響き渡る、女の声は。
一層の、狂気を帯びており。
先ほどまで、嘲笑混じりに。
カエデを甚振っていた、女騎士が。
何故か、血相を変えて。
喉輪した、クノイチを。
激しく、詰問しているのだ。
「ちょっ……」
「おいあれ、不味くないか……?」
「し、神官様っ!?」
鼻息荒い女騎士の、不安定な言動に。
仲間である浄火軍も、困惑しており。
緊迫した空気の中で。
周囲に押される形で、飛び出した。
勇聖教会の神官らしき、青年が。
「ならば……致し方、ありませんっ!」
暴走する、女騎士に。
重ね合わせた、両手を向けて。
「……ダリアさん、恨まないでくださいよっ! 主よ、荒ぶる御霊を鎮めたまえ――〈主は沈黙を尊ばれる〉!」
「……んアアアアアあああッ!」
何かしらの魔法を、行使するなり。
悶絶した女騎士は、崩れ落ちて。
そのまま、動かなくなった。
(おいおい、なんだよ……仲間割れか?)
意味がわからない。
だが……
(……これは、チャンスなのか?)
もっとも危険視していた、女騎士が。
彼女を担ぐ、兵士たちとともに。
神官ごと、幌馬車の荷台へと。
退場したことで。
(これで、残ったのは……兵士と魔術士が、合わせて十人に……人造天使が、三体か……)
欲を言えば。
もう少し、数を減らして欲しかったが。
残念ながら、そこまで都合が良い展開を。
悠長に、待っていられるほど。
時間的な、猶予がない。
「……おい、最初から口を使うなよ」
「調教されてねえ野良は、平気で噛みつきやがるからな」
「面倒臭えなあ……いっそのこと先に手足、斬り落とちまうか?」
今、まさに。
獣欲に塗れた、ケダモノの魔手が。
力無く、地面に倒れ伏すカエデへと。
迫っているのだから。
(……行くか!)
迷いを捨てて。
覚悟を決めて。
ヒビキは、吠えた。
「……ぶッぎいいいいいっ!」
身体強化の魔能を、用いることで。
木々の合間を。
疾風の速度で駆け抜けながら。
下顎から鬼牙を生やす口から、放つのは。
魔力的な威圧を備えた魔技、〈咆哮〉である。
「……はあっ!?」
「な、なんだあの、豚野郎は!?」
「どこから現れたっ!?」
魔力を込めた威嚇によって、足が止まり。
慌てて振り返ったことで、ヒビキを発見。
動揺しながら、各々の武器を構えるまで。
都合、五秒ほども経過している。
颶風と化した豚鬼が、距離を詰めるには。
十分過ぎる、時間であった。
(まずッ、テメエからだッ!)
無防備な隙を、晒している。
間抜けな兵士たちの、なかで。
ヒビキが、一直線。
肉薄したのは。
「……んなッ!?」
横たわる、カエデの眼前で。
今まさに、下着を脱ぎ捨てた。
半裸の兵士である。
(くたばりやがれ、クソ野郎――〈衝波〉ッ!)
勢いそのままに。
半裸の兵士に、掌底を叩き込み。
貫通型の魔技を発動。
ズドン、と。
魔力が通った、手応えと共に。
内臓を骨ごと、押し潰した。
「ボハッ!?」
内側で弾けた、圧力によって。
致命傷を負った、兵士が。
鮮血を噴き出す。
(もういっちょッ!)
そのまま、流れるようにして。
後方に跳ねた、ヒビキは。
背後にいた、別の兵士に。
背中からぶち当たると。
(――〈圧壊衝波〉おッ!)
ズドオオオンッ!
放たれた、質量と魔力が。
兵士の全身を、粉砕する。
「ごポおッ!」
結果。
両者の間に割り込んだ、豚鬼を中心として。
左右に弾き飛ばされた、兵士たちが。
吐血しながら、吹き飛んで。
「なっ!?」
「……ぎゃっ!?」
さらに、それぞれの隣にいた。
べつの兵士たちを、巻き込みながら。
後方へと、倒れ込む。
(……チッ、仕留めきれたのは、二人だけか!)
手応えから。
巻き添えをくらった兵士たちは、すぐに。
戦線復帰してくると、予想がつくものの。
(まあ良い、今はこっちが優先だ!)
ヒビキは、追撃を選ばずに。
目の前のクノイチに、手を伸ばす。
「大丈夫ですか!? 生きてますか!?」
念の為、名前を伏したまま。
抱き上げて、声をかけると。
「……う……あ……」
弱々しいが、反応がある。
(……良かった。まだ、意識がある!)
ならば、迷うことはない。
「……逃げますよ。しっかり、捕まってください!」
「……っ!」
有無を言わさずに。
脱力したカエデを、肩に担いで。
脱兎の如く、遁走する。
「あ、あの豚野郎!」
「逃げるぞ!? 追え追え!」
「天使を飛ばせ! 絶対に逃すな!」
ヒビキの目的に勘づいた、兵士たちが。
慌てて、追撃を叫ぶものの。
「……こ……れを……」
「……っ! 了解です!」
さわさわ、と。
頬に触れる、狐尾の感触から。
以心伝心で、その根元に隠された。
小さな黒玉を、数個ほど。
取り出したヒビキは。
「オラあッ!」
黒玉から伸びる、特殊な導火線に。
魔力を注ぐことで、点火。
追い縋る、兵士たちの足元へと。
投げつけるなり……ボムッ!
ボワワアアア……ッ!
「……な、なんだこれは……煙幕!?」
「ゴホゴホッ! の、喉が……ッ!」
「あぎゃあああ目があああ! 沁み、沁み痛えええっ!」
瞬く間に。
黒玉から噴出した、黒煙が。
追手を、呑み込むことで。
内部から悲鳴が溢れた。
(キッツいだろ!? クノイチ特製の、痺れ煙幕はよお!)
魔力が存在する、世界においても。
人体に有害な物質は、やはり有害なわけで。
それらを数種類も、練り込んだ。
煙幕にて。
足止めをしているうちに。
(そのまましばらく、悶えてろッ!)
まんまと、ヒビキたちは。
森の中へと、逃げおおせたのだった。
⚫︎
それから、しばし。
撹乱を混ぜながら、森を駆けて。
浄火軍との、距離を稼いだヒビキは。
足を止め、肩に担いでいたカエデを。
あらかじめ、目印をつけておいた。
木の根元へと座らせる。
(よし、あったあった!)
隠しておいた背嚢を、回収して。
中から、取り出したのは。
表面にびっしりと、魔法文字が刻まれた。
杭型の、魔道具である。
「カエデさん、もう少しだけ我慢してくださいね!」
計六本となる、それらを。
自分たちを、中心として。
六芒星を、描くように。
順次、地面へと突き刺してから。
(手順は間違っていねえよな? あとは起動用の杭に、魔力を注げば……)
……ヴヴヴンッ、と。
魔道具に彫り込まれた、術式に従って。
半円状の、結界魔法が発動する。
(これでひとまず、探知魔法は防げるはず!)
魔獣狩りなどに用いる、この簡易結界は。
物理的な防御力は、ほとんどないものの。
魔力を隠蔽する効果を、有しているため。
浄火軍の追手を、欺くのに。
ないよりは、マシなはずだ。
「……うっ……くっ……」
「しっかりしてください、カエデさん!」
最低限の隠蔽を、施したヒビキは。
呻くカエデに、背嚢から取り出した薬草や回復薬を、手当たり次第に投与していく。
さらに流血が止まらない、傷口に。
止血効果のある、薬膏を塗りこんで。
治癒効果のる呪帯を、巻くことで。
ほんの少しだけ、カエデの瞳に。
生気が戻った。
「……ヒ、ビキ、殿」
「大丈夫ですか!? しっかりしてください! 今、師匠たちに連絡しますから!」
懸念が、現実となった今。
連絡を躊躇う、理由はない。
仲間たちに、連絡を取ろうと。
ヒビキが共鳴板に手を伸ばすと……
「……だ、駄目です!」
それを、静止したのは。
懸命に搾り出された、クノイチの声である。
「えっ? か、カエデさん……?」
「……敵の、狙いは……おそらく、マリアン殿、です。彼女を、こ、こに、呼んでは、いけません……っ!」
声音は弱々しく。
顔色も悪いが。
瞳には、意思が宿っている。
おそらくその言葉は、真実なのだろう。
「はあっ!? なんでアイツがっ!?」
「……わ、かりま、せん。……ですが、アレに……少なくとも、あの、聖浄騎士に……マリアン殿を、引き合わせるのは、危険、です……っ!」
「っ!? 聖浄騎士って、さっき、カエデさんを痛ぶってた、あのクソ女のことですか!?」
「え、ええ……あれの……武人としての、技量は……さほどでも、ありませぬが……戦闘力は、噂に、違わず……何よりも、あれは、凶悪なっ、呪詛士……かはっ!」
弱々しい、説明の途中で。
口から大量に、吐血して。
「カエデさん!?」
慌てたヒビキが、目を剥いても。
「もう、いいですから! ひとまず、休んでください!」
「……ヒビキ殿!」
カエデは、口を閉ざさない。
必死に、命を振り絞って。
情報を、伝えようとする。
「絶対に……彼奴から、攻撃を、受けてはなりません……できれば……戦闘、そのものを、避けっ、て、ください……っ!」
「……っ! だ、ダメですよ、カエデさん……そんな、諦めないでくださいよ! みんなのところに、一緒に、帰りましょうよ……っ!」
「……拙は、ここまで、です」
複雑な、表情を浮かべて。
腹に手を、添えながら。
ヒビキを見上げるカエデは、正確に。
現状を、理解していた。
「おそらく……この身を蝕む、呪詛は、通常の、方法では……解呪が、できません……であれば、足手纏いなど、切り捨てるが……戦場の、合理で……ございます……」
「んなこと、できるわけないでしょ! 絶対に、一緒に帰りますよ!」
「ヒビキ、殿ッ!」
血反吐を、飛ばしながら。
聞き分けのない子どもを、叱りつけるように。
あるいは。
不出来な弟分を、愛しむように。
クノイチは、目を細めて。
「初陣を、果たした男子が……そのような、面構えなど、晒すものでは、ありませんよ……?」
「……っ!」
果たして、今の自分が。
いったい、どのような表情を浮かべているのか。
ヒビキ自身には、わからない。
ただただ、胸の内から。
込み上げてくる、熱がある。
「……拙のため、渦中に、飛び込んできたこと……兵子としては、失格、ですが……正直、嬉しかった、です……」
「……っ」
「ですから……後生、です……この場で、拙を、介錯して……遺髪を、お館様に、届け――」
「――嫌ですよッ!」
だから。
命を振り絞った、懇願を拒否して。
「絶対に、嫌です!」
立ち上がった、ヒビキは。
拳を強く、握りしめる。
「なんで、そんなこと、言うんですか……っ! そんなこと、できるわけ、ないじゃないですか……っ!」
「何故、ですか……?」
「何故って、そんな……っ!」
言葉に詰まる、ヒビキを。
突き放すようにして。
淡々とカエデは、言葉を重ねる。
「……ヒビキ、殿。拙などは、所詮、主命に殉じて、散るが定めの、乱波者に、過ぎませぬ……貴方が、このような、無用な危険を、背負ってまで……助ける価値など、ないの、です……」
「……ッ、そんなことは、ありませんよ! だって俺は――」
すでに、貴方たちのことを。
姉のように。
家族のように、想っている。
それは紛れもない、本心なのに。
「――ッ、――あっ!」
それを、言葉にしようとすれば。
身がすくんで。
喉が詰まって、しまうのだ。
(……チクショウ、なんで!? なんで俺はいつも……ッ!?)
それは何も、今回に限った話ではなく。
これまでに幾度も、機会が訪れるたびに。
ヒビキは、大事なその言葉を。
口にすることが、できていないでいた。
そして、その理由など。
本当は。
自問するまでもなく。
わかっている。
わかって、いるのだ。
「……? ヒビキ殿……?」
「か、カエデさん、俺は、俺は……っ!」
怯えている。
恐れている。
ただ怖がって、萎縮しているだけ。
(……怖いんだッ! アンタらにまで、そうじゃないって、否定されることがッ!)
拒絶されることが。
認めてもらえないことが。
前世の母のように……裏切られる、ことが。
(俺は、怖いんだよ……ッ!)
前世における、ヒビキとは。
血の繋がった、実の母親にさえ。
捨てられてしまう程度の、人間だったのだ。
それが、今世においては。
とある実験の、失敗作で。
醜い、豚鬼の姿で。
そのうえ、今世の母親に対しては。
自分でもどうにもならない、感情によって。
非常識な態度を、とり続けているのだから。
こんなも、弱くて。
愚かで。
醜い、人間など。
誰かに、認めてもらえるはずがない。
望んだところで、受け入れてもらえるはずがない。
だからヒビキは、今日に至るまで。
六年余りを共にした、仲間たちに。
そうした心情を、直接。
吐露したことは、なかった。
そうした自己嫌悪が、足枷となって。
このような状況でも、大事な一歩を。
踏み出す勇気を、鈍らせている。
「俺は……俺っ……俺なんて……っ!」
「……」
そして、言葉にならない激情を。
何度も、吐き出そうとしては。
失敗を、繰り返す。
無様な豚鬼を、前にして。
「も、もしや……」
見るからに、重症で。
自分では立ち上がることすらできない、クノイチが。
声を、震わせていた。
「ヒビキ殿は……拙を、家族のように……想って、いるとでも、仰り、たいの、で……?」
「……ッ!」
瞬間、ヒビキの鼓動が跳ね上がった。
もし、ここでそれを否定されたら……
恥知らずな勘違いだと、笑われたら……
『――アンタなんて、産まなきゃ良かった!』
脳裏に。
かつての母親の言葉が、甦って。
(……ッ!)
身体が、強張ってしまう。
すると。
「……ふふっ」
押し殺し、損ねたような。
クノイチの、笑い声を耳にして。
ズクンッと、背筋が凍った。
(……ああ、やっちまった……っ!)
心臓が、ギュンと締まって。
ドクンドクンと、こめかみあたりが。
煩く動悸、するものの……
「……ふ、ふふ……ひ、ヒビキ殿……状況を、弁えて、ください……っ!」
「あ、いえ、すいません、俺はそんなつもりじゃ……」
「せ、拙を、しょ、笑殺される、おつもりですか……っ?」
「……?」
常に、沈着冷静なクノイチが。
珍しく、表情を崩して。
「……そ、そのようなこと、今更が過ぎる、『当たり前』では、ございませんか……っ!」
目尻に、涙を浮かべていた。
「……はい?」
漏れる声音に、嘲りの色はなく。
半死半生であるはずの、クノイチは。
笑顔を、浮かべている。
「……クククっ……よもや、未だに……そのようなことで、思い悩んで、おられたとは……」
「……」
「お館様に、良い土産話が、できました……全く、これを伝えるまでは、拙は……死んでも、死にきれないでは、ありませぬか……」
「えっ!? い、いや、つーか、だから死なないでくださいよ! 死んじゃ、ダメですよ!」
「ええ、ええ、そのよう、ですね……このように、手間のかかる『弟』を、残して、逝くのは……少しばかり、不安が、過ぎます……」
「……っ!」
相変わらずに。
顔色は蒼白で、あるものの。
先ほどよりも、確実に。
カエデの瞳には、生気が戻っている。
ヒビキの前世でも『病は気から』なる、格言があったように。
精神と魔力が、密接に。
結びついている、この世界においては。
心の持ち用とは、まさしく。
当人の体調に、如実な影響を。
及ぼすものだった。
「……お往きなさい、ヒビキ殿」
改めて。
言葉に、力を込めて。
「少々、弱気を見せて、しまいましたが……そうですね。拙は、お館様の、家臣なのです。このような、呪詛に……屈することは、ありえませぬ」
たとえそれが。
見え透いた、虚勢であっても。
今の彼女の言葉なら、信じるに値する。
ならば自分の、成すべきこととは……
「……カエデさん」
「はい」
「絶対に……二人で、戻りますよ。みんなのところへ」
だから、諦めるな。
先走るな。
一人で勝手に終わろうとするな、と。
念押しする、ヒビキに。
「……ええ。致し方、ありませんね」
観念したように。
カエデもまた、覚悟を決めて。
「男子が、肝を、据えたのです……ならば大和国の、女として、それを挫くような無様など、晒せませぬ……」
約束を、口にする。
「だから……絶対に、戻って、くるのですよ、ヒビキ殿?」
「ウッス! 任せてください、カエデさん!」
ドン、と胸を叩いて。
ヒビキもまた、力強く首肯した。
(状況は、何ひとつ好転していねえけど……)
感情で我を通そうとする、自分の身勝手に。
仲間を巻き込むことなど、できないし。
周囲に散っている浄火軍の追手は、臨戦状態だ。
戦闘の回避は、不可能だろう。
それでも。
(……なんか、負ける気がしねえな!)
ずっと、長い間。
胸中に堆積していた、薄靄が。
吹き飛ばされたかのように、清々しい。
思考が澄み渡っている。
「それじゃ、往ってきます!」
「……ご武運を」
ヒビキは、一片の迷いもなく。
森の中へ、飛び込んでいくのだった。
【作者の呟き】
ママ「……え? カエデさん? それ、私の役目では……?」




