第一章 【20】 浄火軍②
〈ヒビキ視点〉
(――行くぜっ!)
心の中で、叫びながら。
森の中を疾走する豚鬼……ヒビキの。
鋭い三白眼に、映るのは。
幌馬車に乗り込もうとする、浄火軍の基本戦力単位である、四人一組と。
馬車の荷台に着地しようとする、一体の人造天使であり。
人員の役割配分としては。
盾役となる、兵士が二人に。
支援を行う、術者が二人。
そして術者のうちの、片方は。
紅十字の刻まれた眼帯で、両目を覆い。
自ら視覚を、封じることで。
五感の一部を、対象と接続させた。
白い魔杖を握る、人造天使の使役者である。
(まずは、テメエからだっ!)
そうした一般兵たちの、基本戦術は。
かつて浄火軍に所属していたという聖人……マリアンから。
十分に、聞き及んでいる。
よってヒビキは、手始めに。
幌馬車の操馬席に、座ろうとする。
兵士の一人に、狙いを定めた。
「――んなっ!?」
森の中を、一直線に。
駆け寄ってくる、豚鬼の姿に。
狙われた兵士のほうも、気付いたようだ。
とはいえ、ここまで距離を詰めてしまえば。
もはや関係ない。
「て、敵襲――」
驚きに、目を剥いて。
叫ぼうとする、兵士に向かって。
「――ぶッぎイイイイイッ!」
ヒビキは勢いを殺すことなく、跳躍。
操馬席に座りかけていた、兵士の胸元に。
体重と、慣性と、魔力を込めて。
掌底を、叩き込んだ。
(――〈衝波〉ッ!)
同時に魔技を発動。
グチャリと、肉が潰れる感触と。
ズドンッと、魔力が『通った』手応え。
「ベボはあっ!」
奇襲を受けた、兵士の口からは。
大量の鮮血が、噴出。
そのまま、吹き飛ばされて。
隣にいた、もう一人の兵士に叩きつけられる。
(まず一人ッ!)
確実に致命の、一撃であるが。
しかしヒビキに、殺人に対する。
忌避はあっても。
躊躇いはない。
なにせこれまでの、潜伏生活において。
ヒビキたちは何度となく、この勇聖国の只人たちと、接触してきた。
そして嫌というほど、理解している。
生まれたときから、国家によって。
洗脳教育を施されてきた、国民に。
生半可な声など、届かないことを。
「な、なんだ!? この豚野ろ――」
むしろ下手な、情など晒して。
真人と名乗る只人たちに、捕まったとき。
果たしてその末路が、どのようなものになるのか……
実際に、目の当たりにしてきたヒビキには。
容赦などという感情は、存在しない。
(二人、目……ッ!)
吹き飛んできた、仲間によって。
視界を、塞がれたために。
反応が遅れた、もう一人の兵士に。
すかさずヒビキは、距離を詰めて。
幌馬車の操馬席で、拳を掲げ。
頭部に〈衝波〉を、叩き込む。
「――かピュッ!?」
質量と魔力による、二重の衝撃を。
頭上から、叩き込まれた兵士は。
頭部を胴体に、めり込ませて。
絶命した。
「……このっ、蛮族がああああっ!」
直後に、馬車の幌を突き破って。
無数の魔力矢が、飛来する。
(……っ!)
反撃を、予期していたヒビキが。
勢いよく、操馬席から飛び退くと。
目標を失った、魔力矢が。
兵士たちの死体の、頭上を通過して。
進路上に存在する、軍馬たちへと。
殺到した。
『ヒヒーンッ!』
『ブルルルッ!』
当然のことながら。
いかに訓練された、軍馬とて。
魔力矢による、手傷を負えば。
恐慌して、暴れ狂う。
「う、うわあっ!?」
「ば、馬鹿! 何をやっているのですか!」
暴れ馬に繋がれた、幌馬車は。
盛大に、揺れて。
荷台にいた、術者たちは。
平衡感覚を、維持できない。
結果として、二人のうち片方が。
荷台の外へと、転がり落ちてしまった。
「ひ、ひいっ!?」
「ぶぎいいいいいっ!」
好機を、見逃さずに。
距離を詰めた、ヒビキが。
手甲に覆われた拳を、振り下ろして。
魔能強化を受けた、鉄拳が。
果実のように……グシャッ!
無防備な術者の頭部を、粉砕した。
(これで、三人目っ!)
そこで、ふと。
頭上から、影が差す。
(――っ!?)
反射的に、顔を上げると。
上空から飛来する、人型があった。
「くたばれえええええ!」
頭上に、魔杖を掲げた。
使役者の、怒声に応じて。
空より強襲せし、人造天使が。
掲げた拳を、振り下ろしてきた。
(……ンな大振り、当たるかよッ!)
瞬時に、その場を飛び退いて。
振り下ろされた拳を、回避すると。
ドオオオンッ……と。
直撃を受けた、大地が。
地響きを鳴らして、陥没した。
(――チッ! 相変わらずの、馬鹿力だな!)
どのような、強化魔法を。
使用したのかは、不明だが。
あきらかに。
過剰な魔力強化を用いた、一撃である。
『……おオん……』
肉体に、相当の負荷をかけたのだろう。
地面に振り下ろした、人造天使の右腕は。
歪に、折れ曲がり。
骨が皮膚を、突き破って。
無惨に、露出していた。
『……おおオお……』
そこから、ジュウジュウと。
白い蒸気が、噴出して。
見る間に傷口が、塞がっていく。
人造天使たちに、標準として備わっている。
自動修復機能であった。
「は、ははは! 見たか蛮族め! これこそが、我らの叡智! 勇聖教会に与えられた、勇者様のご加護であるぞ!」
人造天使による、襲撃の隙に。
這々の体で、幌馬車から這い出した。
使役者を、背に庇うようにして。
『……おお……オおオン……』
嘆くように。
悲しむように。
あるいは救いを、求めるかのように。
意味を持たない音を、口から漏らす。
石膏彫像めいた質感の、人造天使が。
ヒビキの前に、立ち塞がった。
「……」
「下賎な、亜人風情めが! 高尚なる我ら真人に歯向かうとは、いったい、何様のつもりだ!?」
人造天使の背後に、身を隠して。
魔杖を構えた、使役者が。
声高に叫ぶ。
「今すぐに投降して、己の罪を、悔い改めるが良い! さすれば恩赦を、くれてやろうぞ!」
「……罪……罪、ねえ……」
このような、状況でも。
自らを上位に置いて疑わない、只人に。
亜人と呼ばれたヒビキが、問いかけた。
「……なあ、宗教家さんよお。アンタらの言う『罪』って、何を指してのことなんだよ? もしかしてたった今、俺がアンタの仲間を、ぶち殺したことか?」
「当たり前だろうが! 人の命を、なんだと思っている!?」
「……ハッ。言うねえ」
使役者の、叫び声を。
豚鼻で、笑いながら。
「……」
細められた三白眼が、見つめる視線の先。
使役者を守るように、立ち塞がる。
人造天使とは。
魔生樹による、魔獣の出産を応用した。
勇聖国独自の、魔法技術の結晶であり。
一種の魔導人形ともいえる、それには。
使役者が、対象を制御するための『核』が、存在している。
そして魂を持たない、魔獣においての『核』……すなわち『魔晶石』と、似たそれは。
人造天使の胸元に、埋まっており。
血の涙を、凝縮させたかのように。
怖気を感じさせる、紅へと。
染まっていた。
「……まあ、確かに、人の命を奪うことが罪ってのは、わかるし、否定もしねえよ」
「はあ? そ、そのようなこと、当たり前だろうが!」
「……ッ! だったらッ! アンタらが使役している天使ども……その『材料』がなんなのか、わかってて、それを口にしているのかッ!?」
仲間たちの、情報収集を手伝う過程で。
望まずとも、ヒビキが知ってしまった。
人造天使たちの、真実とは。
「テメエらの言う亜人を『孕ませ』て、採集した『赤子の種』を、人造天使に、利用しやがって……それこそが、命の侵害! 冒涜! テメエの口にする罪に、当たらねえのかよッ!?」
勇聖国においては。
一定規模の街に、必ず存在する。
亜人牧場と呼ばれる、軍事施設。
そこに収容されている、女性たちは。
投薬まで、用いられて。
何度となく、望まぬ命を。
胎に、植え付けられていたのだ。
しかもそれを、人の形を成す前に。
摘出して、魔道具の『素材』として。
転用されている。
そうした、この国の狂った『常識』を。
指摘されて……
「……は? いったい、何を意味のわからないことを言っているのだ、貴様は?」
困惑すら、したように。
眼帯の術者は、表情を曇らせた。
「これはただの、道具であり、資源の有効活用だろうが? ……というか、そのようなものと、我ら真人の命を同列に扱うと、はなんたる不敬! 道理も弁えぬ、豚畜生めが!」
「……ああ、そうかよ」
これだから。
国家の狂気に、染められた。
人畜との会話は、不毛なのだと。
割り切って。
ヒビキは心を、沈めていく。
(……すまねえな、名前も知らない誰かさんよお。俺にアンタは、救えねえ)
所詮、自分など。
闘うことしかできない、脳筋豚鬼だ。
だからただ、破壊する。
その不自由で忌々しい檻を、ぶち壊して。
せめて魂だけでも、解放してやる。
「ぶッぎいいいいい――っ!」
今や、すっかりと。
口に馴染んだ、雄叫びをあげて。
ヒビキが何度も、地面を蹴り。
跳躍する、蹴鞠のように。
不規則に、移動してみせると。
「くっ……このっ! ちょこざいなっ!」
使役者は必死に、魔杖を振り回して。
なんとか、接近してくる豚鬼の間に。
肉盾である、人造天使を。
差し込もうと、してくる。
(だけど魔法職じゃ、戦闘職の動きは、追い切れないよなあ!)
本来であれば、人造天使という。
己を顧みない『矛』を、有するのだから。
術者は兵士という『盾』に、守られつつ。
安全な場所から。
術者たちは、支援や攻撃といった魔法を、行使すればいい。
それこそ、人造天使を生み出した浄火軍が。
編み出した、基本戦術であり。
それを、理解しているからこそ。
ヒビキは初手で、『盾』となる兵士たちを、引き剥がしたのだ。
そうなると、無防備となった術者は。
本来であれば、上空から『矛』として扱うべき、人造天使を。
地上に下ろしてでも、『盾』として。
運用するしか、なくなるため。
そこに、綻びが生じるのは。
必然である。
「……くっ、この……ちょこまかと……ちょこざいなあッ!」
ヒビキのみせる、驚異的な身体能力に。
使役者による、人造天使の操作技術が。
追いつかなくなった。
その瞬間に。
(――そこっ!)
ヒビキは一層強く、地面を蹴って。
一息に、人造天使との距離を詰めた。
狙うは胸元。
血色の輝きを放つ、制御宝珠である。
「ブッギいイイイイイ……」
勢いそのままに。
跳躍して、空中で身を捻りつつ。
対象に、背中を向けて。
渾身の魔技を、叩き込む。
(……〈圧壊〉ッ〈衝波〉おおおおおっ!)
ズドンッ、と。
確かな、手応えが。
背面に、生じた。
「――はあ!?」
直撃を受けた、人造天使が。
勢いよく、後方へと吹き飛んで。
「あぎゃあああっ!」
進路状にいた、使役者を巻き込みつつ。
転倒していた幌馬車へと、激突する。
「……ばはあ!」
その際に、折れた幌馬車の部品が。
使役者の胸元を、貫いたのは。
果たして、どのような。
神に思し召しが、あったのだろうか。
敬虔な信徒ではない、ヒビキには。
分かりかねるものの……
『……おっ……おお……オン……』
制御装置である、宝珠を砕かれて。
暴走を防ぐための、自壊機能が発動。
ボロボロと、肉体を崩壊させていく。
人造天使の表情は、心なしか。
安らかそうに、見えた。
『……おン……オお……』
「……おう、じゃあな」
なんとなく。
そんな言葉を、口にして。
(……さて、長居は無用だな。とっととズラかるか)
数秒の、黙祷ののちに。
すぐにその場を、立ち去ろうとした。
ヒビキであるが……
『……っい……から……るのかっ……』
豚耳が、ふと。
幌馬車の荷台から、転がり落ちていた。
通信用の魔道具から、漏れ出る。
声を拾った。
(これは……さっきアイツらが、使っていた……)
無論、それはヒビキが今世で初めて目にする、魔道具であるのだが。
浄火軍の一般兵に支給されている、それが。
性能よりも、操作性を重視されていること。
また、そうした魔道具の基本構造が。
ヒビキの前世を、踏襲したものであることから。
(……うん。これなら、俺でも使えるかもしんねえ)
なんとなく、ではあるものの。
その使用方法を、想像することができた、転生者である。
であるならば。
(これで敵の情報を傍受できれば……もっと上手く、立ち回れるか?)
上手くいけば、儲け物。
駄目ならそれで、こちらの不利益は、特にない。
(よし、やってみるか!)
しばし、試行錯誤を繰り返して。
じきにヒビキは、通信内容を。
傍受することに、成功した。
すると、その内容は――
「――はっ? マジか!? なんでカエデさんが、追い込まれてんだよ!?」
先ほど、浄火軍に。
姿を晒した仲間の、窮地であった。
(いったい、どういうことだ!? でも共鳴板に、カエデさんからの、反応なんてないし!?)
改めて、手元の魔道具を確認しても。
やはり、クノイチに対応した。
受信水晶に、反応はない。
(浄火軍の、勘違いか!?)
しかし……それにしては。
情報の精度が、あまりにも。
生々し過ぎる。
増援を募る、浄火軍たちのいる方角が。
カエデの担当するそれと、一致していた。
となれば。
(まさか……カエデさん、自分ひとりで、囮役にっ!?)
情報が、足りないため。
確信は、できない。
しかし彼女の性格を、考慮すれば。
十分にそれは、あり得ることだし。
何よりも、先ほどから。
第六感と呼べる、何かが。
最大音量で、警鐘を。
鳴らしていた。
(理由はわからない……けど、もし本当にそうだったら、ヤバくねえか!?)
確証はない。
だからこそ、せめてこの目で。
確認しなくては。
(――頼むっ! 杞憂で、あってくれ!)
情報源である、通信機を握りしめて。
言いようのない焦燥に、駆られながら。
ヒビキは、再び森の中を。
駆け出したのだった。
【作者の呟き】
シリアスさんがアップを始めました。
あとママが教会からパクっ……拝借してきた音声通信型の魔道具は、今回の隠密活動には向いていないため、採用されませんでした。