第一章 【21】 聖浄騎士①
〈???視点〉
時間は少し、遡り。
仲間の安否を危惧した、ヒビキが。
動き始める、二時間ほど前である。
(……まったく、腹立たしい! 何故私が、このような役回りを、押し付けられなければならないのですか……っ!)
ガタン、ゴトンと。
舗装されていない、山道を。
軍馬に牽引される、幌荷台の中で。
居心地の悪い振動に、揺られながら。
勇聖教会の神官である青年……ロメオは。
己の不遇を、嘆いていた。
(……ああ、嫌だ嫌だ……これだから、他人の足を引っ張ることしかできない、無能な愚図どもときたら……っ!)
今から、半月ほど前に。
ロメオが、勇聖教会から。
参加を、命じられたのは。
教会直轄の武力組織である、浄火軍に同伴した。
僻地における、捜索任務であった。
(何年も前に、勇聖国に入り込んだ亜人どもの、捜索任務? まあ、それはいいですよ。面倒ではありますが、我ら真人の神聖な庭を荒らす害虫どもの駆除は、敬虔なる信徒としての、果たすべき務めです。甘んじてそれは、受け入れましょうとも)
はや一週間ほども、馬車に揺られて。
こんな辺境くんだりまで、派遣され。
正直、不服ではあるものの。
勇聖教会の神官として、そこは。
不満を、呑み込むことができる。
問題なのは……
(……ですが何故、私が『これ』の面倒を、見なければならないのですか……っ!)
同期の、出世争いにおいては。
一歩先んじていると自負する、ロメオである。
しかし隠そうとしない、功名心ゆえに。
此度の捜索任務においては、身内から。
もっとも面倒な『役割』を。
押し付けられて、いたのだった。
「……あー」
そんな、二十代の半ばとなる。
青年神官の、すぐ隣には。
「……うう……ああ……ええ……」
同じ幌馬車の荷台に、揺られながら。
何もない虚空に、視線を漂わせつつ。
「……はい、はい……そのとおりです……そうですよね、ソラさま……」
血色の良くない、青白い肌に。
焦点の合わない、歪な笑みを浮かべて。
ブツブツと、独り言を漏らす。
二十代後半の、女騎士の姿があった。
「……うん……うん、そう、うん……そうです……そうなんですよお……うふっ、うふふふっ……あははははっ! きゃはははははっ!」
ついには、脈絡もなく。
大声で笑い始めた、女騎士に。
「……ッ! ちょっと、ダリアさん!? 少し、黙ってくれませんかねえ?」
その隣で、とうとう。
我慢の限界を迎えた、青年神官が。
外見にそぐわない、幼女じみた笑い声を漏らす女騎士……ダリアに対して。
苛立つように、声を荒げた。
「ここは貴方だけではなく、他の人たちもいるのですから、少しは周囲に、気を遣ってくださいと、ずっと言っていますよねえ!?」
「きゃはは……は、あー? ええー? あー、うん、はい、はい……うん……ああ、そうだねえ。そうだったねえ。ごめんねえ……えっと……」
そこで女騎士は……カクンッ。
ほぼ直角に、首を傾げながら。
「……誰だっけ?」
傍らに座る、神官を見つめて。
もはや、片手では足りない。
同じ質問を、繰り返す。
「……っ! ロメオですよ! ロメロ・ブラウン! 非常に不本意ですが、此度の、貴方のお目付役です! いい加減に、名前くらい覚えてくださいよ! この遣り取だって、もう何回目だと、思っているんですか!?」
「あ、あれ? そう、だったっけ……? あー……ごめんねえ……?」
「本当に、お願いしますよ! 今度こそ、絶対ですからね!」
「うんうん、わかったわかった、えっと……ホメオ、くん?」
「……ッ!」
思わず、手を。
張り上げそうに、なったものの。
(……駄目です! 不具合品でも、コイツは聖浄騎士……っ! 教会からの、大事な預かり物です……っ!)
勇聖国の、国是として。
勇聖教会が主導となって。
推し進められている『人造勇者計画』。
その一端である、魔力改造を施された強化人間……すなわち『聖浄騎士』とは。
勇者や、聖人といった。
国家の最高戦力には、及ばずとも。
勇者の血統に宿る、勇聖因子を。
一部とはいえ、覚醒させた。
非常に強力な、駒である。
とはいえ。
(こんな……精神に、失調をきたした聖浄騎士なんて、もう、兵器としては失敗作じゃないですか! なんでそんな不良品が、わざわざ自分から、こんな任務に志願してきますかねえ!?)
そうした『人造勇者計画』に、投入されてきた。
魔法技術の大半は。
魔法先進国である、勇聖国においてすら。
技術が確立していない、最先端のものであり。
意欲的な実験の、過程においては。
幾つもの失敗が、生み出されていた。
ダリアはその、ひとつである。
「……うん、うん、うふふふっ……もう、ソラさまったらあ……♡」
その証拠に。
たった今、叱りつけられたばかりなのに。
もうそんなこと、忘れたと言わんばかりに。
再び、虚空に視線を漂わせて。
ここにいるはずもない、勇者の名前を。
女騎士は、幸せそうに呟いている。
(……この、馬鹿女あ……っ! いい加減に、一度、ぶん殴ってやりましょうか……っ!?)
如何に、欠陥を抱えた不具合品とはいえ。
一応は、教会から託された。
備品扱いである。
そのため、ここまでは散々と。
我慢に我慢を、重ねてきたが。
そろそろ一回くらいは、指導として。
痛い目を、見せておくべきではないだろうか。
ロメオは、女性を甚振って。
興奮するような、性癖ではないが。
かといって、過度に尊重するような。
女尊主義でもないのだから。
(どうせすぐに、この出来損ないは、興味がないことなど忘れてしまうのです。でしたら皆のためにも、今だけでも、沈黙の尊さを教えて差し上げるのが、むしろ私の責務……っ!)
腰に備えた、護身用の棍棒に手を伸ばして。
額に血管を浮かべた、青年神官が。
一向に、沈黙を尊ばない女騎士に。
沈黙を金とする、教会の教えを。
物理的に、叩き込もうとした……
「……まあまあ、ロメオさん。落ち着いてくださいよ」
そのときである。
幌馬車の、荷台において。
対面に座っていた、浄火軍の魔術士が。
剣呑な空気を、察したのか。
声をかけてきたのだった。
「俺たちは気にしていないので、どうか気を、鎮めてください」
「……これは、失礼いたしました」
外野から、水を差されたことで。
沸点に達していた、ロメオの激情も。
急速に冷えていく。
「……お恥ずかしいところを、お見せてしまいましたね」
ひとまずは謝意を、口にしつつ。
出世に関係ない事柄に、関心の薄いロメオは。
同乗する軍人の名前を、記憶から。
掘り起こしていき……
「……ビルドさん」
口にした、名前によって。
金髪の青年……ビルドは。
嬉しそうに、破顔した。
「いえいえ。神官さまは、俺たちのような軍人とは違って、こうした耐久訓練など、受けていないのです。数日間に渡る遠征任務で、気が昂ってしまうのは、仕方のないことですよ」
歳の頃は、ロメオと同程度だろうか。
人好きのする、笑みを浮かべたビルドが。
車内の気まずい空気を、解きほぐそうと。
明るい声音で、会話を続ける。
「それにご覧の通り、私たちの四人一組は、むさ苦しい男どもばかりですからね。こうして花を添えてくださった教会の温情には、感謝しかありませんよ」
「……こんな、萎れた花でもですか?」
「なんのなんの、とんでもない! まだまだ現役の、美しき大輪ではありませんか!」
はっきりと、力強く。
ロメオの発言を否定した、ビルドが。
「……あー」
呆けたように。
ロメオの隣で、脱力して。
だらしなく、隙を晒す女騎士に。
視線を向けながら。
「ふへへへ」
好色に、頬を緩ませた。
(……まあ、たしかに。見てくれだけは、それなりですからね)
ロメオもそれは、否定はしない。
基本的に、勇者の血を引く子孫とは。
美形に恵まれた、血統であるために。
ダリアも、造形的には。
美女と称して、間違いのない。
整った容姿を、しているのだ。
(……まあ、私の趣味ではありませんが)
しかしその肌は、病的なほどに青白く。
目の下には、濃いクマが浮かんでいる。
茫洋とした、薄紫色の瞳は。
ここにない、何かを。
探し求めるかのように。
不安的に、揺れており。
本来は瞳と同色であったのだろう、髪色は。
ところどころ、色が抜け落ちることで。
薄紫と灰色が入り混じった、歪な斑ら模様を、成していた。
それを、成熟した女性が。
まるで、幼子のように。
頭の左右で、結えているのだ。
総じて、美人ではあるものの。
噛み合わないな、陰を宿す。
不気味な女である。
少なくとも、ロメオの趣味ではない。
(……気色の悪い。だから勇者様に、捨てらてしまうのですよ)
そして、その優れた容姿ゆえに。
ダリアはかつて、とある勇者から。
寵愛を、注がれていたのだという。
「……うん……そう……そうです……ボクも、愛しています……ソラさまあ……♡」
しかしその勇者は……少しばかり。
『特殊な性癖』を、有しているために。
適齢期を過ぎた、ダリアは。
飽きられて。
捨てられて。
その事実を、未だに受け入れらず。
過ぎ去りし栄華に、縋っているのだ。
そして聖浄騎士の、被験者となったことで。
魔力改造の後遺症として。
その傾向が、より一層に。
加速してしまったのだという。
「いや、しかし本当に、素晴らしい……」
だが、そうした歪な内面も。
外見を愛でる分には、問題はない。
むしろ、過去の勇者が考案したという。
勇聖国伝統の、露出軽鎧を着用して。
無防備な姿を晒す、聖浄騎士は。
女日照りな、軍人たちにとって。
目の保養で、あるようだ。
「な、カール? お前もそう思うだろ?」
「え、ええ……」
ニマニマと、頬を緩ませて。
荷台に同乗する、人造天使の使役者……カールを。
肘で突いて催促する、ビルドの言葉に。
「……おーいお前らー。中の声、ばっちり聴こえてるからなー?」
「つーかお前らだけ、いい思いしやがって! あとで覚えてろよ!」
馬車を覆う、幌の向こう側。
操馬席から、聴こえてくるのは。
嫉妬が含まれた、男たちの声である。
「言われていますが、よろしいので?」
「ははっ。言わせておけばいいんですよ」
ロメオのような。
勇聖教会から派遣された、人員も加えて。
全体で三百名ほどとなる、此度の捜索部隊は。
半数ほどを、大森林の外周部に置いて。
残りの浄火軍を、基本単位となる四人一組として。
大森林に、散りばめている。
よって、この幌馬車には。
勇聖教会から派遣された、ロメオとダリアに加えて。
浄火軍からは、ビルドやカールといった。
二名の魔術士と。
操馬席に座る、二名の兵士が。
割り振られていた。
荷台を覆う、幌の外から聞こえてくるのは。
安全な幌の内側で、女の柔肌を堪能する。
身内に対しての、妬みであった。
「いいからお前らは黙って、馬を走らせてろって。なんらもう少しくらい、揺らしてくれてもいいんだぞー?」
「は? そんなに揺れてるの? マジで?」
「おう、そりゃもうプルンプルンよ」
「あー、クソッ! やっぱお前ら、次の休憩で席代われって! お前らばっかりズルいだろ!?」
「……い、いや……僕は、天使に視界を、接続してるから……」
「じゃあビルド、お前の一人勝ちじゃん! ふざけんなって!」
「へっへー。文句なら、兵士科を選んだ過去の自分を恨みやがれ!」
気の置けない、軽口を皮切りとして。
兵士たちの、下卑た会話が弾むものの。
(……まあ、退屈な任務ですからね。この程度の息抜きなら、沈黙を尊ばれる主も、お目溢ししてくださるでしょう)
何よりも。
隣から聞こえてくる、不快な戯言を。
少しでも、紛らせてくれるのならと。
ロミオもそれを、止めることはなく。
しばらくの間、放置していたのだが……
「……しっかし、勇者様も浅はかだよなあ。こんないい女を、捨ててしまわれるだなんて!」
それが。
予期せぬ不幸を、招いてしまう。
(――馬鹿ッ!)
おそらくは。
それを漏らしたビルドは、独自に。
聖浄騎士にまつわる情報を。
入手していたのだろう。
だが彼は、もっとも重要な情報を。
仕入れ損ねて、しまったようだ。
「……あ?」
ロメオが制止、するよりも先に。
急に目を見開いた、ダリアが……ビュンッ!
腰元から引き抜いた、刺突剣を。
目に止まらぬ、速さで繰り出して。
「あははは――ばッ!?」
横手を向いて。
カールと談笑していた、ビルドの頬を。
一直線に、貫いていてしまう。
「……あ゛? ああ゛あああああッ!?」
現状を、すぐに理解できないのか。
真横から頬を、貫かれたビルドが。
顔を動かすこともできずに。
視線だけで、困惑を訴えるものの。
「うるさいうるさいうるさい、黙れ黙れ黙れ、うるさい黙れよおゴミクズがッ!」
血相を変えて、激昂するダリアは。
頬肉を貫く刺突剣に……ズブブ、と。
更に、力を込めていく。
「そんなことよりもさあ、言うべきことが、あるよね? あるはずだよね? ね? わかるよね? わかるよねえッ!?」
「ちょ、駄目ですよ、ダリアさん! 落ち着いて――」
慌てたロメオが、腰を浮かせて。
静止の言葉を、呼びかけるものの。
「――コイツはあ! 今あ、ソラさまを、愚弄したあ! ボク、ちゃんと聴こえたもん! そんなこと……絶対に、許せないもんッ!」
癇癪玉が、爆発したように。
声を荒げるダリアは……グジュグジュグジュグジュ!
ビルドの頬を貫く、刺突剣を。
反省を、促すように。
何度も、何度も。
執拗に。
こねくり回すのだった。
「あぎいやああああああッ! やべっ、やべでえっ!」
「謝れって、言ってるだろうがああああああッ!」
口腔をズタズタに蹂躙する、激痛に。
涙を浮かべて。
股間に染みを、広げながら。
ビルドが必死に、懇願しても。
「謝れ謝れ謝れッ! ソラさまに謝れッ! 泣くくらいなら、その前にちゃんと、謝れよおおおおおッ!」
一向に、聞く耳を持たず。
ダリアはひたすらに、謝罪を求める。
「馬鹿ッ! 口を貫かれたまま、そんなことできるわけないでしょうが! いいから早く、剣を抜いてください!」
「し、神官さま! 早くとめっ、止めてくださいよおっ!」
車内に響き渡る、男たちの怒鳴り声と。
「おいおい、なんだ!? 何が起きている!?」
「まさか敵襲――って、なんだよこりゃ!?」
異常事態に気づいて、困惑する。
操馬席の兵士たち。
「ふひっ、ふひひひひ! ゆ、許さない! 絶対に、許さないからなあ! ソラさまを悪くいうヤツも! ソラさまをたぶらかそうとする、あの、白豚も……絶対に、許さないからなあ……うひひひひひっ!」
そして狂ったような、女の哄笑が。
人気のない森に、響き渡るのだった。
【作者の呟き】
作者の見解としては、ヤンデレとメンヘラは、似て非なるものです。




