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第一章 【13】 ご褒美

〈ヒビキ視点〉


「ぶわっははははっ!」


 とっぷり日が沈んだ、暗闇の中に。


 豪快な男の笑い声が、響き渡る。


「そ、それで、ヒビキよ。おぬしは普段あれほど、手前勝手に当たり散らしておいて、いざとなればその相手に、尻拭いしてもらったというわけか!?」


「……ウス」

 

「ぶははは! いやあ、これは傑作! 珍しく、マリアン殿の同行を認めたかと思えば、そも、そのような魂胆があったとはな! 流石のカエデも、見抜けなんだろうに! ヒビキも中々に、悪知恵が働くものよのう!」


「……い、いや、そんなつもり、なかった、ん、ですけど……」


「しかし魔生樹狩りに、いまだ、母の付き添いが必要とは……むううう! これはつまり、某《それがし》の、見立て違いということか? やはりおぬしにはまだ、親離れは早かったということか? 全く、母の乳が恋しいのなら、見栄など張らず、日頃からそう言っておれば良いものを!」

 

「い、いや、ホント、に、そんなこと――」


「――ええい、黙れ黙れい! 洒落臭い、母の手を借りねば、魔生樹のひとつも討てぬ半端者が、口答えなど百年早いわっ!」


「……っ!」


「お? どうした、悔しいか? 一丁前に、悔しいので御座るか?」


「……」


「おいおい、図星を突かれて黙《だんま》りとは、男子の風上にも置けぬ、女々しき態度よのう! それに、虚言に諫言、罵倒や威嚇、泣き落としや狸寝入りを駆使してでも、敵の平常心を乱すことが、常勝の手管なりと教えたはずだが……全く、この程度で心を乱されるようでは、やはりまだまだ、未熟よのう! このような軟弱な性根であれば、母の温情に縋るにも、躊躇いがないというもの! 全く、未熟者のくせに、気位だけは一人前とは、ほとほと、呆れ果てた馬鹿弟子だわい! がはははっ!」


「……ぐぬぬぬっ!」


 ただでさえ、舌先が痺れて。


 呂律が回らない、口を。


 閉じても。


 開いても。


 結局は、小馬鹿にされて。


 延々と師匠に詰られる、弟子の自尊心《プライド》は。


 もう、ズタボロだった。


(クソッタレ……なんで、こんなことに……っ!)


 キラリと、目尻に。


 込み上げる悔しさを、滲ませて。


 地面に広げらた敷物に、寝転びながら。


 頭上を覆う、枯れ枝の向こう。


 満天の夜空を見上げる、豚鬼《オーク》……ヒビキが。


 初めての『魔生樹討伐』を、果たしてから。

 

 半日ほどが、経過していた。


(とにかく、今は耐えろ……この嵐が通り過ぎるのを、とにかく、耐え忍ぶんだ……っ!)


 現在、ヒビキたちがいる場所は。


 魂を持たない、魔獣たちにとっての。


 核である『魔晶石』を、抜き取られて。


 活動を停止した魔生樹の。


 根本である。


 かつては、黒々としていた枝葉に。


 もはや生命の瑞々しさは、感じられず。


 枝は萎れて。


 葉は枯れて。


 魔獣の揺籠も、落果して。


 痩せ細った、枝葉の隙間からは。


 宝石箱を、ぶち撒けたかのような。


 眩い星々が、瞬いていた。


「……ぷはーっ! うむ、美味い! よく味が染みておるわ!」


 頭上に広がる、星空を見上げながら。


 弟子の不出来を詰り続ける鬼人《オーガン》の大男……テッシンの手には。


 土焼きの盃《さかずき》が、乗せられており。


 手近に置かれた、木樽から。


 柄杓《ひしゃく》にて。


 手仕込みの果実酒を、並々と注いでは。


 グッと、一息に。


 飲み干すことを、繰り返していた。


「それに、月加減も良い。満月にはちと足りぬ、十三夜とは、お月様もなかなかに皮肉が効いておるとは思わぬか? なあ、ヒビキよ」


「……さ、さあ……どうです、かね……」


「ぶはは! これこれ、そう、不貞腐れるな。満点ではないとはいえ、一応は、魔生樹討伐という目的を達したのだ。そのうえで、こうして命を繋いでおるのだから、これはおぬしにとっての勝ち戦よ。誇るが良い!」


「……」


「というか、笑え! せっかく用意した晴れの場に、主役が曇り顔では、つまらんぞ!」


「……すんま、せん……」


 そして、一応は。


 すでに小一時間ほども。


 散々と。


 ヒビキの、新たな黒歴史《トラウマ》を。


 容赦無く、弄り回してくれているとはいえ。


 本人曰く、初めての直弟子が。


 見事に挙げた、戦果を。


 師匠である、テッシンとしても。


 労う気持ちは、あるらしい。


 こうして、現在。


 地面に広げられている、敷物や。


 風流に立てかけられた、番唐傘。


 魔獣の毛皮を吊るした、屏風に。

 

 木彫りの龍や虎の、置き物など。


 そのどれもが。


 普段は空間魔法によって、収納されている。


 特別な品々であり。

 

 この野外における、月見酒を。


 初陣を飾ったヒビキの、祝いの場として。


 華やかに、彩っていた。

 

 さらに敷物上に、並べられた。


 幾つもの、木皿には。


 クノイチたちの手による、様々な料理や果物が、色とりどりに乗せられている。


 普段は、目立つような真似を慎んでいる。


 テッシン一行にとって、精一杯の。


 饗《もてな》しであった。


(……いや、まあ、そりゃ嬉しいですよ? わざわざこんな場を用意してくるだなんて、嬉しいに決まってるじゃないですか。 ……でもねえ、だからって、いつまでも延々と、酒の肴《さかな》にしてくれて良いわけじゃないんですよお……っ!)


 何を言っても。


 揶揄の肴《ネタ》と、されるため。


 内心で不満を溢す、ヒビキであるが。


「〜〜〜っ♪ いや、絶景絶景。こればかりは、勇聖国《えりくしす》でしか見られぬ光景よのう」

 

 満点の、夜空を見上げて。


 酒盃を口元に、運びながら。


 呵呵と破顔する、テッシンの顔色が。


 朱に染まっている理由が、何も。


 酒精の所為、だけでないことも。


 また、確かなわけで。


「しかし、めでたい。実にめでたい。よもや某《それがし》が、弟子の門出を、祝う日が来ようとは……っ!」


「……」


 荒っぽくて。


 自分本意で。


 いつも好き勝手に、散々と。


 振り回されている、身としては。


 たまったものじゃ、ないのだけれど。


 それでも。


(でもまあ、アンタには……ちゃんと、感謝してますよ。師匠)


 今日《こんにち》における、魔生樹討伐を語る上で。


 欠かせない存在である、魔力鍛錬の師匠を。


 なんだかんだで、嫌いにはなれない。


 難儀な性格の、転生者であった。


「……ああ、お館様が、幼子のように、はしゃいでおられる……」


「……なんと……尊い……っ!」


「ふぉっふぉ。あれで若《わか》も、坊《ぼう》の扱いには、なかなかに気を揉んでおられましたからなあ。喜びも、格別なのでしょうて」


「カエデも、お疲れ様ですね」


「もう今日は、休んでいても良いのでは?」


「……いえ。拙《せつ》も一品くらいは、何か馳走を……」


 そうして浮かれる、主人の姿は。


 従者たちから見ても。


 心解される、光景のようで。


 ヒビキが寝転ぶ、敷物以外にも。


 枯れた魔生樹の周囲に灯る、幾つもの焚き火。


 それらを囲んで、ヒビキが討伐した魔獣を、解体をしているクノイチや。


 追加の料理を拵えようとする、狐人《フォルクス》。


 こちらは徳利《とっくり》から注いだ酒を、お猪口《ちょこ》で口元に運ぶ、精人《アルヴ》の老人などが。


 年甲斐もなく、浮かれる大男に。


 柔らかな視線を、向けていた。


(……でもなあ……これって、程《てい》よく俺が、生贄にされているだけなんだよなあ……)

 

 もとより、豪放磊落で。


 加減を知らない性格の、テッシンである。

 

 そこに、酒乱の毛が加わってしまえば。


 大虎に、マタタビを与えたようなもの。


 その懐に差し出されてしまった、子豚は。


 猛獣の気が済むまで、存分に。


 可愛がられるより、他にない。


 そのうえ……


「……んもう、良い加減にしてくださいよ、テッシンさん! ヒビキくんだって、一生懸命、頑張っていたのですよ!」


 ただでさえ、厄介な。


 酔っ払いを、相手にしているというのに。


 この敷物には、もう一人。


 ヒビキの精神《メンタル》を、ゴリゴリと。


 削ってくる、人物がいた。


「たしかに、親離れが早過ぎるという点については全面的に同意いたしますが、だからといって、ヒビキくんを不出来扱いするなんて、あんまりです! いい加減にしないと、殺しますよ!?」


「応、応、応ともよ! やるか!? いざや尋常に、死合うてくれるのか!?」


「いいえ、お断りいたします!」

 

 キッパリと。


 敷物の上で、片膝を立てて。


 悪乗りするテッシンを、拒絶する。


 美しき、白髪紅瞳の少女……マリアンの。


 折り畳まれた、膝上には。


「そんなことで、私のこの、貴重な時間を、邪魔しないでください!」


「……」


 無言のまま。


 遠い目で。


 夜空を見上げる、ヒビキの頭部が。


 しっかりと、乗せられていた。


 所謂、膝枕《ひざまくら》の状態である。


(……いいんだよお……俺のことなんて、放っておいて、好きなだけ師匠と喧嘩してくれれば、いいんだよお……?)


 心の中で、切実に。


 本音を、漏らすものの。


 とはいえ、先ほどから。


 テッシンとは、また違う方向性《ベクトル》の。


 蕩けるような。


 微笑みを、浮かべて。


 己の膝上に視線を注ぐ、マリアンは。


 その場から、微動だにしてくれない。


 なんなら、この会話の最中とて。


 テッシンを、一瞥たりともしてない。


 ただ……じっ、と。


 注がれる視線の、照射よって。


 額に、穴が空いてしまいそうなほどに。


 熱心に。


 熱烈に。


 長い白髪を、紗幕《カーテン》のように、垂らすことで。


 世界の全てを、枠外へと、押し出してまで。


 ヒビキだけを、見つめている。


(……いや、怖えよ……せめて瞬きくらい、してくれよ……)


 そんな一瞬すら、惜しいのだと。


 言わんばかりに。


 視線の集中砲火を浴びる、豚鬼は。


 それから、逃れるようにして。


 やはり。


 視線を、遠く離れた、お月様へと。


 逃がす他、ないのだった。


「なんだ、つまらん!」


 そんなヒビキの、現実逃避を。


 気にも留めていない、テッシンが。


 不動のマリアンに、突っかかる。


「ええい邪魔だ、そこを除けい、馬鹿弟子め! いつまでも母の柔肌を、恋しがるでないわ!」


「いいんですよ! ヒビキくんは、いつまでも、いつだって、ママを求めてくれればいいのです! それにこれは、私への、正当な報酬なのですから、貴方の方こそ邪魔をしないでください!」


 頭上で、バチバチと。

 

 牙を剥いた、大虎と。


 翼を広げた、大鷲が。


 火花を散らす光景を、幻視して。


(……っ! っていうか、師匠! アンタが膝枕《これ》を、やらせてるんでしょうがあ……っ!)


 両名から溢れ出す、膨大な圧力に。


 板挟みとなった、哀れな被害者《ヒビキ》は。


 この宴会が始まる前に。


 修行の見届け人である、クノイチから。


 事後報告を受けた、テッシンによって。


『……うむ。なればマリアン殿にも、おぬしから何か、褒美を与えねばな』


 などと。


 大和国《ヒノクニ》の流儀である。


 信賞必罰の旨を、言い渡されていた。


『で、でしたら私は、ヒビキくんへの膝枕を所望します!』


 すると、マリアンが。


 間髪入れずに(ノータイム)で、即答してきたために。


『相理解った』


 バヂンッ、と。


 テッシンの十八番である、魔法を。


 問答無用で、打ち込まれたことで。


 全身が麻痺して、喋ることすら。


 困難に陥った、ヒビキは。


 現状を、強いられているのだった。


(こんなことなら、あんとき、死ぬ気でゴネるべきだった……っ!)


 身体の自由を、奪われて。


 呆然としている間に。


 なし崩し的に。


 流されてしまった、身としては。


 己の迂闊さを、悔いるしかない。


「良いではないか、マリアン殿! 馬鹿弟子が、ようやく一皮剥けた、余興で御座る! 某《それがし》の本願を、少しばかり叶えてくれたとて、罰は当たるまいに!」


「嫌ですよ! たとえ私は、天から大岩が降って来ようとも、今はこの場を、動くつもりなどありません!」


「何い、某の刃が、流星程度とは、聞き捨てならぬなあ! やはりここは身をもって、ライヅの刃、検《あらた》める必要があるのでは!?」


「……はあああ。もうっ、しつこいですねえ!」


 すると。


 少しばかり、口論が。


 白熱し過ぎてしまったのか。


「べつに私が、この場を『動かない』ことと、貴方を『殺せない』ことは、結びついてなどいないのですよ?」


 ようやく、膝上のヒビキから。


 視線を引き剥がした、マリアンが。


 テッシンに向ける、細腕の先には。


 ぶおおおん……と。


 空間に、波紋を広げる。


 膨大な魔力が、込められていた。


「良し、良し、実に良しッ!」


 片や、テッシンも。


 口端に、肉食獣の笑みを浮かべて。


 刀掛けの大和刀《サムライブレード》に、手を伸ばすなり。


 腰元に備えて……バチバチイッ!


 魔力による紫電を、纏わせ始める。


(……ッ!? おいおい、こいつら、本気《マジ》ですか……ッ!?)


 間近で、勃発の気配を漂わせる。


 尋常ならざる、強者の立ち合いに。


 巻き込まれた子豚が、目を見開いて。


(だ、誰か、助けっ……この二人を、止めてえ……っ!)


 慌てて、救援を。


 周囲に、求めるものの。


「「「 …… 」」」


 そのとき、すでに。


 荒事慣れした、テッシンの家臣たちは。


 戦場から、しっかりと距離を置いて。


 事の成り行きを、見守っていた。


 助けはない。


(んああああああっ! がっでえええええむッ! 動け動け、動いてくれえええええ……ッ!)


 そして。

 

「……」


 バヂヂヂヂッ……と。


 長鞘から、雷の唸り声を漏らして。


 肉食獣の笑みを刻む、侍大将と。


「……」

 

 ズオオオオッ……と。


 小さな、手のひらの先で。


 渦を巻くように、空間を歪めてみせる、無表情の聖人が。


「……ッ!」


「……っ!」


 即発しようとした――


(――ッ!!)


 まさに、その瞬間であった。


「ぶっ……ぶぎイいいいいいッ!」


 奇跡的に。


 この絶体絶命《タイミング》で。


 身体から痺れが、抜けたヒビキは。


 悲鳴をあげて、上半身を跳ね起こすことに、成功する。


「……むっ」


 途端に。


 水を差されたテッシンが、眉根を寄せて。 


「あああああっ!」

 

 マリアンなどは、さらに露骨に。


 表情を歪めながら、魔力を霧散させてしまった。


「そ、そんなあっ! まだ、早いです! 早過ぎますよお!」


 膝上から失われてしまった、重みに。


 縋るようにして、手を伸ばすものの。


「だあああうっせえなあ! もうダメ、ご褒美(サービス)タイムは、終了でえええええすッ!」


 ようやく解放された、ヒビキは。


 断固として、それを拒否。

 

「……チッ」


 すると、面白くなさそうに。


 テッシンが、舌打ちを漏らした。

 

「よもや、こうも早く、回復してみせるとは……少しばかり手心を、加え過ぎたか?」


「そうですよお、テッシンさん! あと半年くらいは、寝たきりにしてくれないと!」


「いやもうそれ、ただの介護だから! もはや罰ゲームですらない、拷問だからな!?」


 本気《ガチ》の目で。


 爆弾《トンデモ》発言をする、少女に。


 ヒビキが、本気で引いて。


 物理的に、身体も退《ひ》くと。


「……っ! ま、待ってください!」


 みょみょんっ……と。


 手元の空間を、撓ませて。


 マリアンが、自身の空間魔法である〈収納空間《アイテムボックス》〉から、取り出して見せたのは。


「お金! お金なら……ほら、この通り! 幾らでも、払いますので!」


 勇聖教会から、脱走した際に。


 拝借して、きたのだという。


 大量の、金銀宝石である。

 

「だからあと、もうちょっとだけ……ねっ!? え、延長を、お願いいたしますっ!」


 卑屈にすら、見える。


 泣き顔を浮かべた、幼い少女が。


「っ!? お、おい、やめろっ! 離せ、離せって!」


 酷い犯罪者ヅラである、豚鬼《オーク》に。


 縋りついて、懇願する姿は。


(いやこの絵面は、マジで酷い! 洒落になんねえから!)


 控え目に言って、犯罪臭しかない。


 不徳が過ぎる、光景であった。


「ふ、ふははは! マリアン殿、どうやらこの馬鹿弟子は、いまだ金子《きんす》などよりも、食い気のほうが、優っておるようだぞ!」


 すると、酔っ払い特有の、浮き沈みで。


 不機嫌から一点。


 陽気な笑顔を溢した、テッシンが。


「なればいっそのこと、この際だ。母の手料理なるものを、拵えてみるも、一興では?」


 こんな状況でも。


 手にかけていた料理の側を、離れなかった。


 生真面目な性格の狐人《フォルクス》がいる、焚き火を。


 指さして告げると。


「……ッ!」


 ガビーンッと、目を見開いて。


 不憫なクノイチが、狐尾を逆立たせた。


「ん! それは素晴らしい提案ですね、テッシンさん!」


 しかしマリアンの中では、カッチリと。


 歯車が、嵌ってしまったようで。


「ではヒビキくん、少々お待ちをっ!」


「あっ! おい、待てよ、俺は別にンなもん……」


 ヒビキが止める間もなく、ビューッと。


 目的の焚き火へと、突撃していってしまう。


「……はあ」


 虚しく。


 伸ばした手を、戻しながら。


「……師匠お……勝手なこと、言わないでくださいよ……」


 恨みがましい目を。


 テッシンに、向けるものの。


「ふはは! 良いではないか、ヒビキ。晴れ舞台で、多少の袖を振るうは、主演の務めぞ?」


 再び敷物に、腰を落として。


 酒盃を傾ける、大男は。


「しかし……ほとほと、面白い御仁で御座るな、マリアン殿は」


 未だ、その視線を。


 小さな聖人の背中へと、注いでいる。


「某《それがし》に対して、あれほど見事な啖呵を切ってみせる豪の者など、大和国《ヒノクニ》でもそうはおらぬというのに……いや、つくづく女人にしておくのが惜しい、見事な益荒男ぶりで御座る」


「……もぐもぐ。師匠。それって、褒めてます?」


「無論だ」


 そして今度は、やけに透徹した瞳を。


 ようやく、食事にありつけた。


 ヒビキへと向けて。

 

「……というか、おぬしはもっと、此度の件に限らず、マリアン殿に感謝して、然るべきぞ? わかっておるのか?」


「もぐもぐ……ゴクン。ん、そりゃあまあ、そうなんでしょうけど……」


 こうしてわざわざ、指摘されずとも。


 マリアンがどれだけ、常日頃から。


 心を砕いていているのか。


 わからぬヒビキではない。


 如何に、否定しようとも。


 彼女という存在が、いなければ。


 今日……泣いて、笑って、焦って。


 困って、拗ねて、喜んだ、ヒビキが。


 この場には。


 いないの、だから。


(いや……俺だけじゃねえ。アイツはなんやかんやで、ちゃんと、皆の役に立っている)


 本来であれば。


 長期間の、潜伏活動を行う上で。


 最低限の物資しか持ち運べないはずの、一行が。


 こうして。


 テッシンが手慰みに小刀で削った、木彫りの置物や。


 精人《アルヴ》の翁《おきな》が仕込んだ、果実酒などの嗜好品。


 クノイチたちの手による、調度品などを。


 持ち運んで。


 心の余裕を、維持できている、背景には。


 希少な空間魔法の使い手である、聖人の貢献が。


 あることを、否定することはできやしない。


 マリアンは、強い。


 マリアンは、美しい。


 マリアンは、優れた魔術士《キャスター》だ。


 マリアンは、有能である。


 間違いなく、マリアンという人間は。


 この世界に、必要とされている。


 そう。


 本当は、ただの失敗作に過ぎない。


 自分なんかとは、違って……


(……)


 だからこそ、だ。 


「……して、ヒビキよ」


 なんとなく、察していた。


 テッシンからの問いかけに。


「答えは、出たのか?」


「ウッス」


 ヒビキは、迷うことなく。


 答えることが、できたのだった。



【作者の呟き】


 這い寄るママからは、逃げられない……っ!

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