↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/181

第一章 【12】 魔生樹④

〈ヒビキ視点〉


 人里離れた、森の中に。


 数メートルの、距離を置いて。


 対峙して睨み合う、豚鬼《オーク》と擬似樹《トレント》の、姿があった。

 

「……こおおおッ、ほおおおおッ!」


『ウボオオオ……オアアアアアッ!』


 魔生樹の目前で、繰り広げられる。


 挑戦者と番魔獣の、戦いにおいて。


 先手を取ったのは。


『ボオオオ……ウボオオオオオッ!』


 頭部の人面じみた、樹洞《うろ》穴から。


 悲鳴のような、鳴き声を木霊させる。


 直径が三メートルを超える、人型を模した。


 奇怪なる、樹の巨人であった。


『ボオオオオオッ!』


 ゴオオオッ、と。


 風を、引き裂いて。


 振り下ろされる、古木のような見た目をした、魔獣の腕が。


 魔力を纏うことで。


 岩石並みの、硬度を宿している。


「ブッ……ギいイイイイイッ!」


 同じくヒビキも、魔力を纏うことで。


 鋼鉄と化した、両腕を。


 頭上で交差させた直後に……ズンッ、と。


 大股を開いていた、両足が。


 大地に、めり込んだものの。


 番魔獣の殴打を、見事。


 耐えきってみせたのだった。


(クッソ……重てえ、なあッ! よく燃えそうな枯れ木のクセして、中に鉄骨でも、仕込んでやがんのか!?)


 とはいえ、ビリビリと。


 魔力を込めた両手は、痺れている。


 力試しとして、まずは一発。


 受け止めてはみたものの。


 何度も、これに耐えることは。


 正直、利口とは言い難い。


『ウボオオオッ! ボオオオオオ……ッ!』


 番魔獣としても。

 

 小さな獲物の抵抗が、癇に障ったのか。


 人面じみた頭部から、怒りの咆哮を噴出しつつ。


 人型を模した、左右の手を、振り回して。


 交互に、大質量の連打を。


 放ってきた。


(ヤロウ……デクノボウの分際で、キレ散らかしやがって! しゃらくせえッ!)


 先の一撃で、敵の馬力は確認できた。


 力押しで、勝てないことはないと思うが。


 真っ向から、それと力比べをするのは。


 非効率だと、判断して。


「……ブぎッ!」


 ヒビキは両足を、地面から引き抜きつつ。


 武の構えを、防御を主とした『山式』から。


 回避を主とする『風式』へと、切り替えた。


(ブンブンと、景気よく、ぶん回すのは勝手だがよお! ンなもんにわざわざ、付き合ってられるかッ!)


 魔力鍛錬を開始して、早々に。


 魔力の扱いが、不得手であると。


 師事する鬼人《オーガン》……テッシンから。


 言い渡された、ヒビキは。


 複雑な魔力操作技能が必要とする、魔術《スペル》や。


 武器を必要とする魔技《アーツ》などを、切り捨てて。


 まずは、己の長所である。


 肉体を活かすための、魔能《スキル》や体術を。


 戦闘の主軸として、仕込まれてきた。


 そのひとつとして。


 テッシンが修めている『ライヅ流』に、基礎として伝わる。


『風林火山』の構えがある。


 速度においては『風式』を。


 隠密においては『林式』を。


 火力においては『火式』を。


 防御に追いては『山式』と。


 状況に応じて、それらの戦術を。


 切り替えることのできる、ヒビキが。


 此度、選択したのは。


 速度重視の『風式』であった。


(……シッ!)


 どっしりと。


 重心を落としていた、『山式』とは対照的に。


 踵を浮かせて、俊敏性《フットワーク》を保ちつつ。


 体内で発動させている、魔能《スキル》の配分も。


 構えに適した、比率へと。


 供給魔力を、調整する。


(〈増強《パンプス》〉が二割、〈加速《アクセル》〉三割、〈感応《タキオン》〉四割に、余力を一割っと!)


 体内に形成された、魔力経路が。


 多重発動して、絡み合うことで。


 雑音が、遠ざかり。


 視界から色が、抜け落ちて。


 ゆっくりと流れる、景色の中で。


 目に映る、敵の動きだけでなく。


 肌に感じる、空気の流れや、魔力圧。


 鼓膜から聴き取る、立体的な位置関係や。


 鋭敏化した嗅覚によって得られる、情報などに。


 師匠から、実践形式で叩き込まれた、数多の戦闘経験を。


 加味することで。


(……そこッ!)


 敵の繰り出す、攻撃の軌道を予想して。


 肉体を安全圏へと、滑り込ませていく。


 結果。


『ウボオオオッ! ボオオオッ……ウボオオオオオオンッ!!』


 ひらひら、と。


 暴風に舞う、木の葉のように。


 手の届く距離にありながら、掠りもしない、豚鬼の存在に。


 巨樹の人型は、相当に。


 苛ついているようだった。


 徐々に、攻撃が大振りに。


 単調に、なっていくことで。


 ヒビキの、付け入る隙が生まれた。


(――今だッ!)


 切り替えは一瞬。


 瞬き以下の、時間で。


 体内の魔能比率を、回避の『風式』から。


 攻撃の『火式』へと、組み替えたヒビキは……ズダンッ!


 打ち上げられた、砲弾のように。


 大地を蹴って、飛び上がり。


 暴れ狂う番魔獣の、丸太のような両腕の。


 隙間を、縫うようにして。


 一直線。


「ぶッ……ぎイいいいいいッ!」


 巨人の胴体に、背中から。


 ぶち当たる。


(とっておきだッ!)


 その姿は。


 前世の八極拳における、鉄山靠《てつざんこう》。


 厳密には、術理が異なるのだが。


 転生者《ヒビキ》が、そのような感想を抱いて。


 テッシンが〈衝波《インパクト》〉を超える鬼札として、伝授したのが。


 現在のヒビキにおける、最大火力の魔技《アーツ》。


 名を、〈圧壊衝波《フルインパクト》〉という。


(くたばり……やがれえええええッ!)


 単純に。


 対象との、接触面積が。


 前者のそれよりも、大きくなるため。


 必然として。


 対象にかかる、物理的な負荷と。


 魔力的な圧力も、激増する。


 つまりは……


『……ウボアアアアアッッッ!』


 ズバアアアアンッ……!!


 あたかも、幼子の無邪気な暴力によって。


 無慈悲に吹き飛ばされた、砂山のように。


 自身の半分ほどしかない、豚鬼から。


 手痛い反撃を受けた、擬似樹《トレント》は。


 呆気なく。


 上半身を、粉々に。


 爆散、させたのだった。


(……うっし!)


 確かな手応えを、感じつつ。


 巨人の胴体に、魔技《アーツ》を叩き込んだヒビキは。


 姿勢を崩すことなく、着地して。


 即座に振り返つつ、念の為に。


 残心の姿勢をとるものの……


(……うん、確実に仕留めた!)


 上半身を吹き飛ばされた、番魔獣が。


 再び動き出す、気配はない。


(あとは残る魔獣を掃討して、魔生樹から核となる魔晶石を抜き取れば――うえいっ!?)


 直後に、グルンッと。


 世界が、反転する。


 否。


 ヒビキの視界が百八十度ほども、『回転』したのだ。


(はっ!? え!? なんでっ!?)


 一瞬の混乱。


 しかし――戦場で心を乱すのは死と同義である、と。


 懇々《こんこん》と、痛みを伴って。


 教え込まれた、師の教えが。


 目の前の恐慌を、上回った。


(……ああ。なるほど、そういうことかいッ!)


 ヒビキはすぐさま、冷静に。


 自身の現状を、把握して。


 己の勘違いを、理解する。


(クソッ、まぎらわしいなあッ! 『あっち』が、本体かよッ!)


 いま、こうして。


 自分の足首に、巻きついて。


 身体を空中へと、吊り上げながら。


 ブンブンと景気よく、振り回してくれているのは。


 地面から、飛び出した。


 巨大な、植物の『根』であり。


 そしてヒビキが討伐した『つもり』になっていた、番魔獣とは。


 十メートルほども先にある、魔生樹の太い幹に、巻き付いていた……


 しかし今は、『擬態』をやめて。


 ゆるりと、鎌首をもたげている。


 大蛇のような奇形樹の、『分体《デコイ》』であったのだ。


(擬態樹《トレント》って、そういうことかよ!)


 先ほどの、巨大な人型も。


 地中から這い出た、触手も。


 全ては本体に繋がる、末端に過ぎない。


 目立つ巨人で、獲物の気を引いて。


 あからさまな隙を、作り出し。


 地中から忍ばせた触手で、捉えることが。


 あの狡猾なる番魔獣の、常套手段なのだろう。


 しかもこの触手には、捕縛した対象の。


 魔力を吸収する効果まで、あるようで。


(……クソッ! 思うように、魔力が練れねえ!)


 物理的な、拘束と。


 魔力的な、減衰によって。


 空中に囚われた、間抜けな豚鬼は。


 醜態を、晒さざるを得なかった。


『ブシュララララ……ッ!』


 そうした獲物を、嘲笑うように。


 擬態を解いた奇形樹は……かぱあ、と。


 さながら、毒蛇の如く。


 鎌首をもたげた先端を、裂いたうえで。

 

 シュウウウッ……と。


 口腔から、濃緑の煙を吐き出しつつ。


 その内部に生やした、無数の突起からも。


 ジュウジュウ、と。


 地面に悪意を、滴らせていた。


(んんんっ! まっずい!)


 あきらかに、それらは。


 猛毒に、類するものである。


 そして手足を拘束した、獲物に。


 本体である、樹毒蛇が。


 ゆっくりと、距離を詰めてくる意味を。


 理解できぬ、ヒビキではない。


(なっ……めんなああああああっ!)


 それでも。


 たとえ、四肢が拘束されようとも。


 多少の魔力阻害を、受けようとも。


 必死に肺を、膨らませて。


 体外魔力《マナ》を取り込み。


 体内魔力《オド》を練り上げる。


(この程度でッ、諦めて……たまるかよおおおおおっ!)


 少なくとも。


 見届け人である狐人《フォルクス》……カエデは。


 まだ、手出しをしていないのだ。


「……っ!」


 沈着冷静なクノイチにしては、珍しい。


 険しげな表情を浮かべて。


 狐尾をパンパンに、膨らませながらも。

 

 じっと、ヒビキの抵抗を。


 見守っている。


(……ッ!)


 であるならば、まだ。


 終わってなどいない。


 カエデは、ここから逆転できると。


 いまだに、信じてくれているのだ。


 その期待を、裏切るような真似を。


 できようはずがない。


(上等だッ! 手足が使えねえんなら、噛みついてでも、抗ってやるよッ!)


 テッシンとの訓練で、何度となく。


 余す所なく、全身の骨を。


 粉砕されてきた、ヒビキである。


 この程度の窮地で、心が折れるようならば。


 そもそも、今日この場に立つことなど。


 許されてはいない。


(こちとら伊達に、立派な鬼牙を、生やしてねえんだよ! 慣れるまで散々と口の中を血だらけにしてくれたんだ、鋭さは保証してやるぜッ!)


 下顎から突き出した、ふたつの鬼牙を。


 ガチガチと、カチ鳴らせて。


 威嚇する、ヒビキに対して。


『ブシュルルルッ……』


 恐怖を、煽るようにして。


 先端から、毒樹液を滴らせながら。


 じりじりと、距離を詰めてくる番魔獣。


 そんな両者が、接触しようとした――


 寸前である。


 ――ギンッ!


 と。


 世界が、凍りついた。


(……ッ!?)


 そう、錯覚してしまうほどに。


 圧倒的で、濃密な。


 溺れるほどの、魔力圧である。


 おそらくは魔法どころか、精錬魔力《ソール》として。


 圧縮すら、されていない。


 感情の昂りによって、溢れ出しただけの。


 絶対強者による威圧。


 そんなものが、一瞬。


 ヒビキの鼓動を、静止させて。


「……ぷはあ!」


 暴風のように。

 

 凍てつく波動が『通過』したのちに。


 慌てて肉体は、生存機能を取り戻したのだった。


(……はあ、はあ、な、なんだったんだ今の……殺気ッ!? でも、誰の――)


 必死に、呼吸を繰り返しながら。


 思考を、回転させる。


 までもない。


(――い、今のって、まさか……っ!?)


 考えるまでもなく。


 直感として、理解できる。


 それこそ、生まれる以前から。


 この身を、包み込んでいた。


 慣れ親しんだ、魔力である。


 だけど、暖かな木漏れ日のように。


 感じていたはずのそれが。


 密度を変えて。


 敵意を加えれば。


 こんなにも凶悪な重圧《プレッシャー》に、なることを。


 ヒビキは初めて、思い知った。


 思い知らされた。


『シュ……ブシュルルル……』


 余波を受けた、ヒビキですら。


 そのような、有様なのだ。


 それをまともに浴びてしまった、番魔獣に。


 もはや、抗う気概など。


 残されている、はずもなくて。


『……シュウ……』


 ポッキリ、と。


 毒樹液を滴らせていた、突起以上に。


 心が折れてしまったらしい、擬似樹《トレント》は。


 見る間に、萎びて。


 収縮していく。


「……」


 その過程で。


 触手から、解放されて。


 四肢の自由を取り戻した、ヒビキは。


『……シュルルウ……』


 完全に、生気を失って。


 力無く萎れ落ちた、蛇型の頭部に向かって。


「……なんか、ごめんな」


 心からの、謝罪を述べながら。


 せめてもの、手向《たむ》けとして。


 拳を、振り下ろしたのだった。


【作者の呟き】


 ママ「い、一歩も、動いていませんから!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
マリアン被害者の会一同「疑似樹さん、いらっしゃ~い!」 疑似樹「怖イ怖イ怖イ怖イ怖イ…」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。