第一章 【11】 魔生樹③
〈ヒビキ視点〉
時間を少しだけ、遡って。
(……うっし。ようやく、見えてきたな)
密集した枝葉が、隙間なく頭上を覆って。
空から降り注ぐ日差しを拒む、薄暗い。
鬱蒼とした、森の中を。
魔獣と遭遇する密度を、増やしながらも。
前に進み続けた、ヒビキたちは。
ついに、その源泉となる大樹の元まで。
到達していた。
(しっかし、魔生樹ねえ……)
魔を吸い上げ、魔を産み出し、魔を従える、魔性の樹。
魔生樹と、呼ばれるそれは。
形状としては、広葉樹であり。
周囲から、魔力を吸い上げた影響で。
不自然に開けた、森の空白地帯。
その中心に、直径十メートルを超える大樹が。
眼下を睥睨する、玉座の如く。
悠然と、屹立している。
(おーおー、こりゃまた随分とたくさん、物騒な実を、つけなさったモンで)
その樹皮や、枝葉などは。
全体的に、黒ずんでおり。
直径が二メートルほどもある、太い幹には。
蛇のように。
捻れた寄生樹が、絡まっていた。
また、森の空白地帯の頭上を覆う。
傘のように、横に伸びた太い枝先には。
果実の代わりに……トクン、トクン、と。
一定の間隔で、仄かな明滅を繰り返す。
巨大な楕円形が、ぶら下がっており。
内部が、琥珀色の液体に満たされた。
一見して、繭のようにも見えるそれを。
人々は、魔擁卵と呼んでいる。
枝から垂れる、大小無数の、それぞれが。
子宮を持たない、母樹にとっての。
子を宿すための、揺籠であった。
(まさか果実の代わりに、『魔獣が実る樹』を寄越してくださるなんて、この世界の創造神サマとやらは、どんだけファンキーな神サマなんだよ)
魔獣や魔法、魔力といった。
この異世界の常識に。
すっかりと馴染んだ自覚のある、転生者だが。
未だに、この奇想天外なる、怪樹を前にしては。
前世の常識を、覆された衝撃を。
思い出さずには、いられない。
そしてアドラスタにおける最大宗教……『神樹教』の、聖典によれば。
このような、魔生樹とは。
世界を創造した、偉大なる創造神が。
人類に与え賜うた、『試練』の代表格。
世界に七つ存在する、神代魔樹迷宮。
その最深部に座する、七柱の世界樹より。
零れ落ちた、分体であるのだという。
そして世界を巡る、魔力霊脈へとばら蒔かれた、魔力種子が。
魔力濃度の高い、魔力溜まりなどに運ばることで、発芽して。
成長した魔生樹より、産み落とされた魔獣たちが。
周辺で狩った、獲物を。
母樹に、捧げることで。
さらなる成長を遂げていく、魔生樹が。
やがては、魔樹迷宮と呼ばれる。
魔獣や魔人といった、魔族の住処を。
形成して、いくのだという。
(だけど魔生樹ってえのは、ただ危険なだけな代物じゃなくて、魔獣素材の源泉にもなってやがるんだから、ありがた迷惑なシロモノだよなあ)
そうして、創造神の手ずから、生み出された。
世界に蔓延る『試練』に、立ち向かうことが。
人類の、役割だとするならば。
見事それらを、乗り越えた者たちが。
相応の『報酬』を、手にすることも。
また、道理である。
事実として。
種子が芽吹いた土壌の、魔力に応じて。
多種多様な魔獣を産み出す、魔生樹とは。
魔晶石などの触媒を用いる、魔法技術や。
魔獣素材を用いた、魔武器や魔道具など。
アドラスタの魔法文明を、語るうえで。
もはや欠かせない存在と、なっている。
そのため、大名や貴族などは。
領内に、意図的な『魔生樹の繁殖した区域』を設けることで。
魔獣素材の確保と、流通を。
管理しているのが、常識であり。
それらを生活の糧とする、冒険者なる職業が。
この世界には、存在していた。
(実際に俺たちも、魔獣を狩ることでこの生活を続けてるんだから、創造神サマってのは、意地悪なのか、親切なのか、わっかんねえなあ……)
それこそ、まさに。
神のみぞ知る、というやつなのだろう。
前世から、無神論者であるヒビキに。
その意図を、読み解くことなど。
できやしない。
(……ま、せっかく師匠に任せてもらえた、貴重な魔生樹狩りの機会なんだ。それを発見すらできませんでしたなんて、間抜けなオチだけは、回避できて良かったぜ)
周囲に漂う、魔力濃度の変化。
地形の判別や、魔獣の分布など。
そうした情報から、筋道を立てて。
目印など存在しない、深い森の中を。
けっこう、ドキドキしながら進んできた、ヒビキとしては。
こうして無事、目標を発見したことに。
内心で、安堵してしまう。
「す、すごいですよ、ヒビキくん! バッチリです! んもう、天才! こんなにも容易く、一回目で、ちゃんと目的地にまでに辿り着くなんて……優秀すぎますよおっ!」
だけど。
そんな些細な、自己満足なんて。
自分以上に、喜びはしゃぐ少女を。
目の当たりにしてしまえば。
「……」
瞬く間に……すんっ、と。
沈静化してしまうのだが。
「……うっせえよ。この程度で、いちいち騒ぐな。つーか魔獣を刺激するから、静かにしてろって」
「あ、ひゃい! ごめんなさい、です!」
幼い外見の少女が、慌てて。
小さな掌で、愛らしい口元を、塞ぐものの。
実のところ、ここまで接近している時点で。
魔生樹の傘下に居着く、魔獣たちはすでに。
縄張りを荒らす、不届なる侵入者の存在に。
しっかりと、気付いている。
『グルルルウ……』
『ゴッ、フゴッ!』
『シュルルルルッ……』
そのため、狼型、猪型、蛇型と。
一本の母樹から、産み出された。
多種多様な、魔獣たちが、一様に。
それぞれの瞳に、敵意を激らせて。
臨戦態勢を、見せつけていた。
「……」
その、あまりの数の多さに。
(……う〜ん。これ、ざっと見て、五十匹以上はいるよなあ……え? これを俺ひとりで全部、相手にするのって、けっこうキツくない?)
今更ながらに。
ヒビキの胸中を、弱気が過ぎる。
「……ヒビキ殿」
しかし、そんな及び腰を。
今回の修行における、見届け人であり。
世話焼きの、姉のようにも。
大人びた、妹のようにも。
親しみを、覚えてしまっている。
クノイチの狐人……カエデから。
容易く、見抜かれてしまっては。
「助太刀が、必要ですか?」
「だ、大丈夫ですよ、カエデさん! この程度、俺ひとりで、突破してみせますんで!」
つい、見栄を張らずにはいられない。
我ながら、意地っ張りな性分の。
転生者であった。
「……でも、討ち漏らして、そっち行っちゃったときは……その、ごめんなさいね?」
とはいえ、万事が上手くいく、などと。
思えるほど、自信家でもないために。
結局、なんとも締まらない。
発言を溢す、ヒビキに向けて。
「……ふふっ」
苦笑するカエデは。
困ったように。
でも少しだけ、嬉しそうに。
赤黄色の狐尾を、揺らしながら。
「わかりました。ですがそうならないことを、期待していますよ?」
手間のかかる弟を、応援するような。
微笑みを、浮かべてみせるのだった。
(……やっぱり、いい女だよな。カエデさんって)
年上好きな自覚のある、ヒビキが。
包容力のある笑顔に、つい。
目を奪われてしまうと。
「ま、ママは!? ママの応援だって、必要ですよね!?」
対抗するようにして。
容姿からも。
言動からも。
声質からも。
まるで、年上味を感じられない。
しかし今世におけるヒビキの母親……マリアンが。
慌てて、口を挟んできた。
「ンなもん、いらねえよ」
相変わらず、ヒビキはそれに。
塩対応で、返すものの。
「そ、それでは、お水は? 喉、乾きましたよね!? それともオヤツを、食べておきますか!?」
そこは、いつもとは違って。
本日すでに、ヒビキ自身から。
見学の『お許し』を得ている、マリアンである。
へこたれることなく、グイグイと。
己の利用価値を、主張してきた。
「だからいらねえって! 余計な気を回すな、黙って見てろよ!」
「はいっ、当然です! たとえこの場で命を落とすことになったとしても、ママは最期まで、ヒビキくんの言いつけ通りに、ここから一歩たりとも、動くつもりはありませんよ!」
「いや、そこまでは求めてねえよ!?」
覚悟のキマり方が、重過ぎる。
危なくなったら逃げろ、と。
口に、出しかけたものの。
(ンなこと……大人しく、聞いてくれるタマじゃねえんだよなあ、コイツは……)
わかりきっている、無意味な遣り取りに。
これ以上、時間を割くのが惜しい。
「……はあ。マジで、邪魔だけは、してくれんなよな」
だから、嘆息とともに。
せめてもの、妥協を呟けば。
「はいっ!」
返事だけは、威勢よく。
輝くほどの笑みを浮かべる、マリアンである。
(……もういいや。完全に萎える前に、行くと、しますかっ!)
それから、気を取り直して。
改めて、闘志を焚き付けて。
魔力を練り上げた、ヒビキは。
深く。
息を、吸い込んでから――
「――ぶぎいいいいいいッ!」
盛大に、雄叫びをあげて。
一歩を、踏み出した。
(オラッ、全部まとめて、かかって来いやあッ! 俺は逃げも隠れもしねえぞ!)
もとより、大量の魔獣たちが屯する、魔生樹の膝下に。
身を隠すような場所など、存在しない。
というか、そもそも。
(これから命の遣り取りをするんだ! 悔いの残らないよう、かかってきな!)
たとえ、どれほど理屈を並べて。
人間たちなりの、理念や理由が。
そこに、あろうとも。
魔獣たちからすれば、それらは自分たちの生命線を奪おうとする。
侵略者に他ならない。
何故なら。
魔生樹より産み出された、魔獣とは。
経口などから接種する、食事とは別に。
母樹が生成する、特殊な『樹液』を摂取しなければ。
生きていけないのだ。
それ故に、魔生樹より産み出された魔獣とは。
その大半が、母樹から離れることを許されず。
命を繋ぐことを、強いられているのだし。
それを奪おうとする、外敵には。
まさしく死に物狂いで、襲いかかってくる。
殺るか、殺られるか。
魔生樹の討伐とは、そういうことだ。
(互いに生き死にを賭けてんだ、勘弁してくれなんて言わねえ! 全力で、相手してやるッ!)
世界が異なっても。
弱肉強食とは、自然の理。
生物が、生きるために。
他者を殺める必要が、ある以上は。
その責任から目を背けず、受け止める程度には。
転生者はこの世界に、染まっていた。
「ぶぎイいいいい――――ッ!」
猛然と、剥き出しの大地を駆けながら。
威圧効果のある魔技、〈咆哮〉を。
鬼牙を生やした口から、迸らせると。
『『『 ……ッ!? 』』』
魔力を乗せた、雄叫びを浴びて。
侵入者に殺到していた、魔獣たちが。
ビクリと、身体を強張らせた。
『……グルルルッ!』『ガウガウッ!』『アオオオ――ンッ!』
硬直は一瞬。
すぐに、魔力干渉を跳ね除けて。
突撃を再開する、魔獣たちであるが。
それだけで十分。
(多対一の戦いにおいて、大事なのは、一度に複数の敵を同時に相手取らないこと……っ!)
ほんの僅かでも。
連携攻撃を、ズラすことで。
多対一の、状況を。
連続した一対一に、持ち込めば。
それだけで、いくらでも勝機が見込めるというのが。
ヒビキに武を授けた、師匠からの教えであり。
そのための、牽制の魔技である。
(まずは、テメエらからッ!)
足の速さから。
魔獣たちの先鋒を務める、狼型魔獣たちの、爪や牙を。
肉体強化の魔能による、超反応によって。
必要最小限の動き。
紙一重の見切りで。
難なく回避してみせた、ヒビキは。
(うおおおおおおッ!)
何倍にも、引き延ばされた、体感時間のなかで。
正確。
かつ精密に。
無防備を晒した、狼型魔獣たちの、胴体へと。
体重と慣性、魔力を上乗せした。
拳や、蹴りを。
瞬きひとつの間に……ズドドドドッ、と。
叩き込んでいく。
『ギャンッ!?』『ギャッ!』『キャインッ!』
骨と内臓を砕く、致命の感覚を。
握り締めた拳の先に、刻みながら。
ヒビキはそのまま、重心を落として。
足腰を捻って、力を溜めた。
(ンで、次はテメエらだッ!)
そこに、狼型魔獣たちから、一拍遅れて。
『ブモオオオオオ――ッ!!!』
怒りの咆哮を、撒き散らす。
巨大な猪型魔獣が、突進してきた。
『シュルルル……ッ!』『シャアアアアアッ!』
さらに、その足元には。
巨体の影に、紛れるようにして。
地を這う無数の、蛇型魔獣の姿も、見てとれる。
(らあああああッ!!!)
正面から、突っ込んでくる猪型魔獣に対して。
力比べを、するかの如く。
今度は逃げずに、真正面から。
その頭部へと……ズガアアアンッ!
体当たりした、豚鬼の肉体は。
複数の、強化魔能を。
同時に、発動させることで。
ほんの、一息の間とはいえ。
不動の鉄塊へと、変貌している。
『ブギュッ……!?』
猪型魔獣からすれば。
砕けようもない、金剛の鉄壁に。
自ら全力で、突っ込んだようなものだ。
自身の体重と慣性に耐えきれなかった、首の骨が圧壊。
頭部ごと、胴体へめり込んでしまう。
内部圧力によって、目玉が飛び出し。
頭部の穴から、血潮が噴出するのは。
当然の結果であった。
さらに。
(全然痛くねえぞ、クソ蛇どもッ!)
攻撃のための、鋼の肉体は。
手足に噛みついた、蛇型魔獣たちへの、防御でもある。
全身を包む、全力の〈闘氣〉によって。
毒蛇たちの牙を、阻んでいる間に。
ヒビキはそれらの頭を……グチャリ!
叩き潰して。
あるいは……ブチュリッ、と。
握り潰して。
無力化することで。
魔獣たちによる第一波を、見事。
完封してみせたのだった。
「……ぶっ、ぎいいいいいッ!」
ここまでの攻防が、僅か十秒未満。
あまりに容易く、幾つもの命が、散らされて。
魔獣特有の、黒い血に染まった豚鬼が。
勝利の雄叫びを、吠えるものの。
『『『 グルルルッシャアアアア……ッ!!! 』』』
それでもなお、続々と。
撤退を選択できない、死兵たちが。
殺意を迸らせて、襲いかかってくる。
(……ッ!)
生死を賭した、戦場の空気に。
ゾクゾクと、背筋が粟立った。
転生前の、争いとは無縁な、生活においては。
感じる機会そのものが、存在しなかった。
戦闘の、悦びである。
(ああクソッ……悔しいけど、滾るなあッ! 命の、遣り取りってのは! どうしても、生きてるってことを実感しちまうッ!)
異世界に転生した、影響なのか。
生まれ育った環境の、所為なのか。
はたまたこれが自分の、本性なのか。
答えは、定かでないものの。
少なくとも、今のヒビキは。
命を賭した、戦いというものに。
胸を高鳴らせるだけの、価値を。
見出している。
でなければ、この世界では、生き残れない。
他の命を奪い、己の糧とする業を。
覚悟して、背負わなければ。
いずれは自分が、他の糧となるだけなのだ。
五年にも満たない、今世ではあるものの。
そのような、新たな価値観が。
しっかりと。
ヒビキの中に、育まれていた。
(すまないなんて、言い訳しねえぞ! こっちも命を、賭けてんだ!)
手に実感として宿る、他の命を奪った感触。
痛みと、高揚。
苦しみと、熱。
それら全てを、呑み込んで。
ヒビキは、魔獣狩りを続けた。
「……ひ、ヒビキくん! あ、あぶな……きゃあああっ! だめだめえ! う、後ろ! 後ろですよおっ! あっ、ダメ、横からも……いやあああっ、危なあああああいっ!」
時折、戦闘範囲から外れた、木陰から。
少女の悲鳴が、聴こえてくるものの。
(……ギャアギャアうっせえな! 集中、できねえだろうが!)
約束通り、その場から。
一歩も動いていない、マリアンの隣で。
「……」
じっ……と。
視線を、注いでくる。
見届け人の、存在が。
(カエデさんが、見てるんだ! 下手こくと、後で師匠に何言われるかわかんねえんだよ!)
その背後にいる、鬼畜師匠を想起させてることで。
より一層に、気が引き締まる。
じきに……
『……ウボオオオオ』
群がってきた、魔獣たちを。
一通り、捌ききることで。
魔生樹との距離を、あと十メートルほどまでに削った、ヒビキの目前には。
巨大な人型が、立ち塞がっていた。
(でっかい、樹の巨人……こいつ、擬似樹か? コイツが今回の、番魔獣ッ!)
一定の規模にまで成長した、魔生樹とは。
番魔獣と呼ばれる、自らを守るための、特別な魔獣を。
産み出す習性を、有している。
そのため、今まさに。
ヒビキの行き手を、阻んでいる。
背丈が三メートルを超える、巨大な樹の人型こそが……
おそらくは。
魔生樹の産み出した、番魔獣。
此度の修行における、最難関であった。
【作者の呟き】
ママ「約束通り、一歩もこの場を動きませんよ!」




