第一章 【14】 選択①
〈ヒビキ視点〉
「……して、ヒビキよ。答えは、出たのか?」
虚偽や偽装などを、許さない。
透徹した瞳から、放たれる。
鬼人の大男……テッシンからの、問いかけに。
「ウッス」
躊躇うことなく。
頷いてみせた、豚鬼……ヒビキは。
「師匠。俺はやっぱり……皆さんに、ついていきますよ」
図らずしも、この勇聖国において。
縁を結ぶこととなった、テッシンたちに。
以前から、誘われていた。
祖国である、大和国への帰還に。
同行する意向を、口にした。
ただし……
「……ほう。それはこの国に、マリアン殿をひとり、置いてか?」
鬼人である、テッシンやヒビキを、始めとして。
獣人や、精人といった。
多様な人種で構成された、一行の中で。
ただひとりの只人……マリアンは。
それを望んでは、いなかった。
理由は単純。
この勇聖国においては、只人こそが。
至上の人族として、他人族を奴隷扱いしている。
反面で。
その他の国々では、只人こそが。
人類の、裏切り者として。
不遇な扱いを、受けているのが。
現在の、世界情勢だからだ。
そんななかで。
『ママが……これ以上、ヒビキくんの足を引っ張るわけには、いきませんので!』
たとえ、聖人として。
類稀な力を、持っているとはいえ。
いや、そんなマリアン、だからこそ。
これまでとは違う、多くの人目に晒される、環境下で。
自分のような、存在が。
ヒビキに付きまとう、悪影響を。
理解できない、はずがない。
(それでも……たぶん、アイツは、俺が必要だって言ったら、他人からどう見られるかなんて気にもせず、ホイホイついてくるんだろうけど……)
すでに、ヒビキは知っている。
マリアンは有能だ。
この世界に、必要な人物だ。
なんなら、とある物語の主役であるとさえ、表現していいのかもしれない。
それほどまでに、優れた容姿。
秀でた能力。
突出した、才能である。
そんな彼女の、足枷となっているのは。
彼女の物語を、妨げているのは。
むしろ……
(……この、俺だ)
きっと、自分などという。
想定外さえ、存在しなければ。
おそらく、マリアンは。
元鞘である、勇聖教会において。
今でも聖人として、崇められていたのだろう。
あるいは、今からでも。
自分という、重荷さえなくなれば。
その大きな翼で、何処にでも。
羽ばたいて、行けるのだ。
それほどの、実力を。
可能性を。
今日の一件で、改めて。
確信した、ヒビキである。
だからこそ。
「……はい。それがアイツの、ためです」
テッシンの、念押しにも。
ヒビキの答えは、揺るがない。
これこそが。
この選択こそが。
正しい答えである、と。
信じて、いるからだ。
「……で、あるか」
そんな弟子の、胸中を。
どこまで、汲み取ったのか。
「……」
それきり、テッシンは。
ぼんやりと、夜空を眺めながら。
酒盃を傾けて、口を閉ざしてしまう。
「……」
ヒビキもまた、モグモグと。
やや、冷めてしまったとはいえ。
せっかくの、心尽くしを。
残しては、なるまいと。
無言で、食事を続けた。
(……もしも)
そしてふと、頭上に広がる。
前世のそれとは、比べものにならないほどに、眩い星空を見上げて……
というか、物理的に。
地上から、距離が『近い』ために。
一層に大きく見える、星々を。
視界に収めながら。
(……この国が、こんな『ややこしい』場所じゃなきゃ、ここまで重苦しい話には、なんなかったのかねえ……)
想いを馳せる、勇聖国とは。
他国から物理的に、切り離された。
ボトルニア大陸の空を、移動する。
巨大な『浮遊大陸』の、名称であった。
(そもそも成り立ちは、何百年も前の転生者……勇者たちの、率いる仲間が、中途半端な形とはいえ、神代魔樹迷宮のひとつを踏破した、その対価だっつーハナシだけど……)
創造神によって、生み出された。
世界に七つ存在する、神代魔樹迷宮。
その深奥に座す、世界樹の。
分体である、魔生樹が。
優れた魔法触媒であるのなら。
本体である、世界樹そのものが。
まさしく、世界の理すら捻じ曲げる。
神話級の、魔法触媒であることも。
道理である。
不完全な、形とはいえ。
迷宮攻略に成功した、かつての勇者たちが。
世界樹の番魔獣である、『魔王』との交渉を。
この世界で、初めて。
成功、させたことで。
世界樹の権能を、部分的に利用できるようになった、只人たちが。
その支配領域であった大地を、国土ごと。
他国からの干渉を拒む、空中へと。
移動させたことが。
この浮遊大陸の、始まりであると、されており。
そして只人が、人類の裏切り者とされる。
決定打にも、なったのだという。
(……まあ、こんだけすげえ『力』なんだ。手に入れりゃ、それを独占したくもなるか)
事実として。
世界樹から抽出された、魔法技術によって。
生み出された、人造生命体などを、用いることで。
条件付きとはいえ。
ヒビキのような、転生者を。
補充できるようになった、勇聖国は。
それから定期的に。
異世界の知識を、獲得することで。
現在では、その魔法文明を。
地上の国々から、数世代ほども先に。
発展させて、いるのだという。
(その結果、勇聖国の只人たちは、自分たちこそ『真なる人類』……真人だなんて、驕るようになっちまって、その他の人族を、見下して、奴隷扱いするようになっちまった)
勇者を生み出せない、他人族どもは。
すべからく、劣等人種の亜人である、と。
勇聖教会の語る、教義を。
染み込まされた、国民は。
他人族を、奴隷として。
玩具として。
商品として。
消耗品として。
扱うことに、疑問を抱かない。
そうした国民性が、ヒビキも目にした『亜人牧場』などの。
歪な形で、顕在化している。
宗教国家、だからこそ。
(たとえ本質が、人造生命体とはいえ、外見が豚鬼の転生者なんて、絶対にあっちゃならねえ、失敗作だ)
そのような。
教義に反する、不浄の存在を。
産み落としたのだと、知られれば。
いかに聖人とはいえ。
国家から。
教会から。
信徒たちから。
石を、投げられることなど。
分かりきっている。
だからやはり、自分という存在は。
マリアンにとっての、不純物なのだ。
なんとしても、彼女の人生から。
切り離されなければ、ならないのだ。
それなのに。
(あの分からず屋め……いつまでも、俺なんかに、固執しやがって……っ!)
この、二年間あまり。
ヒビキがどれだけ、一方的に。
突き放しても。
一向に、自分の元から離れようとしない。
頑迷極まる、少女には。
(だったらもう、俺のほうから、離れてやるしかねえじゃねえかっ……っ!)
たとえ、それが。
今生の、別れになるとしても。
(……師匠たちがこの国を経つまで、あと、一年ちょい)
ヒビキたちがいる、森の広場において。
焚き火を囲う、テッシン一行は。
その頭数を、ヒビキが覚醒した直後の。
半数以下にまで、減らしていた。
なにせ、当たり前のように情報網が完備された、前世とは異なって。
情報の伝達手段と、信頼性が。
限られている、今世において。
もっとも確実な、手段とは。
信頼のおける、人間による。
直接の、報告であった。
そのため、テッシンの従者たちは。
収集した情報を、定期的に。
大量の魔道触媒を使用した、超長距離の、転移魔法によって。
祖国へと、持ち帰っている。
とはいえ、他国から物理的に隔離されている、勇聖国においては。
魔法技能に関して。
祖国においては、指折りと謳われている。
卓越した精人の翁の腕前を、以てしても。
勇聖国の、監視体制を掻い潜って。
転移魔法を、使用するのは。
内側から外側へと、送り出すのが。
精一杯、なのだという。
仮に、外側から内側へと。
無理やりに、人員を補充しようとすれば。
立ち所に、魔力干渉を検知されて。
国力を投入した、捕縛作戦が。
展開されて、窮地に陥る。
見立てであった。
事実、こうしてテッシン一行が。
無事に、潜入を果たせたのも。
五年ほど前に。
他国が執り行った、大規模な侵攻作戦を。
囮として、利用できた機運が。
あってこその、ものだという。
また、その際には。
他国からも、選りすぐりの潜入部隊が。
何組か、勇聖国に入り込んだようだが……
一網打尽を、避けるために。
情報共有などをしてない、それらが。
今でも無事に、活動を続けられているのか。
テッシンたちに、知る術はない。
ともあれ。
つまりは一度、この土地を離れた人間が。
同じ方法で、この地に戻ることは難しく。
人員が減り続けていく、任務の特性上。
この潜伏活動は、有限であった。
順調に、任務が消化されていけば。
最大戦力として、殿を務める予定の、テッシンなどは。
あと一年ほどで。
浮遊大陸を去る、予定である。
(……一年……あとたった、一年……それくらいの、あいだなら……っ!)
自分は、彼女のことを。
拒み続ける、ことができる。
これまでのように。
これからも。
マリアンから、距離をとって。
彼女という『傷口』を。
これ以上、自分の心に。
刻み込まなくて、済む。
そして……やがて来たる、離別の日を。
迎えてしまえば。
そのままいずれ、彼女のことを。
忘れる日が、来るはずだ。
マリアンとしても、遠く離れた異国で生きる、自分のことなど。
きっと、忘れてしまう、はずなのだ。
ヒビキの、前世の母親が。
そうであったように。
(……)
グルグルと、取り留めもなく。
考え事を、している間に。
あれだけ大量にあった、食事は。
全て、空になっていた。
中身を失った、器たちが。
ただ虚しく、並んでいる。
「……まあ、いい」
やがて。
久方ぶりに、テッシンが呟いて。
「それは、おぬしたちの問題だ。外野が口を出すのは、野暮というもの。少々酔いが回った。許せ」
「……いえ」
「だが、もののついでだ。酔いどれの戯言だと思って、聴き流すが良い」
「……ウッス」
酒精によって溢れ出した、師の言葉に。
不肖の弟子は、しっかりと。
耳を傾けた。
「ひとまずの、答えは定まったようで御座るが……さりとて、人の気持ちは、移ろうもの。それに時間はまだ、残されておる。視野狭窄で決めつけずに、よく悩み、よく迷い、よくよく最後まで、考え抜け。それが最低限、おぬしが背負うべき、責任というもので御座る」
「……」
「そして答えを、導き出したのなら……たとえ誰に、何を言われようとも、おぬしだけは、それを最後まで貫き通す、覚悟を決めよ。その結果として某を、仲間を、国元を、たとえ世界すら、敵に回したとしても……決して揺るがず、折れぬ、信念の刃を、心の中心に置け」
「……」
「少なくともあの御仁は、そうした生き方を、しておられる」
「……はい」
そこで師匠の。
言葉が、途切れて。
入れ替わるように。
「……ヒビキく〜んっ」
聴こえてきた、弾む声音に。
視線を向けてみれば。
「お待たせ、いたしました〜っ!」
どうやら、途中まで。
料理を仕込んでいたクノイチの、手柄を。
半ば奪い取った様子である、マリアンが。
出来立ての馳走を、木皿に乗せて。
トテトテと、駆け寄ってきた。
「はい、どうぞ! カエデさんとの合作ですが、ママの、自信作ですよ! 出来立てを、お召し上がりください!」
そして、当たり前のように。
ヒビキの横に、座り込んで。
満面の笑みを、向けながら。
「あ、でも、ちょっと、熱いですよね?」
ほかほか、と。
湯気の漂う、木皿を見せつけて。
「……な、なので! 仕方ありません、ふーふーを、いたしましょう!」
相変わらずの、自分本位で。
こちらの気持ちなど、お構いなく。
ゴリゴリと、距離を詰めてくる。
「……いや、いいよ」
そんなマリアンを。
ヒビキはやはり、直視できなくて。
逃げるように、視線を逸らすものの。
「そんなあっ! お願いですよ、ふーふーさせてくださいっ! できればあーんまで、お願いいたしますっ!」
「……」
たとえどれだけ、背を向けて。
逃げ続けても。
どこまでも、執拗に。
追いかけてきて。
けっきょくは、振りきれずに。
差し伸ばされてしまう。
小さな手を。
「……まあ、せっかくカエデさんが、作ってくれた料理だからな。いいから、寄越せよ」
「はいっ!」
ヒビキは、もはや。
拒むことが、できなかった。
【作者の呟き】
おやおや、子豚の様子が……?




